【倶樂部余話】 No.231  アメカジとキャンディーズ (2008.4.10)


 長くこの仕事を続けていると、たまには「昔取った杵柄」が役に立つこともあるものです。しかし、近頃のアメカジ(アメリカン・カジュアル)復活の流行に際してほど、これをどっぷりと実感する事態はありませんでした。もちろんその杵柄は相当に錆び付いてはいるのですけれど…。
 「セヴィルロウ倶樂部」は21年目になりますが、その前の私はアメカジの店やジーンズ店を切り盛りしていました。さらにそのもっと前、そもそも大学生の私はいわゆる「ポパイ少年」の典型だったのでした。当時のポパイはまさに私にとってのバイブルで、教科書以上にラインマーカーだらけとなってまして、暇があれば神田や渋谷、青山あたりのお店を冷やかし冷やかし回ったものでした。
 さて、今回のアメカジ復活。オックスフォードのボタンダウンシャツもスイングトップもプレッピーも、らせん階段のように輪廻するファッションの習わしのひとつだと言われればそれまでですが、当時は客であった大学生の我々がとうとう五十歳となり、いよいよ仕掛ける側として社会の実権を握り始めた、それゆえの現象ではないかと感じています。
 あれから三十年。と言えば、キャンディーズ解散三十周年のファン同窓会が先ごろあって、話題となりました。私もあのとき後楽園球場に熱い思いを寄せた一人として感慨を深くしました。(1978.4.4.FinalCarnivalとプリントされた白いスタッフ・トレーナー、今でも大切に取ってあります。)このイベントは、ファンクラブ(全キャン連)元幹部のガン死という悲劇が契機ではありましたが、しかしこの時間の隔たりが、きっと二十年や二十五年だったらこれは実現しなかったのではないでしょうか。当時のファンのほとんどが五十歳あたりになり、堂々と昔を振り返ることができるようになった、それが三十年、だから現実のものになったんだろうと思います。
 つまり、アメカジ復活とキャンディーズ解散30周年には、関連性がある。これ、誰か論文のテーマにしないかなぁ、と思ってるのですが…。 (弥)

【倶樂部余話】 No.230  誂(あつら)えワールド (2008.3.7)


 誂(あつら)え(オーダーメイド)の世界を拡げよう、は、今年の課題のひとつとして掲げておりまして、この旗のもと、新たに四つの会社との取り組みが始まりました。

◆紳士スーツの縫製は、従来から岩手の東和プラム(旧・天神山)さんにお願いしていますが、それに加えて新しく二月から仲間に加わったのが、豊橋の小さなファクトリーアルデックスさんです。豊橋という立地はちょっと意外ですが、それは元々この会社の発祥が、天竜川を下ってくる信州産の生糸を使った絹織物工場であったことに由来します。
 何しろ現場を見学に伺って驚いたのは、熟練の職人さんが持つ匠の手業の伝承をトヨタ的な合理化手法で分解解釈しながら、若い人材を積極的に投入して、サステイナブル(持続可能)な経営体質を目指している点でした。カッコいいスーツを作るその技術力への高い評価はもちろんですが、生き残る製造業とはこういうことなのか、と思い知らされたものです。

◆婦人靴のパンプスを一足ずつパターンオーダーで作る、つまり今当店でやっている宮城興業の紳士靴オーダーをレディスに置き換えたバージョンとも言えるものですが、この難易度ウルトラCとも思える誂えを現実のものにしてしまったのがハイコムさんです。(ブランド名はヒューメックス)
 この会社、元来は靴を製造するための機械を欧州から輸入して日本の製靴工場に販売する仕事をしていたのですが、何年か前に、足をコンピュータで三次元計測する機械(足のCTスキャナーみたいなものだと思っていただければいいでしょう、数千万円するらしいです)を導入、通商産業省(当時)のサポートにより、この機械で日本全国約五千人の女性の足を測るという機会を得たのでした。この五千人分の貴重なデータをもとに、日本人女性に本当に合っている独自の木型を考案し、それを約60足の試し履き靴として用意する、というシステムを編み出しました。つまり、元々の発想が普通の靴屋さんとは全く異なっているのです。というよりも、靴屋さんでは誰もこんな面倒なことをやろうと考える人はいなかっただろうと思います。で、ここがもうひとつ凄いのは、どうしても足型からの発送だと「履き心地最優先、デザインは二の次」となりがちなのに、デザイン面でも全く野暮ったくないのです。こりゃ女性の足には福音だよ、と意気投合、このシステムを導入している販売拠点はすでに全国で三十数カ所あるのですがたまたま静岡県が空白地帯となっていたこともあって、めでたく当店に導入ということに相成った次第。
 実は、先ほど、宮城興業が手掛ける紳士靴オーダーのレディス版、と申しましたが、正確に言うとそれは誤りで、そもそも宮城興業はハイコムの機械を買う顧客でありますが、紳士靴のパターンオーダーをスタートするに当たりこちらの考案したシステムを存分に参考にした、したというのが経緯であります。つまり、ハイコムさんの方が先生だったのでした。

◆婦人服のオーダーが紳士服のようにはなかなか存在しない理由は、きっと「割が合わない」(様々な意味で)からなのでしょう。事実、オーダー服は得意なはずの当店でもこの実現にはかなりの難航を要しました。つくづく、同じスーツなのに男と女ってこんなに凸凹(でこぼこ)が違うものか、と感じますし、同時に、こりゃ紳士をやってなかったら絶対に手掛けたくないジャンルだろうな、とも思います。
 ですので、どうしても紳士服の添え物的に片手間で取り扱うところが多いようなのですが、その中で、本気で婦人服オーダーにも取り組んでいるのが、古くから神田で服地販売を営んでいるヨシムラさんでした。今回はここが長年にわたり蓄積してきた婦人服オーダーのノウハウをご厚意によって全面的に伝授してもらうことになりました。特訓を受けた相川のメジャーを持つ手はまだおぼつかないものがありますが、ようやく積年の懸案だった宿題、どうして女はオーダーができないの?、にひとつの答えを出せたんじゃないか、と感じています。

◆カシミアセーターの受注会、今年は男女ともに5月の開催へ向けて着々と準備を進めているところですが、そのパートナーがUTO(ユーティーオー)さんです。糸の太さ、編み地、カタチ、サイズ、色、全てが異なるセーターを一枚ずつ作る、それを国内工場で最短納期一ヶ月で、しかも「袖を少し短く」とか「首周りをもっと狭く」とか「袖口はリブじゃなくて筒状に変更して」なんていう個人ごとの要望にも応えてしまう、という、気の遠くなるような離れ業を事業にしてしまったのですから、驚きです。
 昨年まで当店のカシミアセーターはスコットランドに注文を出していたので、気に掛けたのは、そのクオリティに差があったら困るな、ということでした。店でよくお話ししているように、カシミアセーターについての製造側の考え方はふた通りで、ふんわり仕上げる九分咲きのイタリア調とかために仕上げた五分咲きの英国調、に大別されるのですが、この会社の方針は当店と同様にやはり後者の英国的な考え方であって、しかも乾燥機を使わない自然乾燥ですので、これはむしろスコットランドの上を行っていたのです。製造のファクトリーは山梨県中央市にあり、その水は南アルプスに降る水、つまり偶然にも私たち静岡の人間が毎日飲んでいる水と同じ水で作られるセーターということなのです。

……私たちには直接にモノを作る技術は何にもありません。しかしだからこそ、さまざまなモノづくりの専門家と取り組むことができ、そしてそれを多くの人に紹介することができます。それが喜びでもあり誇りでもあるのです。 (弥)

※ハイコム(ヒューメックス)とUTOは、現在は取り扱いがありません。

【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)


 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。
Yowa2281

続きを読む

【倶樂部余話】 No.228  無駄遣いをさせない店 (2008.1.1)


 あけましておめでとうございます。
 先日来日した大御所デザイナー、ジョルジョ・アルマーニ氏が、記者会見の席で「日本の消費者に何かメッセージを」という記者の問いに対して、三つのアドバイスを語りました。まず「自分を偽るような装いをしない」。次に「ブランドロゴに惑わされない」。最後に「ファッションジャーナリストが書いたり言ったりしていることをうのみにしない」。さすが御大、こういうことはこのくらいの人が言って初めて意味を持つのですね。
 一方、米アウトドア用品のパタゴニアが「売らないビジネス」を主張しています。曰く、モノを作って売ることはそれだけ環境に負担を与える。とすれば直せるものはできるだけ修理をしてあげて、なるべく新品を作らないし売らない。それでも経営の成り立つ会社であるのが理想、ということでしょう。
 この二つの話は、どちらも矛盾をはらんでいて、とても逆説的であり、批判的であって、また皮肉っぽくもあり、しかし、何だか中身には妙な説得力を感じて、思わずうなずいてしまうのです。
 そんな含みで、正月だから風呂敷拡げて言ってしまおう、と思うのです。当店は「お客様に決して無駄遣いをさせない店」を目指そう、と。無駄遣いをさせるモノは仕入れない、置かない、売らない、極力…。これを開店二十一年目の課題にすることにしました。
 本年も変わらずのお引き立てをよろしくお願い申し上げます。(弥)