【倶樂部余話】 No.259  ジョージ・クレバリーでの出来事 (2010.6.23)

 何かの機会に書こうと思っていたネタです。おととし一月ロンドン探訪のときの出来事。立ち寄ったのはオールド・ボンド・ストリートのロイヤル・アーケードにある小さな店構えの靴店「ジョージ・クレバリー(以下GC)」。

その知名度に比較してその構えは
こぢんまりと小さな店です
GCと言えば、チゼルトゥという鑿(ノミ=チゼル)で削ったような独特の美しいつま先を考案したところとして世界に知られる名店です。さて、その日私が履いていたのは当店開店20周年の記念モデルとして作ったチゼルトゥの靴で、これはGCをかなり意識して考えた作品でした。つまり、弟子の模倣品を履いて元祖の師匠の店に入っていったようなものですから、随分と果敢というか無謀というか、思えば私も大胆なことをしたものでした。
 狭い店内にスタッフが二人、年輩の人は他の客と応接中で、私の相手は若い方の人でした。気に入った靴があったので試足することに…。そのとき彼が言ったのです。「今日あなたが履いてるその靴はウチのですよね。」私は心の中で(やった!)とガッツポーズを取りながら「ノー、これは日本でパターンオーダーで作ったものなんです。」

店員クンが間違えてくれた私の靴
 彼、私の靴をじっと眺め「へぇ良い出来ですね、間違えちゃいましたよ。このSavile Row Club というのがブランドですか。」「いや洋服屋の店名なんだけど…」なんて会話が続きました。
 私はこのロンドンでのことをすぐに製造元の宮城興業へ土産話に伝えたところ、彼らも大喜びしてくれました。きっと師匠に誉めてもらった弟子のような心持ちで小躍りしたことでしょう。

欲しい靴は合うサイズがなくて買えませんでしたが、手ぶらで帰りたくなかったので、靴ブラシを購入しました。
 あ、間違ってもらっては困るのですが、何も私は宮城興業にそっくりさんを作ることを賞賛したり奨励しているのではありません。本家取りをしながら、しかも履く人のサイズや要望に併せて一足ずつハイレベルの靴を作ることができる、という、世界でココにしかできない宮城興業の仕事の価値を評価してのコメントであることをご理解下さい。

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【倶樂部余話】 No.258  はじめの一歩 (2010.5.24)

 当店、いろんなものを誂え(あつらえ=オーダー)で扱っていますが、例えば、セーターやジーンズ、ベルトなどは、既製品の中から気に入ったものを探し当てられれば、必ずしもオーダーじゃなくても、というアイテム群でしょう。しかし、シャツと靴、このふたつは、自信を持って言えます、オーダーの方がいいです。既製品をあちこち回って探し歩くよりも、最初から作っちゃった方がラクだし、しかも楽しいものですよ、と。
 シャツと靴にはいくつかの共通点があります。まずサイズの個人差がものすごい。シャツは首と腕と肩と胸と胴、靴だと長さと幅と高さ、これが皆さんバラバラで、しかもどちらも肌への密着度がスーツやパンツよりも高いので、ぴったり目とかゆったり目の個人の好みも随分とまちまちなのです。どんなに優れたモノもサイズが合わなきゃ意味がない、というのはすべてのものに言えることなのですが、特にシャツと靴についてはその要素が大きいものなのです。また、傷んだらリペアできる、とか、分不相応に高価すぎるものを持つとかえって使わなくなって結局宝の持ち腐れになってしまう、などということも共通点に挙げられます。さらに、凝ったオーダーをしたければ徹底的に凝れるけれど普通のシンプルなものならばほとんど店に丸投げ・お任せでいける、という関与度の振れ幅の大きさも共通してます。そして、何よりも、他のアイテムよりもリピーター比率がずば抜けて高い、というのが、シャツと靴の特徴でして、これこそ一度作った人がオーダーの優位性を実感してくれている、という確かな証拠でしょう。
 しかし、そうは言っても、オーダーは「はじめの一歩」のハードルがどうしても高いもの。ないものを買うのですし、何からどう進めたらいいのかも不安でしょう。既製品のように「思わず衝動買いしちゃって…」などと自分に言い訳もしにくいですし、ちょっと知的な創造行為を楽しもう、という気持ちになってもらわないと、面倒くさいよ、の一言でオシマイになってしまいます。
  だから店は考えるのです、どうやって「はじめの一歩」のハードルを低くするか、を。そして今月に企画したふたつの連続イベントが、初めての方にとってその絶好の機会となって欲しい、と、お勧めする次第なのです。(弥)


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【倶樂部余話】 No.257  気が付けば最古参 (2010.4.21)

 ニコラス・モス」で検索すると、近頃当店は常にほぼ最上位に登場します。門外漢の洋服屋が陶器を扱って気が付けば16年、いつの間にか日本で最古参にして随一の輸入扱い者になっていたのです。
 専門業者から見れば取るに足らないほどの片手間な扱いですが、この片手間がかえって長続きの秘訣だったのかもしれません。そもそもは客寄せの催事として始めたのが発端でしたが、現在のオーダー会の形態になったのも、まず自分たち自身が愛好家としてそのコレクションを増やしたくてどうせなら相乗りしてくれる人を募ろう、という動機からでした。何しろ、在庫を持っての現品販売はしません、年に一度私物の見本を並べますからそれを参考に注文をして下さい、というわがままな売り方ですから、不便に感じる方もいたと思います。
 でも、決して不便なことばかりではなくて、限られた在庫から選ぶのではなく全コレクションの中から自分の好きなものを好きなだけ、マグカップ一個からでもはたまた日本ではめったに使わないようなでっかいお皿だって好きに頼めるという自由さ、しかもどこよりも低い価格設定(現地販売価格の約1.4倍)は、きっとよそにはないメリットだったことでしょう。
 入る注文も様々。もちろん毎年少しずつ買い足していかれるリピーターの方が最も多いのですが、アイルランドで見た陶器が忘れられなくて、とか、アメリカのインテリア雑誌で興味を持って、など、全国の見知らぬ方から、ネットを経由して舞い込む問い合わせが年々増えてきました。
 でも16年も続いた何よりの理由、そう、それはニックのこの陶器にそれだけの魅力があり、私たちが大好きだったからに他なりません。今年もオーダー会の始まりです。お待ちしてます。 (弥)


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【倶樂部余話】 No.256  季節に追い越されないように注意しましょう(2010.4.1)

 今年の三月は冷たい雨の日が多くて、春が遅いのかなぁ、と感じていたのですが、なぜか桜は平年よりも早く咲いて、何だか自分の季節感覚が狂ってしまったのかと不安になります。
 毎年言っていることなのですが、三月と九月は実は三月の方がずっと寒いのに、三月の売場には麻の半袖までも入荷し、九月はまだ真夏日があるというのにウールのセーターが堂々と並びます。季節の先取りがこの商売の宿命なんだから当たり前じゃないか、と言われれば確かにそれまでなのですが、ともかく買う服(=売る服)と着る服が全く一致しないのが三月と九月なのです。
 それじゃ三月に着る服はいつ買えばいいの、と考えてみると、これが意外にも九月に買った服だったりします。荒っぽく言うと、秋に暖の取れる春色の服を買っておいてそれを春に着る、というのはひとつのコツなのかもしれません。ただ服を寝かすことになる買い方を洋服屋が積極的に勧めてもいいのか、ということは感じますが。
 人間の季節感とは不思議なもので、九月にこれからだんだん寒くなるのだということは割と容易に思い至れるのに、三月にあと一カ月も経つとすっかり暖かくなっているということは想像しにくいようです。まだまだ寒いから、と、もたもたしてるといつの間にか季節に追い越されて、「あれ、今年もまた買い損なっちゃった」とタイミングを逃してしまうのもまた春の特徴です。「どうしてあの時もっと頑と勧めてくれなかったの」とお客様に言われるのが一番つらいのです。なので、春のこの時期はついついお勧めする押しがいつもよりも強くなってしまうことがあります。
 特にオーダーの商品などは、注文から仕上がりまでに3−4週間掛かるので、春夏期は季節感を先読みする感度を高くしておかないと対応できなくなります。うかうかしてると、すぐに季節に追い付かれ、追い越されてしまいますから。(弥)  

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【倶樂部余話】 No.255  ラジオ体操のススメ(2010.3.1)

 昔は、年寄りのやることだ、と鼻で笑っていた、ラジオ体操と犬の散歩。これを毎朝続けてそろそろ半年が経ちます。ラジオ体操の、第一はしっかり体の中に染みついていたのですが、第二は当初まるでさっぱりだったので、YouTubeで何度も繰り返してようやく身に付けました。第一第二と続けて真剣にやるとちょっとしたエクササイズになります。
 毎朝同じ時刻に同じコースを歩くので同じ人と挨拶をします。でも風景は季節ごと少しずつ微妙に表情を変えます。公園の広場は曜日によってソフトボールやサッカーなど朝早くからメンバーが集まってきてます。空を見上げると羽田からの一番機が朝日を浴びて西へと向かう姿が見えます。静岡上空のこのあたりは空の銀座通りらしくて、幾筋もの飛行機雲が同時に描かれる朝もあります。
 「どうせ三日坊主でしょ」と高をくくっていた家人でしたが、どんな雨の日もお正月も、一日たりとも途切れることなく続いているので、「よく毎朝その気になるわねぇ。」と漏らします。犬がせかすから、ということもありますが、それだけではありません。「うん、確かにやる気がなけりゃ体は起きないわけだけど、逆の場合があるってことに気が付いた。起きたくない朝でもともかくまず先に体を動かす。心が体を動かすんじゃなくて、体を動かして心を起こすってこともあるんだね。」毎朝体操や散歩などを続けている人は、きっと誰でも同じことを感じているのではないか、と思うのです。
 ラジオ体操80年、これはもう立派なニッポンの伝統です。(弥)

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【倶樂部余話】 No.254  「引っ越し通知」の届く店(2010.2.1)

 あなたの家にはひと月にどのくらいのダイレクトメール(DM)が届くでしょうか。封も開けずにゴミ箱行き、というものもあれば、もしかしたら一生を左右するような大きな出会いになるものまで、きっと様々でしょう。その中で、もしあなたが転居したとして、こちらから新住所を知らせておきたいな、と思える先がいくつあるでしょうか。あるいは、お店などから来た商的な年賀状に対して返信を出したことがあるでしょうか。残念ながら私の家に届くDMには一つも思い当たる先がありません。
 ところが、です。当店には「引っ越しました」というお客様からのお知らせが頻繁に届くのです。また正月には多くのお客様から年賀状を頂戴します。これらのことは結構自慢できることなんじゃないか、と感じています。
 言うまでもないことですが、お客様には転居通知や年賀状を私たちに出さねばいけない義理も義務も責任も、何もありません。なのにどうして…。自惚れて言うなら、きっとこの静岡の小さな店を、そして毎月発信する黒い小さな文字ばかりが並んだこの官製ハガキを、「顔の見える店、私のハガキ」として大事にしてくれているからなのでしょう。
 お客様から貰うもの、それは商品代金だけではありません。催促しているわけではありませんが、でも、転居通知や年賀状、店であるがゆえに、実は本当に嬉しくてたまらないものなのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.253  野澤屋創業88周年(2010.1.8)

 新年おめでとうございます。元日の静岡は、寒風が強く吹き荒れましたが空は快晴で、今年は風にめげずに晴れやかであれ、と何だか天気に励まされているような思いがしました。
 年頭はいろんなところで今年はこうなるという予想が書かれていますので、私もここで誰もまだ言ってくれない予測を一つ述べたいと思います。それは「トラディショナル」の復権であります。トラディショナル、トラディション、略してトラッド、一般には伝統と訳されています。またファッション業界では'70年代に流行したある分野の商品ジャンルを指すこともあります。
 もしトラッドが時代のキーワードとして復活したとすると、きっとまた様々に曖昧な解釈が生まれるでしょうが、私が考えるトラッドの意味は、と例えるならそれは「轍(わだち)」なのです。轍(てつ)を踏む、と言うとあまりいい意味ではありませんが、しかし多くの先人たちが付けてきた轍をなぞらえる姿勢を持つこと、そういう態度で臨むこと、これがトラディショナルと言うことなのだと考えます。決してタータンチェックやボタンダウンシャツを着ることがトラッドなのだとは思わないで欲しいのです。
 このところあちこちで創業○○周年とか生誕○○年というイベントがとても多いとは思いませんか。これはとてもトラッドな現象のひとつだといえます。そして、かくいう当社も、今年は創業88周年を迎えます。大正11年(1922年)に祖父が静岡・呉服町の横丁、玄南通りでわずか二坪の「野澤屋」を始めて88年になります。ですので、今年一年間は88や8にちなんだ商品や企画を次々に提案していこうと考えております。お楽しみいただけましたら幸いです。
 今年もお引立てのほどをよろしくお願い申し上げます。(弥)

 上のマークはスコットランド・グラスゴーのとあるストリート88番地にあるレストラン"Two Fat Ladies"のロゴです。とても美味でもてなしも素晴らしくいい思い出の残っている店なので、当社88周年キャンペーンのシンボルマークとして使いたいと拝借をいたしました。  


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【倶樂部余話】 No.252  及ばざるもまた過ぎたるが如し?(2009.12.15)

 反省文を書きます。実は今年ほど不安な気持ちで過ごした一年はなかったのです。新店舗へ引っ越して最初の年ということもありましたが、それ以上にここまでデフレが進んで消費マインドが冷え込むとは思ってもみませんでした。
 そんな中で今年売れたモノと売れなかったモノを、三つの商品群に分けて考えました。まず、新店舗に新しい風を、と意気込んで導入した新規の取引先の商品ですが、ベルトのようにヒットしたアイテムもあったものの、残念ながら全体にもう一歩というところで、多くが予想を下回りました。次に、例年一定の売上げがあり、今年もこのくらい入れておけば、という、俗に言う安全牌(あんぱい)の商品群ですが、これもまた力及ばず今ひとつの成績でした。最後は、ずっと売れ続けているけれど年々販売量が減ってきていて、これは既にほぼ行き渡ったようなのでさらに発注数を手控えておこう、と抑えめにした商品群。ところが実際にはこれがよく売れて数が足りなくなったのでした。
 つまり、ふたを開けてみれば一番自信のある当店らしいモノが一番良く売れた、という、至極当たり前のことなのですが、この結果は、今までの自らの積み重ねを自分自身でちょっと軽んじてしまっていたからではないか、と反省をしているのです。不安の中で自信を失うことも多かったのですが、(なぁんだ、もっと自分に自信を持ってやってても良かったんだ)と今になって痛切に感じています。もちろん過去の伝統や名声にばかり頼って自信過剰になるようでは最低ですが、伝統を自信過小するというのもこれまた考えなけりゃいけません。過ぎたるは及ばざるが如し、と人は言いますが、でも反対に、及ばざるもまた過ぎたるが如し、とも言えるのではないでしょうか。
 皆様の今年のご愛顧に感謝します。どうぞ良いお年をお迎え下さい。(弥)


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【倶樂部余話】 No.251  「スーツは肩で着る」んじゃなくて… (2009.12.1)

 チョイキズでタダ同然で格安に譲ってもらったカシミア&ミンク入りの上質なジャケット生地を、どうせ貰い物だし、と普段はあまり使わない工賃の安い工場に作らせてみました。新パターンができたというので試してみようか、と思いまして。しかし、これがどうにも着心地が悪くて仕方がない。動くたび服が身体から離れて動いてしまうし、生地は軽いのに肩が凝ってしまいます。一方、同じ頃に、普及品よりもさらに重たく織ってもらったハリスツイードの生地を今度はいつもお願いしている工場で仕立てたのですが、これは身体にしっかり吸い付いて実に動きやすく肩も凝らない。この違いをどう話せばいいだろう、と考えたのが今回のお話です。
 「スーツは肩で着る」とよく言われます。私も長くそう思っていました。ところがさらに上のレベルに行くと、そうじゃなかったのです。それを知ったときには私も目からウロコの驚きでしたが、しからばどこで着るのか、というと「首廻りで着る」のです。首廻りにピタッと吸い付くように背骨のぐりぐりの一点に全重量が掛かるようになっているのです。重たい頭を常に支えている背骨(脊髄)は重量をほとんど感じないところなのですね。首廻りに重力(=下向きの力)が作用するようにクセを付けるので、相対的に肩には上への力が働き、肩は浮き気味に触れるようにふんわりと乗るというのが理想的な肩回りだということなのです。
 口で言うだけなら簡単ですが、これを技術で表現するのは大変なことでして、ここで「純正鎌衿ごろし」という熟練の秘技が登場するのですが、これがどこの縫製工場でもできるわけではないのです。そして、当店がいつもスーツの製造をお願いしている二つのファクトリーは、どちらも同じルーツの指導者によって技術の伝達がなされていて、どのスーツにも当然のようにこの匠の技が施されているということなのです。
 いいスーツの見分け方はいろいろ言われますが、「首廻りで着る」は確実にひとつの判断基準となるはずです。(弥)


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【倶樂部余話】 No.250  一生モノって何だろう (2009.11.1)

 「こだわる」という表現はあまり好きじゃない、と五年ほど前に書きました(
余話No.183 2004.2.26)が、もう一つ、やたらに使って欲しくはないな、と思うのが「一生モノ」という言葉です。
 一生モノの財布が欲しいんです、とか、このダウンは一生モノですよね、などと二十代の若い人から言われると、確かにそれらはロングセラーだし長持ちもしますから、大事に愛着を持って使ってもらえると嬉しいです、と願う反面で、だけど君の一生は多分あと五十年はある、その五十年ずっとこれを使い続けて買い換えもしないというわけではないだろう、と、言いたくなってしまうのです。
 自分の身の回りで若い頃から30年以上使い続けているモノを見渡してみると、ホチキスや定規などの何でもない文房具だったり、服ならダンガリーのシャツとかブランドも忘れてしまったスウェットパンツだったりなど、単に継続の結果としてこれからも一生付き合うんだろうなぁ、という他愛のないモノばかりです。死ぬまで使うぞ、など気負った意識で買ったモノなど残っちゃいません。体型も生活環境も流行も、みんな変わっていくのですから。もちろん使わないけど思い出や資料として保管してあるモノはあります。でも、モノは使ってなんぼ、でしょ。 どうも今の「一生モノ」という言葉には、「これ以上のモノはないよ」と他人が言うのなら、という他力本願的な依存心や、「もうこれで打ち止めにしてモノは買わないぞ」という消費への消極性が見えるような気がするのです。長く使いたい、という気持ちはとっても嬉しいのですけれどね。
 かつて、これは間違いなく一生モノだろうと思い、我がアランセーターの恩師故パドレイグ・オシォコン氏にこう尋ねたことがありました。「アランセーターは一生涯死ぬまで使えますよね」 その答えはなんと「ノー」。続く言葉に私は驚きました。「三世代は着られるよ」(弥)


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【倶樂部余話】 No.249  選択肢の多寡 (2009.10.1)

 私は食べ物屋でメニューを選ぶのが大の苦手。ランチ選びはせいぜい五種類が限界で、十種以上になるともうお手上げです。また、こういう仕事をしているのにデパートでモノを選ぶことができません。よくあんなたくさんの中から自分の一着を探すことができるものだ、とデパートで洋服を買える人に私は尊敬の念を抱きます。 選択肢は多い方がいいのか、少ない方がいいのか。売る側は、販売機会のロスを防ぐためには選択肢は多いにこしたことはない、とつい考えがちですが、買う方から言うと、選択肢が少ない方が簡単に選べて後悔もしないのでより幸福感が味わえる、という心理学者の説に軍配を上げたくなります。
 モノが溢れて豊かな時代になり、ネットも普及すると、選択肢は無限に広がり、そこから何を選ぶかはもう自分一人では手に負えず、何かの力に頼らざるを得ません。だからアマゾンの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という誘い言葉に、余計なお節介すんなよ、と文句言いながらも、それに頼ってしまいます。自分だけのために選択肢を絞る手助けをしてくれる(機械的でなく)リアルな人や店が存在してくれたら、どんなにありがたいことか、と思います。
 店のお客様には、常連もいれば新参の人もいて、職業も様々。年輩の方も若い方も、大きい人も小さい人も見えます。だから店はいろんな選択肢を用意しますが、決して多ければ多いほどいいのが当然、と思っているのではないのです。たとえどんなに多くの品数があったとしても、お客様は自分の欲しい最小の選択肢がありさえすればそれでいいのですから。最大限の顧客に向けて最小限の選択肢を提案する、これが品揃えの理想でしょう。
 秋冬物が入荷しました。今年の品揃え、あなたにとっての選択肢は、さて多いでしょうか少ないでしょうか。(弥)


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【倶樂部余話】 No.248  全部踏破 (2009.9.1)

 今から約40年前のこと、中学生だった私は大阪の万博に一週間通い詰めて、全パビリオンのスタンプを集めました。また同じ頃、鎌倉のあらゆる寺社や史跡を日曜日ごとに一年以上掛けてすべて回るというようなことをしていました。
 こういう「全部踏破」は人によってジャンルに偏りがあるものです。日本百名山を踏破中という方もいらっしゃるでしょう。文学や映画で、ある人の全作品の踏破というのは女性にも多いようです。音楽の「全部踏破」は比較的楽なのではないでしょうか。ビートルズのイントロクイズなら私だってもしかしたら全問正解できるかもしれません。
 50年経ってもまだ達成できないのが、47都道府県の全部踏破です。現在44で愛媛、高知、沖縄の3県が未踏なんですが、これは慌てて達成してしまうとつまらなくなりそうで、老後のためにとっておこうと思っています。意外にも47全部踏破したという人にお目に掛かったことがないのは不思議です。
 「全部踏破」の欲望をにわかに抑え難くなってしまうのが、食のジャンル。特に困るのがバイキングというやつです。浅ましく、つい全部に挑戦してしまい、いつも胃薬の世話になる羽目に陥ります。
 この「すべてをチェックしたい」という心理はどんな人間にもある欲のようで、どういう人がどんな全部踏破の経験を持っているか、きっとその人の隠れた一面が発見できるような気がしますので、これからいろいろと聞いてみたいと思っています。あなたの全部踏破はなんですか。(弥)


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【倶樂部余話】 No.247  下取りとリペア (2009.8.1)

 世の中「下取りセール」なるものが盛んです。スーツ、靴、鞄からゆかた、はては鍋や炊飯器まで…。そして、下取り代として受け取るのがその店で使える三百円や千円の商品券なのですが、聞けば、ある会社ではこの商品券の使用率が三割以下だというのです。さすが消費者は消費のプロだなぁ、客は店側の思惑を超越するもんだ、と私は感心してしまいました。要は、下取りです、エコです、モッタイナイです、節約です、などと謳うのは店側で、客はスーツが欲しかったのではなくて不要品を無料で簡単に引き取ってもらいたかったのでして、「捨てる」という罪悪感からの解放であったわけです。受け取る商品券は換金せずとも充分に免罪符たり得たのです。
 方や、雑誌ではリペア(直し)やメンテナンス(手入れ)の特集が目立つようになってきました。これは、広告主の激減で新製品紹介の提灯記事でページが埋まらなくなったという出版界の事情かなと勘ぐったりもしてますが、流行りモノをホッピングする浮ついた買い物よりも自分にあったモノを大事に長く使い続けることに労力を費やそう、というこの傾向は悪くないと思います。靴磨きも今はシューシャインと呼ぶそうで、これが趣味にしても職業としてもちょっとした流行りでして、当店でもレザーケア用品はこのところとてもよく売れています。
 捨てるようになる品には手を出さずに、数は少なくても愛着を持って手入れしながら使い続けられる実用性の高い品を慎重に吟味して買う、という性向は今後ますます強くなります。これはなかなか当店らしいんじゃないかな、と感じているのですが。(弥)


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【倶樂部余話】 No.246  靴とセーター、作ろう! (2009.7.1)

 七月の「作ろう!」特集は、紳士靴とカシミアセーターの二枚看板。製造のパートナーは、靴が宮城興業(山形県南陽市)、ニットはUTO(本社・東京都港区、工場・山梨県中央市)ですが、さてさて余話ではどっちのファクトリーのことを書こうかなぁ、と悩んでいた矢先、宮城興業から一通のメールが入りました。「昨日UTOさんが見えました」 えーっ、両社に交流があったなんて話は知らないけどなぁ…。聞けば、双方初対面にもかかわらず、誂えモノという共通項から、当店のことを肴にしつつ話は弾んだ、とのことでした。えーい、それならこっちも二社をまとめて書いてしまいましょう。
 思えばどちらも最初は知縁も紹介も全くないところから手探りで始まった取引でしたが、オーダー靴は五年間で五百六十足、昨年から始めたオーダーニットも一年で六十枚、と、今では欠かせない大事な取組先となりました。製糸工場を改造した古い靴工場とブドウ畑の真ん中にぽつんとある小さなニット工房、と、2社の生い立ちも規模も違いはありますが、私はどちらも当初から「このファクトリーは世界でもどこも真似のできない、世界でココだけのすごいことをやっています」と吹聴し続けてきました。私ごときがそう叫んだところで眉唾程度にしか思われなかったでしょうが、近頃はNHKの番組(BSの「経済最前線」で宮城興業が登場)でも紹介されたりして、私の発言もまんざらホラではなかったことが実証されつつあります。
 この二社の特色を語り出すといろいろと出てくるのですが、なかでも特筆すべきはその価格でしょう。まるで展示会サンプルのように一つずつ違うものを短納期で作り続けるのだから普通は市販品よりも割高になるはずなのに、どちらも「ホントにこれでいいの?」という値段を出してくれます。もっともそのために誤解も受けるようで、「あそこは三万円代の靴しか作れないんだ、と言われたのが一番悔しかったですね。十万円の靴はうちでもよそでも作れます。でもどこがこのレベルの注文靴を三万円代で作れますか。」その通り、だから日本だけでなく、ミラノの展示会に出展したり、ニューヨークや上海のお店にまで販売を拡げることができるんですよ。
 UTOにしても、カシミアの原産地・内モンゴルまで直接に原料手配に出かけたり、糸の仕入れ方法に独自のアイデアを産み出したり、と、小規模ゆえのメリットを最大限に発揮させています。
 同じ「作ろう!」でも、紳士靴とカシミアセーターでは、嗜好はかなり異なります。この二つを同時開催するときっと何かしらの相乗効果が現れるのではないかと楽しみなのであります。(弥)


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【倶樂部余話】 No.245 ベルトの話 (2009.6.1)

 六月から新たに東京のベルト屋さんと付き合うことになりました。社内に熟練の彫金師を擁し、バックルにも革にも独自の技と気概が込められている、ほとんどハンドメイドの、ちょっとユニークなベルトで、東京柳橋の小さな工房で作られます。
 ベルトというのは、革製品の中でも靴や鞄よりも控えめな存在ですが、実は最もぜいたくな革取りを必要とされます。長さ約百pの細長い帯状の形態を、伸びたり曲がったりしないように真横の向きで、キズのある箇所を避けながら、しかも着用時は両端が重なりますから、うんと離れている両端の革の見栄えが全く同じでなくてはならず、と考えると、原皮の中でも一番おいしい部分をスコンと抜いて持っていってしまうのがベルトなのです。
 さらに、ベルトは、体のど真ん中の目立つ場所にいるにもかかわらず、でも目立ちすぎてはいけない。常にスラックスのお供扱いで、しかも靴や鞄とも色合わせなどで仲良くしなければいけません。ベルトレスやサスペンダーという手もあるので、ドレスコードとして必ず付けなければいけないというものでもない、という微妙なポジションにあります。
 六月は当店で一番ベルトが売れる月。上着を脱ぐ機会も増えて「そろそろ買い替えようかな」という気が起きるのでしょうね。この夏はいつもよりも少しベルトを気にしてみてはいかがでしょう。(弥)

 
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【倶樂部余話】 No.244 昼下がりの客かぶり (2009.5.1)

 「昼下がりの客かぶり」がなぜか当店では最近顕著です。一日約九時間の営業で、実際にお客様が在店している時間はその半分程度でしょうか。平日なら来店客が十人を越えることも稀で、本来は二人のスタッフで充分に手が回るはずです。ところが、近頃きまって昼下がりのある時間帯に来店客が重なるのです。二組まではお相手できますが三組四組と短時間にかぶりますと挨拶もろくにできないうちにお帰りになってしまいます。「相手ができなくて、ごめんなさい、また来て下さいね。」の声すら掛けられないこともあります。重なった方には(いつも客のいる繁盛店だな)と思ってもらえたかもしれませんが、実はそういう日に限ってそこから夜八時までずっと閑古鳥が鳴いたりして、(ほんの十五分だけでもずれて来てくれると良かったんだが…)と願ったところで仕方もありません。
 私は予約制というのがどうも好きではありません。一人一人のご来店には思い思いの理由と事情があり、お客様にはご自分の都合で自由に来ていただきたいのです。が反面、迎える私たちとしてはなるべくなら重なることなくご来店機会を分散できるにこしたことはありません。
 この話をここで披露した理由、それはこれを読んだお客様がどうご来店されるか、もしかしたら何らかの変化が現れて、それで「昼下がりの客かぶり」が幾分かでも解消されるのではないか、と期待したからなのです。いかがでしょう。(弥)

 
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【倶樂部余話】 No.243  セヴィルロウが店名の理由 (2009.4.3)

 ビスポーク・テイラーとは、顧客ごとに個別に型紙を起こし、裁断から縫製までのほとんどを手作業で行い、数度の仮縫いの後にじっくりと作り上げる、英国スタイルの最上級スーツを仕立てる店を指します。もちろん価格もそれなりで、最低でも二、三十万円はするでしょう。ロンドンのセヴィルロウには昔からそういう店が集中しています。ですから最近は、セヴィルロウスタイルとかセヴィルロウ仕込みという言葉からビスポーク・テイラーと結びつけて話題にさせることが多くなりました。おかげでセヴィルロウというこの小さな裏通りの知名度はこの数年で格段に上がりました。
 しかし22年前、セヴィルロウという名は、背広の語源の一説ということすらまだほとんど知られていない、一般には実に馴染みの薄いものでした。当時はバブルの真っ盛り、イタリア調のゆったりとした、いわゆる「ソフトスーツ」が流行し始めた頃でしたが、そこに英国調のカチッとしたメンズショップを作ろうとしたので、その店名に英国男性を象徴するキーワードとしてサビルローの名前を冠することを思いついたのでした。(ちなみに、サビルローやセビローでは、さびれる、せびる、につながるので、それがいやで、セヴィルロウという表記を考案しました。) もちろんオーダースーツは開店当初から店の重要な柱のひとつではありましたが、しかし当店はスーツ専門の仕立屋を目指してこの店名を付けたわけではなかったのです。
 今さらわざわざ言うのもお恥ずかしいようなことなのですが、当店のオーダースーツは、パターンオーダーであってビスポーク・テイラーではありません。また将来もビスポーク・テイラーへ進む方向性は持っていないのです。このことは、ちょっと店内を一回りしてその様子や価格帯を見ていただければ、あるいはウェブで店の姿勢をご覧いただければ、すぐに分かっていただけることではあると思うのですが、近頃はこの店名からそういう誤解を受けることが少々増えてきましたので、ホントに全く自慢するようなたぐいの話ではないのですが、改めてここで申し上げておくことにした次第です。(弥)


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【倶樂部余話】 No.242 「これいい」「ここいい」 (2009.3.5)

 かつては「わけあって安い」が売り物だった無印良品、その現在の商品コンセプトは「これいい」なのだそうです。「これいい」ではなくて「これいい」、含みのあるうまい表現だなぁと思います。例えば私はあるお菓子の包装に「日本一おいしいラスK」と書いてあると、押し付け感を覚えてしまうのですが、つまり「これいい(のだ)」にはちょっと自分本位なエゴな匂いがするのに対して、「これいい(でしょ)」は少し理性的な感じがします。決して「これでいいや」と妥協しているのではなくて、「これ」の「」の感度と精度を極めよ、というメッセージなのだと思います。
 極論すると、世界中のすべての品を使い比べでもしない限りは「(世界で一番)これいい」と断言はできないのですから、実はどの店にしても、当店も含めて、その品揃えは「(うちの店には)これいい」なのです。もちろん無印良品と当店ではその「」は判断の指標が全く異なります。それがその店の性格の違いであり、品揃えのフィルターが多様であればあるほど店ごとの面白さが生まれます。
 要するに、モノを決める前に店を決めるという取捨選択があり、その選別に際して、店というのは「ここいい」ではいけなくて、絶対に「ここいい」でなくてはならないのです。
 モノも大事だがそれより先に店が大切、「ここいい」という店で「これいい」というモノを手に入れる、というのが理想の姿ではないでしょうか。(弥)


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【倶樂部余話】 No.241 引っ越し完了 (2009.2.5)

 引っ越しが無事に済み、予定どおりに新しい場所での営業を始めることができました。
 昨年の七月に店の移転を決意してから半年間、大きなトラブルもなくこれほどに順調に進められたのは、新しい家主さん不動産屋さん施工の皆さんグラフィックデザイナーなど多くの方々関係各位の皆様の協力のたまものと、深く感謝しています。
 新店は、旧店の雰囲気をなるべく継承し、さらに不満のあった箇所を改善し、何とか恥ずかしくない店が作れたのではないかと自分なりには満足しています。ご来店の方々からのご感想も、「明るくて見やすいねぇ」「前よりも広く感じますね」「二階だけど意外に入りやすいんじゃないの」など、お世辞半分として差し引いたとしても、概ね好評で、胸を撫で下ろしております。
 お客様からは、時に応じて、お祝い、ねぎらい、励まし、慰め、などなど、いろいろなお声を暖かく掛けていただきました。どれほどに嬉しかったことか、ありがとうございました。素晴らしいお客様に恵まれていること、これがうちの店の何よりの宝なんだなぁと、改めてひしひしと実感しています。
 ともかくも新しい船出はできました。もちろん二十年掛かって店に付いた手垢のような味は一ヶ月やそこらでイミテーションできるはずもなく、それはまたこれからお客様と一緒に付けていくことにいたしましょう。この何ヶ月かに渡ってここに続いた引っ越しネタもこれでオシマイにします。今後も倍旧のお引立てを賜りますよう心よりお願い申し上げます。(弥)


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【倶樂部余話】 No.240 チェンジ (2009.1.1)

あけましておめでとうございます。恒例の年頭所感です。
 何しろこの経済危機、「百年に一度」なのだそうで、生きてる人は誰も知らない、この先何が起きても驚いちゃいけないよ、というのですから、何だかおみくじで凶に当たったような、運がいいんだか悪いんだか、という境地です。
 さて、これからの消費はどうなるのか、という話になると、以下のようないろんな予想が登場します。曰く「衝動買いをせずにじっくり吟味」「見栄を張らずに納得してから」「価格が高い安いだけではなく、その価値に見合う価格かどうかをよく見極める」「虚飾を廃すること」「身の丈に合っているか」「軽いノリよりも真面目さ真剣さを重視」「量より質」「顔の見えるサービス」「便利さや豊かさから安心・安全なものへ」「直してでも長持ちさせられる」などなど…。
 あれ、これらは結構うちの店に当てはまっていないだろうか。とすれば、もしかしたらうちの店は意外に不況に強いアドバンテージを持っているのでは、と少々うぬぼれ気味にそう感じたのであります。多くの堅実なお客様に恵まれていることに感謝です。
 オバマ米新大統領だけでなく、きっといろんな事象がチェンジします。強制的であれ自発的であれ、変化を余儀なくされる場面が多々出てくることでしょう。大切なのは、変えてはいけないことを変えずに守るために、変えるべきを積極的に変える、という見極めで、いわば「積極的な守り」のためのチェンジが肝要だと思うのです。
 本年もどうぞごひいきに。(弥)


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【倶樂部余話】 No.239 困った円高 (2008.12.1)

 高校生の娘が珍しいことに(!)私に聞きます。「ねぇ、円高っていいことなんだとばかり思ってた。だって私が小さい頃にお父さんがよく『やった、円高、円高!』って喜んでたじゃない。でも最近のニュースだと円高はよくないことのように言ってるみたいだし…。」
 確かに十二年振りに訪れた空前絶後の円高です。もちろん我々には円安よりも円高にこしたことはないのですが、しかし今回はそうそう喜んでもいられない「困った円高」なのであります。
 そもそもこの円高ユーロ安、九月中旬以降の世界金融不況の副産物みたいなもので、あまりにも急転直下でした。しかも時期が悪すぎます。秋冬物の仕入れが大半済んだ後での円高ですから、今店内にある輸入品のほとんどは高いユーロで仕入れたものです。でも「コレ来年はきっと安くなるよね」と問われれば、もうこれは否定できません。将来に向けて価格が下がる、つまりデフレ状態ですから、当然買い控えになります。
 ところが店側も、来年安く売るためには、高く仕入れた今の在庫を無くさないと次の仕入れができません。かくして、円高メリットを享受しているわけではないのに、販売価格は値下げを余儀なくされる、という構図になるのです。表向きは「円高差益還元」と称して値下げを実施する海外ブランドも、実は円高差益なんてほとんどないのではないか、と想像が付きます。
 でも、お客様にとっては、何も不都合はなく、むしろありがたい話でしょう。売る側の価格設定が弱気にならざるを得ない今シーズンですから、お買いになる側はどうぞ強気に、丁々発止の値踏み交渉なんぞを楽しまれてはいかがでしょうか。(弥)  


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【倶樂部余話】 <号外>  引っ越し先の発表です (2008.12.1)

 年明け一月に店舗を引っ越しします、と前号でお伝えしました。多くの方から「同じ紺屋町で、大股で137歩、らせん階段・レンガづくり、の2階って、 一体どこ?」と問い合わせをいただきました。
 「あそこじゃないの?」といろんな答えが出ましたが、ズバリの正解者はわずか2名でした。
 それでは発表します。
 住所は、紺屋町5-10 まるめビル2階。パルコの裏手・両替町通りで、浮月楼の正門の向かい側、1階に医心堂薬局さんが入居するビルの2階部分になります。
 今より少し狭くなりますが、広い窓からは徳川のお屋敷跡の木立が見えます。
 移転の具体的な日程は改めてお知らせいたします。

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【倶樂部余話】 No.238 引っ越しを決めました (2008.11.1)

 重要なお知らせをいたします。店を引っ越すことになりました。時期は年が明けて一月中旬の予定です。
 いろいろな事情が重なり、実は店の移転は二年ほど前から検討課題として挙がっていたのです。これから将来さらに売上げ拡大を目指すのか、それとも今の規模を維持しつつスローライフを志向するのか、その岐路にあって段々と後者の選択に気持ちは傾いていきました。いくつかの移転先候補を当たってきたのですが、このたびほぼ希望どおりの場所を確保することができましたので、いよいよ引っ越しすることを決めました。
 移転と言っても、手狭になって、とか、拡張のため、という理由ではないので、できるだけ淡々と大騒ぎせずに引っ越したい、と考えています。が、そうは言っても、この店として二十年、会社としては三十五年間も世話になったこの場所を動くのですから、やはり引っ越しまでの三ヶ月ほどはいつもとは違う変則的な体制となることは避けられません。そんなこともあり、まずは顧客の皆様にいち早くお知らせしなければ、と思い、ここでお知らせすることにいたしました。
 で、どこへ移るの、という肝心のその場所ですが、そのうち分かることですので、発表はもう少し先にして、しばらくの間クイズにすることにしました。ヒントです。ここから大股で百三十七歩という至近なところ、同じ紺屋町の町内で、レンガづくり・らせん階段の二階、というのは今とおんなじです。
 さあどこでしょう。ご来店の方に順次お教えすることにしまして、皆様の十一月のご来店をお待ちすることといたしましょう。(弥)


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【倶樂部余話】 No.237 ちりとて・瞳・だんだん… (2008.10.1)

 朝は割と遅いので、長年まさに時計代わりになっているのがNHKの「朝ドラ」です。今までにも秀作駄作いろいろありましたが、先月までの「瞳」、これはひどかった。つまらない、を通り越して嫌悪感さえ覚えました。その前の「ちりとてちん」が近年まれにみる秀逸な出来映えだっただけに、余計にそのギャップに落胆しました。
 主役が魅力に乏しいとか、ストーリー展開が陳腐など、ケチを付ければキリがないのですが、まず、舞台となる東京下町・月島の小さな紳士洋品店、これがありえない。こんなに不真面目で全く売る気のない店、ちゃんと洋服屋の商売をしている人に失礼です。それから、芸達者なベテランの脇役陣なのに、前にどっかで見たことある役柄ばかりで意外性がまるでない。全体に真剣な熱意というものが感じられない。何十年も続けてやってる朝ドラなんだから、この程度にお茶を濁して適当にやっても半年ぐらいは何とかなるよ、というマンネリと惰性…。
 待てよ、とここまで思って心配になりました。もしかしたら、うちの店もお客さんから同じように思われてはしないだろうか。21年目の秋、新メニューも揃えているのだが、20周年企画が目白押しだった昨年に比べると確かにインパクトは弱い。今年は今までよりも真剣さと熱意に欠けているんじゃなんの、なんて勘違いされてはいないだろうか。いかんいかん、ちゃんと訴えないと、と反省した次第です。
 「ちりとて」も「瞳」も記録的な低視聴率だったとか。でも見ている人の熱中度は両者で雲泥の違いでした。うちの店も高視聴率を狙う店ではありませんが、中身の質として、いつもファン客に高い熱中度で来店いただくため、そのアピールは怠ってはいけないぞ、と改めて肝に銘じてます。慣れることや馴染むことと惰性を履き違えちゃいけないと自省してます。
 次は「だんだん」。「ありがとう」の謙虚さを忘れずに、わくわくしたい、わくわくさせたい、という気持ちを、十月を機にもう一度リセットしてみよう、と思った、この秋なのでした。(弥)

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【倶樂部余話】 No.236 いいご縁を戴きまして… (2008.9.6)

新しい仕入先というのは、こちらから探していくことも多いのですが、逆に先方から当店の実績に一定の評価を頂戴してアプローチの声を掛けていただける場合もあります。この秋冬物からスタートする以下の三つの仕入先は、ありがたいことにどれも後者のケースなのでした。

★葛利(くずり)毛織さん(愛知県一宮市木曽川町)を七月にお訪ねした当初の目的は、純粋に工場見学でした。しかも、先方とはそれまで一面識もなかったので、懇意にしている生地問屋さんに仲介をしていただきました。単純な興味で、今も稼働する旧式のションヘル織機をこの目で見たい、それを話のネタにでもできれば、という程度の気持ちだったのです。
 ところが、話が弾んでいくうちに、どうせなら直接商売しましょう、というように事が進んできたのです。それは従来の業界慣習では考えられないことでした。通常、機屋さんの販売は一反(約60m)ごと、対して我々洋服屋の仕入れは10cm刻みですので、両者の売買の単位が大きく違うのですが、それを工場出荷を10cm単位でやりましょう、というのですから、葛利さんとしては大胆な提案であったのです。
 少々面食らいましたが、先方の熱意にもほだされ、双方の仲介の労を取ってくれた生地問屋さんにもちゃんと筋を通して了解を取り付け、いよいよ今シーズンからふっくらとしたションヘル織りの自慢の服地が尾州のファクトリーから直接届くようになったということなのです。

★ドーメル(本社パリ)と言えば、スキャバルと並んで英国生地の老舗マーチャントです。パリが企画する英国服地として永年人気があり、古くからある街角の仕立屋さんのウィンドウには今でも必ずドーメルの名前が飾られています。そんな先入観があったので、初めに売り込みのアプローチがあったときも「きっと未だに旧体質な代理店方式で、高い生地値でステータスを迫ってくるのだろうなぁ」と高をくくっていたのですが、さにあらず、でありました。フランス本社が直接日本法人を作り、また英国の有力工場を買収し傘下に収めるなど、物流とモノづくりの両面で革新を遂げ、驚異的なコストダウンを実現していたのです。英国でもこんなに艶っぽい色気のある生地が織れるのか、と思うほど美しい服地なのですが、その生地が先日フランスの本社倉庫から直接ここに届いたのにはちょっと驚きました。
 いったん凋落した後に体制を作り替えて蘇ってくる古いブランドというのが、近頃は珍しくないですが、ドーメルもその一つ、復活した老舗ブランド、と言えるでしょう。

★三番目は、ラコステ。ええ、あのワニでお馴染みの、であります。先方からの誘いには、なんでウチに?と、正直私もちょっとびっくりしたのですが、何でも、百貨店、直営店、大手セレクトチェーン店、といった現状の販売店以外にも、地方の品揃え店にワニのマークが置いてあってもいいんじゃないだろうか、という計画が始まったそうで、当店がフランス本社の承認を通った日本初のケースになったということなのです。ですので、並行品でも闇ルートでもなく、ちゃんと正規の取扱い店としての位置付けになります。
 今までこの店では、ワンポイントのブランド品というのはほとんど否定してきましたが、唯一ラコステだけは拒むことができません。なぜなら、ここが世界で最初にワンポイントを発明した元祖であるからです。


 このような援軍の支えをもらって、当店21年目の秋が始まりました。今シーズンもどうぞご贔屓に。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.235 フィッシャーマンズ・ストライキ (2008.8.1)

 燃油の高騰で採算が取れず全国一斉休漁という行動で世の中にその窮状をアピールしたフィッシャーマンズ・ストライキ。何しろ売上げの半分が漁船の燃油代で消えてしまうのではそりゃたまらないでしょう。ところが「時化(しけ)で入荷がない日みたいなもんだと思えば、大した影響はないですよ」と、築地市場の人たちは妙に冷ややかなコメントを発していました。私がここで考えさせられたのは、魚の値段は誰が決めるのか、という基本の問題。自分で捕った魚に漁師さんサイドでは売値が決められない、という漁業流通の仕組みです。競り(オークション)という値決めの方法は分からない訳じゃないのですが、それでも、生産者ばかりに損が歪んでいくようで、どこか何かおかしい、と思えてならないのです。柄にもなく、「コレじゃニッポンの漁業はどうなっちゃうんだ、大変じゃないか。」と一人叫んでしまいました。
 私たち小売業にとっての最大の弱点は何か、というと、私は、自分自身ではモノが作れない、ということだと思うのです。誰かに何かを作ってもらわなければ商売が始まらない。モノの供給を止められたら首根っこを押さえ付けられたのも同然なのが小売屋です。だから、売り手にとって作り手はとても大切、ともに育み合うべきパートナーであるはずです。もちろん、安く仕入れて安く売る、は商売の鉄則でありますが、しかし「お客様のため」という名の下で、お客様第一主義と単なる消費者迎合を履き違えたまま、売値を下げるために生産者や中間業者をいじめて叩いて、適正な利益を配分してあげなかったら、作り手はやがて疲弊し立ち行かなくなるだろうことは明らかです。そうなって困るのは今度は売り手の方なのです。このことは繊維縫製業でも全く同じでして、現に私どもにとって、今お願いしている国内の縫製工場がもうこれ以上なくなってしまったとしたら、ホントに困ったことになるのです。
 大規模小売店が流通のイニシアチブを握り、つまり価格決定に強い力を発揮するようになった現代の流通においては、小売業は生産者を守ってあげないといけない義務を負っている、と私は思います。何も難しいことではないはずです。例えば、セブン・アイ(ヨーカ堂)の鈴木さんとイオン(ジャスコ)の岡田さんが二人して「魚を今までより高く売りますけど、どうか買って下さい。日本の漁業を守るためにです。」と訴えれば、賢明な日本の消費者は少なからず共鳴してくれるものと思うのですけれど…。(弥)

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【倶樂部余話】 No.234  服屋から靴を考えてみると… (2008.7.1)

  服屋の目で靴を見るといろんなことに思い当たります。
 もし服の寸法が五ミリ狂っていても、気付く人はほとんどいないでしょうし、このぐらいは仕方ないよ、の許容差の範囲で済まされますが、同じ五ミリもこれが靴となると、表記がワンサイズ変わるほどの大きな違いとなります。
 しかも、靴というのはひとつ作ればいいというものではなく、必ず左右二つを全く同じに作らなければなりません。寸法が違っても革の模様が違っても少しの差も許されないのですから、当たり前のようですが、これはすごいことだと思うのです。
 反面、不思議に思うのは、服屋にとってメジャー(巻き尺)は必携の道具でこれがないと仕事になりませんが、靴屋さんに行って足の寸法を測られることはまず稀で、靴のサイズというのはほとんど客の自己申告で決まってしまうもののように思えます。
 服屋の私が言うのも何ですが、誂え(=オーダー)に適しているのは服よりもむしろ靴の方じゃないかと感じることがよくあります。寸法の個人差は服の比ではなく、どんなに素晴らしい品もサイズが合わないとその真価が発揮できない、という点も服以上でしょう。ただ、靴のオーダーの場合、服よりもその完成図が想像しにくい、という弱点は否めず、それが初めてオーダーをやってみようという方の気持ちのハードルを少し高くしているのではないかと思います。
 「かっこいい靴を履くには、我慢は付きもの。痛い思いも仕方ない。」と思っている方は多いようで、春からレディスを始めてからは、特に女性にそれを強く感じます。確かにブランドのある高価な靴、それは絶対にいい靴です、否定しません。が、自分の足にストレスなく履けるかっこいい靴、これも併存するものとして、また絶対に必要な靴なのだと思います。
 もうひとつ、今後はエコという観点から見ても、履き潰すのではなく、リペア(=修理)して履き続けられる、という利点が誂え靴にはあることも見逃せない要素となることでしょう。
 靴を作るなら、夏。ただいまサマー・キャンペーンを実施中です。(弥)

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【倶樂部余話】 No.233  ウェスト85センチの攻防 (2008.6.1)

 メタボ健診の攻防ラインが、ウェスト85センチ、という数字。
 先日私も主治医にメジャーを当てられ、ささっと「88センチ」と書かれたので、カチンときまして「ちょっと先生、今私が履いているスラックス、82センチですよ。その測り方、変じゃないです? いいですか、ウェストっていうのはこうやって測るんですよ…」と、逆にお手本を見せてやりました。
 何だか85センチを越えたら急に肩身が狭くなるようなおかしな風潮ですが、実は、当店で一番売れるベルトやスラックスのサイズ、これが85センチです。つまり当店の男性客には85センチのウェストの方が最も多いということに他ならないのですが、当然に皆が皆メタボな体質なんてわけではありません。
 それに、同じ85センチでも、身長160センチの方ですと確かに少々コロッと愛嬌のあるご体格(AB体)ですが、180センチある人だと標準体格(A体)の人でウェストがちょうど85センチですから、長身の方にはかなり不利な判定基準ですね。かように身長を無視してことさらウェストだけを問題視してもほとんど意味のないことのように思えます。
 さらに疑問は、女性は90センチ、という基準。普通は女性の方が男性よりもウェストはくびれて細いものなんですが、なぜ女にはそんなに甘いんでしょうね。
 まぁともかくメタボ候補の男性の数を日本中で増やしちゃえ、そんな厚生労働省の意図が見えるような、ウェスト85センチの独り歩きなのであります。(弥)
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【倶樂部余話】 No.232 カシミアセーター・ファクトリー訪問記 (2008.5.4)

 カシミアセーターの受注会を今月開催しますが、その実施前に一度見学しておきたいと思い、甲府の南、笛吹川(富士川の上流)に近い製造現場に伺いました。地図で測ると当店のある静岡市から北へ直線距離でわずか七十キロ、山梨県中央市成島にある(株)ユーティーオーの山梨工場です。工場と呼ぶにはあまりにも小さいファクトリーでしたが、ここで一枚ずつ、糸の太さもデザインも色もサイズも異なるカシミアセーターが作られているのです。キーワードは「さいしん」です。
☆最新…ニット生産の専門知識を熟知した技術者によって一枚ごとに違う設計図がパソコン上で作られ、それに連動して二台の日本製編み機が稼働します。セーターの主要なパーツはこうして正確に編まれていきます。
☆細心…どれほど高度に自動化した編み機だとしても、見頃や袖などに分かれて編まれたパーツであれば、それら同士を結合させる「リンキング」の工程は手作業なのです。細かい櫛(くし)のような道具を使って、一針一針慎重に進められます。見ているだけで目が疲れて肩が凝ってきそうで、よく針目を違えて飛ばしてしまわないものだと感心します。ここがセーターづくりのキモのところですね。ここで扱う製品は全てカシミア製のしかも一枚一枚がすでに購入するお客様が決まっている特注品なのですから、大量生産の工場のように「何しろ生産効率が大切、多少の不良品が出ても返品を引き取ればいい」という慌てた気持ちでは務まりません。
☆砕身…洗いは普通の家庭洗濯機、乾燥も室内で自然干し、と極めて小規模。洗い方も干し方も一枚ずつなのでこの方が融通が利くのです。カシミアの糸は原料からしてとても高価、たとえ十センチだって無駄にはしません。工場長は床に落ちた糸を踏みそうになって足をくじいたそうな。だから、粉骨砕身!
それにしても、綿ぼこりひとつ落ちていないクリーンな現場にはちょっと驚きました。私も内外幾つかのニット工場を見ていますが、こんなきれいなファクトリーは初めてでした。

 畑の真ん中の、一体中で何をやってんだかすら分からないような小さな工場。でも世界でもきっとここでしかできない離れ業をやっています。カシミアセーターの受注会、従前から大幅にスケールアップして、まもなく開催です。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.231  アメカジとキャンディーズ (2008.4.10)

 長くこの仕事を続けていると、たまには「昔取った杵柄」が役に立つこともあるものです。しかし、近頃のアメカジ(アメリカン・カジュアル)復活の流行に際してほど、これをどっぷりと実感する事態はありませんでした。もちろんその杵柄は相当に錆び付いてはいるのですけれど…。
 「セヴィルロウ倶樂部」は21年目になりますが、その前の私はアメカジの店やジーンズ店を切り盛りしていました。さらにそのもっと前、そもそも大学生の私はいわゆる「ポパイ少年」の典型だったのでした。当時のポパイはまさに私にとってのバイブルで、教科書以上にラインマーカーだらけとなってまして、暇があれば神田や渋谷、青山あたりのお店を冷やかし冷やかし回ったものでした。
 さて、今回のアメカジ復活。オックスフォードのボタンダウンシャツもスイングトップもプレッピーも、らせん階段のように輪廻するファッションの習わしのひとつだと言われればそれまでですが、当時は客であった大学生の我々がとうとう五十歳となり、いよいよ仕掛ける側として社会の実権を握り始めた、それゆえの現象ではないかと感じています。
 あれから三十年。と言えば、キャンディーズ解散三十周年のファン同窓会が先ごろあって、話題となりました。私もあのとき後楽園球場に熱い思いを寄せた一人として感慨を深くしました。(1978.4.4.FinalCarnivalとプリントされた白いスタッフ・トレーナー、今でも大切に取ってあります。)このイベントは、ファンクラブ(全キャン連)元幹部のガン死という悲劇が契機ではありましたが、しかしこの時間の隔たりが、きっと二十年や二十五年だったらこれは実現しなかったのではないでしょうか。当時のファンのほとんどが五十歳あたりになり、堂々と昔を振り返ることができるようになった、それが三十年、だから現実のものになったんだろうと思います。
 つまり、アメカジ復活とキャンディーズ解散30周年には、関連性がある。これ、誰か論文のテーマにしないかなぁ、と思ってるのですが…。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.230  誂(あつら)えワールド (2008.3.7)

 誂(あつら)え(オーダーメイド)の世界を拡げよう、は、今年の課題のひとつとして掲げておりまして、この旗のもと、新たに四つの会社との取り組みが始まりました。

紳士スーツの縫製は、従来から岩手の東和プラム(旧・天神山)さんにお願いしていますが、それに加えて新しく二月から仲間に加わったのが、豊橋の小さなファクトリーアルデックスさんです。豊橋という立地はちょっと意外ですが、それは元々この会社の発祥が、天竜川を下ってくる信州産の生糸を使った絹織物工場であったことに由来します。
 何しろ現場を見学に伺って驚いたのは、熟練の職人さんが持つ匠の手業の伝承をトヨタ的な合理化手法で分解解釈しながら、若い人材を積極的に投入して、サステイナブル(持続可能)な経営体質を目指している点でした。カッコいいスーツを作るその技術力への高い評価はもちろんですが、生き残る製造業とはこういうことなのか、と思い知らされたものです。(アルデックスのホームページは
こちらです)

婦人靴のパンプスを一足ずつパターンオーダーで作る、つまり今当店でやっている宮城興業の紳士靴オーダーをレディスに置き換えたバージョンとも言えるものですが、この難易度ウルトラCとも思える誂えを現実のものにしてしまったのがハイコムさんです。(ブランド名はヒューメックス
 この会社、元来は靴を製造するための機械を欧州から輸入して日本の製靴工場に販売する仕事をしていたのですが、何年か前に、足をコンピュータで三次元計測する機械(足のCTスキャナーみたいなものだと思っていただければいいでしょう、数千万円するらしいです)を導入、通商産業省(当時)のサポートにより、この機械で日本全国約五千人の女性の足を測るという機会を得たのでした。この五千人分の貴重なデータをもとに、日本人女性に本当に合っている独自の木型を考案し、それを約60足の試し履き靴として用意する、というシステムを編み出しました。つまり、元々の発想が普通の靴屋さんとは全く異なっているのです。というよりも、靴屋さんでは誰もこんな面倒なことをやろうと考える人はいなかっただろうと思います。で、ここがもうひとつ凄いのは、どうしても足型からの発送だと「履き心地最優先、デザインは二の次」となりがちなのに、デザイン面でも全く野暮ったくないのです。こりゃ女性の足には福音だよ、と意気投合、このシステムを導入している販売拠点はすでに全国で三十数カ所あるのですがたまたま静岡県が空白地帯となっていたこともあって、めでたく当店に導入ということに相成った次第。
 実は、先ほど、宮城興業が手掛ける紳士靴オーダーのレディス版、と申しましたが、正確に言うとそれは誤りで、そもそも宮城興業はハイコムの機械を買う顧客でありますが、紳士靴のパターンオーダーをスタートするに当たりこちらの考案したシステムを存分に参考にした、したというのが経緯であります。つまり、ハイコムさんの方が先生だったのでした。(ヒューメックスのホームページは
こちらです)

◆婦人服のオーダーが紳士服のようにはなかなか存在しない理由は、きっと「割が合わない」(様々な意味で)からなのでしょう。事実、オーダー服は得意なはずの当店でもこの実現にはかなりの難航を要しました。つくづく、同じスーツなのに男と女ってこんなに凸凹(でこぼこ)が違うものか、と感じますし、同時に、こりゃ紳士をやってなかったら絶対に手掛けたくないジャンルだろうな、とも思います。
 ですので、どうしても紳士服の添え物的に片手間で取り扱うところが多いようなのですが、その中で、本気で婦人服オーダーにも取り組んでいるのが、古くから神田で服地販売を営んでいるヨシムラさんでした。今回はここが長年にわたり蓄積してきた婦人服オーダーのノウハウをご厚意によって全面的に伝授してもらうことになりました。特訓を受けた相川のメジャーを持つ手はまだおぼつかないものがありますが、ようやく積年の懸案だった宿題、どうして女はオーダーができないの?、にひとつの答えを出せたんじゃないか、と感じています。(ヨシムラのホームページは
こちらです)

カシミアセーターの受注会、今年は男女ともに5月の開催へ向けて着々と準備を進めているところですが、そのパートナーがUTO(ユーティーオー)さんです。糸の太さ、編み地、カタチ、サイズ、色、全てが異なるセーターを一枚ずつ作る、それを国内工場で最短納期一ヶ月で、しかも「袖を少し短く」とか「首周りをもっと狭く」とか「袖口はリブじゃなくて筒状に変更して」なんていう個人ごとの要望にも応えてしまう、という、気の遠くなるような離れ業を事業にしてしまったのですから、驚きです。
 昨年まで当店のカシミアセーターはスコットランドに注文を出していたので、気に掛けたのは、そのクオリティに差があったら困るな、ということでした。店でよくお話ししているように、カシミアセーターについての製造側の考え方はふた通りで、ふんわり仕上げる九分咲きのイタリア調とかために仕上げた五分咲きの英国調、に大別されるのですが、この会社の方針は当店と同様にやはり後者の英国的な考え方であって、しかも乾燥機を使わない自然乾燥ですので、これはむしろスコットランドの上を行っていたのです。製造のファクトリーは山梨県中央市にあり、その水は南アルプスに降る水、つまり偶然にも私たち静岡の人間が毎日飲んでいる水と同じ水で作られるセーターということなのです。(UTOのホームページは
こちらです)

……私たちには直接にモノを作る技術は何にもありません。しかしだからこそ、さまざまなモノづくりの専門家と取り組むことができ、そしてそれを多くの人に紹介することができます。それが喜びでもあり誇りでもあるのです。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)



 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。

 セヴィルロウ自体はわずか二百メートルの小さな通りで、以前から有名無名数々のテイラーがショールームや工房を構えていました。
私が初めて訪れた二十年ほど前にはフリ客が冷やかしで入れるようなショップもあまりなく、歩く人もまばらで思ったより寂しい通りだった記憶があります。しかし、この通りの立地条件というのはすこぶる良く、何しろリージェント・ストリートとボンド・ストリートという二大ショッピング街の間に位置しているのですから、この「英国紳士服の聖地」に旗艦店を構えたい、という不動産需要は増加して不思議はありません。
今回目に付いたのは、仕立屋横丁の風情を残す古い建物が次々に新築に建て替えられていたことで、そこにピカピカの新しい店(でも老舗の店名だったりする)が進出を続けています。聞けばこのセヴィルロウの家賃相場はこの何年かで数倍に高騰したらしく、道理で外資や商社などのスポンサーがしっかりと付いている資金潤沢なブランドばかりが並んでいるわけだ、と感じました。
 ついでに言うと、先述のフィレンツェでの特別展は、数々のテイラーが一同に名を連ねる「セヴィルロウ・ビスポーク協議会」なる組織の存在があったからこそ初めて実現できた企画なのですが、この団体、もともとは度重なる大家さんからの家賃の値上げ要請に対して店子側も一致団結して交渉に当たらなければ、と2004年に作られた組織でして、何がどういう効果をもたらすか、分からないものです。
 狭いエリアにこれほどメンズの店ばかりが集まっている通りというのは、恐らく世界でもここだけで、この界隈は大変特徴のあるショッピングエリアになっていると言えるでしょう。店の中身も注文服だけでなく既製品を多く置く店が増えて、またドレスウェアのみならずカジュアルやジーンズの店も現れ、ほとんどの店は「ジャスト・ルッキン」ができる店ですから、随分とセヴィルロウの敷居も低くなったものです。
同時に「ビスポーク(bespoke)」の言葉の定義もかなりハードルが下がってきているように感じます。私の感覚では、ビスポークというのは、オーダースーツの中でも最高のランクに位置するもの、つまり全ての寸法を計測し、わざわざ顧客独自の型紙を起こし、そのほとんどをハンドメイドで仕立て、仮縫いでの修正を何度も繰り返して、何ヶ月か掛けて作り上げる、最低でも三十〜四十万円ぐらいはする、ほんの一握りの上級客のためのもの、というように思っていました。もちろん今でもそのくらい厳格な意味合いで「ビスポーク」の看板を掲げるテイラーもありますが、一方でいわゆるパターンオーダーやイージーオーダーのレベルでも一着ごとの注文服であれば一様に皆ピスポークと言ってのけるような店もあるようで、これにはちょっとがっかりです。
 楽しいのは、これは小さな店が並ぶアーケード街に特に顕著なのですが、百年も前からあるような古い店と若い勢いを感じさせる新進の店がひとつの通りの中で渾然一体として並んでいることの魅力です。その面白さをある店で若い店員に話したら彼はこう答えました。「そうだろ、それが『英国らしい』(ブリティッシュ)ってことなのさ。」なるほど、英国というのは本当に「大人な国」ですね。(弥)
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【倶樂部余話】 No.228  無駄遣いをさせない店 (2008.1.1)

 あけましておめでとうございます。

 先日来日した大御所デザイナー、ジョルジョ・アルマーニ氏が、記者会見の席で「日本の消費者に何かメッセージを」という記者の問いに対して、三つのアドバイスを語りました。まず「自分を偽るような装いをしない」。次に「ブランドロゴに惑わされない」。最後に「ファッションジャーナリストが書いたり言ったりしていることをうのみにしない」。さすが御大、こういうことはこのくらいの人が言って初めて意味を持つのですね。
 一方、米アウトドア用品のパタゴニアが「売らないビジネス」を主張しています。曰く、モノを作って売ることはそれだけ環境に負担を与える。とすれば直せるものはできるだけ修理をしてあげて、なるべく新品を作らないし売らない。それでも経営の成り立つ会社であるのが理想、ということでしょう。
 この二つの話は、どちらも矛盾をはらんでいて、とても逆説的であり、批判的であって、また皮肉っぽくもあり、しかし、何だか中身には妙な説得力を感じて、思わずうなずいてしまうのです。
 そんな含みで、正月だから風呂敷拡げて言ってしまおう、と思うのです。当店は「お客様に決して無駄遣いをさせない店」を目指そう、と。無駄遣いをさせるモノは仕入れない、置かない、売らない、極力…。これを開店二十一年目の課題にすることにしました。

 本年も変わらずのお引き立てをよろしくお願い申し上げます。(弥)

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【倶樂部余話】 No.227  逃げも隠れもできない (2007.12.1)

 私が「アイルランド/アランセーターの伝説」を著してからもう五年も経つというのに、未だに聞きかじりだけの誤記に出くわします。スコットランドが発祥地になってしまっていたり(註1)、編み柄の組み合わせを無理やりに家系にこじつけたり(註2)、の記述が相変わらずなのです。
 アランセーターのことに限った話ではありませんが、他にも近頃はプロだかアマだかすらよく分からない書き手(なぜかガイドとかナビゲーターとか呼ばれている)による、伝聞だけで裏を取らない原稿がネット上に増えているように思います。
 これはネット等での匿名性と関係があると思います。モノを書く人の多くは、全て匿名ではないにせよ、どこのどういう人かは知られずに済みます。ところが私の場合、匿名性はほぼゼロです。実店舗があってほとんど常にそこにいますし、書くだけでなく書いたモノを実際に店で売っていますから、店を見られれば、もし私の記述にウソがあってもすぐにばれてしまいます。「これを書いたのは誰?」と糾弾されれば、私は逃げも隠れもできません。それが怖くて恐ろしくて臆病で、とてもいい加減なウソなんか書けないのです。
 幸運なことにそれが私の記述の信頼性を高めているのでしょう。先日も遠方からお越しになった方が「いろいろネットで調べてみたけど、ここが一番本当みたいだったので、ちょっと遠かったんだけど意を決してここまで来ました」とアランセーターをお求めになって帰られました。私がウソが書けない理由、決して誠実だとかなんかじゃなくて、逃げ隠れができないから、なのです。(弥)

(註1)今さら言うまでもないことだが、アランセーターの発祥はアイルランドのAran諸島である。ところが、スコットランド(英国ブリテン本島の北部一帯)にInverAllanという手編みセーターがあり、これを当店取り扱いのアランセーターと混同される方がしばしばいらっしゃる。が、場所も違うし、そもそもスペルがRとLLとでは全く異なる。このLLというスペルはスコットランドやウェールズによくある綴りで、特にウェールズではこれをthに近い発音をするので、InverAllanを正しくカタカナ表記するならば、インバーアリャンもしくはインバーアサンとすべきではないかと思う。日本人はRとLの区別ができないからと、日本の取扱業者が意識的にAranとAllanの混同を狙ったのではないか、と考えるのは私の思い過ごしだろうか。
 誤解されないように申し添えるが、InverAllanの商品自体は、とても出来のよい手編みセーターだと充分に評価している。当店のアランセーターは編み手によってそれぞれ一枚一枚が柄もサイズも異なるので、それこそ販売するにも購入するにも大変な手間が掛かるのだが、InverAllanにおいてはハンドニットにもかかわらず全て同じ柄でありサイズもほとんど均一に仕上がっているので、販売も購入もいたって簡便に済ますことができる。このことはチェーンストア化が進む現代の流通体系ではとても重要な要素であり、これが実現できているということは、恐らくかなりしっかりとした品質管理の元で生産されている商品に違いないのである。

(註2)例えば、CLANARANS.COM というウェブサイトがあるのだが、ここではまるでタータンチェックのように家系と編み柄を関係付けてセーターを販売している。ご丁寧にサイト上に記載された住所はアラン諸島に置かれ、あたかも昔ながらの伝統的なアランセーターを取り扱っているかのように思わせる仕掛けは、苦笑してしまうほどに見事である。アランセーターのことをよくご存じない一般の方が見れば、特に、自分の先祖探しに興味の強いアメリカ人が見ればころっと参ってしまうことは間違いない。また、英語でまことしやかにセールストークが書かれているので、日本人が見るといかにも真実のように読めてしまうのであろう、このサイトを鵜呑みにした日本語の紹介サイトも見受けられる。「アランセーターの伝説は1950年代後半にアメリカのマーケットへ売り込むときに作られた他愛のないセールストークが発端」という私の考察がそのまま今も活用されているという好例である。  

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【倶樂部余話】 No.226  本棚のある店 (2007.11.9)

 あんまり誉められた行為とは言えないでしょうが、他人の家を訪れると、ついつい本棚やレコード棚をじっくりと眺めてしまいます。その家人の思いがけない趣味嗜好を知ってほくそ笑んでしまったり、全くジャンル違いの本が隣り合わせで、これを同一人物が読んでいることに驚いたり、ちょっと覗き見的な快感がありますよね。
 なぜそんなことを思い出したかと言いますと、先日、新しくできたメンズのお店を視察に行ったら、そこにも本棚があったからなのです。このお店、私もよく知るライターのY氏が最初のコンセプト作りからメンバーの一人として参画し、大手アパレルWが丸の内のお堀沿いに作った壮大な実験店Lなのですが、「大資本がお金出してくれるんなら俺だってこんな店作ってみたいよ、チキショー」と嫉妬に駆られたほどに、良く錬られた、居心地のいいお店でした。そして、そこの本棚は商品である服自身以上に見事に「私たちはこういう店です」というアピールを投げ掛けていたのでした。
 当店にも開店当初からずっと本棚があります。思い起こすと、ここに足を止めて眺めている人って割といらっしゃるんですね。今まで気が付かなかったのですが、うちの店の特徴のひとつ、それは「本棚のある店」だったのです。(弥)  

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【倶樂部余話】 No.225  地方の店 (2007.10.10)

 丸の内に青山のようなビルが建ち、六本木に新宿のような空間が生まれ、銀座に渋谷のような施設ができる。東京では毎月のように新しい商業施設が生まれ、視察に行くたびに「これだけ次々に目新しいハコが出来続けると、人も移り気にならざるを得ないだろうなあ。私の店は、静岡の『地方の店』で良かったかもしれない。」と改めて感じるのです。
 そう、当店の類いは昔も今も「地方の店」と言われます。それは単に地方都市にある店という以上の意味があって、その規模や品揃え方針、固定客重視の接客や店主のわがままな好き嫌いの度合、など、いろんな要素がひっくるめられている呼び方なのです。ですから、この「地方の店」の反対語は何か、と考えると、恐らく「中央の店々」ということになります。しかもその「中央の店々」は中央だけでなくそこそこの規模の地方都市にも進出してきますので、地方には「地方の店」と「中央の店々」が混在しているのです。
 そして、地方では「地方の店」が減り、代わりに「中央の店々」が増え続けています。さらに中央では次々に新しい店が湧き上がります。それなのに、です、中央には「地方の店」がない、のです。
 さて、地方の客が中央の店へ、という流れはよく言われていることですが、しかし、実は中央の人たちの中にも地方の店(のような店)が好きな人がいる、ということが忘れられてはいないでしょうか。売れ筋に偏って同質化してしまっている店や、富裕層向けと称していたずらに虚栄心をくすぐる店ばかりが増え続けて、目まぐるしいほどの栄枯盛衰の中でパイの取り合いをしているのが中央ですから、そんなあわただしい様子に嫌気をさし「私は『地方の店』の感覚の方が好みだ」と感じる方々が中央にいたとしても何も不思議ではありません。そういう方々は中央で買える立地にいるにもかかわらず地方の店へ目を向けるのではないかと想像ができます。つまり、中央の客が地方の店で買う、という構図だって充分にあり得るのだと思います。マイナーな流れでしょうが、ネット時代になり口コミがマス媒体以上の影響力を持ち始めるようになっているので、この傾向が今後小さくなることはないように感じます。
 当店の売り上げはもちろん静岡県の皆様によって支えられていますが、最近は県外の方からのご用命も無視できない比率を占めるようになってきました。それもこれも当店が「地方の店」であるからなのでしょう。昔は何だか見下されているようで快く思わなかった「地方の店」という呼ばれ方ですが、近頃はそう言われることに密かに喜びを感じるようになってきているのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.224  パクられてもパクることなかれ (2007.9.5)

 宮沢喜一元総理の死去の際、静岡新聞の「大自在」(朝日新聞で言うところの天声人語の欄)が、ウィキペディア(ネット上の百科事典)の記述を裏も取らずに無断引用し、大恥をかいた、という事件がありました。
 このホームページの私の文章も実に方々で参照されているようです。最も多いのは、やはりアランセーターについての記述で、くだんの
ウィキペディアにまで紹介は及んでいます。またマッキントッシュに関する考察なども業界内では少なからぬ影響を与えているようなのです。
 ネット以前の時代ですと、田舎の一商店主がDMのハガキにワープロで書くようなモノと大新聞に書かれた記事とでは、その信頼度には明らかな差があったものでした。ところが、面白いことに、ネット出現以降は、同じような内容の記述に出くわしたとしても、どれが初出の本家モノで、どれが他人の文章のパクリかは、つぶさに記述を読むと比較的容易に判断ができるようになったのです。
 このことは、たとえ無名で小規模だろうと、マス媒体以上に説得力のある発信ができる時代がやって来たという朗報であり、また、決して安易に他人の記述をパクったりせず、いつも内容を咀嚼して自分の言葉で書くことを心掛けるべき、という教訓でもあります。
 もうひとつ、私が言い出しっぺなのが
「スーツは年収の1%」説なのですが、これが過日業界紙に某百貨店の男性バイヤーのコメントとして載っていたのにはいささか驚いてしまいました。
 ついでに今回はこんな持論も披露しておきましょう。「スーツは食卓で決まる」。スーツをどの店でどう買うのか、の裁定は、実は店内ではなく、夕食の団らんの家族の会話ですでに決まっているのではないか、というのが私の勝手な推測なのですが、いかが感じられるでしょうか。(弥)

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【倶樂部余話】 No.223 バイヤーの憂鬱 (2007.8.3)

 最初から売れないと分かってるモノを仕入れるバイヤーなんていません。「コレは売れる!」、バイヤーはいつもそう信じて数を出すのですが、すべてが思惑どおりに行くはずもなく、どうしても売れ残りという困ったモノが出てしまいます。
 普段は売場全体に紛れ込んでいるそういった残りモノが浮き彫りになって現れてしまうのが夏のこの時期でして、今月の店内はさながら一年分の残りモノ品評会のようで、無能ぶりをさらけ出しているバイヤーは悲しくなるやら情けないやら、いささか憂鬱になる八月です。
 「在庫は宝なんだよ」と私はかつてある名物バイヤーから教わりましたが、今多くの経営者は「在庫は罪だ」と説きます。宝なのか罪なのか、私はどちらも正しいと思います。中身と量と時期の問題ですし、バイヤーと経営者という立場の違いもあるでしょう。そして、宝だと強気に言うバイヤーの私と、罪だと堅気に言う経営者の私が、いつも自身の中で葛藤しているのですが、この時期は明らかに後者の私の方に軍配が上がってしまうわけです。
 つまり、かつての宝も八月には罪。なので涙を飲んで、恥ずかしながらの価格を付けても、思い切った罪減らしをやらないといけません。それにはお客様皆さんのご協力が必要であります。暑い中ですが、ご来店いただければ嬉しいです。(弥)  
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【倶樂部余話】 No.222 宝の持ち腐れ (2007.7.1)

 世に言う、宝の持ち腐れ、つまり、買ったはいいけど(または、持ってはいるけど)もったいなくてなかなか使わないモノです。高価でも、クルマ、腕時計、スーツ、バッグなんかは、ちゃんと使って持ち腐れにならないことが多いのに対して、持ち腐れになりやすい代表選手は恐らくシャツと靴ではないでしょうか。高くなればなるほど使わなくなってしまう、という反比例の法則が働いているような気がします。
 なぜなのか、その理由も何となく分かります。まずその価格です。何十万円のスーツはハナから手が出ないとしても、例えば五万円のイタリア製シャツや十万円の英国製の靴ならば少し張り込んで(自分にご褒美!として)買えない金額ではありません。でもこの二つ、使った後がそのままにしておけない、という悩ましい共通点が…。使えば必ずメンテナンス(洗濯&アイロンや靴磨き)を要しますし、また使えばすぐに摩耗やキズも進行する。なので使うのについ躊躇してしまうんでしょうね。
 もうひとつ、この二者には共通の特徴があるのですが、お分かりでしょうか。それは、既製品と注文品との違いが歴然としている、ということです。先ほどの五万円のイタリア製シャツや十万円の英国製の靴ももし自分の体とちゃんと合わなければ我慢してなければならないわけで、この既製品と注文品とのサイズフィット感の満足度の差は、シャツや靴の方がもしかしたらスーツ以上かもしれません。もちろん既製品と注文品との違いは、サイズのことだけではなく、自分の趣味嗜好をどれだけパーソナルに取り込めるかというディテールや仕様の許容度という面もありますし、何より将来リペアができる(シャツなら衿や袖の交換、靴では踵や底の張り替え)ということがそもそもの購買の前提となっている点も重要な違いです。
 そして、実はここに当店でシャツと靴のオーダーが好評という、そのカギがあると思うのです。くどくど申し上げませんが、決して買い物を持ち腐れにさせないだけのセールスポイントがあるのです。
 しかし、シャツやスーツのオーダーに比べると靴のオーダーというのは馴染みが浅く、さらに慣れないうちは完成姿が見えにくいので、よしっ頼んでみよっ、という気持ちになるまでのハードルがまだ少し高いように感じます。なのでこの夏も「靴を作ろう!」のキャンペーンなのであります。腐る宝より使えてこその宝ですから。(弥)
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【倶樂部余話】 No.221 3年目のクールビズ  (2007.6.6)

 クールビズも今年で三年目。元々が官主導の取り組みで始まっただけあって、初めての年は、ネクタイは締めてはならぬ、上着も着てはならぬ、とのお上からのお触れに、下々皆の衆「お行儀良く」素直に従ったのでありました。
 しかし、ファッションというのは、お仕着せに反骨する精神から生まれるもの。はい、制服をどうカッコ良く着ようかとアイデアを凝らした中高生の頃を思い出しますね。禁じられるほどに燃えてしまうのが恋とお洒落なのであります。
 「通勤の行き帰りはともかくとしても、やっぱり仕事の時にはちゃんとタイを締めていたいし、できれば上着もしっかりと着ていたい。それで暑いのは仕方ないだろ、クーラー強くしろなんて今更もう言わないしね。自分が我慢すればそれでいいんだから。」という声が今年は聞かれます。そう、着たけりゃ着ればいいし、外したけりゃ外せばいい。誰に指図されるでもなく、誰かと横並びになる必要もない。自らのビジネスに一番有効な手だてを自らがアレンジすればいい。
 これこそ、クールビズの名の下で男性に与えられたフリーハンドな特権だと考えると、三年目のクールビズはようやく押し付け感が消えて、けっこう個性的で幅のある楽しみができる夏になるんじゃないのかな、と感じているのです。(弥)
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【倶樂部余話】 No.220 紳士服の「基本のキ」 (2007.5.4)

 算数の九九、楽器のチューニング、ゴルフのグリップなど、習得の大前提となる「基本のキ」が紳士服にもあるとしたら…。私は最低限のこととして、まずは次の二つを挙げたいと思います。
 最初のチェックは、着ている服のサイズ。とりわけ、上着の着丈と袖丈、トラウザーズ(スラックス)の股下(裾丈)、という縦方向の寸法の三か所です。見ていると、これらが合っていない(長すぎる)人が実に多いです。ここが合ってなかったならば、どんなにしなやかなsuper180'sのスーツも、すばらしい光沢のカシミアのジャケットも、それは調律の合っていないストラディバリの如しなのです。(注1)

 二つ目は、靴やベルトの色合わせについての基本事項です。黒なら黒、茶なら茶、と必ず同じ色に統一します。そんなの当たり前だろ、と思われる方が多いとは思いますが、意外にこの基本が徹底されていないことが道行く人を観察するとお分かりになることと思います。これができたら次に鞄の色も合わせていきましょう。できれば、財布、名刺入れや時計ベルトも同色に統一したいものです。ピカピカに磨いた流行最先端・ハンドメイドの自慢の薄茶の靴も、お腹に黒いベルトを巻いてたんじゃすっかり幻滅なのです。グリップもろくにできていないのに名門コースを回りたがるビギナー・ゴルファーと同然です。(注2)

 トレンドやコーディネート、その人らしい個性の演出、などを語るのはそこから後の話。基本を知った上で崩すのは上級なお洒落ですが、基本を知らずに格好だけつけているのは恥ずべき我流に過ぎません。
 今更何でそんな基本中の基本をもう一度話すのか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。でも、何十年経っても当たり前の「基本のキ」を店は忘れずに伝え続けなければいけないと思うのです。と言うよりもむしろ、店でなければ伝え続けることができないと近頃は感じているのです。そして、紳士服というのは、ルールがあるからこそ面白い、そのルールを楽しむのが紳士服なのだ、と感じていただければ、と思うのです。(弥)

(注1)もちろん、肩幅、胴回りなどの横方向の寸法も大切なのですが、一般的に横寸法に気を使うほどに縦寸法への気使いが足りないのではないか、という思いから、ここではあえてこの三か所の縦寸法だけを取り上げました。
(注2)この先に言及すべきこととしては、金属部分の色の統一があります。すなわち、金色なら金色に、銀色なら銀色に、ということですが、「基本のキ」という観点から外れてきてしまうので本文では割愛しました。また、ドレスコードが段々と甘くなってきている現代では、焦げ茶や濃紺など、暗がりでは黒と見間違えるくらいの濃い色に関しては、黒と同義と見なしても良いように考えられているのが現状です。このことも前述と同じ理由から本文では触れませんでした。
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【倶樂部余話】 No.219 この長いシッポは誇りです。 (2007.4.12)

 二十年も経つとお客様の名簿も増えて、累積すると今では恐らく三千名を超えているのではないかと思います。なぜ正確な数を掴んでいないかというと、原則として二年以上のブランクが空いたお客様のデータは別のファイルに移し替えて保管しているためで、手元の名簿は常に「動いている」お客様だけのフレッシュな状態を保つようにしているからなのです。
 その中から、地元の静岡に在住のお客様を中心に、当店の頼もしい親衛隊となっていただきたい方々にこちらからお呼び掛けをして、毎月一回メンバーズ通信のハガキをお送りしています。
 ですので、メンバーズの皆様へ毎月の通信を発送するハガキの枚数というのは大体いつも数百枚程度でして、実は二十年で一度も千枚を超えたことがありません。(ただ、ご夫婦でご登録のお客様(当店では過半を占めます)にはお二人で一通の発送となりますから、実際の人数という点では千名を超えています。)
 二十周年を期に、この数百通分のお客様の在籍年数を調べてみました。五年ごとに四分割すると、まず顧客歴「五年未満」の新しいお客様の割合が41%と出ました。実際に「動いている」名簿で、眠ったままのお客様は含まれていませんから、ここが最大比率を占めるのは当然でして、常に新しいお客様を取り込んでいて、店の新陳代謝は健全に進んでいると解釈しています。
 当店らしさが現れるのはここからで、次の「五年から十年」が33%、「十年から十五年」が14%、そして「十五年から二十年」の方が今も12%のウェイトを占めているのでした。現代風に言うと正に顧客層のロングテール現象でして、実に顧客の四人に一人が十年選手という実態が明らかになったわけです。
 どうぞ十年以上経ってもFA宣言したり引退したりなんかしないで、ずっとうちのチームのメンバーで居続けて欲しいと願っています。もちろん、そのための新たな楽しさの提供は常に続けてまいりますので。(弥)
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【倶樂部余話】 No.218 春は名のみ? (2007.3.7)

 ♪春は名のみの、風の寒さよ〜♪(「早春賦」吉丸一昌・詞)との歌がうそのように思えるほど、異様に暖かい今年の春です。例年以上に日々の寒暖の差が大きいので、「今日はいったい何を着ればいいの?」と毎朝悩んでいる方も多いことでしょう。
 初夏の日あり真冬の日あり、の春のこの時期は、もちろん春という季節感を出すことに留意はしつつも、春夏秋冬の四季にわたる手持ちの服をすべて総動員して掛からないと毎日の気候の変化に対応しきれません。洋服ダンスの前にいると、奥にしまっておける服がなくて、すべての服が手前側にどんどん溢れてくる、という感覚です。だから、春の装いには、その人がいかに系統立てて四季のワードローブを効率的に買い揃えているか、はたまた季節ごとにてんでバラバラに刹那的な服の買い方をしてしまっているか、の差が、真価として現れることになるのです。ひとつのコツは、秋のうちから春に必要なものまで視野に入れながら手を着けておくことのように思います。
 これも要は気の持ちようで、この四季の服の総動員を「面倒臭い」と思わず、前向きに「楽しみ」と考えましょう。春は季節の中で一番いろんなコーディネートが試せる楽しい季節なのだ、と積極的に思い込んでしまうしかないのです。
 これはオーダーメイドを注文する心持ちに近いものがあります。なんだかんだと決めることが多いから面倒だ、と躊躇していたらそれは苦痛以外の何者でもありませんが、あれこれ悩めることこそオーダーの醍醐味、とすれば、これほどに楽しいことはないのです。(そういう私は、実はレストランや居酒屋でメニューを決めるのが大の苦手で、これを楽しいと感じることはあまりありません。)
 春の装いもオーダーメイドも、苦痛にすぎないかそれとも楽しみと感じられるか、そこに関与できるのが私たちの役割でしょう。ご相談には乗れることと思いますよ、メニューのこと以外でしたら…。(弥)
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【倶樂部余話】 No.217 伊愛英、出張報告です (2007.2.7)

  欧州とんぼ返り二往復の出張報告をいたします。

●伊フィレンツェ、紳士服の祭典「ピッティ・ウォモ」へ、積年の望みがかない初の視察に三泊五日、実質丸二日間だけのイタリア行。世界のメンズブランドが何百社と出展しているし、来場者ももちろん世界中から来ているので、もしテロリストがこの会場を一網打尽に全滅させてしまったら、世界のメンズファッション業界は一瞬にして停滞してしまうことだろう、とさえ感じさせる。当店が現在扱っているところだけでも十五社、過去に当社で扱い実績のあったところを数えたら三十五社もあり、これを合わせると五十社になった。これがひとつの会場で一日か二日で見て回れるのだから、展示会のデパートといった状態で、バイヤーにとってこんなに便利な場所はない。
日本のバイヤーの数も、多いだろうことはある程度想像はしていたが、それにしても異常な多さで、正直「世界のいろんなブランドを多種揃えています、というような店構えをしていても、なーんだ、みんなココで買い付けしてたのね。」という気持ちも感じざるを得なかった。これだけの規模になると、この場所で、誰もまだ知らない自店だけの逸品を発掘する、という業は不可能に近く、むしろ私がアイルランドあたりで足で探してくる商品の方がレア度は高いかもしれないな、との思いも強く持ったのだった。
 毎年行きたい行きたいと思いながら売り場を持つ身としてはその日程からなかなか渡欧がかなわなかったピッティに、今回「行くぞ」と決心したのは、ふたつのことに背中を押されたからだった。ひとつは、この二年ほどバイイングしていて仲良しになっているミラノ在住の船橋さんご夫妻が初めてピッティに出展されると聞いたこと、そして、もうひとつが、今回これに合わせて同時期に特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」がピッティ宮殿の王宮の間で開催される、と聞いたからであった。
 ロンドン・セヴィルロウのビスポーク・テイラーたちが二百年の間、いかに世界の歴史や文化と密接に関わってきたのか、そして現代の紳士服にいかに大きな影響を与えているか。数々の紳士服の複製や写真が昔のままの王宮の間に美しく陳列され、大変興味深く鑑賞した。
 何でも見たがり出たがりの私は、今回この展覧会のオープニングにあたってカクテルレセプションがあることを聞きつけ、つてを頼ってこれに参加潜入することに成功した。実は、日本のアパレルや百貨店、ジャーナリズムなどもきっと大勢いるのだろうと思ってのことだったのだが、行ってみると日本人は私を含めてたったの二人しかいなかった。こんな素晴らしい機会にどうして…、と思うと、優越感になど浸ってもいられず、このエキジビションをちゃんと日本に紹介しなければ、という使命感にかられてしまった。私もジャーナリストではないのでうまく取材できたわけではないのだが、別項にレポートをまとめたので、ご覧いただければ幸いである。
 一晩ぐらいトスカーナの伝統料理を贅沢にしっかり食ってやるぞ、と事前調査のレストラン・リストを片手に街歩き。満席だよ、と三軒断られて、四軒目、一人だったら空いてるよ、と案内されると、偶然にも隣りのテーブルではネクタイのドレイク氏一行六人が食事中ではないか。誘われるままにパーティに混ぜてもらい、結局飲み食いは楽しく深夜まで及んだ。食したリボリータ(パンのスープ)とビスティカ(ステーキ)が美味であったのは言うまでもない。

●一週間を挟んで、今度は四泊六日、実質丸三日の仕事に渡欧。まずはダブリン。数えたら今回が十二回目で、もう慣れたもんだ。
例年の業務に加え、ツイードのシャツジャケットや帽子などにも新しいメニューを加えられそうだ。また、ニコラス・モスには開店二十周年の当店限定柄の製作も依頼し、ニックがデザインを起こしてくれて夏には実現できそうな見通しとなった。クレオにも二年振りの新作となるハンドニットのジャケットを頼むことができて、ほぼ満足な成果を上げられた。
 小腹が空いたと、定宿の近くのタイ料理屋に入ったら、アイルランド政府商務庁のKさんとばったり。同席となり、トム・ヤム・ガイ(鶏肉スープ)とパッタイ(焼きそば)を「ごちそうさま」になりました。美味でした。

●未明のダブリンから五ユーロの飛行機で英マンチェスターへ飛ぶ。うっすらと雪化粧の山々を見せる西ヨークシャー、ハダースフィールドへ列車は走る。今日は一日で四ヶ所を回る紳士服地の工場巡りの旅だ。
 最初はスコフィールド&スミス。シルク使いのジャケット生地などが得意なところだ。駅に迎えに来てくれたマネージャーで後継者と目されているサイクス氏は、幹線を走らずわざわざ景色の良い田舎道を遠回りしてくれて、小高い丘にある工場まで案内してくれた。近年ハダースフィールドでは、古い服地工場をリストアして賃貸住宅に転用することが市の政策となっているらしいのだが、昨年になってこの工場にもその話がやってきたそうだ。となると、これから事業を継承していく彼にとっては、工場の移転や従業員のリストラ、という難題を解決しなければならず、きっとひとりでかなり悩んでいるんだろうな、という様子がうかがえた。
 

 二軒目は、テイラー&ロッヂ。百を超えるハダースフィールド周辺の服地工場の中でも恐らく最も高い知名度を持つブランド服地だと言えよう。スーパー120's&カシミアなどの細番手のスーツ生地はイタリアや日本でもファンが多い。
案内してくれたのはマネージャーのヘイグ氏。ウィスキーと同じこの名前はもともとフランスからの移民の姓だという。ここで私は彼を質問責めにした。「数ある英国の毛織物産地の中で、なぜハダースフィールドはこれほどに繁栄したのでしょうか。ある人は水質の違いだと言っていますが…。」「ニッポンの客人よ、とてもいい質問だ。確かに水の違いはあるがそれだけではない。ハダースフィールドには、産業革命のずっと以前からフランス人が移り住んでいたのだ、つまり私の先祖だがね。要は(アングロサクソンが持ち合わせていなかった)フランス人の織物への造詣の深さとセンスの良さがこの土地にだけはあった、ということなのだよ。えっへん。」
「それでは、次の質問。数多あるこのエリアの紳士服地の中で、なぜテイラー&ロッヂは一番優れているという評価をもらっているのでしょうか。」「富士山の住人よ、それはさらにいい質問だ。服地の製造というのは、機織りのようなドライな作業と洗浄のように水を使うウェットな作業に分かれている。かつてはどこの工場でもその両方を一貫して行っていたのだが、近年はウェットな作業は外注へ出すところがほとんどとなってきた。じめじめと寒いところでの仕事だから、労働環境が厳しく、また設備のメンテナンスにも費用が掛かるからだ。しかし、当社は未だに洗浄や縮絨などフィニッシングといわれるウェット作業まで一貫して社内で行っている。木製の洗濯機は未だに現役だし、ペーパープレスという紙で服地を挟み押さえて仕上げる伝統技法を行っているのはもう当社ぐらいだろう。服地に掛けるそのプライドが、違いと言えば違いだろうかね。えへんえへん。」私の質問は彼をいたくいい心持ちにさせたようだった。
 三番目は、エドウィン・ウッドハウス。ヨークシャーの丘陵を小一時間ドライブした、リーズ市の郊外にある。ここはブランド力こそないが、マーケットに即したトレンディな服地をタイムリーかつリーズナブルに供給することで定評がある。当店でも「エアウール」は夏の定番服地として人気が高い。糸を撚る段階からのスピニングの設備まで自前で持っている。若き後継者ウィリアム・ゴーント氏は、例えばイタリアと日本と中東では好まれる色合いが全く違うのだが、当社はその世界各国のマーケットに細かく適応した商品開発にいつも心を砕いているのだ、と熱っぽく語ってくれた。
 最後は、リーズにあるアームレイ・ミルズ産業博物館。ここは運河沿いにある古い織物工場跡を再生し、織機や蒸気機関などの産業遺産を展示し体験学習する施設として近年オープンしたところ。冬の平日の夕方では客は私だけだったが、普段はきっと近隣の小学生などが体験授業に多く訪れているところなのだろう。自分たちの街の歴史や遺産を後世に語り継ぐことが郷土愛をはぐくむ上でどれほどに大切なことか、欧州の人たちは当たり前のように意識しているように感じる。
 夜ホテルに戻ったら、S&S社のサイクス氏がロビーで待っていた。「地球の裏からはるばるうちの工場を訪ねてくれたんだ、晩飯ぐらいおごるよ」と。ポテトとリークのスープ、ススギのベーコン巻き、どちらも(英国のレストランにしては)うまかったっすよ。

●ひとりで七泊したにもかかわらず、ひとりぼっちの夕食はたったの二夜、あとの五夜のうち四夜が「ゴチ」という、とても食事運に恵まれた旅でありました。当然帰ったときには体重増となっておりました。(弥)
 
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【倶樂部余話】 No.216 二十周年です (2007.1.1)

 明けましておめでとうございます。
 1987年秋に開店した当店は、今年二十周年、成人式を迎える運びとなりました。
 二十年経ったら、普通はもっと立派で大きな店になってるもんだろ、とても誉められたもんじゃないよ、という恥ずかしい思いもありますが、ともかく言えることは、二十周年は二十年掛からないと達成できない、という当たり前の事実でありまして、この事実を自ら祝いたいと感じております。
 今振り返ると、始めたときはまさにバブルがその絶頂へ向かって突き進んでいた頃でした。その時代のムードとまだ当時二十代だった私の無謀なまでの憧れから、こんなヘンテコな店は産ぶ声を上げたのでした。よくぞまあ二十年も生き残ったものだ、私のわがままに長いこと付き合っていただいてきたお客様にひたすら感謝、というのが偽らざる正直な実感です。
 そんなわけで、今年は一年をかけて、二十周年限定企画品をいろいろとご提案します。と言っても、私自身はモノ売りモノ語りはできてもモノ作りの才はないので、各方面その道のプロにお願いし、わがままに自分が欲しかったモノを作ってもらうことにしています。一年間の様々な提案にお付き合いいただければありがたいです。
 二十年目の本年も、お引立ての程、何卒よろしくお願い申し上げます。(弥)   
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【倶樂部余話】 No.215 服もアルバム (2006.12.2)

 服もアルバム、と私は店内でよく言います。これは、着なくなった服をどうするか、という話題になると出るネタ話です。
 古い写真を、昔のものだから、まずもう見ないから、といって捨てる人はいないでしょう。また、古いレコードを、もう聞かないからと処分してしまった人も少ないと思います。嬉しかったこと悲しかったこと、数々の思い出が詰まっているのですから、あっさりと捨てられるはずはありません。
 服だって同じです。思い出のある服はそう簡単に捨てられませんよ。写真もレコードもどちらもアルバムと言いますよね、ならば「服もアルバム」でいいじゃないですか、と言うのが冒頭の言なのです。
 ところで、ユニクロさんが、リサイクル運動の一環として、フリース衣料を始めとする自社製品の回収を呼び掛けたところ、戻って来るは戻って来るは、予想を大きく超える回収量に大慌てだったと聞きました。これには仕掛けた方も嬉しいやら悲しいやら、きっと複雑な心境だったのでは、と思います。もし自分が仕入れて自分で熱心に売った服がその後何の愛着もなく使い捨てにされるとしたら、私なら悲しすぎて涙が出てくるかもしれません。
 賢明な読者はもうお分かりだと思いますが、将来に捨ててもいいと思うだろうような服は極力買わないこと、そして自分のクローゼットを美しい思い出のアルバムとして整然と作り上げていくこと、これがどんなリサイクルにも勝る何よりの資源保護への道だということを。この点では、英国人の姿勢というのはひとつのお手本になり得ます。
 そう、だから服は捨てられない…。(弥)    
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【倶樂部余話】 No.214 店舗優先主義ではいけないのか? (2006.11.12)

 ホームページに次々と商品を載せていますが、だからと言って私たちは決してネット通販への参入に積極的なわけではありません。むしろホームページを設けている目的は「この店に行きたい」と感じてもらうことであり、あくまでも来店促進を主眼に置いているのです。
 確かにウェブの技術革新はめざましくて、動画の処理も日進月歩、近ごろは携帯電話の小さい画面でも服が買えます。でも、どれだけITが進化しようとも、服というのは、最適な店舗環境の中で、見て、触って、試着して、できれば店員とも充分に会話もして、そうやって扱ってあげるのが本来の姿なのだと私たちは考えます。服を売るという場合に関して言うと、ネットに実店舗の代役が完全に務まりきれるとは到底思えないのです。
 そのうえで「忙しくて」とか「遠いので」などの様々な理由からどうしてもご来店いただくことが困難な場合にも対処するために、ご来店なしでも商品販売ができるように決済体系を整えておき、顧客の便宜を図る、というのが私たちの通販に対する考え方なのです。
 このスタンスは、一度でも実際に店舗でお相手した方には割とたやすく分かっていただけるのですが、時として理解してもらえない場合もあります。テレビなら地域別に提供情報を区別するのが普通ですが、ネットは当然ながら全国いや世界中に同時配信です。これが善し悪しで、たまに「静岡なんてそんな遠いところに行けるわけがないだろ!」と「それって店のせいなの?」と、筋違いに怒られたりします。
 時代に逆らっているように聞こえるかもしれませんが、開き直って声高に言います。当店は何よりも店舗での接客販売を優先します。通販はそれを補完するひとつの手段であって、目的ではないのです。(弥)
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【倶樂部余話】 No.213 品格のため行き過ぎに注意しましょう (2006.10.12)

 「小さめに着ましょう」という流れはほぼ定着したと言っていいでしょう。さすがにツータックのスラックスが欲しい、というお客様も見受けられなくなりました。自分の体型と寸法を正しく把握する、という意味ではこの傾向は決して悪いことではないと思っています。
 ただ、これも中庸がなによりであって、近頃はちょっと行き過ぎじゃないの、と感じています。どうしてもファッションの常で、ひとつのトレンドは必ず極端に度を超すほどに一気に突き進んでから揺り戻しがあって落ち着きを見せるものなので、まあやむを得ないところもあるのですが、前ボタンも留まらないほどパツンパツンのジャケットやコート、お尻の山がクッキリのパンツやスカート…、これはもう、ジャストフィットを通り越して、ただサイズの合わない小さいサイズを着ているにすぎず、もう見苦しいだけです。
 それから、メーカーが作るサイズ設定も必要以上に小さくなりすぎているように感じます。これは売上データを瞬時にコンピュータで分析するPOSシステムの悪影響かもしれません。つまり流行に敏感な若い人ほど早く買いますから、当然小さいサイズの方が早く売れ始めます。分析データは、早く売れるものほど良い評価で、遅くまで売れないものはダメな商品と、と判断しますから、どうしても大きいサイズは不利なのですね。
 さて、当店もそして当店のお客様も、ある意味で大変流行に敏感であります。というのは、流行ってきたぞと感じると早めに「引き」の姿勢を見せる、ということなのです。お客様からはこんな声が聞かれます。「そりゃ小さめに着ろっいうのは分かるけどね、あんまりピタピタじゃお腹もあたるし、無理に若ぶったように見られるのもシャクだろ。それに、近頃じゃ、そうやって『ちょいワルおやぢ』してまだ女にモテたいのかい、って思われちゃうしねぇ……。」
 こういった声が最も顕著に出てくるのがスーツではないでしょうか。と言うのも、ちょっと前までぼろぼろ&だぼだぼのスタイルを好んでいた若い人たちの間で、スーツを着るのがひとつの流行りになってきたようなのです。例外なく誰もがイタリア系のサラサラで黒っぽい生地でまるでウエットスーツかボディタイツのような極細のシルエット。馬子にも衣装のたとえの如く、誰でもスーツを着るとちょっとはお上品に見えるのが普通なのですが、なぜかそういう品格を感じない。ピタッと着ているのだからだらしないはずはないのですが、どうしてなんでしょうか、(チンピラアンチャン風)なんですね、失礼ながら。
 というわけで、他のアイテムはともかく、スーツに関しては、そろそろ大人と若者の一線を画さねばならない時期に来たか、と感じます。さらにもう二歩三歩ほど流行から遠ざかって俯瞰する必要があるようです。当店に求められているスーツは、流行の最先端ではなくて、十年着ても時代遅れにならず堂々と着ることのできるスーツであるはず。手仕事を多用した構築的で立体的な高い縫製技術、打ち込みのしっかりした重厚感としなやかさを兼ね備えた英国服地、頑固過ぎずトレンド過ぎずの普遍的なパターン、この三位一体で「最初に出来上がった時はまだツボミ、しばらく着ていくとそこで花が咲く」という英国服の持ち味をよりハッキリと目指したいと思っています。(弥)
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【倶樂部余話】 No.212 「何も考えていない客」とは (2006.9.3)

 全国紙に全面広告を出すような著名ブランドと当店が扱うようなブランド、どんな違いがあるのでしょうか。
 確かに、イタリアのインコテックスのパンツ工場やスコットランドのウィリアム・ロッキーのニット工場では、聞けば誰でも知っているような有名ブランドの製品をも作っていますし、ネクタイのドレイク氏やドゥエ・ビランチェの多田氏は大手アパレルの仕事も手伝っています。だから、我々のブランドの方がはるかに生産者との距離が近い、と言えますが、違いはもちろんそれだけではありません。
 私は、あちこちのメゾンブランドの外国人経営者が常々口にしている「日本の客は世界のどこよりもモノの良さが分かり目が肥えていて評価の厳しい、最高に素晴らしい客」といったようなコメントを「そりゃリップサービスでしょ」と感じていましたが、私のその印象が間違いなかったことが分かりました。あるシンクタンクが「有名ブランドを買っている人はどういう考えでそれを買うのか」という深層心理を調査したのです。(「第三の消費スタイル/日本人独自の"利便性消費"を解くマーケティング戦略」野村総合研究所) そこで、案の定というか、仰天な結果が出たのです。『何も考えていない客ばかり』と。
 つまり「みんなが持ってて安心」「品質さえ良ければあとは大してこだわらない」「悩んで回るのは面倒くさい」という利便性を重視したコンビニ的な消費性向が強く現れていて、従来ならブランド消費に付きものの「そのブランドがどこよりも大好きだから」「そのデザイナーの生き様に憧れて」といった付加価値に重きを置く思考はわりに少なかったのでした。
 批判を恐れず極論するならば、ビッグな著名ブランドになればなるほど何も考えていない客に支えられている、という構図となり、ブランドイメージを訴えるだけの一面広告が多いのもそりゃ道理だわぃ、と、私は溜飲を下げたのでした。
 私どもの店で「面倒くさいからコレでいいよ」という動機のお客様はまず存在しませんから、冒頭の違いはこのあたりの思い入れ具合の差にあるように思えるのです。(弥)
 
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【倶樂部余話】 No.211 シャツを直そう (2006.8.1)

 スーツやパンツは、リペア(お直し)の依頼の多い代表選手です。靴の修理の持ち込みも増えました。それらに比べて「まだまだ少ないな」と感じるのが、シャツのリペアです。オーダーで作ったシャツに限ることなのですが、衿や袖口が擦り切れてきたらそこだけ新しく作り替えることができる、というのは、案外知られていないことなのかもしれませんね。
 ただし、運良く同じ生地の在庫がまだ残っているということは稀で、大概の場合には白無地の生地で代用することになります。つまり衿と袖口だけが白いという変わったシャツは、もともとはリペアを好む英国の倹約家のシャツとして登場したものなのです。このシャツ、見掛けが牧師(cleric)っぽいことから「クレリックシャツ」と呼ばれていますが、これは全くの和製英語でして、実際の聖職者の衣装とは無関係な造語なのです。まあ、要は英国紳士にはケチが多いということでしょうか、エルボーバッチ(ひじあて)と同様に、これも英国的倹約主義が生んだファッションのひとつなのだと言えるでしょう。
 一年で一番暇な月の八月はリペアを積極的に受けることにしました。修繕や寸法直しだけでなく大改造も相談に乗ります。面倒がらずにどうかご持参下さい。(弥)
 
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