倶樂部余話【八】ハンカチーフの気概(一九八九年五月十日)


背広にある左胸の小さなポケット。勿論これはペンや眼鏡を入れるためではなく、ハンカチーフを入れるために付けられている。では、なぜこの胸元の一番目立つところにハンカチを入れるのだろうか。諸説の中で最もロマンティックな説をご紹介したい。

その昔、舞踏会において、淑女は紳士と踊る際、手が汗ばまぬ様、リネンの白いハンカチを添えて紳士と手を合わせた。踊りの最中、それを落とすことが往々だったが、曲の途中でダンスを中断して床から拾うのではサマにならず、紳士は予備のハンカチをサッと取り出せる胸元に用意するようになったという。これがいわゆるポケットチーフの由来とされている一説。

従って、実用性もあるリネン地が本来であるが、次第に装飾性が強くなり、シルク地のペイズリープリントなどが使われるようになったようだ。ただ、現在でもフォーマルの際は、ピコヘム(端の小さな縫い目)の白いアイリッシュリネンが正式とされている。

ちなみに、ポケットチーフと呼ばずに、ポケットカチーフというべきだろう。カチーフとは元来は頭に巻く布のことで、首に巻くのでネック・カチーフ、手に使うのがハンド・カチーフ、なのだから。

さて、それでは飾りのない実用のハンカチーフはどこに納めるべきなのか。ギーブス&ホークス社のロバート・ギーブ会長によれば、背広の美しいシルエットを保つためにはポケットに何も入れないのが最良であり、ハンカチは左袖の中にクシャクシャに丸めて入れておくのが正しいやり方だとか。実際彼はそうしているのを見せてくれた。そのため、左袖だけ一回り大きくオーダーする紳士もいたという。最も、ティッシュペーパーなどのなかった時代、それこそ鼻をかんだり汚れた手や物を拭いたり、かなりハードな使い方をしたのであろうから、さもありなんと思えなくもない話だ。

これから汗ばむ季節、ハンカチの出番は多い。ゴルフの参加賞だけがハンカチではありませんぞ。そして左胸にもご配慮を。

 

 

※この頃、岩国の藤田雄之助氏から大阪のハンカチ問屋の紹介を受けました。そこの親父さんはリネン博士と呼んでもいいほどの人で、実に素晴らしいリネンのハンカチを扱っておりました。私が紹介を受けた直後に急逝され、残念ながら私は直接にお会いできなかったのですが、昔からいる番頭さんからいろんなリネン話を伺い、勉強させてもらいながら、ハンカチの仕入れをしてました。今はこの問屋さんもリネン製品の扱いをやめ、ブランド物のありきたりのハンカチが中心となってしまったので、もう取引はありません。