【倶樂部余話】 No.227  逃げも隠れもできない (2007.12.1)


 私が「アイルランド/アランセーターの伝説」を著してからもう五年も経つというのに、未だに聞きかじりだけの誤記に出くわします。スコットランドが発祥地になってしまっていたり(註1)、編み柄の組み合わせを無理やりに家系にこじつけたり(註2)、の記述が相変わらずなのです。
 アランセーターのことに限った話ではありませんが、他にも近頃はプロだかアマだかすらよく分からない書き手(なぜかガイドとかナビゲーターとか呼ばれている)による、伝聞だけで裏を取らない原稿がネット上に増えているように思います。
 これはネット等での匿名性と関係があると思います。モノを書く人の多くは、全て匿名ではないにせよ、どこのどういう人かは知られずに済みます。ところが私の場合、匿名性はほぼゼロです。実店舗があってほとんど常にそこにいますし、書くだけでなく書いたモノを実際に店で売っていますから、店を見られれば、もし私の記述にウソがあってもすぐにばれてしまいます。「これを書いたのは誰?」と糾弾されれば、私は逃げも隠れもできません。それが怖くて恐ろしくて臆病で、とてもいい加減なウソなんか書けないのです。
 幸運なことにそれが私の記述の信頼性を高めているのでしょう。先日も遠方からお越しになった方が「いろいろネットで調べてみたけど、ここが一番本当みたいだったので、ちょっと遠かったんだけど意を決してここまで来ました」とアランセーターをお求めになって帰られました。私がウソが書けない理由、決して誠実だとかなんかじゃなくて、逃げ隠れができないから、なのです。(弥)

(註1)今さら言うまでもないことだが、アランセーターの発祥はアイルランドのAran諸島である。ところが、スコットランド(英国ブリテン本島の北部一帯)にInverAllanという手編みセーターがあり、これを当店取り扱いのアランセーターと混同される方がしばしばいらっしゃる。が、場所も違うし、そもそもスペルがRとLLとでは全く異なる。このLLというスペルはスコットランドやウェールズによくある綴りで、特にウェールズではこれをthに近い発音をするので、InverAllanを正しくカタカナ表記するならば、インバーアリャンもしくはインバーアサンとすべきではないかと思う。日本人はRとLの区別ができないからと、日本の取扱業者が意識的にAranとAllanの混同を狙ったのではないか、と考えるのは私の思い過ごしだろうか。
 誤解されないように申し添えるが、InverAllanの商品自体は、とても出来のよい手編みセーターだと充分に評価している。当店のアランセーターは編み手によってそれぞれ一枚一枚が柄もサイズも異なるので、それこそ販売するにも購入するにも大変な手間が掛かるのだが、InverAllanにおいてはハンドニットにもかかわらず全て同じ柄でありサイズもほとんど均一に仕上がっているので、販売も購入もいたって簡便に済ますことができる。このことはチェーンストア化が進む現代の流通体系ではとても重要な要素であり、これが実現できているということは、恐らくかなりしっかりとした品質管理の元で生産されている商品に違いないのである。

(註2)例えば、CLANARANS.COM というウェブサイトがあるのだが、ここではまるでタータンチェックのように家系と編み柄を関係付けてセーターを販売している。ご丁寧にサイト上に記載された住所はアラン諸島に置かれ、あたかも昔ながらの伝統的なアランセーターを取り扱っているかのように思わせる仕掛けは、苦笑してしまうほどに見事である。アランセーターのことをよくご存じない一般の方が見れば、特に、自分の先祖探しに興味の強いアメリカ人が見ればころっと参ってしまうことは間違いない。また、英語でまことしやかにセールストークが書かれているので、日本人が見るといかにも真実のように読めてしまうのであろう、このサイトを鵜呑みにした日本語の紹介サイトも見受けられる。「アランセーターの伝説は1950年代後半にアメリカのマーケットへ売り込むときに作られた他愛のないセールストークが発端」という私の考察がそのまま今も活用されているという好例である。