倶樂部余話【一六七】先客優先の原則(二〇〇二年一二月一日)


当店が開店以来の接客方針にしているひとつが「先客優先の原則」です。飲食店なら着席順ですし、病院には受付と待合室があって、当然のようなこの原則ですが、物販店ではいささか事情が異なり、来店客は自由に店内を回遊しますし、ちょっと見の冷やかし客もいれば、2時間掛けてじっくり見るぞというお得意様まで、各人各様です。

ですから、入店順ではなく買いそうな客から相手をしても良さそうですが、当店は愚直なまでに先客優先を貫きます。対面接客販売を基本としている以上、それが最も公平だと思うからです。

営業時間は9時間もあるのに、お客様はそう都合よく順番には来てはくれないもので、申し合わせたかのようにごく短い時間に集中しがちです。二人勤務の日は定員二組ですから、三組目からはもう待ち人で、五組も重なろうものなら、もう、ろくに挨拶もできなくなりますが、それでも滅多に掛け持ちはしません。

しかし原則には必ず例外あり。最大の例外は、お得意様ほど後回しになる、ということです。もし後回しになったら、それだけ私どもが頼りにしている証拠と、どうか寛容にお待ち下さい。時には、心得た、とばかりに、接客側に回って下さる方もいて、嬉しい限りですが。 



倶樂部裏話[5]上げる人下げる人(2002.11.3)


 いろんなゲストが、いろんなタイミングで、ご来店になります。それぞれが皆さん、ご自分の都合で、自由な時間においでになるわけですが、不思議にことに、一定の傾向が現れてくるのです。それを分類してみましょう。なお、これは、お客様個人の資質や性格とはまったく無関係であることをお断りしておきます。
★ 上げる…この方が見えると、必ず後から後から来店客が続き、とたんに忙しくなる、という、ありがたいお客様。俗に、福の神、とかアゲマン、とか呼ばれます。日曜の開店一番にこういう方がお見えになってくれると、もううれしさが止まりません。
★ 下げる…その逆です。この人が来ると、もうその日の繁忙は諦めよう、という気にさせてくれる方。そんなに多く存在していては困りますが、それでも何人かは確かにいるようです。分析してみると、そういった方は、我々のようなサービス業に従事している方であったりします。つまり、世の中が暇なときには忙しく、世間が忙しいときには暇がある、ということで、これは私も同じですから、私も、もしかしたら、他の店ではそう思われているかもしれませんね。
★ 間が悪い…たった5分しか掛からない店内の模様替えの真っ最中、とか、大事な会合にさぁ出掛けよう、としているまさにその寸前、とか、コーヒーポットに湯を注いだ瞬間、とか、どうしてあと5分ずれて来てくれないの、というタイプの方。ほんと、その人にはまったく罪はないのですから、そんなことは思ってはいけないんでしょうが。
★ かぶる…他の方を接客していてどうしても手が空かないときに限って、お見えになる方。いつもゆっくりとお相手できず、申し訳ない、と思います。「いつ来ても、この店は客が入ってるな。」と、超繁盛店のように思われているかもしれませんね。決してそんなことはないのですよ。
★ べったり…逆に、前にも後にも誰ともかぶらずに、一時間以上も、その人だけ、べったりとお相手できる、というケースに当たる方もいらっしゃいます。重傷な人だと、私と相川で二人掛かりだったりすることも。この人は、きっと「この店、いつ来ても、客がいない。大丈夫かしら。」と、不安に感じてるのかな。  

 さて、「自分はどの分類に入れられてるんだろう、きっとここかな。」と思い当たる節のある方、どうぞ私たちに「告白」してみて下さい。 (弥)  

倶樂部余話【一六六】ファッション誌の読み方(二〇〇二年一一月一日)


自慢にはなりませんが、私は、いわゆるファッション雑誌をほとんど立ち読み程度にしか読みません。

決して「読まなくても分かってるから」などとという不遜な理由ではなく、たとえ雑誌から新しいモノを知っても、それからではもう動くには遅すぎるからで、読むほどに、果たして自分の仕掛けは正しかったか、と不安が増すだけなのです。

ただ、自店扱い商品の掲載だけは知っておかないといけませんので、「今月の○○に△△が載ってるょ」という情報はぜひお寄せ下さいますようお願いします。

さて、雑誌は確かに有益な情報源ですが、留意してほしい点が幾つかあります。

★人は文字になったものを信じがちですが、雑誌の記事はお店の人の話を元に書かれているのです。中には、話も聞かずに渡された資料だけで記事を書く、いい加減なライターもいるほど。だから、雑誌記事は店員の話よりも正しい、などと信じ込まないでほ欲しいのです。

★テレビにある再放送が、雑誌では許されません。ひたすらに新しいものを載せ続けるというのが雑誌の宿命です。載せたモノが売れることよりも、雑誌自体が売れることの方が出版社にとって大切なのは当然です。

★提灯記事にご用心。雑誌の最大の収入源は広告。4ページ続けて一ブランドだけ、などという特集、あれは記事に見せかけた広告です。鵜呑みにせず、眉に唾だと思って読んで下さい。

★一冊の雑誌は、実は一匹狼のフリーライターたちの寄合所帯。中でも、連載企画は信頼のおけるライターに任されます。だから、連載物は比較的信頼度が高い、と見ていいようです。

以上、少しは今後に役立ちますでしょうか。 

 

倶樂部余話【一六五】店は我が家(二〇〇二年一〇月三日)


「マナー」について語るのは、とても難しいことです。自分自身に問い返されれば、まったく自信はありませんし、これほどに主観的な尺度に依るものもないからです。

例えば、私は、自分の店は、「我が家の客間」と同じだと思ってますし、客間にお迎えしたゲストを心地良くもてなすためのホストのつもりでいます。決して出入り自由の気軽な空間とは捉えていません。だから、たまに、挨拶はおろかまったくホストを無視し続けるゲストを迎えたりすると、内心で(他人の家を訪ねたら、家人に出会いと別れの挨拶ぐらいするのが最低のマナーでしょ。黙って人の家に入って黙って出ていくのは、泥棒のすることだよ。)と思ったりもします。

しかし、この方にとってみれば当店もコンビニと同じ一小売店に過ぎないのでしょうから、ゲストを責めるのは筋違いで、私は、逆に、自分自身に問いかけます。(なぜ、今の人はわざわざうちの店に入ったのに、挨拶すらしないで出ていったのだろう。ウィンドゥの展示レベルが低かったのか、あるいは、玄関先にゴミでも落ちてるんだろうか。ディスプレーに乱れはないか、照明は切れてないか。)と、表へ出て店頭をチェックしたりします。そういうときはたいてい何かの落ち度が見つかるから、不思議なものです。

私を含めて、人格者でない多くの人間は、時として、イヤな奴ににもいい人にもなります。薄汚れてほこりの落ちているような部屋に泊まったときと、サービスの行き届いた快適な部屋に泊まったときとでは、ホテルのチェックアウトの心持ちは随分違います。前者では自分も嫌うほどのイヤな奴に、後者では自分でも信じられないぐらいいい人になっていたりすることを、発見します。あるいは、ディズニーランドに行くと自分がいい人になっていることに気付きます。つまり、いいもてなしは人をいい人にしていく、ということでしょう。

長年、店で多くの方のお相手をしていると、(おっ、この人、前の時より段々いい人になってる。)と感じることがしばしばあります。幸い、逆のケースはまずありません。コレは、小売業をやっている中で最大の喜びの瞬間です。私どものもてなしでこの人はいい人になってきたのですから。

流通業にセルフサービスという概念が生まれて以来、客は店と会話なしでモノを買うことに慣れ、やがて、店員と挨拶することすら忘れてしまった人も増えてきました。また、モノ余りの時代になって、店は、「お客様が望むから」という理由で、やれクイックレスポンス、やれマーケットイン、あるいは、「売場と言わずに『お買い場』と呼びましょう」(某百貨店の標語)などと、客の啓蒙よりも、客に迎合することを早道にしてきたように思います。甘やかすだけではわがままになる、これは子供も消費者も同じです。かくして我々は客として少しわがままになり過ぎたのではないでしょうか。

ホスト(=店)にはホストのマナーがあるように、ゲスト(=客)にもゲストのマナーがあるはず。それを求めていけるような、人をいい人にできるような店で、これからもあり続けたい、と、日々の研鑽の気持ちを新たにした、セヴィルロウ開店十六年目の秋なのでした。 

倶樂部余話【一六四】靴をお休みします(二〇〇二年八月二六日)


かなり悩んだ末の苦渋の決断です。紳士靴の取扱いを当面の間お休みすることにしました。「えっ、どうして?」という声がすぐに聞こえてきそうですが・・・。

※まず、服ならば普通にできるフィッティングサービス(寸法直しなど)が、靴にはほとんどその余地がない、という靴特有の宿命的ジレンマです。どんなに気に入った靴だとしても、フィッティングが合わなければそれまでです。 「履いてるうちに伸びますよ。」などと無責任な嘘もつけません。結果、親身にお相手すればするほどに、「欲しいのに買えないなんて」とお帰りいただくケースが増え、喜ぶ顔を見たくて商売しているのに、悲しい思いをさせてしまうとは、と次第に自己矛盾を感じるようになってきました。仮に品揃えを数倍に増やせば、このジレンマは解消されるでしょうが、残念ながら、資金もスペースもままなりません。

※服は着てなんぼ、靴は履いてなんぼ、です。当店は、服バカのための服を扱いませんし、同様に、靴マニアのための靴も扱えません。しかし「A社とB社は買ったから次はC社が欲しい」といった渡り鳥的コレクターの来店が増えているのも事実です。一線を画すためには、ここらで一旦引き出しを閉めるもまた一策かと、いう気がし始めたのです。

※もちろん、永久停止ではなく、これという商品と売り方を探り当てるまでの休止です。また、取り寄せや修理は、引き続き承りますのし、婦人靴は変わらずに取扱いますのでご安心下さい。

私自身、靴好きで、知りたがり教えたがりの質ですから、靴談義は全く拒みません。ご相談も大歓迎です。

ご理解の上、倍旧のご愛顧をお願いします。


※オーダー靴という形で靴の展開を再開するのはこの二年後でした。余話【187】参照

 

 

倶樂部余話【一六三】夏のお楽しみ企画(二〇〇二年七月一九日)


蝉の声が聞こえてくると、当店はそろそろ暇な時期になります。でも、お客様の足は遠のいて欲しくない、ということで、毎年この時期は売るためではないイベントを考えます。 萬年筆やカフス・タイピンを集めたりレース陶器人形を紹介したりと、売場スペースに余裕のあるこの時期にしかお見せできないモノを特集してきました。普段と違うモノをやると、お客様も普段と違う一面を見せてくれて、意外な方が意外なご趣味をお持ちのことを、思わず発見できたりします。

今年は二本立ての企画です。ひとつは、英国酒場さながらのテーブルゲームやトランプを数々ご紹介。浅草で老舗の輸入玩具問屋さんに全面協力していただきました。「大人のたしなみ」を一緒に遊びながら覚えて下さい。

もうひとつは、昨年「自由研究」で思いかけず好評でした、あなたの~を教えて下さい、の聞き取り調査企画です。今年のお題は「臨終の間際に食べたいものは何ですか?」 集まったお話は、順次ホームページに載せますので、奮ってご参加を。

店内は、恥ずかしながら、売れ残りの品評会の様相で、かなり弱気価格ですが、どれも腐心して仕入れた大事な子供達ですので、いい家人に嫁がせたいものです。 是非もらってやって下さい、皆いい子ばかりですから。  

 

倶樂部余話【一六二】W杯/勝った国だけ・日替まつり、その後(二〇〇二年六月二七日)


これもO型の性格でしょうか、自分のできることは人も同じようにできる、と考えている節があり、だから、新しいアイデアが浮かんでも、こんなことぐらいは他の誰もがきっと思いつくはずだ、と思ってしまいます。

ところが、今回の「W杯・日替まつり」は、そうでもなかった様で、こちらはほんのシャレのつもりでしたが、業界紙(繊研新聞)に記事で取り上げられたり、お客様から「これゃ面白いね」と賞賛されたり、どうも極めてユニークな企画だったらしいのです。

おかげで、かえって普段の六月よりもご来店の方が増えたほどで、「このせいで、アイルランドを真剣に応援しちゃいましたよ」とか「特に買うつもりのモノもなかったのに、何だか嬉しくて来ちゃいました」など、ありがたいお声を数々と頂戴しました。

「近頃の客は、『あっちの店は努力してないから買ってあげないけど、あんたの店は頑張ってるから買ってあげる』という気分で、店を選別することが増えている」とはある大手専門店の大物経営者の弁ですが、何だか、皆さんからそう言われている様な気がして、少し自惚れています。

自国で開催されたW杯は、私にもいい思い出を残してくれました。 



倶樂部裏話[4]アニバーサリーリダクション(2002.5.16)


 当倶樂部メンバーズの特典のひとつとして、お誕生日とご結婚記念日の「アニバーサリー・リダクション」があります。
 この制度の発端は実に古くて、「お客様の大切な記念日には、何かをして差し上げたい。」という思いは、約16年前、この店を創るのを計画していた段階からありました。
 創業当時は、まだバブル華やかなりし時代で、お客様の年齢層は比較的高く、また顧客数も少なく客単価はかなり高く設定してましたので、ご結婚記念日には、花屋さんにお願いして小さな花束をお贈りしてました。もちろん、お客様には喜んでいただいてましたが、そのうち、こんな声が聞こえるようになってきました。「大して買い物もしてないのに、なんだか悪いね。」「頂戴した日に、お礼の電話をする、女房が、ちょっと煩わしいわね、って言っててね。」つまり、インパクトが強すぎたのです。金額的には決して大きなプレゼントではなかったはずですが、花束を贈り物で届けていただく、ということを、お客様は負担に感じられたようでした。
 そこで、花束をお贈りするのは、5周年(木婚式)、10周年(錫婚式)など、5年ごとの区切りのときだけにして、ほかは、オリジナルのグリーティングカードをお贈りする、ということに改めました。また、このときに、ご結婚記念日だけでなく、お誕生日にも同様にカードをお贈りすることにしたのです。
 その間、花束に代わる気の利いたプレゼントはないだろうか、と思い巡らせていました。しかしながら、もらって負担に感じられるモノではいけないし、かといってチャチなモノでも店の感覚を疑われます。ご夫婦の場合、年三回あるわけですし、同じモノでもいけない、また、毎年変えていかなければなりません。それを準備して管理することは大変ですし、記念日当日に合わせたタイミングでお届けすることも難しいことです。さりとて、店でお渡しする、というのも、なんだか「プレゼント欲しかったら、店まで来て。」と言っているみたいでおこがましいし……。
 そもそも、多様な趣味嗜好をお持ちの多くのお客様に、数種類の画一的なモノを用意することで対応できるはずもなく、もし最適なモノが見つかったとしても、そういうモノは、きっと、差し上げるのではなくて、「売りたい」と感じてしまうものです。そう、結局、こんなモノを差し上げたい、と感じられるモノは、私たちが選んだ「売り物」以上にはありえない、ということに気付いたのです。
 ならば、私たちが一番自信を持っているモノ、つまり「商品」を手に入れていただくことが、私たちにできるなによりの「祝福」と「感謝」の表現に違いない、と思い、現在の方法に切り替えた、という次第です。
 当倶樂部の実施する「アニバーサリー・リダクション」は、このような変遷と試行錯誤の中から生まれたものです。決して、姑息な販促手段として思い付いたわけではなく、私たちの「おめでとう」と「ありがとう」の心からの気持ちなのです。
 そのことを、ご理解いただきたくて、この一文をしたためました。 (弥)

倶樂部余話【一六一】W杯/勝った国だけ・日替まつり(二〇〇二年五月二三日)


何でも英国では、六月のある日、突然に「病欠」する労働者が大量発生するらしく、困った政府は「仕事中でもテレビ見ていいよ!」との寛大措置を取るよう、各企業に指示を出したそうです。

私も、年初に渡欧した際、「働き蜂の日本人も、この6月だけは、まさか仕事なんかしないんだろ?」と、あちこちで声を掛けられました。

W杯経済効果は何千億円、などと巷では言われ、確かに恩恵に預かるところは多いのでしょうが、逆に、経済減少効果を被るところもあるはずです。当店などは、間違いなく後者に属する方で、今年の六月はかなり悲観的です。

でも、せっかくのお祭り、どうせなら思いっきり楽しみたい。そこで、こんな、やけくそ?企画をたてました。

出場32ヶ国中、当店には9ヶ国の商品があります。その国が勝ったら、次の日一日その国の商品だけはオマケしちゃいましょう!これを決勝戦まで延々1ヶ月間実施。題して「W杯開催記念/勝った国だけ・日替まつり」。

この企画で最も魅力ある国は断然イングランドとアイルランドです。もし、どちらかが優勝したら?はい、もちろん優勝イベント、考えましょう!

これであなたは、日本以外の国も真剣に応援してしまう・・・?

倶樂部余話【一六〇】大直し(二〇〇二年五月一日)


いわゆる「お直し」にも二通りあって、ひとつは、販売時に、お客様の寸法に合わせるための補正で、これに関しては、当店で無料で承っています。着る人にちゃんと合った服を提供するのが私どもの義務だと考えるからです。(詳細は余話【131】を参照下さい)

もうひとつは、お客様の都合で、有料で受けるものです。太った、痩せた、傷めた、といった理由がほとんどですが、近ごろ増えてきたのが、シルエットごと直してくれ、という大補正です。

特に、メンズのスーツは、より体にフィットした着方に急速に変化しているので、一昔前のスーツを着ていると、素人目にもすぐにバれてしまいます。さりとて、スーツをすべて新調し直す、という訳にもいかず、手持ち在庫を少しでも今風に直せたら、という切なる願望が発生することになります。

具体的には、上着の胴廻り詰め、パンツは2タックを1タックにして裾幅と丈詰め、という作業で、費用は一万円ほど。もちろん新品同様とまではいきませんが、気恥ずかしさは随分と解消できるはずで、実は、私もかなりのものをこうして直して着ています。

モノを売るだけでなく、売ったモノは長持ちさせてあげたい、と考える当店、これも英国気質でしょうか。