倶樂部余話【365】平成の終わりに(2019年3月1日)


ドナルド・トランプ米大統領のスーツはイタリアのブリオーニ製であるらしくて、百万円近くするそうですが、そのブリオーニのサイトを見ても、トム・クルーズやクラーク・ゲーブルなど著名人が載る顧客紹介欄にトランプ氏の紹介はありません。そりゃそうでしょうね、トランプ氏を載せることが、ブリオーニのブランド価値を高めるとは到底思えませんから。

まあ、そのくらい彼のスーツ姿はだらしない。細長すぎるネクタイにだらりと余った前裾、ここで私がいちいち指摘する必要がないほどすでにみんなが感じていることでしょう。しかも本人も自分の着方がだらしないということを十分に分かっていてあえてそれを変えようとしないんだろう、と思うのです。

米大統領選挙戦といえば、ネクタイの色柄だけで支持率が変わってしまうほどイメージ戦略は重要な要素です。当然有能なブレーンが付いているはずですし、なにせ妻も娘もファッション業界の女性です。きちんと着ようと志せば、ちゃんときちんと着れるはずなのに、あえてそれをしないで外し続けている。「俺は身なりで人を判断したりしないんだ」と言いたいのかもしれませんね。当初は泡沫候補と位置づけられていた彼が予想に反して支持者を増やしていったのですから、もうどこかで変えることができなくなってしまったんでしょう。「あいつは大統領になった途端に変わってしまった」などと思われて支持者から反発を食らうことが怖いんだと思います。彼が自国の選挙民の顔色しか見ていない、とよくいわれる姿勢の一端がここに見えるように思えます。服装に無頓着のように「偽装」する人は、なぜか政治家に多いような気がします。

といって、服装に頓着がありすぎるのもまた困りものです。いつか触れたいと思っていたので非難を承知であえてここで言ってしまいますが、NHKの夜9時のニュースに出てくる男性三人衆。この人たちはなにか勘違いしている。やりすぎ、てんこ盛り、足し算ばかりでもう過剰服装のオンパレード。伝えるニュースの信憑性まで疑ってしまいそうです。スーツスタイルの信条はアンダーステートメント(控えめな主張)なんです、足し算よりも引き算を考えてください。

さて平成という年号も間もなく幕を閉じますので、ここで天皇陛下のことに触れます。私が言うのも大変おこがましいことですが、陛下こそ素晴らしいウェルドレッサーです。ご高齢のため背中が丸くなって首が上方向でなく前に出てしまっているのですが、服が全く乱れていません。普通このように体型が変化すると、首周りから上着が浮いてしまったり、袖にシワが入ったり、裾が前下りになり後ろの着丈が持ち上がったりしまうものなのです。

しかし陛下は体型が変化するたびにその都度補正を繰り返し、常に乱れのない服装を私たちの前に見せてくれます。これは、金洋服店の服部普氏でなければできない大補正、しかも一度に一気に直すのではなくて、一つの服を何度も繰り返し補正をかけ、徐々に変化していく体型に対応しているのです。もちろんその技術があってのことなのですが、もし陛下ご自身が「少しぐらい上着が合わなくたって、背中が丸くなったんだもの、仕方ないだろう。手間を掛けるのも面倒だし、このままで着たっていいじゃないか」と思われていたらこの体型補正はなかったはずで、陛下にきちんと着たい、という高い美意識があればこそのこと、陛下を尊敬すべきウェルドレッサーだと私が感じる所以であります。

さあ二ヶ月後に新天皇となる浩宮様はどうでしょうか。服がちょっと大きいんじゃないかなあ、ゴージラインも低いよなぁ、と、ずっと気になっていますが…、いやいや、将来父を超えるウェルドレッサーに化ける可能性もこれから先まだ十分にあるので、その期待を込めて、今どうこう評するのはやめておきましょう。 (弥)

倶樂部余話【364】ダブリンとグラスゴーで思ったことあれこれ(2019年2 月1日)


毎年2月の倶樂部余話は、海外出張報告の形を取っていまして、今号もそういきますが、今年は何しろどこへ行っても話題はブレクジット(英国のEU離脱)のことばかり。それも熱く語るとか深刻に心配しているとかいう感じではなくて、皆一様に、英国の体たらくぶり漂流ぶりに呆れかえっている、当の英国民ですら他人事のように冷めきっている、という印象でした。
特にアイルランドでは、長年英国に虐げられてきましたから、いい気味だ、ざまあみろ、くらいの嘲笑ぶりで、他のEU26カ国を味方につけ今は英国よりもずっと優位な立場にいるわけで、これはもしかしたら英愛の歴史上はじめてのことなのかもしれません。
その中で私が意外に感じたのは、アイルランドは必ずしも北アイルランドを一緒にしたいと欲しがってはいないということでした。全島統一はアイルランドの悲願だと思っていたのですが、その思いを放棄することがイコール和平合意であったので、今その感情は薄くて、しかもかつてよりもアイルランドは発展し反対に北アの経済は衰退したので、今更北アを併合してもお荷物を抱え込むだけ、というところらしいのです。といって、英国も北アを切り離そうとしようもんなら、じゃスコットランドの独立はどうなんの、というジレンマに陥るので、そんな素振りは見せられない。ブレクジットで一番かわいそうなのはどちらからもお荷物扱いを受けている北アイルランドの人たちなんだろうと思います。

さて、自分の仕事の方ですが、今まで散々約束を破られてもう絶対に許さないぞ、と決めて臨んだところ2社(J社とM社)とまた取引をしてしまいました。謝られると弱い、頼まれると弱い、そんなふうに情にほだされてしまってはバイヤー失格とはわかっているのですが、はい、ダメですね、つくづくお人好しな自分に呆れました。

初めて参加したグラスゴーのトレードフェア、思惑以上の成果があり、行っただけのことはありました。が、その後がいけなかった。13年ぶりのグラスゴーなので、いい思い出の残っているティールームとレストランを訪ねましたが、世界的に有名なそのティールームは閉鎖中でやむなく冷たい雨の中懸命に坂道を昇って行った支店もこれまた休業中。webサイトにはそんなことは一言も書いてない。この悲しい気持ちを癒やしてくれるはずの思い出のレストランでしたが、これまたオーナーが変わっちゃったのか、以前のフレンドリーで活気のある店内とは大違い、料理も下手くそ、と、散々な夜。空港では深夜の最終便の待合で寝入ってしまい、叩き起こされてダッシュする始末。13年前は大好きな街だったグラスゴーは今度は大嫌いになってしまいました。いや、しかし待てよ、もしかしたら、私の店も、同じように言われてはいないだろうか、ずっと前はお気に入りの店だったのに今では…と。そう、人のふり見て我が…、であります。反省反省。

思えば、今回は、常に滑り込みセーフ、の繰り返しでした。帰国便接続の空港バス停に、余裕をみて予定の3分前に着いたところ、いきなり5秒後にバスが来てすぐに発車。間に合ったから良かったものの、時刻前発車は日本なら補償問題になるほどの事件なんだけどなぁ。(弥)