【倶樂部余話】 No.286 ひとり占めの瞬間(2012.09.01)


 二十年振りに富士山に登りました。雲ひとつない地平線の彼方、茨城県あたりから昇る、まるで朝日新聞のような朝日。今まで見たどの日の出よりも美しいものでした。
 剣が峰三七七六㍍の表碑の前には順番待ちの長蛇の列が。そりゃそうです、何時間も登りつめ、そしてあともう少しで日本最高地点の「ひとり占めの瞬間」が手に入るのですから、一時間ぐらい並んだって平気です。
 皆さんは「ひとり占めの瞬間」って意識したことがあるでしょうか。ヒトやモノ、コトを自分だけの物にする一瞬だけの喜びです。有名人と握手したりツーショットを撮る、なんていうのは割と多い体験でしょう。この瞬間は狙って取れるものもあれば、偶然に訪れる場合もあります。人それぞれに聞かれれば驚くような「ひとり占めの瞬間」の経験を持っているのではないか、と思うのです。
 私の自慢の「ひとり占めの瞬間」は二つ。その一、十七年前の秋の早朝、キャピトル東急ホテルの玄関でエリック・クラプトンと二人っきりですれ違ったこと。このときはあまりの驚きに身体が固まりました。その二はアムステルダムのオランダ国立美術館。十年前の冬。フライトの時間が迫り、開館と同時の急ぎ足で、レンブラントの「夜警」へ一番乗りで到達。数分間、あの大きな絵を遠ざかったり近寄ったりと、独占しました。ただ、この二つ、残念なことにどちらも証拠がないのです。写真もなければ目撃者もいない、なので家人は未だに信じてくれません。
 あなただけのひとり占めの瞬間、是非聞かせてもらいたいものです。(弥)

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