倶樂部余話【一七一】自著が出ました(二〇〇三年四月一〇日)


自分の書いた本が出版されて書店に並ぶ、というのは、誰もが一度は夢見ることではないでしょうか。極めて小規模ながら、それを実現した身として、その顛末を著しておこうと思います。

原稿を書き上げるのはもちろん大変でしたが、そこから先も一苦労でした。売り込んだいくつかの出版社からは断られ、自費出版もやむなし、と一度は覚悟しましたが、最後にお願いした業界紙に商業出版として取り上げてもらえたことは、ほんとに幸運でした。自費出版に備えてパソコンで写真も配置しレイアウトも組んだ完全原稿を作っておいたのが役立ち、採用が決まってからは比較的スムースに進行。でも、校正ではずたずたに赤ペンを入れられ、校正者の職人技には感服しました。

そしてついに納本。はやる気持ちに手が震え、なかなか段ボールが開けられなかったのを覚えています。感無量の一瞬でした。

地元新聞に取り上げてもらったのを契機に、近くの大型書店に直接売り込みに。翌朝行くと、ドーンと平積みになっていました。うれしいというより、恥ずかしい、に近い不思議な感覚でした。遠くから眺めていると、見知らぬ女性が手に取っています。(買って、買って)と念力を送りました。しかし、現実はそう甘くなく、書店での売れ行きはさっぱり。こんなマニア本は、ただ積み上げておくだけでは売れるものじゃないのだと実感。

取材でお世話になった方には、お礼に贈呈。国内はもちろん、アイルランドの登場人物にも。さすが文学の盛んなお国柄か、本を出すということは、内容はともかくとして、とても評価の高い仕事として考えられているようで、方々で社交辞令以上の祝辞をもらいました。クレオのキティなどは、本気で「英語版をアメリカとアイルランドでも出版すべきだ。」と、翻訳の見積もりまで取ってくれたほどです。

この本を一番読んでもらいたいのは、もちろん当店のお客様です。特にアランセーターの所有者には、自分の着ているセーターのことですから…。しかし、店頭ではおもしろい反応がありました。「五万円のセーターはなかなか買えないけど二千円の本ならば…」との声があるかと思うと、「五万円のセーターは買うけれど二千円の本は高すぎる」という声も。お金の価値観というのは、ほんとに人それぞれなんだということですね。

ホームページからの購読お申し込みも結構あります。また、ここには読者から頂戴した読後レビューを順次掲載しています。当初は、男性向きかな、と思ってましたが、今のところ読者の男女比率は半々ぐらいという印象です。いただいたご感想で一番多いのは、「あとがき」についてのコメントで、これは私の予想どおりでした。

一冊の本にまとめた、という波及力はやはり大きなものがあって、現在、ファッション関係の機関とアイルランド関係の団体から、それぞれ、この夏に講演の依頼を受けています。今後もお誘いがあれば、時間の許す限り引き受けていくつもりです。

また、時同じくして、アイルランドでは、アラン諸島の古い映像を再編集したビデオが発売されました。これは、私の本と元ネタがほとんど同じなので、あたかも拙著原作のビデオ化のごとく、の内容になっています。本とビデオを合わせると113の楽しみがありますので、是非ご覧いただきたいと思います。

商いの世界では、本を出すと商売が傾く、という厭なジンクスがあるようです。ただ、私の書いたのはいつも店でお話ししているセールストークをまとめた「大いなる販促ブック」ですので、ジンクスにはきっと当てはまらないと信じて疑いません。以上、そんなこんなの、顛末でした。