【倶樂部余話】 No.268 東日本大震災にあたり (2011.3.25)


 信じられない大災害が起こりました。戦争を知らない私たちにとって、五十年生きてきてこんな惨事は初めてです。被災された方々を悼む気持ちで一杯です。
 この大震災で、全国各地のいろんなイベントや祭りが中止になっています。もちろん交通や設備などの諸問題で現実的に開催ができないという催しもあるのでしょうが、中には「不謹慎との批判を恐れて自粛」というものも多いようです。これは何か違うと思います。誰が不謹慎だと非難するというのでしょうか。自粛すればそれは謹慎なのかなぁ、と思います。「こんなときに遊んでる場合か」と言う人はいるかもしれません。でも「遊ぶ」仕事をしている人は、真剣に真面目にその仕事をしているのです、決して遊びながらふざけて仕事をしているわけではないのは当然です。自らの仕事を果たすことと哀悼の思いとは全く別のことです。
 大きな言い方をすると、経済を回すこと、が大切です。消費を止めない、小さくしないことです。お金は流れることでその節目節目に利潤を生み、その利益の中から社会の復興原資が賄われていくのです。義援金はどれだけ集まっても一時金です。
 東北地方には紳士服、婦人服、ニット、シャツ、靴などのファッション製品の製造工場がたくさんあります。それらのファクトリーにこれからもたくさんいい仕事をしてもらう、それが私たちの産業ができるささやかな復興支援です。しばらくはできるだけ日本製を優先して売ることにします。日本国内でお金が回るように心掛けることも大切でしょう。(弥)

【倶樂部余話】 No.267 三年振りのアイルランド (2011.2.21)


 三年振りにアイルランドへ行くんです、と話すと、皆さんから一様に「財政破綻で大変なんでしょ」との心配をいただきました。問題が顕在化した直後なので、私もそんな思いを持って飛びました。
 陽気なアイリッシュもさすがに少しは落ち込むのかな、との予想は見事ハズレ。「先祖たちが英国から長年にわたり受けてきた圧政や貧しさを思えば、これくらい大したことないさ。ケルティック・タイガーとまで称されたあの好景気だってそもそも政策主導で、あれ自体は正しい選択だったし、まあそれなりにいい思いもしたよ。消費税や水道代はこないだいきなり上がったし、公務員は減給、年金も減額になったけど、仕方ないね、また我慢の暮らしさ。でもユーロから仲間外れにされたらそれこそ大変だから。ただ、バブルを思いっ切り享受してきた若年層は、急速な冷え込みに対処のすべがなく、戸惑っている感じだね。」
 逆に日本をよく知るあるアイリッシュからはこう励まされました。「仕事はどう、と聞くと日本人は誰もが『悪いよ、良くないね』と答える。日本人の謙虚さというか、みんな一緒に、という性格の現れなんだけど、あれは良くない。たとえ虚勢でも『他は悪いかもしれないがウチはいいよ』と言おうよ。じゃないと中国にすぐ取って代わられちゃうよ。」
 さて、今回の主たる用件は、今後も現レベルのアランセーターの扱いが続けられるか、という大きな交渉だったのですが、直談判の末、何とか供給を受けられる目処が立ち、一安心です。他にもダブリンで新旧十社ほどの買い付けを滞りなく済ませ、早朝に帰国。羽田発着欧州便は実に便利でした。 (弥)

【倶樂部余話】 No.266   ツイッターが紡ぐアランセーター (2011.1.20)


 「アランセーターができて百年か、キリがいいから久しぶりに特集しよう」とここに書いたのが昨年の九月末。知己のライターがこの話をツイッターで紹介、それがある編集者の目に留まり、彼は男のセーターの特集を着想、急いで企画を練り、私のところへやって来ました。そして十二月中旬にムック本が発売、巻頭8ページにわたり当店とアランセーターがデカデカと載ったこの本が書店の男性ファッション雑誌の棚に並びました。
 同業者からは「どんだけ払ったんか?」と冷やかされましたが、こちとら静岡までの交通費はおろかお茶の一杯も出してないのですけれども、これだけ取り上げられれば反応が少ないわけはありません。このところ毎日のようにメールや電話での問い合わせが続き、嬉しい悲鳴を上げています。
 私が書いたアランセーターの本も絶版となって久しく、著者分の手持ち在庫も完売し、アマゾンの中古本で三倍もの値が付いている状態でしたので、モノクロだった写真を全部カラーに入れ替えて、データをPDF化してCDに焼き、パソコンで本のように読めるカタチで安価に頒布することにしました。実際iPadでペラペラとめくれる電子ブックになった拙著を初めて見たときは何だか自分の本とは思えない新鮮さがありました。
 アランセーターは百年の間ずっと変わらずに続いてきたものです。それが最先端の情報ツールであるツイッターが契機となって再び火が付くことになりました。 これももうひとつ別の意味の「温故知新」と言えるのかなぁ、などと思っています。(弥)