倶樂部余話【一三一】お直し代について(二〇〇〇年四月一日)


このたび、補正工料を無料にすることにしました。

この業界の「非常識な常識」のひとつが「お直し代」ではないでしょうか。どうもこれは我が国特有のものらしく、欧州などではどんなに直しても店が負担するのが当然らしいのです。反対に、日本の一部の百貨店では、掛かった費用はメーカーに負担させておいて、その上さらに客からも徴収する、という二重取りも見受けられると聞いています。

考えてみると、元々、服はあつらえるものだったので、寸法が合っているのが当たり前だったわけです。それが、やがて既製服主流となって、モノ不足、高度経済成長の過程の中で、お直し代は客の負担に、という悪しき慣習が定着したのではないかと思われます。

言うまでもなく、服とは、着る人の寸法に合って初めて使える完成品と言えるのですから、店はサイズぴったりの服を提供する義務があるのだと思います。現実には人の体は様々で、特に手足の長さに関してはそれこそ千差万別ですが、しかし、そこで直しが発生するのは、客のせいではなく、ジャストのものを揃えていなかった店の責任だとは考えられないでしょうか。

ということで、パンツの裾上げはもちろん、袖丈詰め、ウェスト出し入れなども、正しいフィッティングのための補正は今後すべて無料で承ります。(但しお客様の都合による体型変化の補正や他店品持込などは従来通り有料となります。)
小さな変化ですが大きな改革だと確信します。

倶樂部余話【一三〇】ステッキ専門店(二〇〇〇年三月九日)


沈丁花が咲き木蓮の蕾が膨らんで、もう春ですね。

インポート品が主体の当店ですが、これはまがい物でない主張あるホンモノを集め続けた結果であって、何もやみくもに舶来崇拝主義を貫いているわけではありません。国内にも主張を持ったモノづくりを目指している品物は数多くあり、このところ、尾鷲の傘、鹿沼の箒(ほうき)、鯖江の眼鏡、柿渋染めの鞄など、日本の伝統工芸に裏付けられた品々を少しずつご紹介できるようになってきました。その候補はそれこそ星の数ほどで、京都や江戸だけでなく日本全国に存在しているのでしょうが、まずは「コレをウチで紹介したい」という私の衝動的直感がピピッとくるかどうかを単純な判断基準にして、これからも発掘し続けていきたいと思っています。

その候補のひとつがステッキだったのですが、先日、渋谷のステッキ専門店へお伺いしたときの話です。ここは日本で唯一のステッキだけの店で、狭い店内には何百というステッキが揃い、それだけで私の直感アンテナはピッピッと反応を始めました。しかし、お店の方と話を始めるうちに、私の考えは変化したのです。

聞けば、女性オーナー自身が子供の頃からステッキを常用せざるを得ず、お洒落なステッキがあまりに少ないことにずいぶん寂しい思いをしたのが開店のきっかけとか。そして、身長はもちろん、年令、体格、症状によって、ふさわしい一本が決められるらしい。見渡すと、床にはコルクが貼られ、立ち方を試すために何種かの椅子も用意されている。ノコギリも数種類。つまり、ステッキを選ぶ客の立場に立った環境がすべて揃っている。こうして販売してこそ使う人の満足を得られるに違いない。単なる売買だけでなく、この店にわざわざ来ないと買えない価値がここにはある。これぞ本当の専門店の姿だろう。

売りたい、でも私が売ってもここまではできない。ならば自分で売らずにむしろこの店に顧客をお連れすることを考えるべきだろう。こうして、私はすがすがしい気持ちでステッキ販売を断念したのでした。

いやぁ、専門店とは何と面白いものだろう。

倶樂部余話【一二九】ロンドンの専門店(二〇〇〇年二月七日)


無事欧州より帰国しました。徹底取材のアラン島紀行はいずれ大作にまとめるつもりですので、今回はたった四時間だけ滞在のロンドン巡りについて。

目指すは二軒の専門店。まずは筆記具の「ペンフレンド」。世界一のビジネス街シティのど真ん中、しかもBBCのビルの中に位置するだけに、ダークスーツのエグゼクティブたちが入れ替わり立ち替わり来店している。でもほとんどの客が修理の依頼で、それもそのはず、この店はもともと万年筆の修理で名を馳せた工房なのだ。その経歴から集めたビンテージ・ペンのコレクションは素晴らしく、私は幻の英国製万年筆コンウェイ・スチュワートの1940年代製二種を購入した。

地下鉄を乗り継いで急ぐはナイツブリッヂ。ハロッズの裏手、眼鏡枠の「アーサー・モリス」。北アイルランド・ベルファスト出身の初代から三代に亘り、英国内でアンティークの眼鏡フレームの収集を続け、その膨大なストックの中から少しずつリストアしながら販売している。昨年創業三代目が急死したが、勤続二十年近い女性が権利を買い取り、営業を続けている。山のような在庫から迷うことしばし、都合五本を選び出した。

どちらも観光ガイドにも載らない小さな店だが、世界中の客がやってくる唯一無二の店。やはり真の専門店での買い物は楽しい。

新名物テムズ川の大観覧車をかいま見る暇もなく、ヒースロー空港へ直行。我が搭乗機は私の到着を待っていたかのように直ちに離陸した。

 

※このころ、品揃えの幅を拡げようと、筆記具や眼鏡枠など、男の持ち物を中心にいろいろと候補にしていた。

 

倶樂部余話【一二八】私、四二歳です(二〇〇〇年一月九日)


あけましておめでとうございます。大騒ぎしていたY2K問題が大事にならず、ちょっと肩透かしの気分でいる私はやっぱりひねくれ者でしょうか。

当店の名簿には毎月二十~四十名の新しいメンバーズが加わっています。このところ顕著に目立つのが、五〇代の方と二〇代後半の方の増加で、ちょうど団塊世代と団塊ジュニアに当たります。二〇代後半の方はいわば自然増と考えられますが、注目しているのは社会増とも言うべき五〇代の皆様です。

毎日様々な世代の方々とお相手していて感じるのは、もはや五〇歳に見える五〇歳、六〇歳に見える六〇歳、七〇歳に見える七〇歳、という人はいらっしゃらない、という事実です。ここのところを多くの人が分かっていないように思います。「長持ちするいい物しか欲しくない」と彼らは一様に口にします。

何も今後シニア向けのショップを目指そうというつもりはありませんが、これら年長の世代の目から見てもちゃんと評価していただける商品、サービス、店づくりを目指していきたいと考えます。そうすれば、若者も自然についてくるはず。団塊親子のどちらにも違和感なく対応でき、子は親に服装を学ぶ、そんな理想が垣間見えてきてます。

ところで、暮れの紅白を視ていた一〇歳の長女がポツリと「ねえ、南こうせつサンってお父さんより若いよね?」ガーン、何を言うか!」ムッとして「テレビのこのオジさんはもう五〇歳だよ!」

今年もどうぞごひいきに。よろしくご愛顧下さい。

 

※地下街の「ニューヨーカー」(旧KENT店)を閉めた。