倶樂部余話【455】46年前の静岡紺屋町 (2026年8月1日)


 令和8年熊本地震にて被災されました方々に心からお見舞い申し上げます。

 イオンモール熊本で大規模なガス爆発が発生しました。すぐに46年前に静岡で起きたあの事故のことを思い出しました。1980年(昭和55年)8月、静岡駅前の紺屋町地下街でガス爆発が発生し死者15人負傷者223人の大惨事となりました。私はまだ静岡に来る前で新卒のサラリーマンとして東京にいましたが、テレビで父の名前が負傷者リストの一番最初に出たときには大層驚きました。様子を見に行った父は知人と二人で地下街から階段を上がってひとり左に曲がり、その途端に大爆発で強烈な爆風が階段から吹き上げました。数秒前に分かれて直進した知人は吹き飛ばされて命を落としました。爆風を寸座に背中でやり過ごした父はかすり傷を負っただけで最初の救急車で運ばれたので負傷者リストの筆頭に載ったわけです。父はまさに九死に一生を得るような命拾いをしたのでした。

 この事故、15年にわたる裁判を経た後も未だに原因不明となったままです。被災したビルも長く無惨な姿を晒し続けました。何よりも原因がわからないと責任の所在が掴めないので、損保、生保、労災、解体、再建などのあらゆる手続きが困難になりました。今度の事故も同じで現時点で原因が確定していません。一瞬にして大規模に吹き飛ぶので証拠が消えてしまうのでしょうか。地震と事故との因果関係、予見性、地震保険は適用されるのか、物損の保証は誰がするのか、人ごとながらとても関心を持っています。

 加えて心配なのは、モールで被災された人たちがテナントの従業員であるという、微妙な立場です。客ではないですが、と言ってイオンの社員でもありません。またイオンとテナントとの契約も単なる賃貸借ばかりとは言い切れず、短期のポップアップや催事のこともあります。給料は誰からもらっていたのか。アパレルショップの店員というのは、必ずしもアパレル企業本社に籍を置く社員とは限らず、フランチャイズであったり、特に熊本のような地方都市の場合には、販売代行といって、地元の衣料専門店が複数店の掛け持ちで販売業務だけを任されることも多く、また近頃はごく短期の日雇いのような人材派遣もあります。つまり雇用主も雇用形態もまちまちで、そんな彼らにちゃんとした労災の適用はあるのでしょうか。命を犠牲にしただけの代償は約束されるのでしょうか。とても気がかりです。

 誤解のないように言いますが、私は決してイオンを非難しているわけではありません。むしろ3000人の客と1300人の従業員を30分で店外に退避させるなどそう簡単にできることではないです。称賛に値します。もし店内に客を残していたらどうなっていたことか、想像するだけでゾッとします。

 静岡は地震が来るぞ来るぞと真っ先に言われ続けたまま、よそのところばかりが揺れていて、もちろん静岡のせいではないのですが、そのたびになんだか申し訳ない気持ちになります。特に熊本は2度目です。自分ができることは何なのか。今回の地震でこんなことを感じている人間もいる、ということを表明するのもどこかでなにかの役には立つんじゃないかと思って書き記しました。(弥)

倶樂部余話【454】あなたならどうする (2026年7月1日)


 2か月で5本の映画を観ました。

  1. 決断するとき(原題Small Things Like These) アイルランドに実在したマグダレン洗濯所(倶樂部余話【426】参照)を背景に描かれるドラマ。「イニシエリンの精霊」(倶樂部余話【412】参照)のキリアン・マーフィ主演。
  2. サンキュー、チャック(原題The Life of Chuck) 。原作は「スタンドバイミー」や「シャイニング」を書いたスティーブン・キング。世界の終わりがチャックの人生と重なって描かれる。
  3. オールド・オーク(原題 The Old Oak)。イングランドの古い炭鉱町のパブを舞台に起こる地元民とシリア難民との話。「麦の穂をゆらす風」を始め英国やアイルランドを舞台にした社会派の名作を数多く生み出してきたケン・ローチ監督の最後(自称)の作品。
  4. 箱の中の羊(英題Sheep in the Box)。そのケン・ローチを師のように仰ぐ是枝裕和監督の最新作。事故死した7歳の息子の代わりにアンドロイドを家族に迎え入れる近未来の話。
  5. 急に具合が悪くなる(仏題Soudain)。パリ郊外の介護施設で働く施設長とがん闘病中の日本人舞台演出家の二人の女性が偶然に出会い交流するドラマ。「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督による日仏独白共同製作作品。

個人的な感想を簡単に述べます。

  1. アイルランドの話なので、私なりになにか気の利いた感想でも書けるかな、と、上から偉そうに観てしまったのがいけなかったようです。知りすぎているゆえに、ああアイルランド人ならそうするかもね、と思うと何の感慨も持ち得ず、何も書く気が起こらなかったのです。人助けと思ってやったおせっかいがかえって人を傷付けるということは割とよくあることで、皮肉っぽく言わせてもらうと、原題のとおり、取るに足らない些細なことをよく一本の映画にしたな、と、思いました。
  2. 毎日聞くラジオ番組で「一体どういうことなんだ?」と話題になっていたので、観てみました。いわゆる走馬灯現象なんでしょうね。褒められたい、感謝されたいという欲望や自分のいない世界なんてなくなっちゃえばいいという意地悪な思いなんかが心の奥底に秘められているんかな、どんな人にも。虫けらにも五分の魂、でしょうか。それをハリウッド映画にするとこうなるのかな。タイトルは原題のままのほうがわかりやすかったと思います。
  3. 前の1.と2.が、決してよく理解できたとは思えなくて、少々落ち込んだ気持ちで3.を観ました。さすが、ケン・ローチ、です。思った通りの展開、思った通りの感動でした。村八分の残りの二分って、火事と葬式だけは手伝うよ、って意味だってこと、ケン・ローチも知ってたたのかな、って思いました。これから見る人のために一言アドバイス。ダラム・マイナーズ・ガラという炭鉱祭のパレードがあることを知っておいたほうがいいです。
  4. ケン・ローチの後に是枝ですから、まるで師弟対抗。是枝作品はほとんど観ているから、なんだか「歩いても歩いても」と「ゴーイング・マイホーム」を混ぜた世界にアンドロイドを入れてみた、って感じに思えましたし、こういう森の精のファンタジーのようなエンディングも、他に手はないんだろうな、と、納得でした。どうでもいいことですが、鎌倉と大船と藤沢、この3つの土地ブランド評価の微妙な違いをなんともうまく表してたな、と、あの辺に住んでいた者として笑ってしまいました。
  5. 清水で朝9時から一回限りの上映で3時間16分、という困難を乗り越えても余りある素晴らしい作品でした。最後に拍手までしちゃいました。妻にも薦めて翌朝すぐに観に行って感動して帰ってきました。5本目の最後がこの作品で良かったです。なんでカンヌでも好評価のこの映画を静岡でやらないんだ、と、思っていたら、急遽今月中旬からの上映が決まったらしいです。3時間で大変ですが、時間を忘れます、皆さんにお勧めします。

こう並べると私の映画を観る軸のようなものが見えてしまうと思います。自分では意識したことはないのですが、5本ともヒューマンドラマというジャンルに括られるそうです。確かに、アクションやSFXには関心は薄いですね。そう言えば、旅行へ行っても雄大な風景を見るよりも土地の人と話をすることの方に楽しみを感じるのは同じ趣向なんでしょうかね。そしてヒューマンドラマの観点として、登場人物に共感を覚えるかどうか、というのは大切な点でして、要するに「あなたならどうする」なんです。もっと突き詰めると「あなたはどう死ぬのか、そのためにあなたはどう生きるのですか」を問うてくれる作品、私はそんなドラマを待ち続けているような気がします。(弥)

倶樂部余話【453】お直し大作戦 (2026年6月1日)


 戦時中のことですが、野澤屋は製造部門を持っていて全盛期にはミシン50台従業員70人の規模だったそうです。その中の二人が結婚しそして引退し、その夫婦が長いこと当社専属としてお直しを引き受けてくれていました。当社も当時は複数店舗ありましたから、毎日一番若い店員が風呂敷包みを自転車に載せて運んでいました。そんな時代も過ぎて現在は全国組織の大手のお直し業者と契約していますが、しかしいいお直し屋を持っているというのは店にとってはウリの一つでありことは間違いありません。
 リペアと言うとお直し屋さんだけではありません。大きな事例になると作ったファクトリーに戻して直してもらうということはあります。靴底の張替えやシャツの衿カフス交換などはファクトリーでのリペアが欠かせません。作ったファクトリーで直せるということは大きなアドバンテージです。
 初めてのことですが、今月のイベントとして「お直し」を特集してみることにしました。紳士服。婦人服、セーター、靴、革製品、などなど、できるだけ幅広い範囲でお直しの相談に乗っていこう、という新企画です。所定料金の**%offというインセンティブも付けます。大直しだけではなくて、例えば、丈を少しだけ修正したい、セーターの小さな穴を繕いたい、ウエストを出し入れしたい、など、ずっと気になっていたものなどありましたら、この機会にぜひご相談ください。
 私がやった最近のお直しです。15年履き続けたチノパンの裾が擦り切れたので、同じものを買い替えて裾上げをしました。残布を使って古い方の擦り切れた裾まで直してしまいました。15年でかなり変色もしていい味がでていたので、再活用できました。こんなことも可能なんです。(弥)

上に見えるのが15年履き続けたモノ。下に置いたのが新品。

倶樂部余話【452】昭和の日にミセスはミスチルを由比ヶ浜で追い越す?(2026年5月1日)


 コンビニの棚にオイコスOikosというヨーグルトを見つけました。追い越す? 追い越せっていうの?このヨーグルトを食べて? 何を追い越すの? 追い越された側の立場はどうなるの?  私は違和感を覚えました。追いつき追い越せ、とよく一言でいうけど、追いつけと追い越せは一緒じゃない。私は、尊敬できる人や技術やモノに追いつきたいとは思うけど、最初っからそれを追い越したいとは思わない。追い越す、には、抜き去る、出し抜く、というような不遜な姿勢が隠れている時がある。少なくともオイコスという食品名に共感はできない。えっ、そう思うのは私だけ?

 違和感のあるネーミングに多いのが、ミュージシャンでしょうか。ミセス・グリーンアップルMrs.GREEN APPLE。男性3人組のバンドで彼らの楽曲は決して嫌いではありません。が、このバンド名、最初聞いたときには、白雪姫に毒リンゴを食らわす魔女の老婆、のことかと思いました。自らをミセスと名乗る男性の気がしれません。私の頭が硬いのかな。
 さらなる違和感は、ミスター・チルドレンMr.Children。わけわかんない。ミスターといえば長嶋茂雄、ミスター・ジャイアンツ、ミスター・プロ野球、ですから、ミスター・チルドレンは日本保育園連盟の名誉会長ですか、あるいは、いつまでも子供のままでいたい永遠の少年を気取ってるんでしょうか、あるいはあるいは児童性的虐待の嗜好を持つ紳士、のことですか。そう思うのはやっぱり私だけ?
 まあ、バンド名なんて記号みたいなものだから、何も目くじら立てることもないのかもしれません。海外に目を向ければ、おやっ、と思うバンド名やミュージシャンはいろいろいますよね。Queen, Prince, Madonna, Yes, The Band,,,ちょっと考えてみるとなんかおかしなネーミングですよね。英語圏の人には違和感ないのかなぁ。余計なお世話か。

 さて、一昨日は「昭和の日」でした。アクセントもフラットにshōwaではなくて頭高にshó-waというようです。私は昭和32年生まれなので、昭和の64年間のちょうど半分を経験しているのですが、どうも私には「昭和を祝う日」というのには違和感を覚えます。昭和を一括りにするのはどうしたって無理がある。昭和の64年のうち、少なくとも最初の20年間は決して祝っちゃいけない期間です。どうしても昭和の日というものを設けたいのなら、昭和天皇の誕生日ではなくて、現人神から人間ヒロヒトに人格を変えた第二の誕生日、そして平和国家としてゼロからのスタートをした記念の日、8月15日を祝日にすべきだろう、と私は勝手にそう思うのです。
 が、そんな議論をしたいわけではなくて、そもそも、ゴールデンウィークのスタートとして長年定着している4月29日を今さら平日に戻すわけにもいかないので、みどりの日とこじつけて旗日に残したんですよね。ぶっちゃけそういうことであるならば、だったらそのまま意味不明のみどりの日のままで良かったんじゃないでしょうか。なんだか敗戦を終戦と言い換えたことと同じように昭和を美化するような方向に舵が取られてないですか。それが政府の狙いでしょうか。

 ネーミングといえば、国立競技場はこれから5年間MUFGスタジアムと呼ばれるそうです。命名権、ネーミングライツ、です。名前をカネで売る、施設運営者の打ち出の小槌ですね。静岡市の草薙野球場はこれからはしずてつスタジアムですって。今後有名な場所はみんな売名を狙う企業に名前を取られることになるんでしょう。そんな中こんな話はご存知でしょうか。この話をもって違和感の話を締めることにします。
 2013年のこと、鎌倉市は由比ヶ浜など3つの海水浴場にネーミングライツを設定しました。それを購入したのが地元の菓子舗、豊島屋でした。鳩サブレービーチにでもなるのかと思いきや、権利を行使して、由比ヶ浜に「由比ヶ浜」と命名したのです。これでもう誰がいくら払っても由比ヶ浜の名が消えることはなくなりました。市民は豊島屋のこの粋な姿勢に拍手喝采、鎌倉市は恥ずかしくなってこの愚かな政策を撤回したのでした。(弥)

倶樂部余話【451】31歳の私がそこにいる (2026年4月1日)


 昨年春の福岡市での拙講書き起こしという名目で、アランセーターの概要を最近の動きも含めて新たにしたためることができたので、これを機にHPアランセーターの箇所も全面的に書き直しまして、減ってきた在庫を反映して在庫一覧表も一つの大きな表にまとめました。まる三日かかりました。
 さらに、学習講座「糸偏雑筆」も回数が増えてきたので、こいつは月例エッセイ「倶樂部余話」の方に一緒に格納したほうがいいかな、と思い、軽い気持ちで作業を始めましたところ、余話全450話のカテゴリーを50話ごとに括り直そうと思い始めてしまい、ちょっといじり始めたのが運の尽き、遡るように38年間の全話の数カ所を修正する羽目となり、これに思いの外、まる四日かかりました。お分かりですよね、そうなんです、読み直しちゃうんですよ、昔の自分の書いたもの。久しぶりでした。

 「パソコンを買って話題のインターネットにつないでみました」と書いてあるのが第77話(1995年、私38歳)。1~235話までは東芝のワープロ専用機ルポ4代を20年間使い続け、351話(2017年)までは官製ハガキに小さな字で600字程度に詰め込んで印刷し郵送してました。だから字数制限のないメルマガ方式に切り替えてまだ100話しか経ってないんですね。第50話以前のごく初期の頃など、かなり気負ってはいるけど、コンパクトにまとまってよく書けてる。自画自賛、今の自分にはとても書けないです。そして、失われた20年、と後に言われることも知らずに、明日は今日よりもっと良くなる、と信じて疑わない、真面目に一生懸命もがいている健気な自分の姿、お前エラいよ、昔の自分に泣けてきます。38年ってそういう長さですよ。

 思うことはたくさんありますが、まずウソをついてないこと、これにはホッとしました。そしてネットよりもずっと以前から思いを発信できるこういう自分なりの媒体を持てたこと、この幸運。2回の引っ越しの末、こんなに小さな店になってしまったのにまだ生き残っているのは「倶樂部余話」を続けていたからでしょう。今振り返ると、アランセーターと出会っていなかったらうちは潰れていたかも知れない、と思えるほど450話の中に幾度となく登場する、という驚き。それから何よりもこれを読み続け支えてくれた顧客の存在に感謝です。そして期待するのは、新しい人達が、この450話を後追いで読んでくれることで、古い顧客に追いつき追い越せしてくれるということです。

 38年間には同じようなことを何度も話してたりします。なかでも、春の着こなし、については事あるごとに触れています。それくらい今の時期の服装には腐心しているんですね。いわく、春は平均気温どおりの日なんてない、春色の秋物を使いまわそう、春の重ね着大作戦、などなど。ほらほら、結局また言ってる。(弥)