倶樂部余話【二十五】やられた!この一冊!(一九九〇年十一月十三日)


久米麗子著「服が好き」(主婦の友社・千二百円)。著者はタレント久米宏氏の妻であり、「ニュース・ステーション」の夫君と小宮悦子女史の衣装を担当するスタイリスト。と、これだけでも充分に興味をそそられました。

一挙手一投足に細心の神経を配る「テレビ人のプロ」としての夫をどう「イメージメーク」するか、これまた細心の配慮が払われていることが伝わります。

「なぜ小宮さんがイヤリングをしないのか。」とか、久米氏のスーツが「実際の年齢より少し老けて見えしかも遊び心のあるもの」で決してビジネススーツの手本を見せているわけではないことや、例の丸坊主事件の苦慮など、画面で見られる具体例があるだけにとても楽しく読み進められます。やはりこの人も、「服」が好きと言いつつも、結局は「人」が好きな方なのでしょう。でなけりゃとてもできない仕事です。

ところが、読み進むうちに、次第に複雑な気持ちになってきました。大変おこがましいのですが、その内容も文体もあまりにも「倶樂部余話」によく似ているのです。黙っていれば今後のネタ集めの重要な参考文献になり得たでしょう。

「人が大好きな服飾のプロ」というのは同じ様なことを書くものだな、と思うと大変頼もしく嬉しくもあるのですが、なにせ役者が違います。こっちは、毎月毎月ない知恵絞って二年以上かかっても言いたいことの半分も伝わらない地方都市のちっぽけな一店主。かたや、視聴率十八%、一千万人がその仕事の出来を認めるスタイリスト、しかも美人妻、とくれば、説得力は格段に違います。正直、やられたな、参ったな、という思いです。

ただ、洋服屋をやってて本当に良かった、という思いを一段と強く持ちました。私も今の仕事を継ぐことに悩みがなかったわけではありませんが、それこそ原稿用紙何百枚分の「自分の考え方や暮らし方」を表現する手段として、衣食住のうち、衣は最も身近な分野です。人はその服装を通じて視覚的に瞬時に自分のイメージを訴えることができます。なにしろ、あらゆる動物の中で服を着ているのは人間だけなのですから。

 ところで、素朴な疑問。大体の方がピンマイクを衿をつぶすように挟んで付けていますが、これは何とかならないものでしょうか。スーツの衿の返しのふくらみは背広の美しさの大事なポイントのひとつなのですが、あれでは服がかわいそうです。

 

 

 ※私が人より少し図々しいのは、このハガキをぬけぬけとご本人にまで送ってしまうことです。そうしたら、思いがけず、次のような返信を頂戴したのです。これもまた、コピーしてメンバーズに配信しました。

 

野沢様

 

街の色がいつの間にか秋から冬へと衣がえ。季節の色に追いつく人などいるのかしらと思いつつ歩いています。

 

野沢様にはさぞ御多忙の日々をお過ごしのことと存じます。

 

 

 

さてこの度は、大変おやさしいお手紙を頂戴致しまして、有難うございました。心からお礼申し上げます。

 

そして私の本をお読み下さいました上、機関誌に御紹介下さいましたこと、重ねがさねありがとうございました。感謝申し上げております。

 

 

 

ただただ“美しいものが好き”だけでいつの間にか二十年、花や服の仕事をしてまいりました。その間、沢山の方達にお教えを受け、機会をいただき…、そんな才月でございました。

 

 

 

初めて本を書きました。どうなるかしら…と不安一杯。やっと出来上りまして、何んだか自分のことのような気がしません。

 

一つ何かをさせていただきますと、又々学ぶことがたくさん出てまいります。そのことの面白さが長く続けてこられたことかも知れません。服も…そう思えます。

 

 

 

ピンマイクのこと、ありがとうございます。以前、トーク番組では(女性でしたが)虜につけていただいたり、衿の裏etcにしていただいたことがございます。服を美しく見ていただきたく思いまして-。

 

ところが素材によりましては、雑音もひろってしまうのです。

 

今回はニュースですから、きっとそのこともあったと存じます。マイクは、技術の「音声」の方の担当でございますので…。

 

又いつか違います折に、野沢様のご意見を忘れずに生かさせていただきます。ありがとうございました。

 

 

 

末筆ながら、気候不順の折、どうぞお風邪など召しませんよう、お体おいとい下さいませ。

 

 

 

まずは取り急ぎ心からの御礼まで

 

久米麗子