倶樂部余話【三十八】こんな客は嫌いだ(一九九二年二月十四日)


どんな商売でもまずお客様がいなければ成り立ちません。まさにお客様は神様なのですが、こちらは愚かしい人間です、どうしても嫌いな神様も現れます。

当店が嫌う客ワースト3。輝く(?)第一位は「ウォークマン」。当店のような専門店では、店員と一言も会話を交わさずに物を買おうとすることはまず不可能です。ヘッドホンステレオを付けたままの人にとっては、我々は監視カメラ程度の役目しかありません。だんまり無視を決め込むか逆にまとわりつくかして、早々にお引き取りいただきます。

第二位「サングラス」。うちの店、そんなにまぶしいですか。商品の微妙な色も分からないでしょうし、こちらも表情が読み取れないのです。

第三位「両手ポケット男」。腕組みはそんなに気にならないのですが、夏でも寒そうに両手を突っ込んだまま、意地でも出そうとしない人。癖なんでしょうが…。

他に、例えば「取り置き放置人」。嫌いというより販売機会損失という実損が伴いますので大いに困ります。「ラベルチェッカー」。下げ札やブランドネームばかりをチラチラ見て回る、これは大体が同業者の偵察ですが、客でないのならまず名乗ってから見るべきです。そうと分かれば内部情報まで提供してあげることだってあるのに…。

私も仕入れという名目で年間数千万円の買い物をしていますが、ひとつの物を買うのにやたらと時間が掛かりますし、そんなに買うわけでもないのに販売員の話だけは熱心に聞きたがるほうで、しかも買い物は得意というよりむしろ苦手だと考えていますので、こんな客は普通の店では嫌な客の部類に入るのでしょうが、私自身がそういう性格なので、この手のお客様には当店は妙に好意的なところがあります。

いろんな人が来るんだね、とお思いでしょうが、こういう「嫌な人種」というのは本当に極々まれでして、大多数の場合、初めてご来店の時には緊張感もあってか、ぶっきらぼうだったり、つっけんどんだったり、といった方でも、何度かお相手をしていくうちに、プライバシーを語り始めたりして、だんだんと「いい人」度が増していくことがほとんどです。人は皆いい人になりたいと思っているのだ、と心底実感します。

ある店でいい客になりたいと思ったら、簡単な方法があります。まず「いらっしゃいませ」の呼び掛けに答えます。「こんにちは」とか「ちょっと見せて下さい」でもいいですし、軽く頷くとか目を合わせて微笑むだけでもいいのです。これだけで店側の応対はかなり違うでしょう。そして、店を出る時(何も買わなかった時はなおさら)、「ありがとう」とか「また寄ります(嘘でも)」の一言。きっと貴方が去った後、「いいお客様だったね」と店員同士で話しているはずです。

と、勝手なことばかり言いましたが、他人の様子は見えても自分のことはなかなか見えないもの、人のフリ見て我がフリ直せ、です。でないと「こんな店は嫌いだ」と言われかねませんから。

※ホワイトディ・パックの提案。白いハンカチと札幌銘菓「白い恋人」のセットを用意し、予約を受け付けた。