倶樂部余話【九十九】プリンセス・オブ・ウェールズの悲報(一九九七年九月九日)


ダイアナさんにあれほどの人気があったとは、正直驚いている。

おかげで、英国王室に話題が集中した一週間だった。事の性格上、故人を非難する発言が出ないのは仕方ないことだが、それにしても日本のテレビ局のステレオタイプな報道には、どうも分かってないなぁ、という思いが強い。

しばしば「頑固で保守的な英国王室が世論に譲歩した」と言われたが、英国ほど柔軟な王室は世界でも少ない。でなければ立憲君主制など生まれるはずもない。以前も触れたように、もともと「八方美人」「二枚舌」「日和見」は、いわば英国の伝統的お家芸なのだ。二十五億人がテレビの前で注目する一大事に、その譲歩はいかにも英国らしい対応だと思えた。

気になったのは、日本の報道ではすべて「元皇太子妃」と呼ばれていたことだ。彼女の正式呼称は現職の「ウェールズ妃」(Princess of Wales)で、在日英国大使館の日本語の記者発表でもそう報じられているにもかかわらず、外務省あたりの指示だろうか。

一六世紀にイングランドのウェールズ統合の際、ウェールズの怒りを和らげるため、国王の王子を人質に差し出し、ウェールズ王(Prince of wales)としたことから、英国皇太子をプリンスと呼ぶ習慣が付いたのであって、本来プリンスやプリンセスは領主の意味で、皇太子や皇太子妃と同義ではない。そしてダイアナは、王室の一員であり続けるためにこの称号をそのまま保持することを離婚容認の条件にしたと言われているのだ。そこまで固執したこの由緒ある称号をぜひ使って欲しかった。

同様に、イングランドと英国、イギリス(=Britain=UK(United Kingdom=連合王国)との混同も未だ目立っていた。通訳や字幕の多くが、イングランドを英国やイギリスと訳していた。

昨今英国では王室不要論がしばしば浮上してきた。しかしこの事件は皮肉にも王室があるがゆえの出来事。図らずも、今でも王室を拠り所とせざるを得ないこの国の本質を露呈させてしまったようだ。

ともかくも、弱き者小さき者を慈しんだイングランド女性、ダイアナ・ウェールズ妃の活動は国際的評価に値するものなのだろう。冥福を祈りたい。