倶樂部余話【三十六】「水玉の海部さん」も言われたのかな(一九九一年十一月十二日)


事例問題。「紳士服店にて、ある夫婦客の会話。

夫『これ、いいな…』

妻『また!? 同じようなものばかりあるじゃない。たまには違う感じにしたら…』

さてこのときの販売員のとるべき態度は?」

市販のいわゆる「販売員接客マニュアル教本」の類いには、「夫婦客の場合は必ず奥さんの見方をすべし」という鉄則が書かれています。ところが、最近当店では、先のような場面で、逆にご主人の方に加勢することが増えてきました。

例えば「紺のスーツの鈴木さん」とか「ストライプタイの田中さん」や「ボタンダウンシャツの杉山さん」など、私たちは他人のイメージをパッと見た感じで掴んでいることがよくあります。たまにそのイメージと違った服装で出掛けると、本人も不安げなうえに、他人からは「何か君じゃないみたいだね」などといわれてがっかりしたりします。

つまり「また同じような…」と奥様から言われると、何となく気分は否定的になってしまうのですが、見方を変えればそれは「あなたのスタイル」が出来てきているという証拠であって、決して落ち込むようなことではないのです。しかもその「あなたのスタイル」は、意外にも自分で気付くよりもずっと以前に、実は他人が好意的に評価していることが多いのです。せっかく自分に付いている良いイメージを自ら無理に変えることもないでしょうし、むしろその延長線に乗って、さらにご自分のスタイルを磨かれていくことの方が、安心かつ経済的でもあります。

確かに流行への対応も大事ですが、それこそそれについては、私たちプロにお任せ下さればいいのです。プロとして恥ずかしくない程度には、確かでずっと先までの流行情報を把握しているのですから。ただトレンドの把握とそれをどう取り入れるかというのは別の話で、当店について言えば、流行は服を選ぶときの要素の一つにすぎないと考えていますが…

今度「また同じような…」と人から言われたら、しめた、とほくそ笑んで、胸を張って反論して下さい。「それが私のスタイルなのですから」と。