倶樂部余話【二十七】トラディショナル=先人の例を是として踏む態度(一九九一年二月十日)


トラディショナル(トラッド)。辞書では「伝統」と訳されるこの言葉、小売りもメーカーもマスコミも実に安易にこの言葉を使いますが、これほどに分かっているようでいて曖昧に使われている言葉もないように思います。「いつの時代にも不変なもの」とか「アイビーと違うの?」とか「あのアメリカかぶれの堅物スタイルのことだろ?」程度の解釈も多いようです。

しからば私が定義している「トラディショナル」とは何ぞや、と申しますと、いささか哲学的ですが「先人の例を是として踏む態度」だと訳しています。例えば、ことわざを拠り所にすること、年賀状や盆暮れの挨拶をとても大切に考えること、松下幸之助を学ぶ経営者、これらは皆トラディショナルな態度だと言えます。先例を紐解いたり、成功者の話を聞き、いったんそれを良しとして取り入れ自分の糧に結びつけようとしていく姿勢を指します。これは、私にとってはもう生活信条とでも呼べるほどの強い意味を持っています。

さて、そもそも紳士服のルーツは英国の民族衣装と言っても良く、従って、我々紳士服飾の分野では「先人の例を踏む」とは突き詰めれば「英国を範とする」ということに行き着きます。そしてこの態度をとる紳士服のプロは、小は私を含めて、どこの国にもいて、例えば今をときめくイタリアのデザイナー、ジョルジォ・アルマーニは「私のアイデアソースはいつもロンドンにある」と語っているごとく、英国を範としつつイタリア人に最も似合う服を目指し、かのブルックス・ブラザースはアメリカの特殊性(他人種ゆえ様々な体型をカバーできる服が必要で、しかも縫製レベルの問題から直線縫いを多用)を加味した独特の型を作ってきました。これを「英国を範としアメリカ流にアレンジした服」として「アメリカン・トラディショナル」と呼んだ訳ですが、日本では悲劇的な誤訳で「アメリカの伝統」と思われて七十年代に流行したことが、トラッド=アメリカという誤った解釈の元凶とも言えます。そもそもわずか二百年の歴史にさほどの伝統などあるはずもなく、多くは母国英国のものを継承してきたものです。何しろ最初はニューイングランドと呼ばれていたのがアメリカなのですから。

例外的にアメリカがルーツとなるものがジーンズでしょう。アメリカ人ラルフ・ローレンは、英国のルーツとアメリカのルーツを融合させて、アメリカ人の心を見事なまでにくすぐった、類い希なデザイナーだと言えましょう。

当店が、誤解を避けてあえてトラッドショップと名乗らずにいる理由が少しはお分かりいただけたでしょうか。話し始めるとそれこそ一晩かかる話題ですので、ひとまずこのへんで…。

 

 

※記事より。

 

アンティーク・ロレックスの販売開始。まだ今ほど知られていない時期にそんなこともやりました。今思い起こすと、仕掛けがちょっと早すぎたのかもしれません。

 

ホワイトディ・パッケージ、受付開始。前年の大好評に2匹目のドジョウを狙いましたが、結果は芳しいものではありませんでした。そう、後々、この年が「バブル崩壊」だったと言われていますね。