倶樂部余話【十一】二十七人の米大統領が愛した靴(一九八九年八月十四日)


残暑お見舞い申し上げます。

今回は、今月より当店で本格的な販売を開始する靴のお話です。

導入するブランドは「ジョンストン&マーフィー(J&M)」。イギリスの有能な靴職人達がアメリカに渡り、以来百五十年の間、歴代二十七人の米大統領に愛され続けているメーカーです。モットーは「アンミステイクブリィ」つまり「ミスのないこと」、少しも手を抜かない完璧な靴作りを続け、「材料以上の靴はできない」という信念から、世界中から最高の革だけを厳選して使用。製法は、手間と経費はかかるが、足と歩行のために最も良いとされるグッドイヤー・ウェルト方式が大半です。そして販売以来廃番がないという事実が、完成されたデザインの息の長さを物語ります。

現在は、日本人向けに足入れを改良してある以外は、本国と全く同じ製品が日本工場で製造されています。革から靴紐までパーツはほとんどを米国から輸入し、いわゆるお名前頂戴のライセンス品とは違い、日本で最もモノ作りにこだわった靴と言えます。

「J&M」には、製品の出来以外にも多くのメリットがあります。まず、価格がニューヨークとほとんど違わないこと(輸入靴は概ね現地の三倍の値が付くのが通常です)。足入れが日本人向きに改良されていること。サイズ切れの取り寄せがすぐにできること。そして何よりも、革底交換・ヒール交換などの修理が、製造した工場へ戻して、純正パーツで、何度でもできることです。

洋服屋が売るのですから、靴も服と同じ売り方をしたいのです。まず、足のサイズを専用のメジャーで計測します。(この用具を手に入れるのに意外に苦労しました。いかに靴屋さんが足の計測をしていないか。服と違い、靴は人の健康を左右するものであるのに。)そして、デザインよりも、その足型に合う靴かどうかを重視してお勧めします。さらに、アフターケアは、昨年から、英王室御用達「メルトニアン」のケア用品を中心に靴屋顔負けの種類を揃え、修行を積んできました。また、修理は前述の通り、純正パーツの永久保証をいたします。文字通り「大事に履けば一生もつ靴」を、大事な履き方と一生のもたせ方を保証して販売したいと思います。(本来当たり前のことで、それも値段の内だと思うのですが。)

欧米の一流紳士服店には例外なく立派なシューズコーナーがあります。それに少しでも近づければ、と願っています。

「J&M」試足キャンペーン、「ケネディの履いた靴」も展示します。ぜひご来店下さい。

 

 

 

※この頃のJ&Mは、本当にいい靴でした。新潟県加茂市の製造工場にも見学に行きましたが、社長以下、みんながいい靴を作ろうとしている姿勢がうかがえました。手元に当時その社長が手書きで原稿用紙にびっしりと書いた分厚い商品解説書が残っていますが、クラフトマンシップに溢れる真摯な態度が感じられます。しかしながら、残念なことに、その真面目さが功奏しなかったようで、その後経営難に陥り、大手靴メーカーに吸収合併されてしまいました。それを契機にJ&Mブランドも大手メーカーの戦略のひとつとしての位置づけを余儀なくされ、従前とは全く違う商品になっていってしまいましたので、その時点で当店は取引を止めました。

 

今この文章を読み返すと、この当時から、現在当店が取り組んでいる「靴のパターンオーダー」というシステムの出現を期待していたような感がありますね。