糸偏雑筆【12】シェトランドのハンドニッティングについて、若干の考察 (2026年9月16日)

  この1月にシェトランド島を訪問し、いろいろな見聞をしました。なぜこの島でハンドニットが盛んになったのか、もう少し調べたいこともあるのですが、もうすぐシェットランドセーターが入荷してくる時期になったので、その前に知り得たことだけでもまとめておくことにします。なるべく短く話すつもりですが、なんだか小論文みたいになりそうで、どうかお付き合いください。

 北海、英国ブリテン島とスカンジナビア・ノルウェイとの中間に浮かぶ島々、シェトランド諸島。古くからヴァイキングの拠点とされていました。そこに生息する羊がシェトランドシープで、羊の中でもかなり小型に属します。食肉にも用いられます。その羊毛がシェトランドウールで、とても細くて柔らかいウールです。


 ウールを使ってツイードを織るというのが世界中のどこでも行われることでしたが、このシェトランドウールは柔らかすぎることがあだになり、ツイード織にはあまり適してなかったのです。weaving(織り物)よりもむしろレース編みなどのknitting(編み物)に向いていた、というのが最初のポイントです。またweavingは男の仕事、knittingが女の仕事でしたが、シェトランドの男たちは海で働くのが伝統で、陸で働くことをあまり好まなかったようです。かくして女の仕事として編むということが始まりました。一番最初に編み物として評価されたのがレースです。シェトランドレースは細くて柔らかくてしかも丈夫なので、赤ちゃんのおくるみなどに最適で、英国貴族にはとても重宝されたと聞いています。このレース編みのテクニックを用いた婦人用のソックスがハンドニット産業として成立し、外貨の獲得に貢献しました。

シェトランドシープは小型なので体を大きくさせようと多種との交配も試みられたのですが、交配すると肉もウールも品質が劣化することがわかり、また、角があるのにとてもおとなしく、そして海藻を食むし病気にも強く、飼育に手間が掛らず、その結果純血が守られてブランドとして確立できたわけです。羊を守る協会や羊毛を管理する組合も設立され、島一丸となってブランド価値を高める工夫がなされます。

軽くて柔らかいウールはもちろんセーターにも最適でした。エベレスト初登頂に成功したヒラリー卿がシェトランドセーターを着用していたことはよく知られています。シェトランドシープは白も黒もグレーもいてナチュラルカラーでも多くの色ができますので、無地のセーターは当然として、バイキングの血を引く彼らですから、ノルディック柄の入ったセーターが編まれるようになります。またハンドルーム編み機(いわゆる手横機)の普及も進み、島々の各家庭に導入されていったので、女たちは競うように柄入りのセーターを編むようになります。



 1922年、シェトランド諸島の最南端、フェア島から英国王室に献上物が届きます。レースのソックスなどともに柄入りのセーターが入っていて、それが皇太子の目に留まります。後のエドワード8世、ウィンザー公です。当代一の洒落者はそれをゴルフに着ていって称賛を浴びます。たまたまフェア島から届いた荷物だったのでフェアアイルセーターと呼ばれることになりましたが、同様のセーターはシェトランドのいろんな島々で同時多発的に編まれていたのです。つまりフェアアイルセーターの発祥はフェア島というわけではないのです。

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この羊と暮らしていかなければ生きていけないという危機感から、短所を克服し、長所に変えることで成功につなげてきた島の人々の知恵と努力、これを語り継いでいくのが、毎年10月、博物館を中心に開催されるシェトランド・ウールウィークというイベントです。この島を歩いていると、人々のウール産業に対する誇りや愛情をひしひしと感じます。 シェトランドウール、このセーターを着る人にはぜひこんな背景も知っていてほしいと願うのです。