【倶樂部余話】 No.303 北海油田とフォアグラ  (2013.12.24)


 英国北方シェットランド島のニット、ジェイミーソンとフィンランドのダウン、ヨーツェンが相次いで来日。東京で商談に臨みいろんな話を聞きました。
 シェットランド島では、作れるセーターの数が激減しています。以前から北海海底油田の基地だったこの島では、近年周辺海域の掘削数が急に増えて、労働者が増加、港にはホテル代わりに古い客船が三艘停泊したままです。今までセーターの編み立てをしていた熟練の島のおばちゃんたちもこの浮かぶホテルで働くので、セーターの現場が人手不足に陥ってしまいました。特に増えたのが日本の石油会社の掘削で、震災原発事故以来、過多な中東依存からの脱却が急務なようです。日本の石油のせいで自分の店にセーターが入ってこないのか、と思うと複雑な心境です。
 ヨーツェンでの話はもっと深刻で、ダウン(羽毛)の原料価格が昨年の三倍になったというのです。加えてユーロが30%上がりましたから円換算ではなんと四倍です。理由は複合的でして、鳥インフルエンザのまん延、中国の自国内需要の急増、そして、鴨、雁、ガチョウ、アヒルの食用肉としての不振が挙げられます。高価でパサパサの北京ダックは安くて滋味溢れるチキンに人気を奪われたのです。欧州ではフォアグラが以前ほど売れなくて雁の飼育数が減り、副産物としてのダウンも大幅な生産減です。需要は急増なのに供給は激減ですから、そりゃ相場は急騰するはずです。原材料が四倍になってもウェアの売価はそんなに上げられませんから、来年の商売はかなり厳しいものになりそうです。
 静岡の小さな店も北海油田やフォアグラの影響を受ける。世界は意外と小さく繋がっているのですね。(弥)

注:上記の話題はダウンの市場価格が高騰した理由を述べたものです。ヨーツェンでは、シベリア産の最高級マザーグースダウンを完璧な洗浄と選別の上で使用しており、その雁(ガチョウ)は食用に供されることはありますが、中国の北京ダックとも欧州のフォアグラとも無関係です。
 また、シェットランド島の人手不足の件も同業他社の事情を聞いた話であって、ジェイミーソンのファクトリーは幸い町なかから離れているため、次冬向けの生産に充分な人手の確保はできているとのことです。

【倶樂部余話】 No.302 隣の芝生は消えモノの世界  (2013.11.28)


 食品や洗剤のように、食べたり使ったりしてじきに消えてなくなるモノを消えモノといいます。我々のような消えないモノの店から見ると消えモノの世界は隣の芝生のように思えることがあります。
 近ごろかまびすしいのが食材の虚偽表示の問題。あまりに悪質な誤魔化しや開き直りは糾弾されるべきですが、中には、何もそこまで、と思える過剰反応もあるように感じます。イセエビが外国産でも構わないし、今時ひとつでも手作業があればてづくりシールが貼られてもいいんじゃないかと。そもそも消えモノの世界はあいまいな表現が得意技で、認識違いを誘引しがちです。鯛じゃないのに金目鯛や甘鯛、日本生まれでない国産鰻や国産牛、ビールと違う第三のビール、ケチを付けたらキリがない。でもこれが日本の食文化の良き伝統なんじゃないかと思うのです。でなけりゃがんもどきやカニ蒲鉾なんか生まれなかったでしょう。ある程度仕方ないよ、と大らかなのはこれが消えモノだからだろうと思います。
 さて、消えモノを羨ましく思うもうひとつのことが今じわじわと進行しています。それは、量を減らして価格を押さえる、という、消えモノならではの値上げの手法。四月の消費増税へ向けての対策であることは言うまでもありません。こちとら、服のサイズを3%小さくするとか、できっこないですから、増税分は価格に転嫁するしかないわけです。今のうちから量減らしをしておいたうえで、増税後も価格を据え置きます、という宣伝をするところがきっと現れるだろうな。ああ、羨ましい、って、やっぱり隣の芝生は青く見えるんでしょうかね。(弥)

【倶樂部余話】 No.301 JFKとアランセーター  (2013.10.28)


 駐日アメリカ大使にJFK(ジョン・F・ケネディ元米大統領)の愛娘キャロライン・ケネディ女史が着任することが話題です。で、私もひとつJFK小話を。

3011_2 一枚の写真があります。アランセーターを米国や日本に輸出し広めた最大の功労者として招かれたパドレイグ・オシォコン氏がJFKと言葉を交わすこのシーンは、1963年6月アイルランドの首都ダブリンでの一枚。61年にアイルランド系カトリックとして初の米大統領に就任したJFKが、曾祖父の故郷の地へ凱旋を果たしたときのショットで、オシォコン氏の自宅の居間にひときわ大きく誇らしげに飾ってありました。

 このJFKが活躍した同じ頃、全米のアイドル的存在だったのがクランシー・ブラザースです。3012

アイルランドのフォークソングをアメリカに伝えた4人の兄弟グループですが、彼らの揃いの衣装が白いアランセーターだったことからアランセーターの普及に大きな後押しとなったのでした。アイルランド・ウェルカムのこの時代、JFKとクランシーズとアランセーター、この3つは同時進行的に人気を上げていったといえます。
 クランシーズがJFK夫妻の眼前で演奏したときの映像を今はYouTubeで観ることができます。もちろん全員白いアランセーターなのですが、なぜか裏返しで着ているメンバーがいます。御前演奏に慌てたのでしょうか、それとも当時のはやりだったのか。
 
 残念ながらJFKがアランセーターを着ている写真は残っていません。これがあれば何よりの販促物になったはずでした。きっと訪愛を果たした年の冬には絶対に着るつもりだったに違いないのですが、訪愛のわずか5ヶ月後、冬を待つことなくその11月に彼はダラスで凶弾に倒れてしまうのでした。(弥)    

【倶樂部余話】 No.300 祝・三百話  (2013.09.28)


 ついに迎えました、第三百話です。足かけ26年ですから、まあよく書いたもんです。毎月のハガキ通信に六百字ほどのエッセイ、内容はどうあれ、こうして続けてこられたこと自体はちょっと自慢してもいいかな、と感じています。
 八年前に第二百話を書いて以降、実は一番きつかったのが、二〇〇六年に禁煙をしたときで、二一一話からしばらくはとにかく筆が進まないし話がまとまらない、苦労しました。それ以来禁煙はちゃんと成功したのですが、いまだに百円菓子をつまみながらでないと書けないというおかしな癖が付いてしまいました。今もポリポリとビスケットを…。
 その二百話のときに皆様にお約束したのが、ネットにまだ載せていない第一話から百三十話までを公開して、全話通しで読めるようにします、ということでした。これを始めた頃はまだワープロ専用機でしたので、百三十の話題をもう一度キーボードで打ち直して、となると、古い写真を整理するのと同じで、懐かしくて遅々として進まず、で結局八年も掛かってしまいました。しかし二百話の当時にはなかったブログという便利なツールができていたのが幸いで、ようやくウェブ上での公開にこぎ着けました。20年も前に書いたモノですと、店の様子も時代背景も全く違うのですが、それなりに懐かしく楽しんでもらえると思います。どうぞご笑覧下さい。
 次の目標は四百話、いえいえそれは考えないことに。まずは第三百一話のネタを探さないと。(弥)  

【倶樂部余話】 No.299 だけどなフラノ  (2013.09.01)


 夏になると楽しみなラジオ番組が「夏休み子ども科学電話相談」です。子供たちの無邪気な反応も笑えますが、私はむしろ回答者の巧拙を面白がっています。その道の第一人者である科学者の面々がいかに平易な言葉で子供たちに分かるように話すか。本当に難しい。その中ですごい人だと感じさせるのが昆虫の矢島稔さん。番組発足から30年来の名物回答者ですが、その回答は、わかりやすさを超越して、哲学的な感動すら覚えます。科学が好きになってしまいます。
 難しく言うのはむしろたやすく、分かりやすく言うのは大変難しい。私の分野ですとその最たる例がスーツです。難しく語るならいくらでも言えますが、どう平易に訴えるかに腐心します。そして考えついた「プロ棋士たちの背広」と「奈津井さんのスーツ」、これがありがたいことに連続ヒットとなりました。さあ今シーズンはどうしよう、ネーミングのプレッシャーにちょっと困りました。やりたい生地自体はもうとっくに決まってるんです。「葛利毛織のsuper140’s梳毛フラノで杢の新色。経緯(たてよこ)64番手双糸をションヘルで織った逸品」、ってこれじゃ何のことだか、ですよね。
 このフラノ、葛利では長年定評のロングセラー生地ですが、実は英国製にもイタリア製にも引けを取らない、世界でも類を見ないフラノらしからぬフラノなのです。何と呼ぼうか、長考しましたが、結局ベタに「だけどなフラノ」と名付けました。ちょっと面白味がないかな。何が「だけど」なのかは別項でお話ししましょう。
 ともかく、さぁ9月。27回目の秋が始まります。(弥)

【倶樂部余話】 No.298 うなぎの気持ち (2013.07.22)


 きっかけは近所のうなぎ屋の貼り紙でした。「品薄のため土用丑の日は休業します」 えっ土用丑の日って、そもそも夏に客足の落ちるうなぎ屋の販売促進のために平賀源内が考えた江戸時代のアイデアじゃないの?大晦日のそば屋のごとく、そこはうなぎ屋の晴れ舞台の日のはず。なのに休業って、本末転倒じゃないか。なんだか気の毒というか皮肉なものだと思えてきたのです。
 気になって検索したら、丑の日に休むうなぎ屋は結構あって、それぞれいろんな理由を宣っていますが、要は、まっとうな商売にならないからということのようです。周知の通り、うなぎの不漁は深刻です。何しろ絶滅危惧種ですよ。実はそのすべての元凶が「土用丑の日」作戦が成功しすぎたことにあります。スーパーから牛丼チェーン、回転寿司までも参入して、七月下旬に照準を向け、世界中のうなぎをかき集めて廉価販売の競い合い、飽くことなき商業主義のなれの果て、がこの結果なのです。さて、私たちは一体どうしたらいいのでしょうか。
 平賀源内によって作為的に仕掛けられた需要のピークなのだから、再度作為的に変えてしまえばいい。どんなに宣伝されても夏に安いうなぎを食べないようにします。うなぎはハレの日の特別な食べ物として再認識し、本来の旬である秋冬の季節に、ちゃんとうなぎ専門店で小一時間待って何千円払って食するようにしましょう。誰かが平成の源内になって、セブンアイとイオンと吉野家に夏のうなぎの安売りを止めさせる。そうすりゃ日本中右へ倣えします。そして先駆けたところほど消費者の支持を得られるはずです。暴論でしょうか。でも流通業が引き起こした事態なのだから、流通業はその解決の一助にならなければいけないと思うのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.297 英なギリー米なサドル (2013.07.03)


 夏の当店は「靴を作ろう!」のキャンペーンを毎年実施しています。それに合わせて私も必ずこの時期に一足ずつ作ることにしています。今回は、流行とは関係なく私が特に思い入れを強く持っている二種類の靴についてお話しします。

 まずはサドルシューズ。No297saddle靴全体を馬に見立てると、甲部分に鞍(くら=サドル)を被せたような切り替えのある靴です。プレーントゥの亜流とも考えられますが、このデザインがツートンに色分けがしやすいことからコンビの靴に採用されることが多く、アイビーやプレッピーなどアメリカのキャンパスルックの印象が強い靴です。私は三足のサドルを所有していましたが、やはり二足がコンビものです。今はとてもアメリカンなイメージのあるサドルですが、もともとのデザインは内羽根靴のひとつとして英国から来ているものですので、昨年作った四足目のサドルは、例えばもしロンドンのジョージ・クレバリーにサドルをビスポークしたら、という仮想で、思いっ切り英国的でドレッシーなサドルシューズを作ってみたのです。

 今年、現在制作中なのがギリーシューズです。No297gillie
あまり名前も知られていない程のマイナーな靴ですが、これこそ英国スコットランドの伝統的民族靴で、よく絵はがきやガイドブックで見掛けるような、タータンチェックのキルトスカートを履いてバグパイプを吹いてたりスコティッシュダンスを踊ってたりする、ああいう場面で履いている靴がギリーシューズです。ウイングチップ(フルブローグ)の原型と考えられていて、自転車のチェーンのような甲部分のデザインが特徴的です。私の一足目は15年程前に当店が英グレンソンに別注を掛けたモノ、二足目は5年前にグラスゴーのメンズショップで本来ダンス用のレンタル専用品を無理に頼んで買い取ったモノです。(重たくてしかもカカトの音がうるさくて、ほとんど履いてませんが)今回の三足目はもちろん宮城興業に頼んでいますが、既存の選択肢にはないものなので、特注品扱いで型紙からわざわざ起こしてもらっています。まもなく仕上がる見込みです。

 当店での夏の靴のキャンペーンは、夏枯れする服の売上げを補うためのこっち側の勝手な事情なのですが、毎年夏に一足ずつ靴を作る、これは結構いい習慣付けじゃないか、と思っています。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.296 「あまちゃん」まつり? (2013.06.13)


 今月のイベントは「あま」です。といっても「あまちゃん」の海女じゃなくて、「亜麻色の髪の乙女」の亜麻です。ナチュラルな清涼感や清潔感がウリの素材です。
 麻フェアじゃいけないの?いや麻にもいろいろありまして、珈琲豆袋のジュート麻、ロープのサイザル麻、帽子のマニラ麻、和紙の原料のコウゾ・ミツマタ、琉球の芭蕉布、国内栽培厳禁の大麻(ヘンプ、マリファナ)、シュロもバナナもみんな麻です。衣料品の麻という表示はリネン(亜麻)とラミー(苧麻)だけに限られますが、ラミーは温暖なアジアが産地でかつては裃(かみしも)などにも使われたやや堅めでシャリッとした手触りのもので、寒冷地で採れるリネンとは別物です。つまり麻=リネンではなくてリネンは麻の一種です。
 じゃリネン特集でいいじゃん?ところが、ややこしいことにリネンには別の意味もありまして、テーブルクロスやシーツ、布巾などインテリアファブリックもリネンと呼ばれます。これらが古くは亜麻製であったことから派生して拡大された意味なのですが、リネン特集というとインテリア生地のイベントと誤解されそうです。
 ということで麻ともリネンとも呼ばずに「亜麻」なのです。ま、ちょっと朝ドラにあやかろう、っていう気持ちがまったくないわけじゃないですが、ね。(弥)

【倶樂部余話】 No.295 だけどな店 (2013.05.20)


 ウィスキーはブレンデッドよりもシングルモルト、コーヒーでもブレンドよりはストレート、というのが従来の評価。合わせ技よりも一本槍、の方がとかくもてはやされていました。団子しかない店、とんこつ一筋、靴下屋とかシャツだけの店とか、言うなれば「だけの店」です。
 でも近頃ちょっと逆の人気になってきてないか、と感じています。例えばこんな店、ありますよね。蕎麦屋だけどラーメンが評判の店とかトンカツの出てくる鮨屋とか。果物屋でホットケーキだって考えてみたら妙な組み合わせですよ。ドラマでは蕎麦のうまいバーが登場してますし、○○だけど××な飲食店を街歩き探訪する「だけど食堂」なんていう番組もあります。
 さて当店。店名は背広一本槍の「だけの店」のようですが、お客様が持っている印象はきっと「だけどな店」ですね。その「だけど」も人によって様々なんでしょう。背広屋だけど看板商品はセーター、オーダー屋だけど品揃えもある、メンズ屋だけどレディスあり、洋服屋だけど食器も売る、英国を謳ってながらアイルランドびいき、ファッションなのにDMは文字ばっかり、他にもあるのかな。ともかく「組み合わせの妙」というのが楽しみになっていることは間違いないでしょう。
 ところで、近頃ランチで気に入ってるのは、ラーメン屋で食べる揚げたてのかき揚げ天丼。これ、美味なんです。(弥)

【倶樂部余話】 No.294 マトリョーシカ人形 (2013.04.25)


 マトリョーシカ人形ってご存知ですよね。こけしのような女性の人形がだんだん小さくなっていくつも入れ子構造で重なるように収納されている、ロシアの土産物です。
 「マトリョーシカちゃん」という絵本があって、娘たちがまだ幼い頃かなりのお気に入りだったことを思い出します。
 さて、ひとつの型紙を元にしてサイズ違いの型紙を作っていくことをグレーディングと言いますが、このグレーディングをしたボディをサイズ違いで重ねるとあたかもマトリョーシカ人形のようになります。シャツやカットソーなどはほとんどきれいな同心円状に入れ子になりますが、スーツやジャケットとなると必ずしもそうはなりません。お分かりでしょう、人間の体型の変化って、そんなに都合良く拡大縮小コピーのように均一に変わってくれるわけではないのです。お腹は出ても背中は太りませんよね。また太っている人と痩せている人ではゆとり量も違います。意外に思われるかもしれませんが、太っている人ほどゆとり量は少なくしないといけないのです。
 このグレーディングの巧拙が一番顕著に現れるのがトラウザーズ(スラックス)でしょう。へたな典型はウエストが大きくなると太腿までブカブカになってしまう、というもの。巧いところになると、サイズが大きくなると型紙はだんだんいびつな「じょうご(ろうと)」のようなシルエットに変化してきて、サイズ違いを重ねてもキチンとマトリョーシカにはならない。悔しいかな、この点が欧州の製品は大変長けていると感じます。グレーディングというと普通は基本サイズからどんどん大きくしていくものなのですが、恐らく欧州の製品はかなり大きなサイズを基本にしてそこから小さくグレーディングしていく、という、日本と逆のやり方を取っているのではないかなと思うのです。
 今回トラウザーズを愛でる特集を迎えることになって、つらつらとそんなことを考えました。(弥)