倶樂部余話【四十二】自己満足の範疇と言われればそれまでですが(一九九二年六月十四日)


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当店のマーク(紋章)の中に、何やらいかめしい文章が入っているのにお気付きでしょうか。ラテン語で「古き道を行かば新しきに通ず」というような意味で、東洋の「温故知新」と同義です。

開店当時、当店のシンボルマークを作成しようと考えたとき、どうせならどこへ出しても恥ずかしくないものを、できれば英国の紋章院(College of Arms、一四八四年の創設で、紋章の許認可の他にも、国王の戴冠式や大葬などの国家的儀式をも司る王室機関)に申請してもお咎めのないほどに紋章のルールにかなった正式なものを、と思い、グラフィックデザイナーと共に一冊の紋章学の本と首っ引きで十数回の試作案の後にようやく完成したのがこのマークです。

日本の戦国武将が家紋を旗指物に染め抜いたのと同じように、西洋の紋章も、元来は視野の狭い兜(かぶと)の中から敵味方の区別がつきやすいようにと、自軍の盾に細工を施したのがその起源ですので、紋章にとって最も大事なのは盾の部分で、極言すればその他の部分はすべてアクセサリーだと言えます。それゆえ紋章のルールもその多くが盾についてのものですが、なにせ細かい決め事が多く、とてもここで説明はできません。ただ、日本のメーカーが創作したブランドマークの類はそのほとんどがルール違反だと言えます。

当店の盾の部分には、「SRC」という店名の頭文字の上に、ナイト階級を現す「鉄色・正面向き・開面型のヘルメット」を描いています。これには、紳士服業界のナイト(騎士)たらん、という思いを込めました。盾の上の冠(クラウン)はイングランドの男爵の位を現す類いのもので、店の存在位置を象徴させました。盾を支えるサポーターは正面向きの獅子二頭で、これもイングランドの象徴です。ついでに言うと、一番下のオールドイングリッシュ調の店名の文字は既成の活字ではなく、当店オリジナルの書体なのです。

かなりの手間とお金の掛かったものにつきましたが、その分愛着も湧き、また団体のブレザーエンブレムの特注の際などにもこの紋章学の知識は役立っています。

ちなみに、兄弟店の地下ケント店では英国大使館への照会のもと、英ケント州の州章を使用しています。

中世の欧州文学には、よく「我が紋章に誓って」とか「紋章の名のもとに」という言い回しがあるようで、血統や権威を一目瞭然に示す紋章は、日本の家紋とは比較にならないほどの重要な意義があることは間違いないようです。