商品学講座【春】なぜ砂漠の隊商はウールのマントを着ているのだろう (一九八九年三月十日)


「三寒四温の春に着るものが欲しいんだが-。」と言うお客様の声をよく聞く。その割にいわゆる春物が思ったほどに売りにつながらないのは、なにもお客様がウソをついているわけでもなく、いつなにを着たらいいか、が適切にアドバイスされてないからではないだろうか。

通常、春物というと麻や綿を思い浮かべるものだが、私たちはウール素材をお勧めしている。「なぜに-」ということで、ウールの特性について少しばかりお話ししたい。

羊毛には、その特性として、らせん状の縮れ(クリンプ)がある。この縮れは羊毛の構造自体にあるもので、紡績や加工の過程で何度伸ばされても元通りに戻るもの。このクリンプの働きで、ウールの中には約六〇%もの空気が含まれ、外気の暑さ寒さを遮断するため、夏は涼しく冬は暖かく着ることができるわけである。

さらに、羊毛繊維は十九種のアミノ酸が組み合わされたケラチンというタンパク質で出来ており、そのため吸湿率は四〇%と動物性繊維の中でも非常に高く、汗を吸い取り素早く外に発散させる機能があり、梅雨時の着用にも爽快感がある。そもそも「セーター(sweater)」という言葉が、「汗(sweat)を取るもの」という意味であることからもお分かりだろう。

だから、砂漠のように昼夜の寒暖差が四〇度以上もあるところで、ウールは重宝にされるのである。

ただ、一口にウールと言っても、その種類は二百種以上もあり、スコットランドの極寒の島で飼育されるハリスツイードと温暖なオーストラリアで採れるメリノウールとでは、当然にその用途はかなり違ってくる。寒暖双方をカバーしなくてはならない春物でお勧めするのは、もちろん後者の方で、非常に細長くしなやかな繊維を持つメリノウールは、糸自体の伸縮性も適度で、その着用感の良さから最推奨品である。

現在、ウールマークでおなじみの「国際羊毛協会(IWS)」でも、「メリノは糸すずしき王様です」といったコピーでかなりのキャンペーンを打ち、「クールウール」の定着に本腰を入れている。

「暑かったり寒かったりで、なにを着ていいか分からん」、そう感じた時には、どうぞ当店にお越し下さい。

 

※余話【六】と同時に封書形態で発送したのが、このうんちく話です。この春物の話は、以降もこの時期になると毎年のように語っていますね。

倶樂部余話【六】大方の予想どおり倫敦探訪記です (一九八九年三月十日)


 

この二月四日、ロンドンはセヴィル・ロウを訪れた。「背広」の語源と言われ、もちろん当店名の由来ともなっている、二百メートル程の通りだ。目指すはその一番地、二百年の歴史を誇る紳士服店「ギーブス&ホークス」。マネージャーとのアポを取って訪ねたのだが、目の前に現れたのは何とギーブ家の血を継ぐ五代目会長ロバート・ギーブ氏。濃紺ストライプのスリーピースに身を包んだ凛とした姿は、正に「ジェントルマン」という言葉を浮かばせる。

 

見事な吹き抜けと内装のその建物は、かつて王立地理学会館として使われてきたもの。その二階の一角に彼が「我が社の博物館」と呼ぶ部屋がある。そこには古くから英陸海軍の儀礼服仕立ての指定を受けてきた同社の数々の軍礼服や装飾品、過去からの顧客台帳などが展示されていて、彼がひとつひとつを丁寧に説明してくれた。現在の背広が儀礼服の延長線上にあることがうかがえる。

 

更に、オーダーメイドスーツの縫製室を特別に見学させてもらう。職人の数は意外に少なく五人程度で、皆思い思いの姿勢でハサミや針を動かしている。ハンドメイドへのこだわりを象徴するかのように、ミシンは簡素なものがたった一台だけ。部屋の中心には、仮縫い中のスーツはもちろん様々な儀礼服がぎっしりと並び、さながらディズニーランドの衣装部屋の様だ。

 

「服の仕立てだけでなく」とギーブ氏が言う。「当社は百年ほど前から、靴もステッキもシャツも、それこそ男性のおしゃれ用品を統一された趣味で揃えてきました。ハロッズやダンヒルはその真似をしたのです。」と自慢した。

 

まさに、二百年の伝統をこれでもかと見せ付けられた感じがする。二百年前と言えば、日本では老中・田沼意次の時代、その頃からの歴史を語れる店が日本にどれだけあるだろうか。

 

最後に「ギーブス&ホークス」の顧客リストより。古くはウェリントン公やネルソン提督、そしてロイヤルウェディングのチャールズ皇太子の婚礼衣装等、新しくはゴルバチョフ書記長にブッシュ大統領。米ソの両首脳が英国の同じ店のスーツを着て討論しているとはなんとも面白い話ではないか。「彼ら二人は我が社の最も優秀なセールスマンだ。」とギーブ氏は結んだ。

 

 

※当時の当店は、このブランドのライセンス品をパターンオーダースーツのひとつとして取り扱っていました。仕入先のアパレルから手を回してもらい、このような格段の応接を受けることができたのです。

余談ですが、ゴルバチョフ氏にここのスーツを紹介したのは当時の英国首相サッチャー女史だったらしいです。

 

このセヴィル・ロウの老舗も、一時経営難に陥り、現在は香港系企業の傘下に入り再建中とのこと。我々に格別の配慮をしてくれた日本のアパレルもその後倒産したため、日本国内では消えたブランドになってましたが、近々某アパレルが中国のハンドメイド工場を使って、このブランドの日本再上陸を予定していると聞いています。

 

記事には「まもなく消費税が導入になります。お買い物はぜひ三月までに」とあります。

 
 

倶樂部余話【五】気分欲の時代に向けて (一九八九年一月十一日)


正月の新聞テレビの特集でも、今年はことのほか「日本」や「日本人」を取り上げたものが多かったように思う。以前の経済大国自画自賛は消え、「金満ジャパン」への自省を促すのが主な論調であり、思いやりや正義感の欠如が指摘されている。「平成」の始まりが「金の余っているだけの腐った国のとき」と後世に残らぬようにしたい。

「贅沢」「高級化」「ニューリッチ」などという言葉がもてはやされるように、もはやモノがいいのは当たり前の時代になり、それだけでは大した売り言葉にはなり得ない。もちろん我々はプロとして、いいモノを選びこだわって揃えるという姿勢が大前提であることはもちろんだが、加えて重要なことは、「気分」とか「手間ひま」「もてなし」とか、要はただ札束を積むだけでは手に入れられないメンタルな部分であろう。物欲よりも「気分欲」を求められる時代になった。

いい人・いい雰囲気・いいサービスを買う。その気分欲が満たされた結果で、モノは売れるのだ。

こうなるとその期待は、物の豊かさや良さを売り物にしてきた百貨店よりも、手間ひまを掛けてパーソナルな演出のできる専門店にこそ大きいのではなかろうか。今後の専門店とは、単に一業種を取り扱う店のことではなく、「人・モノ・場所・知識・サービスのすべてが、ふさわしい専門的なものである店」と定義されていかねばなるまい。価格はモノに付いてはいるが、実際にはこの五つの総合評価が代価という形に表れるのだ。

私たちの店の役割は、服馬鹿のためのマニアショップになることではなく、洋服を一つの媒介にして、ブリティッシュスタイルという視点から、少しでも生活コーディネートの手助けをし、「いい気分」を味わっていただくことにあろう。

言うほどに実践が伴っているかと問われれば、いささかも自信はないが、そのためのなによりのテキストはお客様との会話の中にあるものと考える。本年も当店をせいぜいご利用し尽くしていただきたい。

 

 

※このときから年号が「平成」に変わりました。そういえば、「自粛ムード」なんていうのが何ヶ月かありましたね。

 

 この頃はまだワープロ機の性能が低く、段組みやレイアウト編集の機能もなかったので、原稿も手書きで下書きしてから、ワープロ打ちしていたし、一枚のハガキの中にうまくレイアウトすることにかなりの時間を費やしていました。

 

 記事には、カシミア製品のファイナル・フェアの案内や、私のロンドン行きの予告などが載っています。