コンビニの棚にオイコスOikosというヨーグルトを見つけました。追い越す? 追い越せっていうの?このヨーグルトを食べて? 何を追い越すの? 追い越された側の立場はどうなるの? 私は違和感を覚えました。追いつき追い越せ、とよく一言でいうけど、追いつけと追い越せは一緒じゃない。私は、尊敬できる人や技術やモノに追いつきたいとは思うけど、最初っからそれを追い越したいとは思わない。追い越す、には、抜き去る、出し抜く、というような不遜な姿勢が隠れている時がある。少なくともオイコスという食品名に共感はできない。えっ、そう思うのは私だけ?
違和感のあるネーミングに多いのが、ミュージシャンでしょうか。ミセス・グリーンアップルMrs.GREEN APPLE。男性3人組のバンドで彼らの楽曲は決して嫌いではありません。が、このバンド名、最初聞いたときには、白雪姫に毒リンゴを食らわす魔女の老婆、のことかと思いました。自らをミセスと名乗る男性の気がしれません。私の頭が硬いのかな。
さらなる違和感は、ミスター・チルドレンMr.Children。わけわかんない。ミスターといえば長嶋茂雄、ミスター・ジャイアンツ、ミスター・プロ野球、ですから、ミスター・チルドレンは日本保育園連盟の名誉会長ですか、あるいは、いつまでも子供のままでいたい永遠の少年を気取ってるんでしょうか、あるいはあるいは児童性的虐待の嗜好を持つ紳士、のことですか。そう思うのはやっぱり私だけ?
まあ、バンド名なんて記号みたいなものだから、何も目くじら立てることもないのかもしれません。海外に目を向ければ、おやっ、と思うバンド名やミュージシャンはいろいろいますよね。Queen, Prince, Madonna, Yes, The Band,,,ちょっと考えてみるとなんかおかしなネーミングですよね。英語圏の人には違和感ないのかなぁ。余計なお世話か。
さて、一昨日は「昭和の日」でした。アクセントもフラットにshōwaではなくて頭高にshó-waというようです。私は昭和32年生まれなので、昭和の64年間のちょうど半分を経験しているのですが、どうも私には「昭和を祝う日」というのには違和感を覚えます。昭和を一括りにするのはどうしたって無理がある。昭和の64年のうち、少なくとも最初の20年間は決して祝っちゃいけない期間です。どうしても昭和の日というものを設けたいのなら、昭和天皇の誕生日ではなくて、現人神から人間ヒロヒトに人格を変えた第二の誕生日、そして平和国家としてゼロからのスタートをした記念の日、8月15日を祝日にすべきだろう、と私は勝手にそう思うのです。
が、そんな議論をしたいわけではなくて、そもそも、ゴールデンウィークのスタートとして長年定着している4月29日を今さら平日に戻すわけにもいかないので、みどりの日とこじつけて旗日に残したんですよね。ぶっちゃけそういうことであるならば、だったらそのまま意味不明のみどりの日のままで良かったんじゃないでしょうか。なんだか敗戦を終戦と言い換えたことと同じように昭和を美化するような方向に舵が取られてないですか。それが政府の狙いでしょうか。
ネーミングといえば、国立競技場はこれから5年間MUFGスタジアムと呼ばれるそうです。命名権、ネーミングライツ、です。名前をカネで売る、施設運営者の打ち出の小槌ですね。静岡市の草薙野球場はこれからはしずてつスタジアムですって。今後有名な場所はみんな売名を狙う企業に名前を取られることになるんでしょう。そんな中こんな話はご存知でしょうか。この話をもって違和感の話を締めることにします。
2013年のこと、鎌倉市は由比ヶ浜など3つの海水浴場にネーミングライツを設定しました。それを購入したのが地元の菓子舗、豊島屋でした。鳩サブレービーチにでもなるのかと思いきや、権利を行使して、由比ヶ浜に「由比ヶ浜」と命名したのです。これでもう誰がいくら払っても由比ヶ浜の名が消えることはなくなりました。市民は豊島屋のこの粋な姿勢に拍手喝采、鎌倉市は恥ずかしくなってこの愚かな政策を撤回したのでした。(弥)
「451-500 (2026– )」カテゴリーアーカイブ
倶樂部余話【451】31歳の私がそこにいる (2026年4月1日)
昨年春の福岡市での拙講書き起こしという名目で、アランセーターの概要を最近の動きも含めて新たにしたためることができたので、これを機にHPアランセーターの箇所も全面的に書き直しまして、減ってきた在庫を反映して在庫一覧表も一つの大きな表にまとめました。まる三日かかりました。
さらに、学習講座「糸偏雑筆」も回数が増えてきたので、こいつは月例エッセイ「倶樂部余話」の方に一緒に格納したほうがいいかな、と思い、軽い気持ちで作業を始めましたところ、余話全450話のカテゴリーを50話ごとに括り直そうと思い始めてしまい、ちょっといじり始めたのが運の尽き、遡るように38年間の全話の数カ所を修正する羽目となり、これに思いの外、まる四日かかりました。お分かりですよね、そうなんです、読み直しちゃうんですよ、昔の自分の書いたもの。久しぶりでした。
「パソコンを買って話題のインターネットにつないでみました」と書いてあるのが第77話(1995年、私38歳)。1~235話までは東芝のワープロ専用機ルポ4代を20年間使い続け、351話(2017年)までは官製ハガキに小さな字で600字程度に詰め込んで印刷し郵送してました。だから字数制限のないメルマガ方式に切り替えてまだ100話しか経ってないんですね。第50話以前のごく初期の頃など、かなり気負ってはいるけど、コンパクトにまとまってよく書けてる。自画自賛、今の自分にはとても書けないです。そして、失われた20年、と後に言われることも知らずに、明日は今日よりもっと良くなる、と信じて疑わない、真面目に一生懸命もがいている健気な自分の姿、お前エラいよ、昔の自分に泣けてきます。38年ってそういう長さですよ。
思うことはたくさんありますが、まずウソをついてないこと、これにはホッとしました。そしてネットよりもずっと以前から思いを発信できるこういう自分なりの媒体を持てたこと、この幸運。2回の引っ越しの末、こんなに小さな店になってしまったのにまだ生き残っているのは「倶樂部余話」を続けていたからでしょう。今振り返ると、アランセーターと出会っていなかったらうちは潰れていたかも知れない、と思えるほど450話の中に幾度となく登場する、という驚き。それから何よりもこれを読み続け支えてくれた顧客の存在に感謝です。そして期待するのは、新しい人達が、この450話を後追いで読んでくれることで、古い顧客に追いつき追い越せしてくれるということです。
38年間には同じようなことを何度も話してたりします。なかでも、春の着こなし、については事あるごとに触れています。それくらい今の時期の服装には腐心しているんですね。いわく、春は平均気温どおりの日なんてない、春色の秋物を使いまわそう、春の重ね着大作戦、などなど。ほらほら、結局また言ってる。(弥)