【倶樂部余話】 No.237 ちりとて・瞳・だんだん… (2008.10.1)

 朝は割と遅いので、長年まさに時計代わりになっているのがNHKの「朝ドラ」です。今までにも秀作駄作いろいろありましたが、先月までの「瞳」、これはひどかった。つまらない、を通り越して嫌悪感さえ覚えました。その前の「ちりとてちん」が近年まれにみる秀逸な出来映えだっただけに、余計にそのギャップに落胆しました。
 主役が魅力に乏しいとか、ストーリー展開が陳腐など、ケチを付ければキリがないのですが、まず、舞台となる東京下町・月島の小さな紳士洋品店、これがありえない。こんなに不真面目で全く売る気のない店、ちゃんと洋服屋の商売をしている人に失礼です。それから、芸達者なベテランの脇役陣なのに、前にどっかで見たことある役柄ばかりで意外性がまるでない。全体に真剣な熱意というものが感じられない。何十年も続けてやってる朝ドラなんだから、この程度にお茶を濁して適当にやっても半年ぐらいは何とかなるよ、というマンネリと惰性…。
 待てよ、とここまで思って心配になりました。もしかしたら、うちの店もお客さんから同じように思われてはしないだろうか。21年目の秋、新メニューも揃えているのだが、20周年企画が目白押しだった昨年に比べると確かにインパクトは弱い。今年は今までよりも真剣さと熱意に欠けているんじゃなんの、なんて勘違いされてはいないだろうか。いかんいかん、ちゃんと訴えないと、と反省した次第です。
 「ちりとて」も「瞳」も記録的な低視聴率だったとか。でも見ている人の熱中度は両者で雲泥の違いでした。うちの店も高視聴率を狙う店ではありませんが、中身の質として、いつもファン客に高い熱中度で来店いただくため、そのアピールは怠ってはいけないぞ、と改めて肝に銘じてます。慣れることや馴染むことと惰性を履き違えちゃいけないと自省してます。
 次は「だんだん」。「ありがとう」の謙虚さを忘れずに、わくわくしたい、わくわくさせたい、という気持ちを、十月を機にもう一度リセットしてみよう、と思った、この秋なのでした。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.236 いいご縁を戴きまして… (2008.9.6)

新しい仕入先というのは、こちらから探していくことも多いのですが、逆に先方から当店の実績に一定の評価を頂戴してアプローチの声を掛けていただける場合もあります。この秋冬物からスタートする以下の三つの仕入先は、ありがたいことにどれも後者のケースなのでした。

★葛利(くずり)毛織さん(愛知県一宮市木曽川町)を七月にお訪ねした当初の目的は、純粋に工場見学でした。しかも、先方とはそれまで一面識もなかったので、懇意にしている生地問屋さんに仲介をしていただきました。単純な興味で、今も稼働する旧式のションヘル織機をこの目で見たい、それを話のネタにでもできれば、という程度の気持ちだったのです。
 ところが、話が弾んでいくうちに、どうせなら直接商売しましょう、というように事が進んできたのです。それは従来の業界慣習では考えられないことでした。通常、機屋さんの販売は一反(約60m)ごと、対して我々洋服屋の仕入れは10cm刻みですので、両者の売買の単位が大きく違うのですが、それを工場出荷を10cm単位でやりましょう、というのですから、葛利さんとしては大胆な提案であったのです。
 少々面食らいましたが、先方の熱意にもほだされ、双方の仲介の労を取ってくれた生地問屋さんにもちゃんと筋を通して了解を取り付け、いよいよ今シーズンからふっくらとしたションヘル織りの自慢の服地が尾州のファクトリーから直接届くようになったということなのです。

★ドーメル(本社パリ)と言えば、スキャバルと並んで英国生地の老舗マーチャントです。パリが企画する英国服地として永年人気があり、古くからある街角の仕立屋さんのウィンドウには今でも必ずドーメルの名前が飾られています。そんな先入観があったので、初めに売り込みのアプローチがあったときも「きっと未だに旧体質な代理店方式で、高い生地値でステータスを迫ってくるのだろうなぁ」と高をくくっていたのですが、さにあらず、でありました。フランス本社が直接日本法人を作り、また英国の有力工場を買収し傘下に収めるなど、物流とモノづくりの両面で革新を遂げ、驚異的なコストダウンを実現していたのです。英国でもこんなに艶っぽい色気のある生地が織れるのか、と思うほど美しい服地なのですが、その生地が先日フランスの本社倉庫から直接ここに届いたのにはちょっと驚きました。
 いったん凋落した後に体制を作り替えて蘇ってくる古いブランドというのが、近頃は珍しくないですが、ドーメルもその一つ、復活した老舗ブランド、と言えるでしょう。

★三番目は、ラコステ。ええ、あのワニでお馴染みの、であります。先方からの誘いには、なんでウチに?と、正直私もちょっとびっくりしたのですが、何でも、百貨店、直営店、大手セレクトチェーン店、といった現状の販売店以外にも、地方の品揃え店にワニのマークが置いてあってもいいんじゃないだろうか、という計画が始まったそうで、当店がフランス本社の承認を通った日本初のケースになったということなのです。ですので、並行品でも闇ルートでもなく、ちゃんと正規の取扱い店としての位置付けになります。
 今までこの店では、ワンポイントのブランド品というのはほとんど否定してきましたが、唯一ラコステだけは拒むことができません。なぜなら、ここが世界で最初にワンポイントを発明した元祖であるからです。


 このような援軍の支えをもらって、当店21年目の秋が始まりました。今シーズンもどうぞご贔屓に。 (弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.235 フィッシャーマンズ・ストライキ (2008.8.1)

 燃油の高騰で採算が取れず全国一斉休漁という行動で世の中にその窮状をアピールしたフィッシャーマンズ・ストライキ。何しろ売上げの半分が漁船の燃油代で消えてしまうのではそりゃたまらないでしょう。ところが「時化(しけ)で入荷がない日みたいなもんだと思えば、大した影響はないですよ」と、築地市場の人たちは妙に冷ややかなコメントを発していました。私がここで考えさせられたのは、魚の値段は誰が決めるのか、という基本の問題。自分で捕った魚に漁師さんサイドでは売値が決められない、という漁業流通の仕組みです。競り(オークション)という値決めの方法は分からない訳じゃないのですが、それでも、生産者ばかりに損が歪んでいくようで、どこか何かおかしい、と思えてならないのです。柄にもなく、「コレじゃニッポンの漁業はどうなっちゃうんだ、大変じゃないか。」と一人叫んでしまいました。
 私たち小売業にとっての最大の弱点は何か、というと、私は、自分自身ではモノが作れない、ということだと思うのです。誰かに何かを作ってもらわなければ商売が始まらない。モノの供給を止められたら首根っこを押さえ付けられたのも同然なのが小売屋です。だから、売り手にとって作り手はとても大切、ともに育み合うべきパートナーであるはずです。もちろん、安く仕入れて安く売る、は商売の鉄則でありますが、しかし「お客様のため」という名の下で、お客様第一主義と単なる消費者迎合を履き違えたまま、売値を下げるために生産者や中間業者をいじめて叩いて、適正な利益を配分してあげなかったら、作り手はやがて疲弊し立ち行かなくなるだろうことは明らかです。そうなって困るのは今度は売り手の方なのです。このことは繊維縫製業でも全く同じでして、現に私どもにとって、今お願いしている国内の縫製工場がもうこれ以上なくなってしまったとしたら、ホントに困ったことになるのです。
 大規模小売店が流通のイニシアチブを握り、つまり価格決定に強い力を発揮するようになった現代の流通においては、小売業は生産者を守ってあげないといけない義務を負っている、と私は思います。何も難しいことではないはずです。例えば、セブン・アイ(ヨーカ堂)の鈴木さんとイオン(ジャスコ)の岡田さんが二人して「魚を今までより高く売りますけど、どうか買って下さい。日本の漁業を守るためにです。」と訴えれば、賢明な日本の消費者は少なからず共鳴してくれるものと思うのですけれど…。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.234  服屋から靴を考えてみると… (2008.7.1)

  服屋の目で靴を見るといろんなことに思い当たります。
 もし服の寸法が五ミリ狂っていても、気付く人はほとんどいないでしょうし、このぐらいは仕方ないよ、の許容差の範囲で済まされますが、同じ五ミリもこれが靴となると、表記がワンサイズ変わるほどの大きな違いとなります。
 しかも、靴というのはひとつ作ればいいというものではなく、必ず左右二つを全く同じに作らなければなりません。寸法が違っても革の模様が違っても少しの差も許されないのですから、当たり前のようですが、これはすごいことだと思うのです。
 反面、不思議に思うのは、服屋にとってメジャー(巻き尺)は必携の道具でこれがないと仕事になりませんが、靴屋さんに行って足の寸法を測られることはまず稀で、靴のサイズというのはほとんど客の自己申告で決まってしまうもののように思えます。
 服屋の私が言うのも何ですが、誂え(=オーダー)に適しているのは服よりもむしろ靴の方じゃないかと感じることがよくあります。寸法の個人差は服の比ではなく、どんなに素晴らしい品もサイズが合わないとその真価が発揮できない、という点も服以上でしょう。ただ、靴のオーダーの場合、服よりもその完成図が想像しにくい、という弱点は否めず、それが初めてオーダーをやってみようという方の気持ちのハードルを少し高くしているのではないかと思います。
 「かっこいい靴を履くには、我慢は付きもの。痛い思いも仕方ない。」と思っている方は多いようで、春からレディスを始めてからは、特に女性にそれを強く感じます。確かにブランドのある高価な靴、それは絶対にいい靴です、否定しません。が、自分の足にストレスなく履けるかっこいい靴、これも併存するものとして、また絶対に必要な靴なのだと思います。
 もうひとつ、今後はエコという観点から見ても、履き潰すのではなく、リペア(=修理)して履き続けられる、という利点が誂え靴にはあることも見逃せない要素となることでしょう。
 靴を作るなら、夏。ただいまサマー・キャンペーンを実施中です。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.233  ウェスト85センチの攻防 (2008.6.1)

 メタボ健診の攻防ラインが、ウェスト85センチ、という数字。
 先日私も主治医にメジャーを当てられ、ささっと「88センチ」と書かれたので、カチンときまして「ちょっと先生、今私が履いているスラックス、82センチですよ。その測り方、変じゃないです? いいですか、ウェストっていうのはこうやって測るんですよ…」と、逆にお手本を見せてやりました。
 何だか85センチを越えたら急に肩身が狭くなるようなおかしな風潮ですが、実は、当店で一番売れるベルトやスラックスのサイズ、これが85センチです。つまり当店の男性客には85センチのウェストの方が最も多いということに他ならないのですが、当然に皆が皆メタボな体質なんてわけではありません。
 それに、同じ85センチでも、身長160センチの方ですと確かに少々コロッと愛嬌のあるご体格(AB体)ですが、180センチある人だと標準体格(A体)の人でウェストがちょうど85センチですから、長身の方にはかなり不利な判定基準ですね。かように身長を無視してことさらウェストだけを問題視してもほとんど意味のないことのように思えます。
 さらに疑問は、女性は90センチ、という基準。普通は女性の方が男性よりもウェストはくびれて細いものなんですが、なぜ女にはそんなに甘いんでしょうね。
 まぁともかくメタボ候補の男性の数を日本中で増やしちゃえ、そんな厚生労働省の意図が見えるような、ウェスト85センチの独り歩きなのであります。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.232 カシミアセーター・ファクトリー訪問記 (2008.5.4)

 カシミアセーターの受注会を今月開催しますが、その実施前に一度見学しておきたいと思い、甲府の南、笛吹川(富士川の上流)に近い製造現場に伺いました。地図で測ると当店のある静岡市から北へ直線距離でわずか七十キロ、山梨県中央市成島にある(株)ユーティーオーの山梨工場です。工場と呼ぶにはあまりにも小さいファクトリーでしたが、ここで一枚ずつ、糸の太さもデザインも色もサイズも異なるカシミアセーターが作られているのです。キーワードは「さいしん」です。
☆最新…ニット生産の専門知識を熟知した技術者によって一枚ごとに違う設計図がパソコン上で作られ、それに連動して二台の日本製編み機が稼働します。セーターの主要なパーツはこうして正確に編まれていきます。
☆細心…どれほど高度に自動化した編み機だとしても、見頃や袖などに分かれて編まれたパーツであれば、それら同士を結合させる「リンキング」の工程は手作業なのです。細かい櫛(くし)のような道具を使って、一針一針慎重に進められます。見ているだけで目が疲れて肩が凝ってきそうで、よく針目を違えて飛ばしてしまわないものだと感心します。ここがセーターづくりのキモのところですね。ここで扱う製品は全てカシミア製のしかも一枚一枚がすでに購入するお客様が決まっている特注品なのですから、大量生産の工場のように「何しろ生産効率が大切、多少の不良品が出ても返品を引き取ればいい」という慌てた気持ちでは務まりません。
☆砕身…洗いは普通の家庭洗濯機、乾燥も室内で自然干し、と極めて小規模。洗い方も干し方も一枚ずつなのでこの方が融通が利くのです。カシミアの糸は原料からしてとても高価、たとえ十センチだって無駄にはしません。工場長は床に落ちた糸を踏みそうになって足をくじいたそうな。だから、粉骨砕身!
それにしても、綿ぼこりひとつ落ちていないクリーンな現場にはちょっと驚きました。私も内外幾つかのニット工場を見ていますが、こんなきれいなファクトリーは初めてでした。

 畑の真ん中の、一体中で何をやってんだかすら分からないような小さな工場。でも世界でもきっとここでしかできない離れ業をやっています。カシミアセーターの受注会、従前から大幅にスケールアップして、まもなく開催です。 (弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.231  アメカジとキャンディーズ (2008.4.10)

 長くこの仕事を続けていると、たまには「昔取った杵柄」が役に立つこともあるものです。しかし、近頃のアメカジ(アメリカン・カジュアル)復活の流行に際してほど、これをどっぷりと実感する事態はありませんでした。もちろんその杵柄は相当に錆び付いてはいるのですけれど…。
 「セヴィルロウ倶樂部」は21年目になりますが、その前の私はアメカジの店やジーンズ店を切り盛りしていました。さらにそのもっと前、そもそも大学生の私はいわゆる「ポパイ少年」の典型だったのでした。当時のポパイはまさに私にとってのバイブルで、教科書以上にラインマーカーだらけとなってまして、暇があれば神田や渋谷、青山あたりのお店を冷やかし冷やかし回ったものでした。
 さて、今回のアメカジ復活。オックスフォードのボタンダウンシャツもスイングトップもプレッピーも、らせん階段のように輪廻するファッションの習わしのひとつだと言われればそれまでですが、当時は客であった大学生の我々がとうとう五十歳となり、いよいよ仕掛ける側として社会の実権を握り始めた、それゆえの現象ではないかと感じています。
 あれから三十年。と言えば、キャンディーズ解散三十周年のファン同窓会が先ごろあって、話題となりました。私もあのとき後楽園球場に熱い思いを寄せた一人として感慨を深くしました。(1978.4.4.FinalCarnivalとプリントされた白いスタッフ・トレーナー、今でも大切に取ってあります。)このイベントは、ファンクラブ(全キャン連)元幹部のガン死という悲劇が契機ではありましたが、しかしこの時間の隔たりが、きっと二十年や二十五年だったらこれは実現しなかったのではないでしょうか。当時のファンのほとんどが五十歳あたりになり、堂々と昔を振り返ることができるようになった、それが三十年、だから現実のものになったんだろうと思います。
 つまり、アメカジ復活とキャンディーズ解散30周年には、関連性がある。これ、誰か論文のテーマにしないかなぁ、と思ってるのですが…。 (弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.230  誂(あつら)えワールド (2008.3.7)

 誂(あつら)え(オーダーメイド)の世界を拡げよう、は、今年の課題のひとつとして掲げておりまして、この旗のもと、新たに四つの会社との取り組みが始まりました。

紳士スーツの縫製は、従来から岩手の東和プラム(旧・天神山)さんにお願いしていますが、それに加えて新しく二月から仲間に加わったのが、豊橋の小さなファクトリーアルデックスさんです。豊橋という立地はちょっと意外ですが、それは元々この会社の発祥が、天竜川を下ってくる信州産の生糸を使った絹織物工場であったことに由来します。
 何しろ現場を見学に伺って驚いたのは、熟練の職人さんが持つ匠の手業の伝承をトヨタ的な合理化手法で分解解釈しながら、若い人材を積極的に投入して、サステイナブル(持続可能)な経営体質を目指している点でした。カッコいいスーツを作るその技術力への高い評価はもちろんですが、生き残る製造業とはこういうことなのか、と思い知らされたものです。(アルデックスのホームページは
こちらです)

婦人靴のパンプスを一足ずつパターンオーダーで作る、つまり今当店でやっている宮城興業の紳士靴オーダーをレディスに置き換えたバージョンとも言えるものですが、この難易度ウルトラCとも思える誂えを現実のものにしてしまったのがハイコムさんです。(ブランド名はヒューメックス
 この会社、元来は靴を製造するための機械を欧州から輸入して日本の製靴工場に販売する仕事をしていたのですが、何年か前に、足をコンピュータで三次元計測する機械(足のCTスキャナーみたいなものだと思っていただければいいでしょう、数千万円するらしいです)を導入、通商産業省(当時)のサポートにより、この機械で日本全国約五千人の女性の足を測るという機会を得たのでした。この五千人分の貴重なデータをもとに、日本人女性に本当に合っている独自の木型を考案し、それを約60足の試し履き靴として用意する、というシステムを編み出しました。つまり、元々の発想が普通の靴屋さんとは全く異なっているのです。というよりも、靴屋さんでは誰もこんな面倒なことをやろうと考える人はいなかっただろうと思います。で、ここがもうひとつ凄いのは、どうしても足型からの発送だと「履き心地最優先、デザインは二の次」となりがちなのに、デザイン面でも全く野暮ったくないのです。こりゃ女性の足には福音だよ、と意気投合、このシステムを導入している販売拠点はすでに全国で三十数カ所あるのですがたまたま静岡県が空白地帯となっていたこともあって、めでたく当店に導入ということに相成った次第。
 実は、先ほど、宮城興業が手掛ける紳士靴オーダーのレディス版、と申しましたが、正確に言うとそれは誤りで、そもそも宮城興業はハイコムの機械を買う顧客でありますが、紳士靴のパターンオーダーをスタートするに当たりこちらの考案したシステムを存分に参考にした、したというのが経緯であります。つまり、ハイコムさんの方が先生だったのでした。(ヒューメックスのホームページは
こちらです)

◆婦人服のオーダーが紳士服のようにはなかなか存在しない理由は、きっと「割が合わない」(様々な意味で)からなのでしょう。事実、オーダー服は得意なはずの当店でもこの実現にはかなりの難航を要しました。つくづく、同じスーツなのに男と女ってこんなに凸凹(でこぼこ)が違うものか、と感じますし、同時に、こりゃ紳士をやってなかったら絶対に手掛けたくないジャンルだろうな、とも思います。
 ですので、どうしても紳士服の添え物的に片手間で取り扱うところが多いようなのですが、その中で、本気で婦人服オーダーにも取り組んでいるのが、古くから神田で服地販売を営んでいるヨシムラさんでした。今回はここが長年にわたり蓄積してきた婦人服オーダーのノウハウをご厚意によって全面的に伝授してもらうことになりました。特訓を受けた相川のメジャーを持つ手はまだおぼつかないものがありますが、ようやく積年の懸案だった宿題、どうして女はオーダーができないの?、にひとつの答えを出せたんじゃないか、と感じています。(ヨシムラのホームページは
こちらです)

カシミアセーターの受注会、今年は男女ともに5月の開催へ向けて着々と準備を進めているところですが、そのパートナーがUTO(ユーティーオー)さんです。糸の太さ、編み地、カタチ、サイズ、色、全てが異なるセーターを一枚ずつ作る、それを国内工場で最短納期一ヶ月で、しかも「袖を少し短く」とか「首周りをもっと狭く」とか「袖口はリブじゃなくて筒状に変更して」なんていう個人ごとの要望にも応えてしまう、という、気の遠くなるような離れ業を事業にしてしまったのですから、驚きです。
 昨年まで当店のカシミアセーターはスコットランドに注文を出していたので、気に掛けたのは、そのクオリティに差があったら困るな、ということでした。店でよくお話ししているように、カシミアセーターについての製造側の考え方はふた通りで、ふんわり仕上げる九分咲きのイタリア調とかために仕上げた五分咲きの英国調、に大別されるのですが、この会社の方針は当店と同様にやはり後者の英国的な考え方であって、しかも乾燥機を使わない自然乾燥ですので、これはむしろスコットランドの上を行っていたのです。製造のファクトリーは山梨県中央市にあり、その水は南アルプスに降る水、つまり偶然にも私たち静岡の人間が毎日飲んでいる水と同じ水で作られるセーターということなのです。(UTOのホームページは
こちらです)

……私たちには直接にモノを作る技術は何にもありません。しかしだからこそ、さまざまなモノづくりの専門家と取り組むことができ、そしてそれを多くの人に紹介することができます。それが喜びでもあり誇りでもあるのです。 (弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)



 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。

 セヴィルロウ自体はわずか二百メートルの小さな通りで、以前から有名無名数々のテイラーがショールームや工房を構えていました。
私が初めて訪れた二十年ほど前にはフリ客が冷やかしで入れるようなショップもあまりなく、歩く人もまばらで思ったより寂しい通りだった記憶があります。しかし、この通りの立地条件というのはすこぶる良く、何しろリージェント・ストリートとボンド・ストリートという二大ショッピング街の間に位置しているのですから、この「英国紳士服の聖地」に旗艦店を構えたい、という不動産需要は増加して不思議はありません。
今回目に付いたのは、仕立屋横丁の風情を残す古い建物が次々に新築に建て替えられていたことで、そこにピカピカの新しい店(でも老舗の店名だったりする)が進出を続けています。聞けばこのセヴィルロウの家賃相場はこの何年かで数倍に高騰したらしく、道理で外資や商社などのスポンサーがしっかりと付いている資金潤沢なブランドばかりが並んでいるわけだ、と感じました。
 ついでに言うと、先述のフィレンツェでの特別展は、数々のテイラーが一同に名を連ねる「セヴィルロウ・ビスポーク協議会」なる組織の存在があったからこそ初めて実現できた企画なのですが、この団体、もともとは度重なる大家さんからの家賃の値上げ要請に対して店子側も一致団結して交渉に当たらなければ、と2004年に作られた組織でして、何がどういう効果をもたらすか、分からないものです。
 狭いエリアにこれほどメンズの店ばかりが集まっている通りというのは、恐らく世界でもここだけで、この界隈は大変特徴のあるショッピングエリアになっていると言えるでしょう。店の中身も注文服だけでなく既製品を多く置く店が増えて、またドレスウェアのみならずカジュアルやジーンズの店も現れ、ほとんどの店は「ジャスト・ルッキン」ができる店ですから、随分とセヴィルロウの敷居も低くなったものです。
同時に「ビスポーク(bespoke)」の言葉の定義もかなりハードルが下がってきているように感じます。私の感覚では、ビスポークというのは、オーダースーツの中でも最高のランクに位置するもの、つまり全ての寸法を計測し、わざわざ顧客独自の型紙を起こし、そのほとんどをハンドメイドで仕立て、仮縫いでの修正を何度も繰り返して、何ヶ月か掛けて作り上げる、最低でも三十〜四十万円ぐらいはする、ほんの一握りの上級客のためのもの、というように思っていました。もちろん今でもそのくらい厳格な意味合いで「ビスポーク」の看板を掲げるテイラーもありますが、一方でいわゆるパターンオーダーやイージーオーダーのレベルでも一着ごとの注文服であれば一様に皆ピスポークと言ってのけるような店もあるようで、これにはちょっとがっかりです。
 楽しいのは、これは小さな店が並ぶアーケード街に特に顕著なのですが、百年も前からあるような古い店と若い勢いを感じさせる新進の店がひとつの通りの中で渾然一体として並んでいることの魅力です。その面白さをある店で若い店員に話したら彼はこう答えました。「そうだろ、それが『英国らしい』(ブリティッシュ)ってことなのさ。」なるほど、英国というのは本当に「大人な国」ですね。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.228  無駄遣いをさせない店 (2008.1.1)

 あけましておめでとうございます。

 先日来日した大御所デザイナー、ジョルジョ・アルマーニ氏が、記者会見の席で「日本の消費者に何かメッセージを」という記者の問いに対して、三つのアドバイスを語りました。まず「自分を偽るような装いをしない」。次に「ブランドロゴに惑わされない」。最後に「ファッションジャーナリストが書いたり言ったりしていることをうのみにしない」。さすが御大、こういうことはこのくらいの人が言って初めて意味を持つのですね。
 一方、米アウトドア用品のパタゴニアが「売らないビジネス」を主張しています。曰く、モノを作って売ることはそれだけ環境に負担を与える。とすれば直せるものはできるだけ修理をしてあげて、なるべく新品を作らないし売らない。それでも経営の成り立つ会社であるのが理想、ということでしょう。
 この二つの話は、どちらも矛盾をはらんでいて、とても逆説的であり、批判的であって、また皮肉っぽくもあり、しかし、何だか中身には妙な説得力を感じて、思わずうなずいてしまうのです。
 そんな含みで、正月だから風呂敷拡げて言ってしまおう、と思うのです。当店は「お客様に決して無駄遣いをさせない店」を目指そう、と。無駄遣いをさせるモノは仕入れない、置かない、売らない、極力…。これを開店二十一年目の課題にすることにしました。

 本年も変わらずのお引き立てをよろしくお願い申し上げます。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.227  逃げも隠れもできない (2007.12.1)

 私が「アイルランド/アランセーターの伝説」を著してからもう五年も経つというのに、未だに聞きかじりだけの誤記に出くわします。スコットランドが発祥地になってしまっていたり(註1)、編み柄の組み合わせを無理やりに家系にこじつけたり(註2)、の記述が相変わらずなのです。
 アランセーターのことに限った話ではありませんが、他にも近頃はプロだかアマだかすらよく分からない書き手(なぜかガイドとかナビゲーターとか呼ばれている)による、伝聞だけで裏を取らない原稿がネット上に増えているように思います。
 これはネット等での匿名性と関係があると思います。モノを書く人の多くは、全て匿名ではないにせよ、どこのどういう人かは知られずに済みます。ところが私の場合、匿名性はほぼゼロです。実店舗があってほとんど常にそこにいますし、書くだけでなく書いたモノを実際に店で売っていますから、店を見られれば、もし私の記述にウソがあってもすぐにばれてしまいます。「これを書いたのは誰?」と糾弾されれば、私は逃げも隠れもできません。それが怖くて恐ろしくて臆病で、とてもいい加減なウソなんか書けないのです。
 幸運なことにそれが私の記述の信頼性を高めているのでしょう。先日も遠方からお越しになった方が「いろいろネットで調べてみたけど、ここが一番本当みたいだったので、ちょっと遠かったんだけど意を決してここまで来ました」とアランセーターをお求めになって帰られました。私がウソが書けない理由、決して誠実だとかなんかじゃなくて、逃げ隠れができないから、なのです。(弥)

(註1)今さら言うまでもないことだが、アランセーターの発祥はアイルランドのAran諸島である。ところが、スコットランド(英国ブリテン本島の北部一帯)にInverAllanという手編みセーターがあり、これを当店取り扱いのアランセーターと混同される方がしばしばいらっしゃる。が、場所も違うし、そもそもスペルがRとLLとでは全く異なる。このLLというスペルはスコットランドやウェールズによくある綴りで、特にウェールズではこれをthに近い発音をするので、InverAllanを正しくカタカナ表記するならば、インバーアリャンもしくはインバーアサンとすべきではないかと思う。日本人はRとLの区別ができないからと、日本の取扱業者が意識的にAranとAllanの混同を狙ったのではないか、と考えるのは私の思い過ごしだろうか。
 誤解されないように申し添えるが、InverAllanの商品自体は、とても出来のよい手編みセーターだと充分に評価している。当店のアランセーターは編み手によってそれぞれ一枚一枚が柄もサイズも異なるので、それこそ販売するにも購入するにも大変な手間が掛かるのだが、InverAllanにおいてはハンドニットにもかかわらず全て同じ柄でありサイズもほとんど均一に仕上がっているので、販売も購入もいたって簡便に済ますことができる。このことはチェーンストア化が進む現代の流通体系ではとても重要な要素であり、これが実現できているということは、恐らくかなりしっかりとした品質管理の元で生産されている商品に違いないのである。

(註2)例えば、CLANARANS.COM というウェブサイトがあるのだが、ここではまるでタータンチェックのように家系と編み柄を関係付けてセーターを販売している。ご丁寧にサイト上に記載された住所はアラン諸島に置かれ、あたかも昔ながらの伝統的なアランセーターを取り扱っているかのように思わせる仕掛けは、苦笑してしまうほどに見事である。アランセーターのことをよくご存じない一般の方が見れば、特に、自分の先祖探しに興味の強いアメリカ人が見ればころっと参ってしまうことは間違いない。また、英語でまことしやかにセールストークが書かれているので、日本人が見るといかにも真実のように読めてしまうのであろう、このサイトを鵜呑みにした日本語の紹介サイトも見受けられる。「アランセーターの伝説は1950年代後半にアメリカのマーケットへ売り込むときに作られた他愛のないセールストークが発端」という私の考察がそのまま今も活用されているという好例である。  

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.226  本棚のある店 (2007.11.9)

 あんまり誉められた行為とは言えないでしょうが、他人の家を訪れると、ついつい本棚やレコード棚をじっくりと眺めてしまいます。その家人の思いがけない趣味嗜好を知ってほくそ笑んでしまったり、全くジャンル違いの本が隣り合わせで、これを同一人物が読んでいることに驚いたり、ちょっと覗き見的な快感がありますよね。
 なぜそんなことを思い出したかと言いますと、先日、新しくできたメンズのお店を視察に行ったら、そこにも本棚があったからなのです。このお店、私もよく知るライターのY氏が最初のコンセプト作りからメンバーの一人として参画し、大手アパレルWが丸の内のお堀沿いに作った壮大な実験店Lなのですが、「大資本がお金出してくれるんなら俺だってこんな店作ってみたいよ、チキショー」と嫉妬に駆られたほどに、良く錬られた、居心地のいいお店でした。そして、そこの本棚は商品である服自身以上に見事に「私たちはこういう店です」というアピールを投げ掛けていたのでした。
 当店にも開店当初からずっと本棚があります。思い起こすと、ここに足を止めて眺めている人って割といらっしゃるんですね。今まで気が付かなかったのですが、うちの店の特徴のひとつ、それは「本棚のある店」だったのです。(弥)  

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.225  地方の店 (2007.10.10)

 丸の内に青山のようなビルが建ち、六本木に新宿のような空間が生まれ、銀座に渋谷のような施設ができる。東京では毎月のように新しい商業施設が生まれ、視察に行くたびに「これだけ次々に目新しいハコが出来続けると、人も移り気にならざるを得ないだろうなあ。私の店は、静岡の『地方の店』で良かったかもしれない。」と改めて感じるのです。
 そう、当店の類いは昔も今も「地方の店」と言われます。それは単に地方都市にある店という以上の意味があって、その規模や品揃え方針、固定客重視の接客や店主のわがままな好き嫌いの度合、など、いろんな要素がひっくるめられている呼び方なのです。ですから、この「地方の店」の反対語は何か、と考えると、恐らく「中央の店々」ということになります。しかもその「中央の店々」は中央だけでなくそこそこの規模の地方都市にも進出してきますので、地方には「地方の店」と「中央の店々」が混在しているのです。
 そして、地方では「地方の店」が減り、代わりに「中央の店々」が増え続けています。さらに中央では次々に新しい店が湧き上がります。それなのに、です、中央には「地方の店」がない、のです。
 さて、地方の客が中央の店へ、という流れはよく言われていることですが、しかし、実は中央の人たちの中にも地方の店(のような店)が好きな人がいる、ということが忘れられてはいないでしょうか。売れ筋に偏って同質化してしまっている店や、富裕層向けと称していたずらに虚栄心をくすぐる店ばかりが増え続けて、目まぐるしいほどの栄枯盛衰の中でパイの取り合いをしているのが中央ですから、そんなあわただしい様子に嫌気をさし「私は『地方の店』の感覚の方が好みだ」と感じる方々が中央にいたとしても何も不思議ではありません。そういう方々は中央で買える立地にいるにもかかわらず地方の店へ目を向けるのではないかと想像ができます。つまり、中央の客が地方の店で買う、という構図だって充分にあり得るのだと思います。マイナーな流れでしょうが、ネット時代になり口コミがマス媒体以上の影響力を持ち始めるようになっているので、この傾向が今後小さくなることはないように感じます。
 当店の売り上げはもちろん静岡県の皆様によって支えられていますが、最近は県外の方からのご用命も無視できない比率を占めるようになってきました。それもこれも当店が「地方の店」であるからなのでしょう。昔は何だか見下されているようで快く思わなかった「地方の店」という呼ばれ方ですが、近頃はそう言われることに密かに喜びを感じるようになってきているのです。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.224  パクられてもパクることなかれ (2007.9.5)

 宮沢喜一元総理の死去の際、静岡新聞の「大自在」(朝日新聞で言うところの天声人語の欄)が、ウィキペディア(ネット上の百科事典)の記述を裏も取らずに無断引用し、大恥をかいた、という事件がありました。
 このホームページの私の文章も実に方々で参照されているようです。最も多いのは、やはりアランセーターについての記述で、くだんの
ウィキペディアにまで紹介は及んでいます。またマッキントッシュに関する考察なども業界内では少なからぬ影響を与えているようなのです。
 ネット以前の時代ですと、田舎の一商店主がDMのハガキにワープロで書くようなモノと大新聞に書かれた記事とでは、その信頼度には明らかな差があったものでした。ところが、面白いことに、ネット出現以降は、同じような内容の記述に出くわしたとしても、どれが初出の本家モノで、どれが他人の文章のパクリかは、つぶさに記述を読むと比較的容易に判断ができるようになったのです。
 このことは、たとえ無名で小規模だろうと、マス媒体以上に説得力のある発信ができる時代がやって来たという朗報であり、また、決して安易に他人の記述をパクったりせず、いつも内容を咀嚼して自分の言葉で書くことを心掛けるべき、という教訓でもあります。
 もうひとつ、私が言い出しっぺなのが
「スーツは年収の1%」説なのですが、これが過日業界紙に某百貨店の男性バイヤーのコメントとして載っていたのにはいささか驚いてしまいました。
 ついでに今回はこんな持論も披露しておきましょう。「スーツは食卓で決まる」。スーツをどの店でどう買うのか、の裁定は、実は店内ではなく、夕食の団らんの家族の会話ですでに決まっているのではないか、というのが私の勝手な推測なのですが、いかが感じられるでしょうか。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.223 バイヤーの憂鬱 (2007.8.3)

 最初から売れないと分かってるモノを仕入れるバイヤーなんていません。「コレは売れる!」、バイヤーはいつもそう信じて数を出すのですが、すべてが思惑どおりに行くはずもなく、どうしても売れ残りという困ったモノが出てしまいます。
 普段は売場全体に紛れ込んでいるそういった残りモノが浮き彫りになって現れてしまうのが夏のこの時期でして、今月の店内はさながら一年分の残りモノ品評会のようで、無能ぶりをさらけ出しているバイヤーは悲しくなるやら情けないやら、いささか憂鬱になる八月です。
 「在庫は宝なんだよ」と私はかつてある名物バイヤーから教わりましたが、今多くの経営者は「在庫は罪だ」と説きます。宝なのか罪なのか、私はどちらも正しいと思います。中身と量と時期の問題ですし、バイヤーと経営者という立場の違いもあるでしょう。そして、宝だと強気に言うバイヤーの私と、罪だと堅気に言う経営者の私が、いつも自身の中で葛藤しているのですが、この時期は明らかに後者の私の方に軍配が上がってしまうわけです。
 つまり、かつての宝も八月には罪。なので涙を飲んで、恥ずかしながらの価格を付けても、思い切った罪減らしをやらないといけません。それにはお客様皆さんのご協力が必要であります。暑い中ですが、ご来店いただければ嬉しいです。(弥)  
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.222 宝の持ち腐れ (2007.7.1)

 世に言う、宝の持ち腐れ、つまり、買ったはいいけど(または、持ってはいるけど)もったいなくてなかなか使わないモノです。高価でも、クルマ、腕時計、スーツ、バッグなんかは、ちゃんと使って持ち腐れにならないことが多いのに対して、持ち腐れになりやすい代表選手は恐らくシャツと靴ではないでしょうか。高くなればなるほど使わなくなってしまう、という反比例の法則が働いているような気がします。
 なぜなのか、その理由も何となく分かります。まずその価格です。何十万円のスーツはハナから手が出ないとしても、例えば五万円のイタリア製シャツや十万円の英国製の靴ならば少し張り込んで(自分にご褒美!として)買えない金額ではありません。でもこの二つ、使った後がそのままにしておけない、という悩ましい共通点が…。使えば必ずメンテナンス(洗濯&アイロンや靴磨き)を要しますし、また使えばすぐに摩耗やキズも進行する。なので使うのについ躊躇してしまうんでしょうね。
 もうひとつ、この二者には共通の特徴があるのですが、お分かりでしょうか。それは、既製品と注文品との違いが歴然としている、ということです。先ほどの五万円のイタリア製シャツや十万円の英国製の靴ももし自分の体とちゃんと合わなければ我慢してなければならないわけで、この既製品と注文品とのサイズフィット感の満足度の差は、シャツや靴の方がもしかしたらスーツ以上かもしれません。もちろん既製品と注文品との違いは、サイズのことだけではなく、自分の趣味嗜好をどれだけパーソナルに取り込めるかというディテールや仕様の許容度という面もありますし、何より将来リペアができる(シャツなら衿や袖の交換、靴では踵や底の張り替え)ということがそもそもの購買の前提となっている点も重要な違いです。
 そして、実はここに当店でシャツと靴のオーダーが好評という、そのカギがあると思うのです。くどくど申し上げませんが、決して買い物を持ち腐れにさせないだけのセールスポイントがあるのです。
 しかし、シャツやスーツのオーダーに比べると靴のオーダーというのは馴染みが浅く、さらに慣れないうちは完成姿が見えにくいので、よしっ頼んでみよっ、という気持ちになるまでのハードルがまだ少し高いように感じます。なのでこの夏も「靴を作ろう!」のキャンペーンなのであります。腐る宝より使えてこその宝ですから。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.221 3年目のクールビズ  (2007.6.6)

 クールビズも今年で三年目。元々が官主導の取り組みで始まっただけあって、初めての年は、ネクタイは締めてはならぬ、上着も着てはならぬ、とのお上からのお触れに、下々皆の衆「お行儀良く」素直に従ったのでありました。
 しかし、ファッションというのは、お仕着せに反骨する精神から生まれるもの。はい、制服をどうカッコ良く着ようかとアイデアを凝らした中高生の頃を思い出しますね。禁じられるほどに燃えてしまうのが恋とお洒落なのであります。
 「通勤の行き帰りはともかくとしても、やっぱり仕事の時にはちゃんとタイを締めていたいし、できれば上着もしっかりと着ていたい。それで暑いのは仕方ないだろ、クーラー強くしろなんて今更もう言わないしね。自分が我慢すればそれでいいんだから。」という声が今年は聞かれます。そう、着たけりゃ着ればいいし、外したけりゃ外せばいい。誰に指図されるでもなく、誰かと横並びになる必要もない。自らのビジネスに一番有効な手だてを自らがアレンジすればいい。
 これこそ、クールビズの名の下で男性に与えられたフリーハンドな特権だと考えると、三年目のクールビズはようやく押し付け感が消えて、けっこう個性的で幅のある楽しみができる夏になるんじゃないのかな、と感じているのです。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.220 紳士服の「基本のキ」 (2007.5.4)

 算数の九九、楽器のチューニング、ゴルフのグリップなど、習得の大前提となる「基本のキ」が紳士服にもあるとしたら…。私は最低限のこととして、まずは次の二つを挙げたいと思います。
 最初のチェックは、着ている服のサイズ。とりわけ、上着の着丈と袖丈、トラウザーズ(スラックス)の股下(裾丈)、という縦方向の寸法の三か所です。見ていると、これらが合っていない(長すぎる)人が実に多いです。ここが合ってなかったならば、どんなにしなやかなsuper180'sのスーツも、すばらしい光沢のカシミアのジャケットも、それは調律の合っていないストラディバリの如しなのです。(注1)

 二つ目は、靴やベルトの色合わせについての基本事項です。黒なら黒、茶なら茶、と必ず同じ色に統一します。そんなの当たり前だろ、と思われる方が多いとは思いますが、意外にこの基本が徹底されていないことが道行く人を観察するとお分かりになることと思います。これができたら次に鞄の色も合わせていきましょう。できれば、財布、名刺入れや時計ベルトも同色に統一したいものです。ピカピカに磨いた流行最先端・ハンドメイドの自慢の薄茶の靴も、お腹に黒いベルトを巻いてたんじゃすっかり幻滅なのです。グリップもろくにできていないのに名門コースを回りたがるビギナー・ゴルファーと同然です。(注2)

 トレンドやコーディネート、その人らしい個性の演出、などを語るのはそこから後の話。基本を知った上で崩すのは上級なお洒落ですが、基本を知らずに格好だけつけているのは恥ずべき我流に過ぎません。
 今更何でそんな基本中の基本をもう一度話すのか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。でも、何十年経っても当たり前の「基本のキ」を店は忘れずに伝え続けなければいけないと思うのです。と言うよりもむしろ、店でなければ伝え続けることができないと近頃は感じているのです。そして、紳士服というのは、ルールがあるからこそ面白い、そのルールを楽しむのが紳士服なのだ、と感じていただければ、と思うのです。(弥)

(注1)もちろん、肩幅、胴回りなどの横方向の寸法も大切なのですが、一般的に横寸法に気を使うほどに縦寸法への気使いが足りないのではないか、という思いから、ここではあえてこの三か所の縦寸法だけを取り上げました。
(注2)この先に言及すべきこととしては、金属部分の色の統一があります。すなわち、金色なら金色に、銀色なら銀色に、ということですが、「基本のキ」という観点から外れてきてしまうので本文では割愛しました。また、ドレスコードが段々と甘くなってきている現代では、焦げ茶や濃紺など、暗がりでは黒と見間違えるくらいの濃い色に関しては、黒と同義と見なしても良いように考えられているのが現状です。このことも前述と同じ理由から本文では触れませんでした。
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.219 この長いシッポは誇りです。 (2007.4.12)

 二十年も経つとお客様の名簿も増えて、累積すると今では恐らく三千名を超えているのではないかと思います。なぜ正確な数を掴んでいないかというと、原則として二年以上のブランクが空いたお客様のデータは別のファイルに移し替えて保管しているためで、手元の名簿は常に「動いている」お客様だけのフレッシュな状態を保つようにしているからなのです。
 その中から、地元の静岡に在住のお客様を中心に、当店の頼もしい親衛隊となっていただきたい方々にこちらからお呼び掛けをして、毎月一回メンバーズ通信のハガキをお送りしています。
 ですので、メンバーズの皆様へ毎月の通信を発送するハガキの枚数というのは大体いつも数百枚程度でして、実は二十年で一度も千枚を超えたことがありません。(ただ、ご夫婦でご登録のお客様(当店では過半を占めます)にはお二人で一通の発送となりますから、実際の人数という点では千名を超えています。)
 二十周年を期に、この数百通分のお客様の在籍年数を調べてみました。五年ごとに四分割すると、まず顧客歴「五年未満」の新しいお客様の割合が41%と出ました。実際に「動いている」名簿で、眠ったままのお客様は含まれていませんから、ここが最大比率を占めるのは当然でして、常に新しいお客様を取り込んでいて、店の新陳代謝は健全に進んでいると解釈しています。
 当店らしさが現れるのはここからで、次の「五年から十年」が33%、「十年から十五年」が14%、そして「十五年から二十年」の方が今も12%のウェイトを占めているのでした。現代風に言うと正に顧客層のロングテール現象でして、実に顧客の四人に一人が十年選手という実態が明らかになったわけです。
 どうぞ十年以上経ってもFA宣言したり引退したりなんかしないで、ずっとうちのチームのメンバーで居続けて欲しいと願っています。もちろん、そのための新たな楽しさの提供は常に続けてまいりますので。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.218 春は名のみ? (2007.3.7)

 ♪春は名のみの、風の寒さよ〜♪(「早春賦」吉丸一昌・詞)との歌がうそのように思えるほど、異様に暖かい今年の春です。例年以上に日々の寒暖の差が大きいので、「今日はいったい何を着ればいいの?」と毎朝悩んでいる方も多いことでしょう。
 初夏の日あり真冬の日あり、の春のこの時期は、もちろん春という季節感を出すことに留意はしつつも、春夏秋冬の四季にわたる手持ちの服をすべて総動員して掛からないと毎日の気候の変化に対応しきれません。洋服ダンスの前にいると、奥にしまっておける服がなくて、すべての服が手前側にどんどん溢れてくる、という感覚です。だから、春の装いには、その人がいかに系統立てて四季のワードローブを効率的に買い揃えているか、はたまた季節ごとにてんでバラバラに刹那的な服の買い方をしてしまっているか、の差が、真価として現れることになるのです。ひとつのコツは、秋のうちから春に必要なものまで視野に入れながら手を着けておくことのように思います。
 これも要は気の持ちようで、この四季の服の総動員を「面倒臭い」と思わず、前向きに「楽しみ」と考えましょう。春は季節の中で一番いろんなコーディネートが試せる楽しい季節なのだ、と積極的に思い込んでしまうしかないのです。
 これはオーダーメイドを注文する心持ちに近いものがあります。なんだかんだと決めることが多いから面倒だ、と躊躇していたらそれは苦痛以外の何者でもありませんが、あれこれ悩めることこそオーダーの醍醐味、とすれば、これほどに楽しいことはないのです。(そういう私は、実はレストランや居酒屋でメニューを決めるのが大の苦手で、これを楽しいと感じることはあまりありません。)
 春の装いもオーダーメイドも、苦痛にすぎないかそれとも楽しみと感じられるか、そこに関与できるのが私たちの役割でしょう。ご相談には乗れることと思いますよ、メニューのこと以外でしたら…。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.217 伊愛英、出張報告です (2007.2.7)

  欧州とんぼ返り二往復の出張報告をいたします。

●伊フィレンツェ、紳士服の祭典「ピッティ・ウォモ」へ、積年の望みがかない初の視察に三泊五日、実質丸二日間だけのイタリア行。世界のメンズブランドが何百社と出展しているし、来場者ももちろん世界中から来ているので、もしテロリストがこの会場を一網打尽に全滅させてしまったら、世界のメンズファッション業界は一瞬にして停滞してしまうことだろう、とさえ感じさせる。当店が現在扱っているところだけでも十五社、過去に当社で扱い実績のあったところを数えたら三十五社もあり、これを合わせると五十社になった。これがひとつの会場で一日か二日で見て回れるのだから、展示会のデパートといった状態で、バイヤーにとってこんなに便利な場所はない。
日本のバイヤーの数も、多いだろうことはある程度想像はしていたが、それにしても異常な多さで、正直「世界のいろんなブランドを多種揃えています、というような店構えをしていても、なーんだ、みんなココで買い付けしてたのね。」という気持ちも感じざるを得なかった。これだけの規模になると、この場所で、誰もまだ知らない自店だけの逸品を発掘する、という業は不可能に近く、むしろ私がアイルランドあたりで足で探してくる商品の方がレア度は高いかもしれないな、との思いも強く持ったのだった。
 毎年行きたい行きたいと思いながら売り場を持つ身としてはその日程からなかなか渡欧がかなわなかったピッティに、今回「行くぞ」と決心したのは、ふたつのことに背中を押されたからだった。ひとつは、この二年ほどバイイングしていて仲良しになっているミラノ在住の船橋さんご夫妻が初めてピッティに出展されると聞いたこと、そして、もうひとつが、今回これに合わせて同時期に特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」がピッティ宮殿の王宮の間で開催される、と聞いたからであった。
 ロンドン・セヴィルロウのビスポーク・テイラーたちが二百年の間、いかに世界の歴史や文化と密接に関わってきたのか、そして現代の紳士服にいかに大きな影響を与えているか。数々の紳士服の複製や写真が昔のままの王宮の間に美しく陳列され、大変興味深く鑑賞した。
 何でも見たがり出たがりの私は、今回この展覧会のオープニングにあたってカクテルレセプションがあることを聞きつけ、つてを頼ってこれに参加潜入することに成功した。実は、日本のアパレルや百貨店、ジャーナリズムなどもきっと大勢いるのだろうと思ってのことだったのだが、行ってみると日本人は私を含めてたったの二人しかいなかった。こんな素晴らしい機会にどうして…、と思うと、優越感になど浸ってもいられず、このエキジビションをちゃんと日本に紹介しなければ、という使命感にかられてしまった。私もジャーナリストではないのでうまく取材できたわけではないのだが、別項にレポートをまとめたので、ご覧いただければ幸いである。
 一晩ぐらいトスカーナの伝統料理を贅沢にしっかり食ってやるぞ、と事前調査のレストラン・リストを片手に街歩き。満席だよ、と三軒断られて、四軒目、一人だったら空いてるよ、と案内されると、偶然にも隣りのテーブルではネクタイのドレイク氏一行六人が食事中ではないか。誘われるままにパーティに混ぜてもらい、結局飲み食いは楽しく深夜まで及んだ。食したリボリータ(パンのスープ)とビスティカ(ステーキ)が美味であったのは言うまでもない。

●一週間を挟んで、今度は四泊六日、実質丸三日の仕事に渡欧。まずはダブリン。数えたら今回が十二回目で、もう慣れたもんだ。
例年の業務に加え、ツイードのシャツジャケットや帽子などにも新しいメニューを加えられそうだ。また、ニコラス・モスには開店二十周年の当店限定柄の製作も依頼し、ニックがデザインを起こしてくれて夏には実現できそうな見通しとなった。クレオにも二年振りの新作となるハンドニットのジャケットを頼むことができて、ほぼ満足な成果を上げられた。
 小腹が空いたと、定宿の近くのタイ料理屋に入ったら、アイルランド政府商務庁のKさんとばったり。同席となり、トム・ヤム・ガイ(鶏肉スープ)とパッタイ(焼きそば)を「ごちそうさま」になりました。美味でした。

●未明のダブリンから五ユーロの飛行機で英マンチェスターへ飛ぶ。うっすらと雪化粧の山々を見せる西ヨークシャー、ハダースフィールドへ列車は走る。今日は一日で四ヶ所を回る紳士服地の工場巡りの旅だ。
 最初はスコフィールド&スミス。シルク使いのジャケット生地などが得意なところだ。駅に迎えに来てくれたマネージャーで後継者と目されているサイクス氏は、幹線を走らずわざわざ景色の良い田舎道を遠回りしてくれて、小高い丘にある工場まで案内してくれた。近年ハダースフィールドでは、古い服地工場をリストアして賃貸住宅に転用することが市の政策となっているらしいのだが、昨年になってこの工場にもその話がやってきたそうだ。となると、これから事業を継承していく彼にとっては、工場の移転や従業員のリストラ、という難題を解決しなければならず、きっとひとりでかなり悩んでいるんだろうな、という様子がうかがえた。
 

 二軒目は、テイラー&ロッヂ。百を超えるハダースフィールド周辺の服地工場の中でも恐らく最も高い知名度を持つブランド服地だと言えよう。スーパー120's&カシミアなどの細番手のスーツ生地はイタリアや日本でもファンが多い。
案内してくれたのはマネージャーのヘイグ氏。ウィスキーと同じこの名前はもともとフランスからの移民の姓だという。ここで私は彼を質問責めにした。「数ある英国の毛織物産地の中で、なぜハダースフィールドはこれほどに繁栄したのでしょうか。ある人は水質の違いだと言っていますが…。」「ニッポンの客人よ、とてもいい質問だ。確かに水の違いはあるがそれだけではない。ハダースフィールドには、産業革命のずっと以前からフランス人が移り住んでいたのだ、つまり私の先祖だがね。要は(アングロサクソンが持ち合わせていなかった)フランス人の織物への造詣の深さとセンスの良さがこの土地にだけはあった、ということなのだよ。えっへん。」
「それでは、次の質問。数多あるこのエリアの紳士服地の中で、なぜテイラー&ロッヂは一番優れているという評価をもらっているのでしょうか。」「富士山の住人よ、それはさらにいい質問だ。服地の製造というのは、機織りのようなドライな作業と洗浄のように水を使うウェットな作業に分かれている。かつてはどこの工場でもその両方を一貫して行っていたのだが、近年はウェットな作業は外注へ出すところがほとんどとなってきた。じめじめと寒いところでの仕事だから、労働環境が厳しく、また設備のメンテナンスにも費用が掛かるからだ。しかし、当社は未だに洗浄や縮絨などフィニッシングといわれるウェット作業まで一貫して社内で行っている。木製の洗濯機は未だに現役だし、ペーパープレスという紙で服地を挟み押さえて仕上げる伝統技法を行っているのはもう当社ぐらいだろう。服地に掛けるそのプライドが、違いと言えば違いだろうかね。えへんえへん。」私の質問は彼をいたくいい心持ちにさせたようだった。
 三番目は、エドウィン・ウッドハウス。ヨークシャーの丘陵を小一時間ドライブした、リーズ市の郊外にある。ここはブランド力こそないが、マーケットに即したトレンディな服地をタイムリーかつリーズナブルに供給することで定評がある。当店でも「エアウール」は夏の定番服地として人気が高い。糸を撚る段階からのスピニングの設備まで自前で持っている。若き後継者ウィリアム・ゴーント氏は、例えばイタリアと日本と中東では好まれる色合いが全く違うのだが、当社はその世界各国のマーケットに細かく適応した商品開発にいつも心を砕いているのだ、と熱っぽく語ってくれた。
 最後は、リーズにあるアームレイ・ミルズ産業博物館。ここは運河沿いにある古い織物工場跡を再生し、織機や蒸気機関などの産業遺産を展示し体験学習する施設として近年オープンしたところ。冬の平日の夕方では客は私だけだったが、普段はきっと近隣の小学生などが体験授業に多く訪れているところなのだろう。自分たちの街の歴史や遺産を後世に語り継ぐことが郷土愛をはぐくむ上でどれほどに大切なことか、欧州の人たちは当たり前のように意識しているように感じる。
 夜ホテルに戻ったら、S&S社のサイクス氏がロビーで待っていた。「地球の裏からはるばるうちの工場を訪ねてくれたんだ、晩飯ぐらいおごるよ」と。ポテトとリークのスープ、ススギのベーコン巻き、どちらも(英国のレストランにしては)うまかったっすよ。

●ひとりで七泊したにもかかわらず、ひとりぼっちの夕食はたったの二夜、あとの五夜のうち四夜が「ゴチ」という、とても食事運に恵まれた旅でありました。当然帰ったときには体重増となっておりました。(弥)
 
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.216 二十周年です (2007.1.1)

 明けましておめでとうございます。
 1987年秋に開店した当店は、今年二十周年、成人式を迎える運びとなりました。
 二十年経ったら、普通はもっと立派で大きな店になってるもんだろ、とても誉められたもんじゃないよ、という恥ずかしい思いもありますが、ともかく言えることは、二十周年は二十年掛からないと達成できない、という当たり前の事実でありまして、この事実を自ら祝いたいと感じております。
 今振り返ると、始めたときはまさにバブルがその絶頂へ向かって突き進んでいた頃でした。その時代のムードとまだ当時二十代だった私の無謀なまでの憧れから、こんなヘンテコな店は産ぶ声を上げたのでした。よくぞまあ二十年も生き残ったものだ、私のわがままに長いこと付き合っていただいてきたお客様にひたすら感謝、というのが偽らざる正直な実感です。
 そんなわけで、今年は一年をかけて、二十周年限定企画品をいろいろとご提案します。と言っても、私自身はモノ売りモノ語りはできてもモノ作りの才はないので、各方面その道のプロにお願いし、わがままに自分が欲しかったモノを作ってもらうことにしています。一年間の様々な提案にお付き合いいただければありがたいです。
 二十年目の本年も、お引立ての程、何卒よろしくお願い申し上げます。(弥)   
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.215 服もアルバム (2006.12.2)

 服もアルバム、と私は店内でよく言います。これは、着なくなった服をどうするか、という話題になると出るネタ話です。
 古い写真を、昔のものだから、まずもう見ないから、といって捨てる人はいないでしょう。また、古いレコードを、もう聞かないからと処分してしまった人も少ないと思います。嬉しかったこと悲しかったこと、数々の思い出が詰まっているのですから、あっさりと捨てられるはずはありません。
 服だって同じです。思い出のある服はそう簡単に捨てられませんよ。写真もレコードもどちらもアルバムと言いますよね、ならば「服もアルバム」でいいじゃないですか、と言うのが冒頭の言なのです。
 ところで、ユニクロさんが、リサイクル運動の一環として、フリース衣料を始めとする自社製品の回収を呼び掛けたところ、戻って来るは戻って来るは、予想を大きく超える回収量に大慌てだったと聞きました。これには仕掛けた方も嬉しいやら悲しいやら、きっと複雑な心境だったのでは、と思います。もし自分が仕入れて自分で熱心に売った服がその後何の愛着もなく使い捨てにされるとしたら、私なら悲しすぎて涙が出てくるかもしれません。
 賢明な読者はもうお分かりだと思いますが、将来に捨ててもいいと思うだろうような服は極力買わないこと、そして自分のクローゼットを美しい思い出のアルバムとして整然と作り上げていくこと、これがどんなリサイクルにも勝る何よりの資源保護への道だということを。この点では、英国人の姿勢というのはひとつのお手本になり得ます。
 そう、だから服は捨てられない…。(弥)    
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.214 店舗優先主義ではいけないのか? (2006.11.12)

 ホームページに次々と商品を載せていますが、だからと言って私たちは決してネット通販への参入に積極的なわけではありません。むしろホームページを設けている目的は「この店に行きたい」と感じてもらうことであり、あくまでも来店促進を主眼に置いているのです。
 確かにウェブの技術革新はめざましくて、動画の処理も日進月歩、近ごろは携帯電話の小さい画面でも服が買えます。でも、どれだけITが進化しようとも、服というのは、最適な店舗環境の中で、見て、触って、試着して、できれば店員とも充分に会話もして、そうやって扱ってあげるのが本来の姿なのだと私たちは考えます。服を売るという場合に関して言うと、ネットに実店舗の代役が完全に務まりきれるとは到底思えないのです。
 そのうえで「忙しくて」とか「遠いので」などの様々な理由からどうしてもご来店いただくことが困難な場合にも対処するために、ご来店なしでも商品販売ができるように決済体系を整えておき、顧客の便宜を図る、というのが私たちの通販に対する考え方なのです。
 このスタンスは、一度でも実際に店舗でお相手した方には割とたやすく分かっていただけるのですが、時として理解してもらえない場合もあります。テレビなら地域別に提供情報を区別するのが普通ですが、ネットは当然ながら全国いや世界中に同時配信です。これが善し悪しで、たまに「静岡なんてそんな遠いところに行けるわけがないだろ!」と「それって店のせいなの?」と、筋違いに怒られたりします。
 時代に逆らっているように聞こえるかもしれませんが、開き直って声高に言います。当店は何よりも店舗での接客販売を優先します。通販はそれを補完するひとつの手段であって、目的ではないのです。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.213 品格のため行き過ぎに注意しましょう (2006.10.12)

 「小さめに着ましょう」という流れはほぼ定着したと言っていいでしょう。さすがにツータックのスラックスが欲しい、というお客様も見受けられなくなりました。自分の体型と寸法を正しく把握する、という意味ではこの傾向は決して悪いことではないと思っています。
 ただ、これも中庸がなによりであって、近頃はちょっと行き過ぎじゃないの、と感じています。どうしてもファッションの常で、ひとつのトレンドは必ず極端に度を超すほどに一気に突き進んでから揺り戻しがあって落ち着きを見せるものなので、まあやむを得ないところもあるのですが、前ボタンも留まらないほどパツンパツンのジャケットやコート、お尻の山がクッキリのパンツやスカート…、これはもう、ジャストフィットを通り越して、ただサイズの合わない小さいサイズを着ているにすぎず、もう見苦しいだけです。
 それから、メーカーが作るサイズ設定も必要以上に小さくなりすぎているように感じます。これは売上データを瞬時にコンピュータで分析するPOSシステムの悪影響かもしれません。つまり流行に敏感な若い人ほど早く買いますから、当然小さいサイズの方が早く売れ始めます。分析データは、早く売れるものほど良い評価で、遅くまで売れないものはダメな商品と、と判断しますから、どうしても大きいサイズは不利なのですね。
 さて、当店もそして当店のお客様も、ある意味で大変流行に敏感であります。というのは、流行ってきたぞと感じると早めに「引き」の姿勢を見せる、ということなのです。お客様からはこんな声が聞かれます。「そりゃ小さめに着ろっいうのは分かるけどね、あんまりピタピタじゃお腹もあたるし、無理に若ぶったように見られるのもシャクだろ。それに、近頃じゃ、そうやって『ちょいワルおやぢ』してまだ女にモテたいのかい、って思われちゃうしねぇ……。」
 こういった声が最も顕著に出てくるのがスーツではないでしょうか。と言うのも、ちょっと前までぼろぼろ&だぼだぼのスタイルを好んでいた若い人たちの間で、スーツを着るのがひとつの流行りになってきたようなのです。例外なく誰もがイタリア系のサラサラで黒っぽい生地でまるでウエットスーツかボディタイツのような極細のシルエット。馬子にも衣装のたとえの如く、誰でもスーツを着るとちょっとはお上品に見えるのが普通なのですが、なぜかそういう品格を感じない。ピタッと着ているのだからだらしないはずはないのですが、どうしてなんでしょうか、(チンピラアンチャン風)なんですね、失礼ながら。
 というわけで、他のアイテムはともかく、スーツに関しては、そろそろ大人と若者の一線を画さねばならない時期に来たか、と感じます。さらにもう二歩三歩ほど流行から遠ざかって俯瞰する必要があるようです。当店に求められているスーツは、流行の最先端ではなくて、十年着ても時代遅れにならず堂々と着ることのできるスーツであるはず。手仕事を多用した構築的で立体的な高い縫製技術、打ち込みのしっかりした重厚感としなやかさを兼ね備えた英国服地、頑固過ぎずトレンド過ぎずの普遍的なパターン、この三位一体で「最初に出来上がった時はまだツボミ、しばらく着ていくとそこで花が咲く」という英国服の持ち味をよりハッキリと目指したいと思っています。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.212 「何も考えていない客」とは (2006.9.3)

 全国紙に全面広告を出すような著名ブランドと当店が扱うようなブランド、どんな違いがあるのでしょうか。
 確かに、イタリアのインコテックスのパンツ工場やスコットランドのウィリアム・ロッキーのニット工場では、聞けば誰でも知っているような有名ブランドの製品をも作っていますし、ネクタイのドレイク氏やドゥエ・ビランチェの多田氏は大手アパレルの仕事も手伝っています。だから、我々のブランドの方がはるかに生産者との距離が近い、と言えますが、違いはもちろんそれだけではありません。
 私は、あちこちのメゾンブランドの外国人経営者が常々口にしている「日本の客は世界のどこよりもモノの良さが分かり目が肥えていて評価の厳しい、最高に素晴らしい客」といったようなコメントを「そりゃリップサービスでしょ」と感じていましたが、私のその印象が間違いなかったことが分かりました。あるシンクタンクが「有名ブランドを買っている人はどういう考えでそれを買うのか」という深層心理を調査したのです。(「第三の消費スタイル/日本人独自の"利便性消費"を解くマーケティング戦略」野村総合研究所) そこで、案の定というか、仰天な結果が出たのです。『何も考えていない客ばかり』と。
 つまり「みんなが持ってて安心」「品質さえ良ければあとは大してこだわらない」「悩んで回るのは面倒くさい」という利便性を重視したコンビニ的な消費性向が強く現れていて、従来ならブランド消費に付きものの「そのブランドがどこよりも大好きだから」「そのデザイナーの生き様に憧れて」といった付加価値に重きを置く思考はわりに少なかったのでした。
 批判を恐れず極論するならば、ビッグな著名ブランドになればなるほど何も考えていない客に支えられている、という構図となり、ブランドイメージを訴えるだけの一面広告が多いのもそりゃ道理だわぃ、と、私は溜飲を下げたのでした。
 私どもの店で「面倒くさいからコレでいいよ」という動機のお客様はまず存在しませんから、冒頭の違いはこのあたりの思い入れ具合の差にあるように思えるのです。(弥)
 
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.211 シャツを直そう (2006.8.1)

 スーツやパンツは、リペア(お直し)の依頼の多い代表選手です。靴の修理の持ち込みも増えました。それらに比べて「まだまだ少ないな」と感じるのが、シャツのリペアです。オーダーで作ったシャツに限ることなのですが、衿や袖口が擦り切れてきたらそこだけ新しく作り替えることができる、というのは、案外知られていないことなのかもしれませんね。
 ただし、運良く同じ生地の在庫がまだ残っているということは稀で、大概の場合には白無地の生地で代用することになります。つまり衿と袖口だけが白いという変わったシャツは、もともとはリペアを好む英国の倹約家のシャツとして登場したものなのです。このシャツ、見掛けが牧師(cleric)っぽいことから「クレリックシャツ」と呼ばれていますが、これは全くの和製英語でして、実際の聖職者の衣装とは無関係な造語なのです。まあ、要は英国紳士にはケチが多いということでしょうか、エルボーバッチ(ひじあて)と同様に、これも英国的倹約主義が生んだファッションのひとつなのだと言えるでしょう。
 一年で一番暇な月の八月はリペアを積極的に受けることにしました。修繕や寸法直しだけでなく大改造も相談に乗ります。面倒がらずにどうかご持参下さい。(弥)
 
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.210 六十の手習い (2006.7.1)

 「六十代男性をお洒落に見せる秘訣があったら教えて下さい。」と問われた故石津謙介氏は、「そんな魔法はないよ。六十年の間どういう興味を持ってきたかが自然に現れてくるのがお洒落な六十代の服飾なんだ。六十になるまで服装に何にも関心のなかった男に今さら周囲がいくら言ったところでもうどうこうしようがないだろう。」と一蹴されたそうです。
 このことは、今の国会議員たちのクールビズを見れば、誰の目にも一目瞭然のことと思います。
 ところが、六十の手習いというか、突然変異のようにある日から突然にお洒落に目覚める、というケースも時にはあるのです。イタリアへ家族旅行へ行ったのがきっかけだったという方もいれば、今まで服を自分で選んだことのなかった方がご家族に当店まで無理矢理連れてこられて、それ以来お一人でぶらりとお越しになってお買い物を楽しんでいかれるようになった方など、そんな実例も私は今まで数多く見ています。
 何も皆が皆、雑誌が煽るようなちょいワルおやじを気取る必要は全くと言っていいほどないのですが、ファッションが若者や女性だけのものではなく、大人の男の服飾だってずっとずっと奥が深く楽しいものだという、欧米では半ば常識になっているような認識が、日本でも定着しつつある風潮は、とても嬉しく思っています。なぜなら、それこそが当店が開店以来十九年の間変わらずに主張し続けてきたことに他ならないからです。(弥)

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.209 夜行バス朝湯付きの工場訪問 (2006.6.1)

 五月、明け方の山形・赤湯温泉のバス停。夜行バスが一時停車しそして立ち去る。そこには、ジャケットを着たチビで丸メガネの40代男性・野沢。そして、胸と背中と両手に大きなバッグを抱えたひげ面で長身のフランス人青年・ジロー。二人がぼんやりとたたずみ、顔を見合わす……
 まるでアマチュア・ロードムービーのファーストシーンのような光景。聞けば、彼は靴のゴム底材の営業で台湾、日本、韓国、とセールス行脚中、これから、この地の靴工場へ商談に向かうと言う。なんだ、私も同じ。じゃ一緒に行こう。でもまだ朝早いし…、と共同浴場で共に朝風呂を浸かり、コンビニのベンチに二人並んで朝食を取る。そこへ、気のいい果樹園の親父登場。乗せてってやるよー、の一声。ワゴンにちゃっかり同乗して、三人で田舎道をドライブ…… 何だかまだ映画のシーンみたいだった。

 二年振りの宮城興業へ。工場では地元の熟練者に混じって、若い人たちの姿が目立つ。全国からの研修生が十人近くに増え、昼は皆と一緒に仕事をし、夜は遅くまで思い思いに靴の勉強をしている。さながら、全寮制の職業訓練校といった雰囲気だ。地方の町村がどこも過疎と高齢化に悩む中で、この東北の小さな町は若年層の人口流入をかなえているわけで、彼らは地域にも新しい活気を吹き込んでくれることだろう。
 当店がいち早く取り扱いの名乗りを挙げたここの誂え靴のシステムはこの二年でさらに進化を果たし、この秋には遂にニューヨークの名店での扱いも決まった。日本だけでなく世界でもどこも真似のできない独自の境地を開拓しつつあり、ますますの勢いを感じる。
 ここと縁を持つことができ、当店が微力ながらも彼らの繁栄と成長の一助となっていることに自信と誇りを高めた。

 土地の手打ち蕎麦を堪能し、午後は福島市へ移動。七年前から当店のオーダースーツをお願いしている小さな工場を訪問。ここは生産のほとんどがオーダースーツの上着の縫製で、九州のデパートからの年配向け重厚なフラノのスーツの次に代官山のセレクトショップが受けたコットン一枚仕立てのペラペラ・ジャケットが続く、といったように、テーストも型紙も素材も仕様もすべて一着一着異なるオーダースーツを流れ作業の中で一日二百着、正確かつ短納期で製造する。これを可能にしているのが独自に開発したプログラム・ソフトで、逆説的な言い方だが、「人間は必ず間違いをする動物である」という前提から、何重にもチェックを掛けて完璧を期している。
 昨年訪れた岩手のスーツ工場では人間の感や熟練という職人的な秘技をラインの中に当たり前に組み入れていることに驚きを感じたが、ここにはまたもうひとつ別の感動があった。どちらに優劣があるというのではなく、同じスーツ工場でもいろんな特色があるものだと思い知る。
 注文通りの間違いない仕上がり、というのは客にすれば当然のことのように考えてしまうが、実はそれは高い技術を要する人間の知恵の賜物なのだ。

 今回の出張で知ったのは、この靴とスーツの二つの工場が知り合いだったということと、双方とも取引先や親会社の倒産から一度は閉鎖の危機を迎えながらもそれを乗り越えてきた、という事実。生産の海外移転が進み、国内製造業の空洞化が深刻化する中で、生き残ってきた工場というのは、やはりそれだけの価値と意味があるものだ。
 我々商店の最大の弱点は、自分ではものを作ることができない、ということ。いいものを売りたかったら誰かに作ってもらうしかない。その製造拠点は、どこでもできる、代わりはいくらでもある、というものでは決してないのである。
 たった一日だけの強行日程であったが、とても有意義な二工場への訪問だった。(弥)

注)上記後半部に記しました福島の縫製工場との契約は2007年12月より休止しておりましたが、2008年6月より再開しました。

最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.208(2006.5.5) よくあるQ&A
 よくあるQへ、よく言うAです。

★Q:綿パンの丈が縮むのは仕方がないの?
A:綿パンのウェストって洗ったあとに履くとキツいけれど、じきに元に戻りますよね。つまり縮んでもお腹の力でまた伸びるんです。丈が縮んでしまうのは、ウェストのように戻す力が働かないからなのです、なので、洗ったあとにパンツの裾をかかとで踏みつけたまま屈伸運動を十回ぐらいやって、強制的に戻す力を縦方向に加えてやるのです。単純なことですが、こうすると丈の縮みが少なくなりますよ。
★Q:タートルネックや帽子の前後はどうやって見分けるのですか?
A:タートルセーターの首の縫い目や帽子の飾りは必ず左側に来るのが決まりです。その昔の騎士は剣を持ち命懸けで戦いました。だから右手の剣の動きを邪魔するような装飾はすべて左側に付いているのです。小銭や懐中時計を取り出す利便性から考案された上着のチェンジポケットやパンツのウォッチポケットは後生考えられたもので、右側に付いている例外的なものです。
★Q:濃紺のスーツにこのネクタイは合いますか?
A:ネクタイがスーツやシャツと合っているかどうか、というのは色や柄だけのことではないのです。私たちが気にする大事なポイントは、むしろ幅なのです。上着の衿幅とタイの幅は同じ、というのが鉄則です。またシャツの衿の空間とタイの結びの大きさやカタチとの納まり具合の相性も大切です。ネクタイはスーツやシャツに比べて自分の趣味嗜好を最も主張しやすいアイテムですから、自分の好きな色柄を自信を持って選べばそう大きくはずれることはないのですが、お洒落をよく分かっている人というのは、どんな色柄のネクタイをしたとしても今述べたようなこういう鉄則をはずさないものなのです。
……と、雑誌やウェブではなかなか教えてくれないだろうこんな話が、店内では日々交わされているのです。こちらから自慢げに知識の押し売りをすることはしたくはありませんが、突っ込んでいただければ答えられることは割とたくさんあるものなのです。(弥) 
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.207(2006.4.12) 真実の瞬間
 サービスや顧客満足などに関する用語に「真実の瞬間」(Moments of Truth)という有名な言葉があります。二十年も前に北欧のある航空会社の社長が唱えた言葉で、大変粗っぽく要約すると「顧客は接遇を受ける最初の十五秒でその企業の善し悪しを判断する。それこそが真実の瞬間であり、だからその短い十五秒で最大の顧客満足を与えられるように努めなさい。」という意味で、今では略してMOTと呼ばれるほど古典的なマーケティング用語となっています。
 最初のたった十五秒で店のいい悪いが決められてしまうのですから、ちゃんとした教育を受けた店員であれば(おこがましくも、私たちもその中に入れさせていただきますが)、何気なさそうに「いらっしゃいませ」とお客様を出迎えている最初の十五秒の間に、(このお客様にはどういう接客をすれば最も喜んでもらえるのだろうか。)を考え、そのため同時に(お馴染みさんか一見客か、年齢層は、服装の好みはどうか、急いでいるのかゆっくりしたいのか、目的はあるのか冷やかしなのか、愛想はいいか無愛想か、店員と目を合わせるかそらしたままか、気取り屋さんカッコつけ屋さんか否か)などなど、実は思考回路をフル回転させて入店客を観察しているものなのです。だから、目深に帽子をかぶって濃いサングラスおまけにマスク、といった表情が全く読みとれないお客様だと、私たちは大変苦慮するのです。
 時としてこの十五秒がうまくいかないことがあります。例えば、目の合う寸前に電話が鳴ってしまう、見送り客と入店客がかぶってしまう、十五秒経たぬうちに次の入店客が続いてしまう、どうしても手が離せない作業の真っ最中でおかしな姿勢でお迎えしてしまう、など、俗に言う「間が悪い」という事態です。こういうときは間が悪かったことが真実の瞬間なのですから、信頼の修復はかなり困難で、接客は失敗に終わることが多くなります。
 言えることは、たった十五秒で店が判断されてしまうのと同じくらいに、店も十五秒で客を判断しがちだということです。「真実の瞬間」はいいサービスをするためのキーワードですから店の側はかなり意識をしていますが、逆にお客様がこれを積極的に意識してみたらどうなるでしょう。今度はこれがいいサービスを受ける極意になると思うのです。他の人と接遇がダブりそうになったら少し待って間を空ける、とか、どんなときでも穏やかな表情で目を合わせる、とか、一瞬でも帽子やサングラスは外す、とか、始めぐらいはちゃんと敬語を使う、とか、ちょっとだけ同伴者とのおしゃべりを中断する、とか、最初の十五秒だけでいいんです、それだけであなたはいいサービスを受けやすくなるのですから、意識して決して損なことではないと思うのです。当店でも(この人、うまい客だなぁ)と思わせるお客様は、概して「真実の瞬間」が自然のこととして身についていらっしゃる方のように感じます。
 さて、近頃私たちを悩ますのが、花粉用の大きな立体マスク。鼻と口を大きく隠し、しかもあのカラス天狗のような形状はどんな人の顔もむっつりと無表情にしてしまいがちです。花粉防止の効果は抜群なんでしょうが、私たちには花粉以上に大敵なんですね。まさか「ちょっとはずして下さい」とも頼めないし……。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.206(2006.3.4) ないモノ売り
 仕入れて売る、というのが普通の商店ですが、当店では、売ってから仕入れる、つまり「ないモノ売り」の比率が年間売上の四分の一を占めます。
 スーツ、ジャケット、シャツ、シューズ、の「誂えモノ」には、日々何かしらのご注文が入りますし、セーターやコートなどの次冬物の長期予約、限定受注の陶器、と、当店の「ないモノ売り」はかなり日常的です。
 目の前にモノがないので、その接客風景は、物販というよりもむしろ、医院の診察室か旅行業者のカウンターあたりに近いものがあります。「ないモノ売り」は売り逃しがないのだから「あるモノ売り」よりも楽なんじゃないの、と言う方もいますが、決してそんなことはありません。まず受注の材料を揃える下準備と受注したあとの事後処理には相当の時間と手間が掛かりますし、ないモノをわざわざ買おうと決断してくれるお客様の購買意思決定のハードルは「あるモノ買い」よりも数段高いので、「この店なら、ないモノを頼んでも大丈夫に違いない」と思っていただけるだけの信頼を勝ち得ていなければお話になりません。何より、仕上がって届いたモノに間違いがあっては許されませんから、発注と検品には慎重にも慎重を要します。私は、「あるモノ売り」だけの方がよっぽど楽な商売だと思います。
 でも「ないモノ売り」には楽しさもたくさんあります。眼前のモノを「コレください」「はいどうぞ」とはいかない売り方ですから、お客様との対話は否応なく存分に楽しめますし、その人だけのためのモノが待ちに待った末に仕上がったときのお客様の喜ぶ笑顔は格別のものがあるんですね。「ないモノ売り」は間違いなく当店のウリなんだと思います。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.205 海外出張報告 (2006.2.2)
 恒例一月の海外出張の帰国報告を簡単に。

●十一回目のダブリン(アイルランド)は毎年同じ時期に同じ場所へ行くので、定点観測の如しです。土地の価格は相変わらず上昇の一途のようで、今まさにバブルの絶頂期という感じがします。日本よりもずっと長い期間を堪え忍んできたアイリッシュたちは、ここぞとばかりに好景気を謳歌していますが、一足早くバブル崩壊後の怖さを知る我々には、少々危ういものも感じざるを得ません。
 仕事としては、ヘンリー・ホワイト、ジミー・ホリハン、フィッシャーマン、マッキントッシュ・オブ・アイルランド、オニール、ニコラス・モス、クレオ、そしてアランセーター、と常連のアイルランドのサプライヤーの他、スコットランドからやって来ていたエベレストやジェイミソン、また新たにイングランドの帽子メーカー・オルネイ、と二日半の間に多くの商談をこなしました。

ニコラス・モス30周年限定モデル。5月に予約を受け付けます。
●わずか1ユーロという激安航空券(空港利用料などの付帯費用を含めても三千円以下!)でエジンバラ(スコットランド)へ渡り、さらにバスに揺られること南へ二時間、田舎町ホーウィックへ。イングランドとスコットランドの国境に位置することからボーダーズ地方と呼ばれるこの一帯は、
わずか1ユーロのフライトはシートは自由席で、タラップまでケチる?
小川と丘陵に羊が群れるのどかなところで、ゴルフが羊飼いの暇つぶしから生まれたということを実感できる風景がバスの車窓に延々と拡がります。
 英国のカシミアセーターの約九割はこのホーウィックで作られていて、この町はまさにニットの町。二十以上のニット工場が町中に点在していますが、近年は中国製に押され衰退気味で、有名ブランドの工場の閉鎖が相次いでいます。グレンマック、マックジョージ、ブレイモアの三つは同じ経営グループのバリーの工場に統合されましたし、プリングルは大幅に規模を縮小、N・ピールも閉鎖、そして昨年秋にはジョン・レインとダグラスのふたつが操業を停止しました。
 しかし、創業百三十年のウィリアム・ロッキーの小さな工場(従業員百十人)を訪れ、話を聞くうちに、どっこいこの町の彼らは生き延びる術をちゃんと分かっているな、と少し嬉しく思いました。どこかがどこかを出し抜くという発想はなく、資源や人材を互いに融通しあいながらこの小さな町全体を共存共栄させていこうというコミュニティ意識の強さが感じられます。
 工場もつぶさに見学させてもらいました。同じ糸と同じ機械を使えば世界中どこで作っても同じセーターができる、と思ったら大間違いなんですね。もちろんこの工場にもコンピューター制御の日本製最新鋭の編み機が何台も導入されていますが、サンプルづくりは未だに昔ながらの古い編み機で行ってました。

リンキングは熟練技の見せどころ
この古い編み機でのサンプルを新しい機械での本生産に置き換える作業に、長年の経験値が役立っているのです。また、どんなに機械化が進んでも最後にセーターのカタチに形成するリンキング(縫合)作業は人の手によるものですが、この段階でこの町の女性たちに代々引き継がれている熟練技がモノを言うのです。

町の中心を流れるテビオット川
なかんずく、何よりの違いは、水でしょう。すぐ近くを流れるテビオット川は極度の軟水で、私も手を洗ったときにほんの少しの石鹸を付けただけで凄い泡立ちをしたのには驚きました。この水が「ツボミの状態で出荷される(着込んだときに花開く)セーター」を生むんですね。風土、歴史、伝統、経験、これらがホーウィックのセーターの宝なのだと、この目で確かめることができたのは、大変有意義でした。
●旅の最後はグラスゴーへ移動。産業革命に繁栄した街は、今また芸術創作の都市として魅力に溢れていました。昼は、この街が産んだ偉大な芸術家チャールズ・レニー・マッキントッシュの足跡をたどり、彼の建築やデザインを堪能。夜はと言えば、「ケルティック・コネクション」というグラスゴー名物の音楽祭がちょうどこの時期に開催されていて、方々でケルト音楽のライブをハシゴして回りました。本場モノのギリー・シューズ(スコットランドの伝統的民族靴でウィングチップの原型になったもの)も手に入れることができましたし、短くも楽しいホリディでした。
●今回の缶詰ですか。スコットランドのシチューやスープの缶詰をまたまた買い込んで帰りました。(弥)

古い教会跡を使ってのアコースティック・ライブ
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.204(2006.1.1) 追い風に注意
 謹んで新年のお慶びを申し上げます。
 「追い風は早く進むが舵がふらつき不安定になる。むしろ向かい風の方が歩みは遅くとも安定した舵が取れるものだ」と、向かい風の時代に自らを鼓舞するつもりで当報に書いたのは八年前のことでした。
 そして、ようやく昨年あたりから風向きは確実に変わって、どうやらメンズ服飾業界には追い風が吹き始めたようです。その風を享受できるこのときまで淘汰を受けることなく生き残れたことはとても嬉しく感じていますが、そう手放しに喜んでばかりもいられないことでしょう。
 まず、追い風市場には参入者が群がりますから、競争は激しくなるはずです。が、うちの店、他と競い合うようなスタイルの商売は決して得手とは言えないのです。「うちはうち、人の店のことには口を挟まないから、その代わり、うちの店のこともとやかく言わないで」という姿勢をどこまで貫くことができるでしょうか。それから、追い風になると客層が拡大し、店に対する期待度がより高くなってくるので、その期待を失望させないだけの多様な品揃えが必要になりますが、ここで軸がぶれないようにしっかりと舵取りをしなければなりません。
 何よりも、追い風の時に留意すべきは、慢心でしょう。風のおかげを自分の力量と勘違いしてしまう過信です。そして「これでいいんだ」と納得してしまうと、常に新しい商品を探し続ける姿勢も怠慢になりがちとなるので、これにも要注意です。
 おごらず謙虚に、しかし攻めることを忘れずに、この追い風を自らの帆いっぱいに受け入れて進みたいと思います。
 本年もどうぞごひいきにお願いいたします。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.203(2005.12.2)
 吸って吐くのが深呼吸、という言葉が口をついたのは、ダビンチ展(六本木)と北斎展(上野)を立て続けに見たときでした。二人とも長寿で、老いてもなお、とてつもなく膨大な才能を吐き出し続けていました。明らかに吸ったものよりも吐いたものの方がはるかに多く、そこがまさに狂気に紙一重の天才とまで言われる所以なのでしょうが、果たして彼らが、当時とは比較にならないほどに溢れ満ちる情報量を吸うことができる現代においても、その才能をすべて吐き出せたかと思うと、疑問に感じてしまったのです。
 今の世の中、情報は欲しいだけ手に入ります。ひねもすネット検索に費やせば、吸ってばかりの一日も過ごせますから、現代人はどうしても過呼吸というか吸いすぎの状態に陥りがちです。吸った分だけ吐こうとするにはかなりの創造力が必要で、我々凡人にはもはやほとんど不可能とさえ思えます。何しろダビンチの時代と比べて、吸える量は数百倍かに増えているのに、吐き出せる寿命はほんの少し延びただけなのですから。
 無尽蔵な情報の洪水を吸うことに自らの意思で制約をかけ、そしてちゃんと意識をして吐くことを心掛けないと、だらだら吸うばかりの一生で終わりかねないぞ、と、秋の上野公園を歩きながら凡人は思ったのでした。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.202(2005.11.11)
 静岡市の一大イベント「大道芸」も終わり、十一月も半ば、ようやく寒くなってきました。今回は「体温」について三題。
●まずは、我が業界が目下躍起の「ウォームビズ」。こいつはちょっといただけないです。早い話が重ね着のススメでしょ。言われなくたって、みんなお洒落をしたくて寒くなるのを待ち焦がれているのですから、正直、何だか押しつけがましくて、余計なお世話、の感があります。確かにクールビズは、単なる暑がりをファッショナブルな人に持ち上げてくれました。が、逆にウォームビズは、装いを巧く演出している人を単なる寒がりに貶(おとし)めてしまう恐れを含んでいます。私は以前からベストを好んで着ますが、先日ある人から「おっ、早速ウォームビズですね!」と言われ、少々複雑な思いをいたしました。
 恐らくは、業界の早計な独り善がりに終わることとなるでしょう。安易に柳の下の…を狙ったりせず、なぜじっくりと我慢して次夏に満を持すことに心血を注ごうとしないのか。ウォームビズは来年のクールビズ商戦にまでかえって水を差してしまっているように思えてならないのですが、いかがでしょうか。
●店にも「体温」があるように感じます。これは熱の入り方といったもので、規模とも嗜好や波長などとも違うものです。大資本の店の中でも、主張がひしひしと伝わってくる高体温の店もありますが、例えばメーカー直営の採算度外視なアンテナショップなんかは、内装は豪華ですが、体温は概して低いように思えます。
 もちろん客にも体温の高い低いがありまして、低体温の店は低体温の客が得意なわけです。不幸なのは、高体温を志向する当店のような店に駅ビルのチェーン店のようなつもりで入店された低体温の方々でして、我々は彼らの体温が上がってくるまでじっと待つことにしていますが、店の高い体温にうだってしまう方も多いようで、そうなると、会話はおろか目を合わせてもくれないこともあります。
 運良く、店の体温と客の体温とがちょうど合ったときに、たとえ嗜好の違う店だとしても、その店は何だか居心地がいい店、と感じるのでしょうね。
●ダウン(羽毛)の暖かさがこれほどに心地良いのはなぜでしょうか。ダウン自体に発熱作用はないのですから、暖かさの源は自らの体温です。自分の体温に暖まった空気の層を外に逃がさずしっかりと保持してくれる媒体の役目を果たしているのがダウンなのです。不思議なのは、零下30℃も大丈夫のヨーツェンのダウンを摂氏10℃の静岡で着ていても決して暑すぎるとは感じないことです。そう、夏に羽毛布団を掛けても汗をかかないのと同じです。自然のなせる調節機能なんですね。(弥)
最新へ戻る
 
【倶樂部余話】 No.201(2005.10.7)
 旅が嫌い、という人は少ないと思います。私も結構旅好きの方に属すると思いますが、この一年は某組合の役職に就かされたおかげで、弘前と岡山にのんびりと出掛ける機会に恵まれ、その往復ついでにいくつかのミニ観光が実現できました。その中で特に印象深かった土地が、角館(秋田県)と吹屋(岡山県)でした。

角館の武家屋敷通り。道路の高さや側溝まで江戸時代当時に復元されている。
 角館の武家屋敷地区の復元と保存は、官民一体で徹底されていて、今にもちょんまげ姿の侍が飛び出してきそうなほど見事でした。またそこに根付く文化もとても分かりやすく公開されていて、万人にお薦めできる「良い観光地」だと感じました。
角館にはなぜか床屋さんが多い。
(やたらに床屋さんとパーマ屋さんが多いのに驚き、いろんな人に聞き回りましたが、結局その理由は分からずじまいでした。どなたかご存じないでしょうか。)
 吹屋は、岡山駅から車で二時間の山の中にぽつんと残った江戸時代に栄えた鉱山町で、ベンガラ(鉱物から取れる赤い染料)で財を築いた豪商の館(映画「八つ墓村」ロケに使われたお屋敷)や馬が往来していた当時がそのままに残る街並みなど、まるで三百年前にタイムスリップしたミステリーゾーンのようなところでした。

これが吹屋のメインストリート。石州瓦とベンガラ色の壁が美しい。
馬のひずめの音が聞こえてきそうだ。
(この一帯では、国道よりも県道の方が広く、さらに一番立派な道は農道(カーナビにも載ってない!)なのです。道路行政の矛盾の縮図です。)

吹屋小学校。明治42年(1909年)建築。
現役の小学校としては日本最古の木造校舎らしい。
 どちらも文化庁の「重要伝統的建築物群保存地区」に指定されているエリアです。私はこういう地区の指定があることを最近になって知ったのですが、古い街並みを残すために一九七六年にできた制度で、北は函館から南は竹富島(沖縄県)まで、現在全国に六十一地区あるそうです。
 雄大な大自然を眺めているよりもこぢんまりとした古い街並みを歩くのが好きな私にはとても興味のある地名ばかりが並んでいますが、交通の便の悪いところが多いため、私が訪れたことのあるところはその三分の一ぐらいしかありません。意外なことに近場の山梨県や長野県にもいくつも未踏地があり、もっと早く知っていれば、今頃は全部を踏破できていたかもしれないと、少年時代に「新日本紀行」や「遠くへ行きたい」をよく視ていた私は、少し悔しく思っています。
 旅の楽しみは人それぞれでしょうが、敢えて私が挙げるならふたつ。まず下調べ。何しろこれが大好き。交通・味・宿…、想像だけでも旅気分は存分に昂揚します。インターネットの出現はこの喜びを数十倍に膨らませてくれました。そして、もうひとつ。不思議なもので、土地の人とたくさん話をしたところは好印象が残っているのに、運悪くろくに会話のなかったところは記憶が薄れてくるのです。そう、土地の人との会話の印象は、いい旅だったかどうかの判断に大きく影響してしまうものなのです。私が、日本語と英語の通じないところにはあまり行きたいと思わないのは、そのせいかもしれませんね。
 十一月の大道芸以外には観光資源の乏しい静岡市ですが、それでも県外からビジネスや観光でこの街を訪れる方々が当店にも少なからずお見えになります。私たちがお相手したそんな方々に「静岡っていい街だったな」という印象を残せていればいいのですが。(弥)
最新へ戻る
Copyright(C) 2000-2008 Jack Nozawaya Co., Ltd. All Rights Reserved