【倶樂部余話【一五九】提げ札の位置(二〇〇二年四月一日)


商品には、いろんなフダがぶら下がってます。総称して、提げ札(下げタグ)といいますが、ここには様々な情報・・・価格、ブランド、サイズ、品質、生産国、取扱いの注意など、商品を選ぶ上で必要な事項が凝縮されていますから、ほとんどのお客様は必ず提げ札を見るわけです。

この札は、誰のためにあるのか。当然お客様のためであり、お客様が最も見やすい位置に付いているべきなのですが、必ずしもメーカー側はそう考えていないようで、単に、倉庫で管理しやすい位置に、最も効率のいい方法で付けているに過ぎません。洋品は衿の後ろ側、ハンガーものは袖口、というのが常です。しかも、百貨店など大手は、自社の値札まで、出荷前にメーカーに付けさせています。 (おまけに、返品自由ですから、戻す時も、当然、付けたままで返します。)

皆さんには、提げ札を見ようとしたら商品まで引っ張ってしまった、という経験はありませんか。それは、提げ札が不自然な位置に付いているからで、それでは陳列も乱れますし、そもそも商品を痛めることにもなりかねません。

お気付きの方は少ないと思いますが、私どもでは、ほとんどの商品の提げ札を、入荷したらすぐに、お客様の見やすい位置に付け替えてから陳列しています。品選びをしていれば、自然と視野に入る場所に付けていますので、気付いてもらえなくても当然なのですが。

手間は掛かりますが、些細なこととして見過ごすわけにはいかない、大切な仕事なのだと考えています。専門店の心意気のひとつとでも言えましょうか。

倶樂部余話【一五八】春物をどう着るか(二〇〇二年三月五日)


六年前にも書いたことですが、新しいメンバーも増えましたので、今一度「春」についての持論をお話しします。

三月四月と、確かに平均気温は上ります。ところが、この「平均」というのがひとつのまやかしなのです。週のうち暖かい日が一日だけある、次の週はそれが二日になる、 その次は週に三日、お彼岸ごろを境に週四日になり、そして徐々に夏に続いていきます。だから、三月初めでも初夏みたいな日もあれば、桜が散っても雪が降るという日もあり、実は平均気温どおりの春の日などというのは滅多にはないのです。

よく男性客が言うことに「いつから春物に着替えたらいいんだろう。待ってるうちに、いつの間にか初夏になっちゃってさ。」との発言。私たちはこういう人たちをまやかしの呪縛から解き放ってあげなければいけません。

具体的にはどうしたら良いのか。まだ寒いうちは、色だけを春の色に変化させる。ネクタイなどは季節先取り感を出すには格好です。そして、暖かい日を狙い、徐々に素材感を変化させます。実際には、明日の服装決めを寒い日用暖かい日用の二通り考えておく、ということも肝心でしょう。 多くの男性はこれを面倒と考えますが、女性の多くは、これが楽しみなのです。



倶樂部余話【一五七】八度目のアイルランド(二〇〇二年二月八日)


アイルランドから無事帰国。馴染みのモノ、新しいモノ、いろいろ発注。

そして、北の外れのツイードの手織り工房を訪ねたり、山間に忽然と建つ小さなニット工場へ行ったり、八度目ならではの辺境の旅も楽しんだ。

西部の田舎町に昨秋開館したカントリーライフ博物館へ寄るのも今回の目的。現存する最古のアランセーターがあるのだ。拝見を熱望していた三年越しの思いがようやくかなった。写真を撮りたいのなら閉館日にどうぞ、と提言してくれた学芸員は館内貸切り状態で私を案内してくれ、さらに非公開の貯庫保管のセーターまで見せてくれた。

当然アラン諸島へも渡る。今回は過去二年とは違う一番大きく賑やかな島の方を九年振りに訪ねたが、今や一大観光地と化していた。 急増する観光客と激減する編み手。この反比例に、アランセーターの将来はかなり悲観的と言わざるを得ない。

日本がバブル崩壊にあえいだこの十年、この国は劇的な経済成長を遂げ、その中では伝統的産業は急速に淘汰されてしまう。永年付き合ってきたストーンサークルの廃業はその典型。この旅はその事後処理のためでもあった。

新通貨ユーロも新鮮だった。ドイツやスペインの人は「違う言葉の国に来て同じお金が使えるとは不思議な感覚だ」と感激していた。

乗継の合間に初めてスウェーデンへも半日だけ寄る。バリアフリーとはこういうことか、と実感。

かくして、レンタカーの積算距離計は千百キロを越えていた。よくもこれだけ走ったものだ。

【倶樂部余話【一五六】わくわく(二〇〇二年一月一一日)


謹んで新春のお慶びを申し上げます。

たくさんのお客様から年賀状を戴き、ありがとうございます。その中で、「今年もわくわくさせて下さいね。」という添え書きが妙に多く、私たちに期待されるこの「わくわく」とは何だろう、と考えてみました。

★我々はつい、去年これだけ売れたから今年もこのぐらい仕入れる、と考えがちだが、去年と同じものではわくわくするはずがない。前年比主義に陥らないよう、より自戒せねばなるまい。

★とはいえ、変わらぬものを長く売り続けたいという姿勢も捨てたくない。要はわくわくの陳腐化をどう防ぐかだが、手持ち駒の引出しを時々は閉めておいてしばしお休み中という展開手法があっても良いのかも。

ITの普及で、手に入れられる情報量は加速度的に増えている。なのに我々の小さな発信にわくわくしてくれる。「情報」と一口に言われるが、大量の報(data)に迷い悩むばかりの中で、出所の確かな情(information)は、今では貴重なのだろう。報が北風なら、情は太陽なのかもしれない。

★お客様がわくわくするのは、我々が感じたわくわくをお客様に伝えられたからに他ならない。では我々は何にわくわくするのか。この一年を思い返すと、決してモノだけをとらえて感動したのではなく、モノを作る「職人」、職人と商人の間の通訳をする「仕掛人」、時代を嗅ぎ分けられる「目利き人」、そういったヒトたちとの様々な出会いが我々をわくわくさせてくれた。 そう、モノには必ずヒトが携わっている。その携わり様にわくわくするのだ。

 今年も、いっぱいわくわくしましょう。よろしくお付き合い下さい。



倶樂部裏話[3]Thank you, anyway (2002.4.27)


 我が娘たちは、小さい頃、「お父さんは、仕事をしないで、いつもお店でお客さんと遊んでばかりいる。」と見ていたようです。

 我々小売業などの接客商売は、他のビジネスと違って、一般の消費者を相手にする仕事です。今風にいえば、B to Bではなくて、B to C だということですが、このB to C の特徴は、Bのこちら側はビジネスであるのに対して、Cのお客様側はレジャーだという点です。ビジネスにはいろいろなルールがあります。挨拶、身なり、納期、支払い、などなど。しかし、相手方はビジネスではなくレジャーであるのですから、同じルールを相手方には求められない、という性格を持っているわけです。
 同じ接客業の中でも、利用したら必ず代金をいただける飲食業や宿泊業などと違って、物販業というのは、成功報酬型です。モノが売れて始めてその労働の報酬を頂戴できるわけで、遊園地や美術館のように入場料を徴収することもなければ入場者を制限することもできませんし、弁護士のように相談料をいただくでもなく、医師のように初診料を徴収することもないのですから、どれだけお客様にお努めしても、モノが売れなければ全く対価はいただけないということになります。つまり、空振りがあるのが当然、というのが、物販業の宿命だともいえます。

 そう、何も改めて言うこともなく、当たり前のことです。お客様は遊びに来ているのだから、挨拶ができなくても普通のことだし、モノが売れなかったときだって、それはなにもお客様のせいではない、欲しいモノをご用意できなかった私どもが悪いのだから、むしろ、店からお客様に謝らねばいけないのだ。分かっている、分かっているが、しかし、私たちも人間、どこかで求めているのです、「Thank you, anyway.」を。

 Thank you, anyway. という英語。たとえば、道に迷って通りがかりの人に尋ねたのに、運悪くその人では分からなかった、というようなときに、「(結果、私の役には立たなかったけれど、私のために尽くしてくれて) ともかく、ありがとう。」という気持ちで使われます。「役に立てず、済まない。」と感じている相手を慮って発せられるこの言葉に、相手はどれだけ救われることでしょう。

 私たちがお相手するお客様は、店頭だけではありません。電話やファックスの時もあり、これらも接客の一種です。そして、最近多いのが、電子メールでの問い合わせです。メールでの問い合わせには、ある特徴があって、それは、問いが短ければ短いほど、答えが長くなる、ということです。  例えば、「○○について教えて下さい。」というだけのメールですと、「○○というのは、………という商品で、色は……、サイズは……、使い方は……、価格は……、」と返信は延々と長くなり、必要によっては写真を添付することもありますが、「私は、性別は…、年齢は…、職業は…、サイズは…、です。御店のホームページに載っていた○○を検討しています。」という問い合わせなら、「今ご用意できるのは……です。……をお奨めします。購入方法は……」と簡潔にお答えできます。
 確かに、メールでの応答は、ほかの方法に比べて、極めて便利ですし、格段に説明が伝わりやすく、ご購入につながる可能性も高いのですが、その分私どもが返信に費やす手間と労力も、正直、店頭の接客以上にかかることが間々あります。 たった一行の問い合わせに、一時間以上掛けて返信を出し、更なる問い合わせを期待したのに、それきり何の返答もない、としたら……。私たちの落胆ぶりは想像していただけるでしょうか。せめて、「Thank you, anyway.」の一言さえあれば、と思ってしまうのです。

 この文章を読める方は、インターネットを利用できるメンバーズの方に限られています。そして、当店に限らず、様々な問い合わせにメールを利用されることも多いのではないかと思います。様々な問い合わせに返信するほうの立場から、どうか、少しだけでも「Thank you, anyway. 」を気に掛けていただきたい、と、思うのです。

 そして、いろんなお店で、接客を受けたときは、たとえ欲しいモノがなかった場合でも、「Thank you, anyway.」。労をねぎらわれたその一言で、販売員は生き生きと蘇り、次への活力が生まれます。接客業に携わる人間というのは、人と関わることの大好きな人種ばかりです。だからとても単純に、落ち込んだり喜んだり、してしまうものなのです。(弥)