倶樂部余話【456】夏の日の思い出、夏の思い出。教科書に載ってるのはどっち? (2026年9月1日)

 ある夏の日、作詞家でライターの松山猛さんが来店されました。時計専門誌の恒例連載で、静岡の旅の途中、穴場の店でアランセーターを発見する、というような企画の取材です。
 何しろ小学生のときに全学連に憧れたくらいの私ですから、一回り上のこの世代の人たちには無条件でひれ伏してしまう。ましてや松山猛ですよ。初めて自分の意思で買ったレコードは「帰って来たヨッパライ」、おらは死んじまっただ、と書いた人が目の前にいる。加藤和彦のスーパーガス(ほぼ全曲を松山氏が作詞)は擦り切れるほどによく聞いたし、なんと言っても20代前半の私はどっぷりのポパイ少年。あの名特集「VANが先生だった」ならぬまさに「POPEYEが先生だった」。その編集に携わった松山さんはいわばポパイ学校の教頭先生。ポパイは教科書のように毎号ラインマーカー片手に精読したものでした。極めつけは大学3年のときのアメリカ一周旅行を書き記したPEPOYEペボイなる壮大なスクラップブック。これはまあ卒論ですね。この力作を初対面の教頭先生にどうしても見てもらいたくて、もうわくわくの3時間でした。
こっちが取材を受ける立場なのに私から尋ねることのほうが多くて同行の編集者は当惑したんじゃないでしょうか。ヨッパライのあのサイケなレコードジャケットが松山さんの手によるものだということを初めて知りました。アランセーター始めジェイミーソンズ、エベレストなど私の手掛けたアイデアをとても評価してもらえて、満足のひとときでした。この模様は11月に雑誌に載る予定です。お楽しみに。

 静岡に来て40年余、いろんな著名人が店に来てくれました。俳優、ミュージシャン、スポーツ選手、政治家、経営者、驚くような大人物もいました。でも私はこの人が顧客です、とかあの人も来ました、という自店の宣伝に使うようなことは一切しないで今に至ってます。多くの紳士服店が有名人の顧客を自慢に使っている中で、ブルックス・ブラザースは一切自店の顧客情報を漏らさないのをルールにしている、と聞いてそれに感動したことがきっかけです。もっともそのルールを日本サイドであっさりと反故にしてしまったB.B.に落胆したことも倶樂部余話第2話に書いてますが。
だから今回の松山さんの訪問談は例外とも言えるのですが、取材だしお仕事だし、ということで、お話ししました。

 もひとつ、付け足し。これも夏のある日、かねてから那須にあるスーツファクトリーを訪問する必要があったのですが、せっかくそこまで行くのなら、とまたまた青春18きっぷのぶらり旅に出かけました。3つだけ言っときます。黒磯駅前の市立図書館みるる、磐城石川駅周辺の町並み、常陸大子駅からレンタサイクルで行く袋田の滝、とっても良かったです。2日半でラーメン&そば6杯でした。(弥)