倶樂部裏話[1]店は家と同じ(2000.12.6)


 「お客様には分け隔てなく平等に接せよ。」という店もあるでしょうが、当店の客への応対は随分と不公平があり、気に入った客には必要以上に手厚く、気に入らない客にはかなり慇懃(いんぎん)です。私はそれを肯定しますし、むしろ路面の個店専門店として当然だと考えてます。
 基本的な考え方として、この店は「私の家」と同じだと思っています。他人の家を訪れておいてそのホストファミリー(私たち店のスタッフのことです)に礼を失するようなゲストは、客として扱いたくなくなってしまいます。具体的に言うと、こんな方たちです。
*「私たちが見えないの?」…私たちは必ず相手の顔を見ながら「いらっしゃいませ」の声を掛けます。聞こえないはずはありません。見えないはずがありません。なのに、平然と何の反応も示さない人達。同様に、私たちが近くで待機しているのに、それを全く無視して、当店とは全然無関係な話をしながら、商品に関心すらも寄せない人。うちの店はコンビニや喫茶店じゃないんだよ。言葉でなくても、せめて目を合わせるぐらいはしてくれないかなぁ。人の家に挨拶なしで入るのは、泥棒ぐらいのもんですよ。
*「濃い色眼鏡、ウォークマン、ポケット突っ込み」…暗い色のサングラスをしたままの人、色がわからないでしょ、本気で品物を見ようという人の取る態度ではないですよね。ウォークマン付けたままってことは、私たちの話をはなっから聞くつもりがないってことですね、ならばこちらも何もお話しませんから。両手をポケットに突っ込んだままっていう人も、品物に触れて見ようという気すら起きてないのでしょうから、こういう方も客として認めたくないなというのがホンネです。
*「いきなりタメ口」…おいおい、どう見たって私は君より年長者だよ。最低の敬語ぐらい使いなさい。初対面でタメ口はないだろ。
*「電話は名乗って」…これはメンバーズの中にも時々いらっしゃいます。名乗っていただかないと、電話帳からかけてきたフリの方と同じような一般的なお答えしかできません。相手が誰とわかっていればこそ、その方の年齢、職業、嗜好、サイズ、購買履歴から、適格なアドバイスができるのですから。それから、杉山さんとか鈴木さん、望月さんなど、多い姓の方は、「××の杉山です」とか「望月○○です」と、はっきり特定できるように名乗って下さると助かります。

 っと、これを読まれているメンバーの方には全く無縁な話ですので、「倶樂部裏話」として、書かせてもらいました。ほんとは、店内に「お触れ書き」として掲示したいぐらいのことなのですが…。あー、すっきりした。(弥)

※「裏話」は元来ホームページで「メンバーズ限定」のパスワード設定したページに書いたものでハガキ通信とは異なります。非公開の必要がなくなったものをここで掲載しました。

倶樂部余話【一四〇】忘れ物はないですか(二〇〇〇年一二月五日)


今月することはすべて20世紀最後、来月やることはみな21世紀初。当り前のことですが、それでもいつもの年の瀬よりも気負った気持ちになります。

と言って、輝かしい未来に心ときめかせている、ということでもなく、次世紀は今世紀よりもっと素晴らしい、という確たる心境にもなれません。だってそうでしょう、平成は昭和より素晴らしい未来でしょうか。

だから畢竟、気持ちは過去へ向きます。先人の付けた轍をもう一度確認してみる。そして、この態度こそが「トラディショナル」と呼ぶ思想なのではないかと思うのです。

こういった混沌とした思いをやはり19世紀末の人々も味わったのかな、と考えます。今世紀のうちに、手に入れておきたいモノ、聞いておきたい曲、見ておきたい画像…。うまく言えないのですが、「お忘れ物のないよう、ご注意下さい。」という(何だか車内アナウンスのような)気分です。
  メンバーズの皆様の、今年の師走の心持ちはいかがなものでしょう。20世紀記念のお買い物。セヴィルロウ倶樂部で、お求め忘れのないよう、今一度お手回り品をお確かめください(!?)。 メリー・クリスマス!

倶樂部余話【一三九】ドレスコード(二〇〇〇年一一月一日)


HP開設に伴って、お客様からのEメールが毎日のように入ってきます。

その中で意外に多いのが、冠婚葬祭時の着こなしなど、いわゆる「ドレスコード」に関するご質問です。「○○のときには、××の格好で良いでしょうか?」といった内容で、一抹の不安を打ち消すために私の太鼓判をお求めの様子です。服が似合う似合わないは、「これでいいんだ」という自信を持って着ているかどうかの差ですから、これはとても大事なことだと思います。

ドレスコードを間違えて着ていても、何も反則金を取られるわけではない反面、また誰もその間違いを指摘してはくれません。ルールブック的なものはなく、その人の地位やファッション認知度、主催者の思惑、時と場所などによって、○にも×にもなるのがドレスコードで、英国の憲法のような積み重ねの所産、不文律といわれる所以です。

それではドレスコードどおりにきちんと着ていればそれで事足りるかというと、さにあらず、「崩し」もまた服装の楽しい妙であります。ただ、あくまでもドレスコードをきちんと踏まえた上で崩していくことが肝要で、例えると、ジャズのアドリブのようなものと言えます。

しかも、ファッションは変化の連続で、服飾思想は徐々に簡略になってきているので、かつては×だったものが現在では○、というドレスコードも多々あり、以前に本で読んであるからもう大丈夫、ということも言えません。

私は、男の服飾はドレスコードがあるからこそ面白いのだと思いますし、ドレスコードを良く理解している人は例外なくおしゃれな方だと感じます。本来は、男が社会へ出るための最低限の知識として学校で学んでおくべきことのひとつだと思いますが、残念ながら私自身も高校や大学でこんな講義を受けた経験はなく、結局、興味のある人しか知りえない特殊な知識になってしまっているのが、日本の現実です。

「それじゃどうすればいいんだ?」ということですが、皆様への答えは簡単です。私に尋ねて下さい。さすがに宮中晩餐会レベルとなると自信はありませんが、一応プロとして恥ずかしくない程度のお役には立てるはずです。その代わり、私たちが困った時にはあなたのプロとしての知恵をお借りすることがあるかもしれません。知らないことは知ってる人に聞く。まさに、蛇の道はヘビ、なのですから。

倶樂部余話【一三八】省くという流れ(二〇〇〇年一〇月五日)


服飾の歴史とは、イコール簡略化の歴史でもあります。現在では最も堅苦しいと思われているスーツ・スタイルも、フロックコートなるガチガチの貴族の服から度重なる簡略化の過程を経て、現在に至っている、進化した姿なのです。

オフタイムの着方にしても、シャツ⇒ベストやセーター⇒ジャケット⇒アウター(コート)⇒頭には帽子と、重ねていくのが言わば本来なのですが、今ではこんな正統的重ね着はむしろ少数派になりつつあり、ここでも簡略化の流れが進んでいます。

まず最初に省かれるのが、一番値の張るアウターでしょう。厳冬期にはどうしても必要ですが…。そしてジャケットがランクアップしてアウター化し、室内に入ったらジャケットを脱ぐ、というようになってきました。代わりにセーターがジャケット化して、ザクッと羽織る感覚のセーターが目につくようになってきてます。アランセーターのジャケットもそのひとつですね。

しかし、このところ急速に変化を見せているのは、何と言ってもシャツです。シャツはもともと下着であって、おおっぴらに人目に晒すものではなかったのですが、今では、分類上はシャツなのに、その着方は、セーター的、ジャケット的、アウター的な楽しいシャツがどんどんと増えてきてます。ひと頃は年配者たちから眉をひそめられた裾出しルックも、そのラクチンさからか、すっかり当たり前のものに定着しました。簡略化の歴史から見ればこれも当然のことと、そろそろ積極的に是認したいと思います。

ということで、すでにご来店の方はお分かりでしょうが、今年の秋は、従来よりもシャツをグンと増やして揃えました。新たな感動を味わっていただけることと期待してます。

 

倶樂部余話【一三七】クラブだけどパブ(二〇〇〇年九月六日)


英国の酒場といえばパブ。これはパブリックの略ですが、公共ということではなく、階級や氏素性に関係なく誰でも入れる、という意味であり、対する言葉はメンバー制であるクラブです。

さて、当店はクラブの名を冠しています。欧州の小さな専門店が持つ(いい意味での)一種の閉鎖性に憧れてこう名付けました。しかし、曲がりなりにも13年間やってきたことで、この頃当店も少しずつパブリックな存在になってきたかな、と実感します。紺屋町の英国旗の出た煉瓦造りの洋服屋と言って「知ってる」という人が格段に増えてきたようです。ありがたいと思うと同時に、課せられた責任も次第に重くなってくるのだと肝に銘じています。

だからといって今までのやり方を変えるつもりはありませんが、商売としてはパブリックな要素にも答えねばなりません。頂上の標高を下げないでしかも裾野を広げる、という難しい作戦となります。また、お客様の消費に占める衣服の比率が今より上がることは当面ないでしょうから、これにも知恵を絞らねば、面白い店にはなりません。

当店の14度目の秋を、こんな思いで迎えました。今年も仕込みは万全、どうぞ存分にお楽しみ下さいませ。

倶樂部余話【一三六】八月に思うこと(二〇〇〇年八月三日)


顧客名簿を整理していて、不思議な事実に気が付きました。

月々の売り上げはかなり上下するにもかかわらず、来店されるメンバーズ(現時点で当報を配信している顧客)の数は毎月そんなに変化がなく、全メンバーズの二割前後とほぼ安定しているのです。単純に言うと、その中で買う人が増えると売れるし、買わない人が多いと売れない月になるわけです。

誤解しないで下さい。私は、店に来た以上は必ず何か買って下さい、などと言っているのではありません。売れる売れないは売る側の問題。遊びに見えるお客様のせいではないのですから。

言いたいことは、売れない時であっても、いつも一定のメンバーズの皆様とお会いできているという事実が何よりも嬉しい、ということです。しかもその割合が二割もある。一般に10%を超えれば御の字と言われるDM応答率が毎月20%にも及ぶ店などそうそうないはずで、これは自慢のデータです。

振り返ると、私は、いいヒトに会いたいがゆえにいいモノを売ってきたように思います。売りたい、よりも、会いたい、のです。八月は一年で最も売れない月。だからこそ、最もお客様に会いたい月でもあるのです。

倶樂部余話【一三五】定番ってなんだ?(二〇〇〇年七月六日)


「定番」って何でしょう。

広辞苑には「流行に左右されず安定した需要のある商品。商品番号(品番)が定められていることからこう呼ぶ。多く衣料品について言う。」とあります。由来はその通りですが、この定義は違うと思います。米やちり紙ではあるまいし、今時そんな悠長な衣料品などありません。

私の考える定番とは、いつの時代も売れ続けているもの。つまりロングセラーのことであって、スタンダードとかクラシックとは意味合いが少し違います。意地悪く言うと、それは過去の実績の評価であって、縮小経済の昨今では、去年の定番は来年も定番であり続けるとは限らないし、来年は来年の新たな定番が生まれることもあるのです。

「君の処は定番ショップだよね。」とも言われます。確かに当店の全ての商品はロングセラー足りうる素養を持っていると確信してますが、それゆえに新陳代謝を怠ればすぐに陳腐化する店になってしまう怖さもあります。変わらぬ店であり続けることは、進化なく止まっていることとは違うのです。

倶樂部余話【一三三】流行28年周期説(二〇〇〇年五月二四日)


売れてる雑誌に変化がでてきたそうです。

最新トレンド情報を毎回これでもかこれでもかと紹介する雑誌にかげりが見え始め、代って、古くから変わらずに続いている職人モノを発掘して紹介する本が部数を伸ばしているという話です。例えば、「サライ」を読む20代、30代が急増しているらしいのです。

私も20代前半の頃は、ひたすら流行を追いかけたものでしたが、現在のスピードはその七倍速とかで、ドッグイヤーとも呼ばれる程に目まぐるしく変化して、「ハヤる前にスタれる」という奇妙な感覚を覚えます。

少し前なら流行遅れだが、ずっと前ならレトロでカッコいい、ということでしょうが、では一体何年ぐらい昔がその一線なのでしょう。

ある人は、流行28年周期説を唱えています。それによれば、厚底サンダルやベルボトムが28年振り。アロハ柄ペイズリー柄の復活もそうだと言います。(フィッシャーマンセーターも!)

男の世界では、もうすぐ「ピーコック革命」でカラフルさが復活し、「華麗なるギャツビー」でクラシックな装いが戻るだろうし、女性界では、もうまもなく、ハマトラ、ニュートラが一大トレンドになるだろう、と予測しています。

さて、28年前は一九七二年。あさま山荘、沖縄返還、札幌オリンピック。とすると、カラオケで「虹と雪のバラード」を歌い、「笠谷のジャンプ」を宴会芸で披露する四十男は流行の最先端を行っている、と言うことになるはずですが......

 

倶樂部余話【一三二】国会図書館でメンクラを調べる(二〇〇〇年五月一日)


 卒論以来、20年振りに国会図書館へ。アランセーターの日本での初見を探すため、雑誌「メンズ・クラブ」を創刊号(1954)から順に延々と頁をめくる。

当時VANの御用雑誌として、唯一の男の指南書だっただけに、誌面からはトップギアフルスロットルの日本の60年代の勢いがぐいぐいと伝わる。

56年...「マンボに代わるリズム~チャチャチャ」モデル菅原文太、高倉健。

57年...「ニットウェアーの新しい傾向~メリヤスの流行」モデル高島忠夫。

59年...「テニスセーター~流行のプリンスルック」(現天皇陛下ですね!)

60年...シェットランドセーター、ボタンダウンシャツ、ブルックスブラザース初見。ジャンボーニットなる新語。

63年...「ジーパンのすべて」。名物「街のアイビーリーガーズ」第一回。

65年...「アイビー特集号」。TPO

66年...「ピザ~イタリアで生まれアメリカの若者が育てたアイビーな味覚」「ジーパンはリバイス」。対談「アイビーとコンチとモッズ」。バミューダ。

67年...ツイスターゲーム。MG5。ピーコック。「アイビーVSトラッド」。

68年...サイケ。カントリールック。

いやはや、楽しい調査でした。ちなみに、フィッシャーマンセーター(アランセーター)の初見は651月号、そして我が社「野澤屋」の巻末特約店リスト加入は665月号でした。