倶樂部余話【八十三】お手荷物は置いて、と言われたら…(一九九六年五月一四日)


「どうぞこちらにお手荷物を置いてご覧下さい」と店員に言われたら、どう感じますか。

「どうもご親切に」と喜んでくれる人もいるでしょうし、「押し売りされるのかな」と警戒する人もいるかも知れません。しかし私たちにはまったくそんな意図はなくて、ただ単純に「商品を両手で大切に扱って下さい」という切なる「お願い」なのです。

のっけからこんな話をしてしまったのは、先日、片手に大きな袋を三つほど持ちながら、もう一方の手で商品を強引に引っ張るように見ているアベック客がいまして、「お荷物を…」と三度ほどお願いをしましたが、聞き入れていただけないので、思わず堪忍袋の緒が切れて、語気を強めて注意してしまった事件があったからなのですが、それでも彼らはキョトンとしていましたから、こちらも呆れるやら、がっかりするやら…。

通販、スーパー、コンビニや百貨店と私たち専門店との決定的な違いは「会話」です。当店で会話なしに売り買いを済ますことはまず不可能でしょう。そして究極の専門店の在り方とは限りなく「家」に近いものではないでしょうか。例えば、ホストの「いらっしゃいませ」の招きの言葉に、ゲストが目も合わさずに、家の中を無言で歩き回って、何も言わずに出ていったとしたら、あなたはこの人を客人として歓待できるでしょうか。

決して冷やかし客を非難しているのではありません。どんな上顧客も初めはみんな冷やかしだったのですから。冷やかし客ほど大事な潜在顧客はいないのです。だから、とても上手な冷やかし方をする人に会うとこちらも嬉しく思いますし、逆に、下手な人には「損してるょ」と言いたくなるときがあるのです。

「店員の分際で何をほざくか」というそしりは覚悟の上、わたしとて人の子なんですから…