倶樂部余話【五十七】アイルランドの夜は更けて(一九九三年十二月八日)


さる十一月二〇日の「アイルランド・ナイト」には約三十人が集まり、吹き抜けに響く不思議な笛の音とギネスの酔いで、実に楽しい一夜となりました。当日の様子は店内に写真を掲示しています。来年も是非開催したいと思います。

十二月三日、アイルランド政府商務庁東京オフィスからある本の出版パーティに誘われ、吉祥寺まで行って来ました。書名は「紀行・アラン島のセーター」(伊藤ユキ子著・晶文社刊・二千三百円)。丸ごと一冊アランセーターの話題が満載のアイルランド紀行です。美人の著者にその場で掛け合い、初版本を数冊だけ卸してもらって現在当店で販売中です。

来る十二月七日、午後十一時よりフジテレビ系「ワーズワースの庭で」にてアランセーターの特集があります。制作には私も協力しています。是非ご覧下さい。

と、ずいぶんアイルランドに肩入れした一年でした。違う視点から英国を見たことでもあります。不景気で頭の痛い毎日でしたが、アイルランドに関わったおかげで多くの人とのネットワークが作れ、これは他人に真似のできない何よりの収穫とうれしく思います。

今年一年のご愛顧に感謝いたします。メリー・クリスマス!

※伊藤ユキ子さんとはこのときに初めてお会いしたのだが、その後も事あるごとに当店を日本でのアランセーターの販売拠点として紹介してくれて、本当にお世話になった。また、二〇〇二年の拙著「アイルランド/アランセーターの伝説」刊行に際しては、お祝いの一文も頂戴した。

倶樂部余話【五十六】「バリュー」という考え方(一九九三年十一月八日)


(今回、筑紫さんの「多事争論」風で…)

先日アメリカの商業先進地を視察してきた友人の報告によれば、「価格」のことをpriceと言わずにvalueと表現しているそうです。例えば「How much is this?」に答えて「そのValue92ドル59セントです。」というように。

辞書ではvalueは「価値」と訳されていて、「付加価値」という言葉に代表されるように、文字通り価値を付け加えること、例えば有名ブランド料や有名店舗料など、つまり積み重ねた足し算の価値判断を価格としてきました。

しかし、右のように「価格」そのものをvalueと言うときには、逆に余計なものを削ぎ落とし削ぎ落として、この物の本質の価値は実のところいくらなんだろう、という、いわば引き算の価値判断が働いているように思えます。

素人の消費者が品選びのためにブランドを頼りにするのはやむを得ないことです。しかし、販売するプロの我々までもがそれに頼った価格設定をしているのではいかにも情けない。価格とは真にvalue for moneyでなければ、もう誰も納得しないのだということでしょう。

 

※振り返れば、これは、初体験である「デフレ」現象の始まりだったのでしょう。

 

このとき、第一回の「アイルランド・ナイト」を開催。アランセーターを着て、ギネスビールを飲みながら、アイルランド伝統音楽のライブ演奏を楽しむ、という楽しいイベントだった。

 

静岡に昼の演奏会のために見えることになっていた守安さん夫妻に無理をお願いし、ほとんどノーギャラで演奏していただいたのだが、今では大御所的存在の守安大先生によくまあ図々しくも頼めたものだと思う。

倶樂部余話【五十五】男たちよ、いくら何でもちょっと元気がなさ過ぎませんか(一九九三年十月一日)


日本初の「アイルランド・フェア」開催に要請を受けての、二週間にわたる横浜でのアランセーター販売も無事終了し、実に多くの方に世界最高の手編みニットに触れていただくことができました。また、どうしても作りたかったアランセーターのすべてをまとめた小冊子(カラー十二頁、現地取材までして完璧を求めたのでお金もかかってしまった!)もようやく出来上がりました。皆様にはご来店の折りに差し上げていますので、是非お読みいただきたいと思います。さらに方々からアランセーターの取材依頼も増え、十一月創刊の新雑誌「メンズ・エクストラ」(世界文化社)や全日空の機内誌「翼の王国」などへ掲載されるようです。

少しずつ「アランセーターのことなら静岡のあの店」という評価が全国的に出てきているようで、これはお客様にとっても、誇らしく思っていただけることだと感じています。

さて、横浜からの荷物が凱旋帰静いたしましたので、例年より二週間遅いスタートですが、いよいよ「第六回・アランセーターの世界」を開催いたします。またまた一階には白の世界が広がります。今年はポンド安&円高で二割ほど価格も下がってますし、何しろこの六月に私がはるばる現地まで取材に行った報告資料が豊富ですので、例年以上に魅力あるイベントになるはずです。今回は新聞広告を出しませんので、是非口コミでご友人などお誘い合わせ下さい。

ところで、最近お客様からよく言われることが「この店に来ると欲しいモノばかりで困るんだよ。だからあんまり行かないようにしてるんだ。」というお言葉。恐らくは無沙汰を自虐されてのお世辞半分だということは十分承知してはいるのですが、聞く方としては(もちろん悪い気はしませんが)かなり困った気持ちになってしまい、答えて曰く「お願いですから、そんなこと言わないで、ちょくちょく遊びに寄って下さいよ。『今日は見るだけ!』と言われれば私たちは売りませんから。」特に今の時期、ご紹介したい新しい品物が続々と入ってきて、お客様の反応や評価を確かめたくてしようがないのです。景気が悪いことも重々承知してはいますが、当店としても、奥様方から「あのお店ならあなたが買うだけの価値のあるものがあるはずよ」と言っていただけるような店づくりを目指しておりますので、どうか冷やかしにでも店内を覗いてみてはいただけませんでしょうか。

何しろ男たちに元気がなさ過ぎる、と思える近頃ゆえ、なかば檄を込めつつのお願いです。

※バブル崩壊で、今読むと少々痛々しい。このとき兄弟店ジャックとケントでは別会場で「トラッド・アウトレット」なる催事を企画し、なんとか売り上げを稼いでいたものだ。

 

「アランセーターの世界」は朝日新聞静岡支局の取材を受け、ローカル面に記事として紹介された。

 

「メンズ・エクストラ」は現在の「メンズ・イーエックス」のこと。

 

倶樂部余話【五十四】強い援軍に支えられて、セヴィルロウの秋は走り出します(一九九三年八月三十日)


妻が雑誌でいい文章を見つけました。(ミセス九月号より/文・秦早穂子)

「秋に服を作るのは、一番重要なことである。その服は、夏をのぞいて今後一年の服装計画の基調となるし、手持ちの服や小物とうまく調和できれば、五年、十年の年月を一緒に生きられるからである。」「安ければいいという精神は、高ければいいという精神の裏返しにしかすぎず、自分の考えや美意識のなさを証明しているようなもの。」「真に得な服というのは、長持ちする品質と技術、年月に耐えうるモダンさを持っているはずだ。」「私たちはもっと自由で厳しい目で、自分なりの存在証明を服装に打ち出そう。」「不況は目覚めるにはいい機会で、こんな視線で秋の服を探したい。」と。

 

さて、この秋、当店の強い味方となる三人の男をご紹介します。
☆ジェレミー・ハケット。彼が創業の「ハケット」は、不況下の英国で随一元気なメンズブランド。ロンドンの上流団塊世代から圧倒的な支持を受けている。前身の古着屋の当時に「古き良き時代の英国服」のあれこれをたっぷりと養った彼のコレクションは、スポーツからフォーマルまですべて本物の英国を実証している。経営難に陥ったほどの本物志向をダンヒル社が支援し、現在その傘下に入っている。気難しい性格の人間かと思っていたが、私のために一時間の会談時間を取ってくれた彼は、穏やかな笑顔の好感あふれる「青年実業家」であった。
☆ブライアン・レディング。「スキャパ・オブ・スコットランド」のオーナー兼デザイナー。ベルギー在住で、建築技師の経歴もある。スキャパは英国の北にあるオークニー諸島の小さな村の名で、彼の生地である。幼少の日々を過ごしたこの村での原風景が彼のコレクションの根幹をなしている。この四月に会った彼は素朴なカントリー・ジェントルマンで、思わずかの生粋のスコッツマン、ショーン・コネリーとイメージを重ねてしまった。
N.M.氏。D社長兼デザイナー。というより、この業界では二十年前にブリティッシュ・クロージングのブランドB・Sを最初に企画した男として知られる。以来、背広が最も力強くかつエレガントであった一九三〇年代の英国服に焦点を合わせたモノ作りを続け、渋谷に自らの店を構え自らの製品を販売してきたが、このたび当店と意気投合、秋物からの展開となった。かなり細部に凝りながら中価格を実現した英国調既製服は大いに魅力的だ。

 

セヴィルロウ倶樂部、六度目の秋が始まります。乞うご来店。

※意外と言うべきか、当然と言うべきか、十三年たった今現在、この三つとも当店にはない。そして、日本では存在もしていない。(スキャパはレディスのみを日本で展開中)

 ※このとき、小改装。一階ウィンドゥの桟をはずし、二階カウンター側に採光窓を設けた。

倶樂部余話【五十三】アイルランドでちゃんと仕事をしてきた証拠の品をお見せします(一九九三年七月二十七日)


(今日、静岡地方気象台より梅雨明けの発表がありましたので、約束通りセールを開催します)という出だしで原稿を用意し発送を待って約一週間。まだ梅雨明けせずに、さて困った。運を天に任せるにも我慢の限界です。で、商品自体はすべて最終価格にマークダウンして表示いたしました。(中略)

それが終わるとすぐ秋物?いえいえ、その前にお客様にどうしても見てもらいたいモノがあるのです。アイルランドの陶器で「ニコラス・モス」と言います。先月のアイルランド出張の際、ダブリンの高級百貨店での陳列に強い印象を持ち、是非皆様にご紹介したいと、先方と交渉を続けてきましたが、長野市の小さな商社が代理店となり、販売開始の運びとなったものです。

粉挽きの水車小屋を改造した工房で焼かれる、花や動物、果物を手押しのスポンジで仕上げた、素朴なカントリー調のお皿やマグカップ類で、ナチュラルな優しさに溢れています。しかも電子レンジも食器洗い機もOKで、最近ではニューヨーク「ティファニー」のオリジナルも手掛けています。

また、同時に、グリーンの大理石とピューターを使ったアイルランド・ブローチも追加入荷しましたので併せて展示いたします。

このところ奥様方から「亭主の買い物に付き合うだけじゃつまらないわょ。私の買える物も用意して!」という声を強く聞いていましたが、徐々にでもその答えを用意していきたいと考えています。また、店内で使用中の家具の販売も現在検討してます。

※ニコラス・モスの初登場がこのとき。今は代理店を経由せずに直接の輸入をしている。



倶樂部余話【五十二】イングランド・スコットランド・アイルランド、18日間の旅(一九九三年七月一日)


十八日間の旅日記を簡単に。

☆六月一日…東京にて開催中のアイルランド関係の美術展を見学後、アイルランド政府商務庁へ赴き、出発前の最終打ち合わせ。

☆六月二日…ロンドン。根城は大英博物館近くの格安B&B。

☆六月三日…秋から導入するハケットの社長と会見。コンセプトのレクチャーを受ける。卸値での購入を許され、日本未展開品を中心に仕入れ。

☆六月四日…早朝、バーモンジーのアンティーク市にてカフスなどを購入。午後、モルトスコッチで知られるミルロイ酒店で数々の試飲後、ビンテージ物六本を購入。でもベロベロに酔いが回り、その後の予定はすべてキャンセル。

☆六月五日…早朝、ポートベローの市へ。午後、買い物後はハイドパーク散策。

☆六月六~九日…アメリカの老夫婦たちに混じって四日間の楽しいバスツアーに参加。ヨーク~エジンバラ~湖水地方~コッツウォルズ、と回る。車窓最高。エジンバラのホテルのテレビで皇太子と雅子妃のご成婚生中継を見る。

☆六月十日…アイルランド・ダブリン。アラン模様と関連があると言われる五千年前の遺跡ニューグレンジ古墳へ。

☆六月十一日…午前、ケルト美術の集大成「ケルズの書」を見学。午後、アランセーターの卸元ゴルウェイ・ベイ社のオシォコン氏宅を訪問。九月の横浜そごうフェアの打ち合わせと春物の追加発注。

☆六月十二~十四日…憧れのアラン諸島へ。詳細は別稿を予定。まさに地の果ての感。今まで私がお伝えした数々の話に嘘や誇張のなかったことを確認し、安堵と感慨しきり。

☆六月十五日…ア商務庁の手助けで、特産のコネマラマーブル(緑色の大理石)工芸品の紹介を受ける。置き時計やブローチなどサンプル購入。

☆六月十六日…早朝ダブリンを発ち、ロンドン郊外アスコット競馬場へ。紳士はモーニング姿がウヨウヨ。淑女はダイアナ妃もどきゾロゾロ。圧巻にキョロキョロ。

☆六月十七~十八日…無精髭をたくわえ帰国。

と、当分は本稿に困らない位の多くのネタを仕込みました。

 

倶樂部余話【五十一】しっかりしてよ、百貨店。(一九九三年五月十八日)


巷では「紳士服価格論争」なるものが話題です。

先日もそれに関連してある地元テレビ局の報道部から私に「いい背広を簡単に見分ける方法を教えて下さい。」という電話が入りました。以下はその時の返答です。

それが簡単に見分けられないから、お客様は私たちを必要としているのです。また「いい背広」と言うのには、単に出来が良いということ以外に、お客様個人個人の職業や地位、趣味嗜好などの価値観に相応しいかどうかという要素がかなり含まれているのですから、ことさらに、素材や縫製などの製造面だけを見て、背広をワープロやカメラと同じような工業製品として扱うことは、あまり意味をなさないことではないでしょうか。

極端な例かもしれませんが、街角の自動販売機で買う百十円のコーラと一流ホテルのラウンジで頼む千五百円のコーラ、中身はどちらも同じなのに、私たちは両方ともを使い分けて利用しますし、その値段の差を当然のものとして大した疑問も感じません。

一流ホテルを引き合いに出すのは大変おこがましいことですが、それでも、私たちは洋服に工業製品以上の高い価値を付随させて販売をしています。つまり物販業でありながらサービス業的な要素を強く見るか、逆に全く無視するかで、一着の背広の意味は大きく変わってくるはずです。

ただ、今言えるのは、今はバブル時代の反動もあって「安く上げる」ということがひとつのトレンド(はやり)になっているのは確かなことです。「洋服の青山」は今一番のトレンディ・ショップです。「この背広、青山で五千円だけど、なかなかイイでしょ。」と堂々と会話ができるのもそれがトレンドだからです。

この「安く上げる」姿勢が一般的に根付くこと自体は大変良いことだと思います。そして「安価廉売で買う」だけが「安く上げる」ことのすべてではないということにもお客様は早晩気が付くはずです。一例を挙げさせていただければ、私たちの謳う「英国気質」こそ「安く上げる」思想の何よりのお手本ではないかとも思うのです。

 

※このとき、九月に横浜そごうでのアイルランド展に参加することが決まった。それは当店にとってその後の大きな転機となる。

倶樂部余話【五〇】手前味噌、うれし涙の五〇号(一九九三年四月六日)


記念すべき第五十号は、これまた記念すべき創業二十周年キャンペーンのご案内です。

さて、商売にどうしても必要なものとは一体なんでしょう。店舗でしょうか。いいえ、店を持たない通販という業態だってあります。では商品ですか。いや現物がなくてもカタログだけでモノは売れます。販売員ですか。いえ、自動販売機は下手な人間よりも実によくモノを売ります。

店、モノ、ヒト、それよりもまず必要なもの、それがお客様ではないでしょうか。客がいなくては商売は絶対に始まらないのですから。買い手がいなければ売り手は商売ができません。当たり前のようですが、実はとても大切なことではないかと思うのです。

この二十年間、本体の野澤屋の創業から数えると実に七十年の期間、小規模ながらも曲がりなりにも静岡市の中心街で店を張り続けていられるのも、お客様がいて下さったから、という理由意外には何もありません。この感謝の念をどうやってお客様に還元するか、思案の末に別紙のような謝恩キャンペーンの実施にたどり着いたわけです。

私どもの企画に「ならば…」と一肌脱いで下さった二十社の方々に総数約一万通のご案内を発送すべく準備を進めていますが、お読みいただければ、これを契機に、皆様のように末長いお付き合いができる素晴らしいお客様がもっともっと増えてくれれば、との私たちの願いが込められていることはご理解いただけることと思います。

しかし、私たちの一番大切な財産は当店を愛し続けていただいているファン客の皆様であることは言うまでもないことです。「おいしい話はまずお得意様から」が当店の大原則ですので、今回につきましても、皆様には各企業へのご案内よりも一週間早く実施させていただくこととしました。

消費の停滞している昨今ですが、当社の成人式に「おめでとう」の気持ちをお寄せいただけるのであれば、どうか二十年に一度のこのお祭りにご参加下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

 

※会社の創業二十周年にかこつけて、地元企業二十社の社員さん向けに、二十日間の二十%オフ、というイベントを企画した。今読んでみると、何だかとても言い訳がましい書き方で、要はバブル崩壊で売上が低迷し、とにかく売上を上げなければいけない、という、もがき苦しんでいた様子が分かる。

 

デフレへ向かっている頃なので、いかにかっこよくデフレに対応するか、を模索している姿が浮かぶ。

 

 

倶樂部余話【四十九】アンケートへのご協力、ありがとうございました(一九九三年三月六日)


春がだんだんと近づいているのを、目のかゆみが増すことでひしひしと実感しているこの頃です。

先月皆様にお願いしましたアンケート調査についてご報告をいたします。実に百通近いご回答をいただき、ホワイトディ・ギフトパックの申込書を兼ねていたとはいえ、オマケもないこの手のアンケートとしては異例に高い、二〇%を超える返信率を示しました。皆様が当店に高い関心をお寄せ下さっている証しと深く感謝申し上げます。

ご回答を見ますと、平日のご来店が多い方からは夜遅くまでの営業を、週末が多い方からは早い時間からの開店を望む声がありました。定休日については、多くの企業がノー残業ディを水曜日に設定していることもあり、水曜営業を希望する声がもっとあるかと予測していましたが、さにあらず。ただ定休日は商店街全体の問題として考えて欲しい、という要望が強いように感じます。まあ、二十四時間年中無休営業もできませんので、最大公約数を探るべく、引き続き検討したいと思います。

品揃えの充実にも期待されている部分が多いようですし、さらにいろいろなアイデアのご提案もいただきました。一歩一歩推進していきます。

コメントびっしりの方も多かったので、次回実視するときには大きな通信欄を用意しましょう。皆様、伝えたいことを考えておいて下さい。

さて、新加入のスタッフを紹介します。

(中略)

さあ、店内には春の品が勢揃いいたしました。モノ、ヒト、そして心、新たに充実を増し、皆様のご来店ご用命を心よりお待ち申し上げております。

倶樂部余話【四十八】ほんとにそうなる?はずれたらごめんなさい(一九九三年二月一日)


景気への不安からか、今年の年頭にはいつになく【これからはこうなる】といった予測情報が数多く集まりました。その中で特に心の動いた話をいくつか紹介したいと思います。

【えこひいきがまかり通る】

新大関貴ノ花の一言「好きだから」。結果、宮沢りえとは破局になったとは言え、あれほどシンプルで強いメッセージはありませんでした。好きに理由などないのです。今後何よりも強い判断尺度は「好き嫌い」です。

だから、仕入先と店、そして店とお客様との関係で「えこひいき」がより強く現れるようになってきます。店は「この人だけには」というお客様にはもっと贔屓(ひいき)をするでしょうし、お客様にしても「この店だけは」という贔屓の店にだけ押しが集中することでしょう。

【「安売り」が売れぬ原因になる

今は世の中全体が「安売りしか売れない」という風潮ですが、いずれその「安売り」が売れない原因になるときが近い将来やってきます。生活必需品以外は、物が足りてれば安い物をたくさん買う必要はないのですから。私はこの傾向がでてくるのは意外と早く、今年の秋ぐらいからだろうと読んでいますが…

【商品は売れず「作品」が売れる】

トレンドだからとりあえず…という物ではなく、愛着を持って長く付き合えて使い込んでいける物、手の温もりの伝わる物、慈しんで鑑賞する価値すら持っている物、そんな「作品」的な商品の評価が高まってきます。アランセーターなどはずばりこれに当たりますし、オーダーメイド等もまさに「あなたのためのただひとつの作品」です。

また、店の人が惚れ込んでフットワークを使い苦労してようやく仕入れた品、こういうものは興味のない人にとってはただの商品にすぎませんが、そのみせにとってはだいじなだいじな「うちの店の作品」に変化します。

作品としての思い入れを伝えていくには、作る人→仕入れた人が直接売る→使う人、といった単純な物の流れでなければなりませんから、この「作品」的な品揃えを増えしていくことこそ、小規模な専門店の真骨頂ではないでしょうか。

【ターゲットではなくパートナー】

お客様は、売り込むためのターゲットではなく、共に成長するためのパートナーです。一方的なマスメディアの「情報」より、相互の会話から積み重ねられてくるクチコミによる「評判」が何よりも信頼のおけるものとなります。

お客様との会話の中から、共通の価値を育てていくことが求められています。

※   ※   ※

私自身おめでたい性格なので、自店に都合のいい話ばかりを挙げたかもしれません。いずれにせよ、厳しい市況の最中、どうせ苦労するなら好きなことで苦労したい、と思うのは誰でも同じはずです。だから、楽観的に、当店の前途は明るい、と信じています。

 今年も、お客様ともっともっといろいろなお話をしたいと思います。どうか飽きることなくお付き合い下さい。

 

※カシミア・フェア。ホワイトディ・パック、この年は帯広・六花亭のホワイトチョコ。


※往復ハガキでアンケートを同封。