過去最高の好決算を出したユニクロ(会社名ファーストリテイリング)の柳井社長が、記者会見でこんな発言をしています。(「日経MJ」2009年10月12日付記事より)
「(低価格でいうとファストリ傘下のジーユーが)990円のジーンズを発売したときは新しい価値創造があった。(他社が出した)880円や850円の商品は価値を生んでおらず(そんな状況だと)最後は無料になるのでは」
つまり、ジーユーの990円ジーンズはちゃんと利益の出る「商品」だけど、他から出ている安いジーンズは、利益を無視した客寄せの目玉品に過ぎないから、そんなことなら最後はタダになっちゃうよね、ということだろう。安くて価値あるモノを作らせたら、我々に敵うところはそうそうないのだから、うちに戦いを挑むような無駄なことはしないで、それぞれの得意な分野で得意な価値創造に努めた方がいいんじゃないですか、というような、なんと自信にあふれた発言ではないか、と私は受け取りました。
続く発言はさらに刺激的で
――デフレについてどうみるか。
「消費者は毎日990円のジーンズばかり履いても楽しくない。日によって3,990円のジーンズも1万円を超えるジーンズも履きたいだろう。990円に集約されるわけではない。」
ファッションジャーナリストが言うなら当たり前ですが、これがユニクロの社長自身の言葉なのですから、なんと自虐的と、驚きました。そして、同時にこの人はファッションというものを分かってらっしゃるとも感じました。きっと近い将来、何万円もするジーンズも自ら手掛けることだろう、という予感がします。
将来の売上げ目標は今の6倍以上の5兆円、日本で1兆円海外で4兆円取るつもりだそうです。そんなに売ってどうすんの、とも思いますが、そうしないと海外の他社との競争に負けてしまうという考えなのでしょう。これからいろんな会社を買収して規模を拡大していくのでしょうが、実は国内外のファッション業界で、限りなく拡大をし続けているという企業というのは滅多にありません。多くのファッション企業は、平家物語のごとく、盛者必衰ですし、また、生き残っている会社は拡大期を過ぎたところで衰退させずにうまく安定軌道に乗せることに成功した企業です。
こんな言い方は大変失礼なのですが、私はここがどれだけ売上げを拡大するかと言うことにも興味がありますが、ピークを迎えた後にどう収れんさせていくのか、それはいつ頃なのか、ということにも感心があるのです。果たして私が生きているうちにそのときがおとずれるのかは分かりませんが、そんなことを楽しみにしているなんて、そりゃひがみ根性だよ、と言われても仕方ないことなんでしょうかね。 (弥)
「倶樂部裏話」カテゴリーアーカイブ
倶樂部裏話 [14] ワープロが壊れました (2008.9.7.)
さぁ秋の始まり、九月の倶樂部余話は何を書こうか、という矢先、ついにワープロが壊れました。23年前に当時一番人気であった東芝RUPOの最新機種を購入して以来、買い換えを繰り返し、四代目に当たる最終機は実に11年も働いてくれました。ルポ君、長いことありがとう。君なしには私は文章が書けませんでした。私が曲がりなりにも本が出せるほどの文章上手になれたのは君のおかげです。
私のようなワープロ専用機育ちの世代に多いのが、漢字変換の「カナ漢」派。私も例外ではなく、ローマ字入力は嫌いです。私もたまには海外とのメールを英語でやりとりしますから、決してアルファベットのキーボード配置に馴染んでいないということではないのですが、しかし、だいたい、漢字を出したいのにそれをローマ字で打つ、ということがどうも釈然としないわけです。それからカタカナの外来語を英語のスペルでなくローマ字で打たなきゃいけない、というのも気に入らない。ファックスはfaxであってfakkusuじゃないだろ、と憤ってしまいます。
もっとも高校生の娘なんかはパソコンのローマ字よりもケータイのテンキーの方が得意なようで、器用に指を動かすその様子を見ていると、ああこうやって日本語は変化していくのだなぁ、と実感します。
以前よりも拘泥しなくなったのが「縦書き」です。ご存じのようにハガキに載せる倶樂部余話は縦書きですので、ホームページにも同様に縦書きで載せられないか、といろいろ縦書きソフトを検討してみたこともありましたが、近頃はあまり気にしなくなりました。
最近は漱石の小説まで横書き本が登場し、これが結構ヒットしているのだとか。恐らくこれから日本語の標準は横書きになっていくことでしょう。(中国語や朝鮮語なども同じでしょう。)きっとそう遠くないうちに新聞も全て横書きになる時代がやってくると思います。だって縦書きじゃメールアドレスも書けないし、サザンの歌詞はどうやっても横書きじゃなきゃ表現不能ですし。
反対に横書き主流になってから気になるようになっているのが、漢数字がアラビア数字に化けてしまうこと。腹8分目、第3者はまあ分かるが、3位1体って何だ。リレーの第1走者とその分野の第一人者は違うのだし、餃子の1人前と仕事の一人前は違うのだぞ、と思う私なのです。
腑に落ちなかったのは、自分の原稿のうち、「一人だけ」と書いたのを「1人だけ」と校正担当者に直されたときでした。じゃ、「1人芝居」もありなのか、20歳を「はたち」と読ませるのか、と、憤りは収まりませんでした。
ということで、ワープロが壊れましたので、21年間ワープロで作ってきたハガキ通信も今回からパソコンで製作となりました。お手元に届いたハガキをご覧になって、あれっなんだか今までと少し体裁が違うなぁ、とお感じになられたことでしょう。できる限り慣れ親しんだフォームに倣おうとしたので、今回はかなりWordと格闘しました。しかし、このWordの「おせっかい」な性格、あんまり好きになれないんですけどね。 (弥)
倶樂部裏話 [13] 原産国の話 (2007.5.16)
今回は、Made In ○○○、という「原産国」の話です。この原産国が商品価値に大きく影響するのが食品と衣料品です。食品の方は安全性やおいしさへの信頼度という観点が強いのに対して、衣料品の場合は品質というよりもむしろイメージの問題という側面があり、そういう点では、極論すると、いい品物であれば原産国にはさほど拘泥はしない、というのが私たちの態度ではあります。ただ、どこで作っているか、によって、売れる売れないの違いというのは正直かなりあるわけでして、それがまたファッションというものの面白さだとも言えるでしょう。
★Made In England…かつては「舶来モノ」の代表格だった「英国製」ですが、今はほんとに減りました。不思議な計算方法の最低賃金保証制度や異常なほどの英ポンド高など、輸出には不利な状況が続いています。衣料品製造業全体としては衰退の一途ですが、それでも産業革命当時からの重厚な機械設備が今も活用できる紳士服地の生産やニット産業などはまだまだ健在で「さすが英国ならでは」の素晴らしい品物を作り続けてくれます。が、スーツやコート、シャツなど最新のソーイングマシンと労働力の集約が必要となる縫製業の工場はどんどんなくなっています。紳士の国といわれる英国だから、紳士服の工場もたくさんあるのかと思われるかもしれませんが、実はそんなことはなくて、日本の方がよっぽど良いスーツファクトリーが多いですし、また良い技術を持つ工場は後世に残さなければいけない、という危機感を持っているのも日本の方が上だと感じます。
英国を起源とするブランドはとても多いのですが、すでに会社も工場も英国にはなくてブランドだけが商標として一人歩きして売り買いされるケースが続いています。おそらく有名英国ブランドの大株主やオーナーのほとんどはすでに英国以外の資本となっているのではないでしょうか。そして当然に生産も英国ではないのです。今では英国製の英国ブランドという方が希有な事例となっている、というのが、Made In Englandの実状です。
★Made In Ireland…アイルランド製のハンドニットというと、その代表格は当店自慢のアランセーターです。ところが近頃ちょっと???と思わせるhand-knitted in Irelandのセーターが出回っているようです。好景気が続いたアイルランドにはこのところ東欧圏からの移住者も増えていて、彼らがとても熱心に手編みの技術を学んでいるらしいのです。技術を習得して何年かしたら自国へ戻ると就職に有利なんでしょうね。つまり編んでる場所は確かにアイルランドなんですが編んでる人はそうじゃない、というセーターが増えているというのです。あ、もちろん、当店のアランセーターは正真正銘アラン諸島在住の婦人による手編みのセーターなので、ご心配なく。
★Made In Italy…島国の英国と違って、欧州の中心に位置していて民族の往来も多いイタリアは生産国の振り分けもとても柔軟です。ユーロ圏内では為替や関税という国境障害が全くないので、あまり他国生産ということを意識していないのかもしれません。当店で仕入れているイタリアブランドでも、ポルトガル、ルーマニア、クロアチア、など、生産国は様々です。モノが良けりゃそれでいいじゃないか、という大らかさを感じます。実際、EU圏内の流通に限っては原産国表記は不要らしいのですね。どうやらイタリア製かどうかに神経質になっているのは日本人だけのようです。
★Made In USA…私は理解しがたいのですが、アメカジのお店や古着屋さんあたりでの「メード・イン・ユーエスエー神話」はちょっと異常じゃないかと思えるときがあります。曰く、コレが最後の米国製の××といったアオリ、ですね。確かに伝統もプライドもそっちのけでホイホイ簡単に生産基地を世界中のあらゆる場所に移動させるのはアメリカ企業の得意技なのでしょうが、でもそれじゃ何が何でもアメリカ製の方がいいのか、というとそうともいえない場合があるようです。ニューヨーク近辺にあるカットソーの工場などは、一つしかないトイレが汚物で溢れているような古いビルの中に低所得層の不法移民者のたぐいを大勢押し込んで劣悪な環境で長時間働かせているという、いわゆるスウェットショップと呼ばれる生産現場が多く見受けられるそうで、これがMade In USAの一つの姿だということを知るべきでしょう。少なくとも憧れる対象ではないですね。もしこのようなUSAモノだとしたら、もしかしたらフェアトレードのアフリカ製の方がまともなものづくりの環境なんじゃないかというケースも少なくないのかもしれません。
★Made In China…否定はしません。事実、実際の生活ではかなりお世話になっていますし、不可欠の生産国でしょう。ただ、どうしてもイメージが悪いんでしょうね、積極的に、コレは中国製でーす、と言うには今も至りません。通販カタログなどは、法律上生産国をちゃんと表示しなければならないので、どんな高いイメージを持っている英国ブランドだとしても中国製云々と記載してありますが、一般のファッション雑誌はイメージばかりでかなりいい加減です。「歴史ある英国ブランドだと書いてあるから英国製だと信じて、雑誌に載っているお店に電話して掲載商品を買ったのに、届いて見たら中国製じゃないですか。ひどいです、詐欺じゃないですか。返品します。」とお客様から言われるのは雑誌社ではなくて店なんです。ファッション雑誌とは言えそれだってひとつの報道媒体でしょう、マイナス情報であったとしても事実をちゃんと記載しなければジャーナリズムの原点に悖るんじゃないか、と思うのです。
★Made In Japan…当店で一番売り上げが多いのが、この「国産」です。生産拠点のアジア移転が相次ぐ中で、国内で淘汰の嵐を生き残ってきた工場にはやはり生き残っただけの理由と意味があります。つまり、値段で勝負というところは全部中国に移ってしまい、高い技術のあるところだけが健在なのです。ところがここにも近頃ちょっと困ったことが起き始めました。時代がデフレからまたインフレ基調に転じ、少しバブル時代と似た現象になりつつある中で、今まで海外生産へシフトすること一辺倒だった大手アパレルがまた国内工場を活用しようという流れになってきたのです。今まで小さな仕事を受けてしのいできた工場にとって、大きな仕事が入れば、それは当然にうれしいことです。工場というのは大きな仕事から優先するというのが常ですから、そのしわ寄せを受けるのが今まで受けてもらっていた小さい仕事ということになります。小さいけれど品質が良くて個性的でもある、といったデザイナーブランドなどから、今まで仕事を出していたいい工場が大手に取られて受けてもらえなくなった、との嘆きがあちこちから聞こえるようになってきました。
冒頭で、いい品物であれば原産国にはさほど拘泥はしない、と言いました。ただそのことは、材料と機械が同じならどこで作ってもモノは一緒、ということとは全く意味が違うのです。おそらくトヨタ自動車だったら世界のどの工場で作ったカローラもみんな同じカローラが出来上がるのでしょうが、それはトヨタだからであって、我々の分野のようなファッション衣料に当てはまることではないと思います。よく言われることは、水や土や温度といった地理学的な違いですが、なによりもそもそもなぜそのモノづくりはその土地に発祥しそこに根付いたのか、その由来や歴史、伝統、といったそこにいる人間が築き上げてきた要素を意識することが上質な製品を作り出すのに欠かせないものだと考えるからです。
米国製が中国生産に切り替わって見る影もないほどダメになってしまったところももちろんありますし、逆にベルスタッフやトーマス・メイソンのように、英国製がイタリア生産に変わってかえってクオリティが安定して良くなったところだってあるのです。また、ルーマニア製のインコテックスなど、生産基地を変えたのによくぞここまでイタリア製と同じ履き心地を実現できたものだ、と感心するくらいです。つまり、原産国は判断の一要素ではありますがすべてではない、ということです。それから、今は×××製になっちゃったけど昔の○○○製の頃の方が良かったよなぁ、という懐古的感想もあんまり言わないようにしましょう。私たちは店であって博物館ではないのです。物売りとして今できる最善のことをする以外にはないのですから。
この話、いつか「倶樂部余話」に書こうとは思っていたのですが、どのくらい長くなってしまうか、予想が付かなかったのでためらい続けていました。案の定、長くなってしまいました。では、この辺で。 (弥)
倶樂部裏話 [12] 禁煙しました(2006.11.19)
私の禁煙の話です。ですから、もともと吸わない人で禁煙になんかまるで興味のない方には全くつまらない話だと思います。どうかご勘弁願います。でも、吸う人で、やめようかな、と少しでも考えている方、または回りにそういう人がいる方にはちょっとはお役に立てるかもしれません。
自分自身それほど意志の強い人間とは思えないので、私がタバコをやめるのには、きっと医師の助力とニコチンパッチの使用が必要だろうな、とずっと思い込んでいました。(今思うと、それは未知なる禁断症状への恐怖感にほかならなかったのです。) 長らくそれらは保険適用外で、「タバコをやめるのにタバコ代以上のお金が掛かるというのは何だか納得がいかない」と変な理屈を付けて、家族の非難の目を浴びながらも吸い続けていたものでした。
それが、四月には医師の診察が、そして六月からはニコチンパッチと、どちらも健康保険の適用が利くことが決まり、遂に禁煙代はタバコ代よりも安くなってしまうことになりました。おまけにいよいよ七月には大幅な値上げが決定と、段々と外堀が埋められてきた、という雰囲気で、そろそろ潮時かなぁ、と感じ始めたのが五月頃でした。
そこで、以前にある人から「知人のヘビースモーカーが読んだだけでやめられた、すごい禁煙の本があるよ」と聞いていたので、それを一冊買いました。アレン・カー著「禁煙セラピー」(KKロングセラーズ刊)という本です。現実に一番売れている禁煙本らしいので書店で平積みになっているのを目にした方も多いと思います。それが六月始めのことでした。そして、半信半疑な心持ちのまま、のんぴりペラペラとそのページをめくり始めたのです。
結論から先に言いますと、私は見事にこの本の術中にはまってしまい、医師やニコチンパッチの手助けを一切借りることもなく、わずか九百四十五円の本一冊で禁煙を決断したのです。その日その時は六月三十日の午後七時。約一ヶ月の間プカプカ吸いながらだらだらと読み進んでいた件の本を読了したその瞬間、ポケットからタバコを取り出して「よし、やめた!」とゴミ箱にドスンと投げ捨ててしまったのですから、脇で見ていた相川は目を丸くして驚いていました。ちょうど、まさにあと五時間後にはタバコが一斉に値上げになるという寸前のタイミングでの出来事でした。きっとそのまま何もせずに一晩明けていたら、私は値上がりしたタバコを今も吸い続けていたかもしれません。その本を読み終えたタイミングが絶妙に良かったのでしょう。
ニコチンパッチこそ使うことはありませんでしたが、しかし禁断症状を緩和させる「気休め」にはいろいろお世話になりました。中でも、「禁煙パイポ」と「エビオス」のふたつは、何よりも有効で、感謝状を差し上げたいぐらいです。
さて、禁煙して良かったこと、となると、これは枚挙に暇がないほどで、しかも書いたところで当たり前のことばかりなので、ここでは触れませんが、当然いいことばかりではなく、禁煙したことの弊害というのも少なからず発生するのです。
その一は、まず、太りました。タバコやめて四ヶ月で五キロ増ですからかなりのもんです。そして体重増を支えきれず膝を痛めました。
その二は、これが困ったことに、とても遅筆になったことです。私が一番タバコを吸うのが、ワープロで文章を打っているときでした。「文章を考える」という仕事と「タバコを吸う」という所作は、私の習慣として一体化していたのです。これを切り離すのが結構大変でして、パイポ、エビオス、そしてコンビニの百円袋菓子などを総動員してパソコンの前に向かうのですが、それでも文章は進まず、全くまとまっていかないのです。正直申し上げると、七月から九月あたりまでに書いたものを今読み直すと、一体自分で何を書いていたのか、と思うほどに集中を欠いた出来となっていて、情けない気持ちになります。この裏話のWEBへの掲載も予告より遅れてしまいましたし…。
まあ、吸ってた期間が三十五年に対して、やめてからはたったの四ヶ月余りですから、まだまだいつまた吸い始めることやら、というところで、言うなれば禁煙初心者であります。未だに夢の中では普通に吸っている自分が出てきますから、これも禁断症状のひとつなのでしょうね。ただ、ありがたいことに、やめなきゃ良かった、と思ったことはこの四ヶ月で一度もないのですね。やめられてホント良かったなぁ、と、かの本の著者アレン・カーさんには感謝の限りであります。
ひとつ不満は、結構大変な決意でやめたにもかかわらず、家族からの評価が低いこと。なので、これからタバコをやめようとする人が回りにいる方へお願いしておきます。見事に禁煙に成功したなら、うんと誉めてあげて下さい。それだけでその人の禁煙の決意はより確固たるものになっていくのですから。(弥)
※追記
この原稿を書いてから、わずか十日後の11月29日に、アレン・カーさんが、肺ガンで亡くなりました。享年七十二才。ヘビースモーカーだったのに四十九才で禁煙し、その経験から「禁煙セラピー」を著し、世界で二千五百万人以上を禁煙に導いたそうです。そして彼と同じ四十九才で禁煙した私もその二千五百万人の一人となったのでした。つまり、私もここで禁煙したのですから、たとえ将来肺ガンになるとしたとしても、それでも七十二才まであと二十三年は生きられるというわけですよね。
あらためて深く感謝するとともにご冥福を心よりお祈りいたします。(弥)
倶樂部裏話 [11] どら焼き (2006.5.12)
私が、死ぬ前にどうしても食べたいものに挙げるほど、大好きなのが、宮ヶ崎・浅間通り「かWちや」のどらやき。今回はこのどらやき屋さんの話。
と言っても、私はこの店と個人的に親しいわけでもなく、ゆっくりとお話をしたこともないので、以下はすべて私の推測だということをまずお断りして、話を進めます。

初めて食べたときにまだよちよち歩きだった上の娘の手を引いていましたから、今から15年ほど前でしょうか。私と同世代ぐらいのご夫婦二人でやられているので、それほどに古いお店ではなさそうで、もしかしたら脱サラでどらやき屋を始めたのかな、などと勝手に想像を巡らせていました。目の前で皮が焼けるのを待っていたら、無愛想なご主人が
「はい、これ、おまけ」と余った生地で作った焼きたてのミニミニどらやきを娘に渡してくれて、いたく嬉しく感じました。味は、というと、もう絶品、ほっぺたが落ちそうな美味で、こんだけうまくてでっかくてたったの100円、は感激の体験でした。
私の自転車通勤の通り道でもあり、閉店後の夜も遅くまで、また開店前の朝早くから、お店の前を通ると、シャッターはいつも半開きで、恐らくずっと餡や生地の仕込みをしているのでしょう。この店が評判にならないはずはなく、お客さんは増え続け、時にはかなりの行列ができるほどになって、私は長年のファンの一人として嬉しく眺めていたのです。
ところが、ある時、店先にこんなコメントが。
「ひとり五個までです」そうだよね、一日に作れる数が限られてるんだもん、一人で買い占められたら欲しい人が困るもんね、当然だよ。
それがです、そのうち、それに「並び直してもダメです」さらに「子供連れでもひとりです」と書き加えられていったのです。そしてなんと「車の中からは注文できません」とまで書かれるようになってきました。
「書いてあるってことは、こんなお客さんが実際にいるということなの?」私が驚いて奥さんに尋ねると「ええ、たまになんですけど、分かってもらえなくて…」と悲しそうな表情を浮かべました。
きっといくつかのいさかいが店先であったことが想像できます。自分だけ良ければと並び直す人、子供がいるから二人分いいわよねとゴネる人、車の中からお構いなしに叫ぶ人…、そのたびにこのご夫婦は、心ない客から「客が欲しいと言ってんだから、つべこべ言わずに売れよ。」と批判や罵声を浴びるのを覚悟の上で、これらを書かざるを得なかったに違いありません。
コンサルタントや学者さんだったらこう言うでしょう。値段を倍にすれば客数が半減しても売上は取れますよ。人を雇って設備も大きくして生産量を増やしてデパ地下にも進出しなさい。成長を目指す企業だったら当然そうしたでしょう。でもこのお店は、一個100円で焼きたての温かいどらやきを地元のお年寄りや子供たちにもひとつから気軽に食べてもらいたい、人も増やさずお金も掛けず、家族が暮らせるだけの売上で充分、という道を進むことを選択したのです。成長するだけが商売じゃない、細く長く続けるのもまた商売のひとつの姿です。こう言うと簡単ですが、繁盛を維持し続けながらそして奢ることなくその姿勢を守り続けるというのはなかなかできることではありません。それをこの店は実践しているのです。
先日はこんな光景にも当たりました。行列を前にして休みなく皮を焼いているご主人「ダメだ、失敗。やりなおし!」、焼き方に不満があったのでしょう、せっかく焼けた皮をサッとよけてしまいました。先頭に並んでいた人が「それ、いらないんだったら頂戴よ!」と言っても「ダメ」と言ったきり、ひたすらに作り直す。ようやく出来上がってまずその先頭のうるさい人が買っていなくなるやいなや、奥さんに「さっきのアレ、出してやって」と声を掛ける。奥さん、失敗した皮にバターをちょっと塗って行列の人に配り始める。ご主人「ずいぶんお待たせしてすいませんでした。おまけです。」とはにかむ。じっと待ってた人たち大喜び。あっぱれでした。
近頃は、お店で手作りと言いながらレンジで暖めているだけだったり、わざと席数を減らしたり入り口で待たせたりして意図的に行列ができるように仕向けていたり、個店のように見せかけておいて実は全国チェーンだったり、と、ウソっぽい仕掛けが見え見えのところが増えていて辟易するほどですが、このどらやき屋は正真正銘リアルなんです。子供が運動会だから、と、半日休みにしちゃうところなんか、大好きです。
なぜ裏話に書いたのか、というと、ここを開けられるのは当店のわずかなメンバーズだけで、不特定多数の人たちには読まれることがないから。リンク貼ったりしない下さいね、私もこれ以上行列を長くすることに加担するつもりはないのですから。
ぜひご賞味あれ。なんなら差し入れも歓迎します。(弥)
(追記)河内屋さんは2026年2月28日に店を閉めました。元気なうちに辞めたいというご主人の強い決意でした。閉店が新聞やテレビで報道されたため、最後の一ヶ月は長蛇の列でした。最終日は、今までのお礼です、と、行列のお客さんに、ひとりひとつづつ、無料で差し上げるという、彼らしい振る舞いですべての材料を使い果たしてシャッターを降ろしました。私が、最後の晩餐、にとしていたものがひとつ姿を消しました。(2026.3.27.記)
倶樂部裏話 [10] 周回遅れの街・静岡(2005.11.18.)
日専連・静岡(正式には、協同組合静岡専門店会と言います)の組合員である私は、現在、販売促進と街づくりのふたつの委員をやっています。販促の仕事は大体お察しが付くことと思いますが、街づくりの方は何をしているかと言うと、つまりは郊外に計画中の大型SC(ショッピングセンター)と中心市街地との対立を議論しているのです。
私がこの静岡の地に移り住んだのが22年前。親の実家だとはいえ、今まで住んだこともない土地に骨を埋める覚悟で神奈川・湘南から来た私は、しばらくアンチカルチャーショックから抜け出せませんでした。なかんずく違和感があったのが、他県資本は一切認めないぞ、という静岡商人の姿勢でした。郊外の大手スーパーはおろか街中(まちなか)へのコンビニの進出まで拒み続けていたのですから。私は「栄枯盛衰は世の常。古い店にあぐらをかいて殿様商売なんて言われるぐらいなら、人気のある店をどんどん入れて、もっともっと楽しい街にすればいいのに。」と思っていました。当時の過激な反対運動は、どう見ても、商人のエゴイズムに思え、時代遅れな対応ではないかと感じていました。 もちろん、その後、大手スーパーもコンビニも出来ましたが、しかし結果として全国の地方都市に比べると静岡市の商業は市街地から分散せず郊外化はあまり進まなかったのです。
さて、時の流れとは不思議なものでかつ皮肉なものでもあります。時代遅れはそのうちに周回遅れとなり、いつの間にか先頭を走っているという場合があるのです。
近年の街づくりの概念として「コンパクト・シティ」というキーワードがあります。郊外へ郊外へと住宅も商業も図書館も病院も拡大していったのは人口の増え続けていた世の中だから必要だったこと。そのためには道路も整備し上下水道、ガス、電気も敷設しなければならず、その費用も膨大なものでした。今後は、人口も減るし、税収も減る、財政はますます厳しさを増します。それならばもうやみくもに都市機能を郊外へ拡大させないで、逆に中心部にコンパクトに集中させてその密度を高めて行くべきだろう。それこそが少子高齢化社会に対応するこれからの都市の目指す手法となろう、というのが「コンパクト・シティ」の考えです。日本で最も早くそれを実行に移しているのが青森市で、これ以上道路が増え続けると除雪の費用で財政がパンクする、という事情もあったようですが、市長以下のリーダーシップも見逃せません。
この「コンパクト・シティ」という考え方で静岡の街を見てみると、どうでしょう。わずか約1km2の碁盤の目の街中に、ターミナル、公共施設(役所、病院、ホール、など)、公園、学校、複数の百貨店とそれらを繋ぐショッピングモール(=商店街)、飲食店エリア、ホテル、パーキング、そして周辺には住宅街、と、見事にうまく凝縮されています。かつて米国視察を何度もしている地元の大物社長が「静岡の街中は、自然に出来上がってきたにもかかわらず、アメリカで人工的に作って最も成功しているSCの大きさや構成ととても良く似ている」と言っていましたが、そのとおり、ここには、かなり理想に近いコンパクト・シティが形成されているではありませんか。ある人の調査によると、静岡市のこのコンパクト密度は全国県庁所在地の中でナンバーワンだという結果を出していますし、経済産業省が、地方の大都市で衰退せずに繁栄している中心繁華街、のお手本として挙げているのは、静岡市と鹿児島市のたったふたつだけです。
事実、私は中心繁華街の構成員の一人ですが、ここで何も商店街活動の自慢話をするつもりは全くありません。確かによその商店街に比べたら格段に情報収集力はありますし、ものすごく勉強もしていますが、まだまだ批判も多いし課題も山積みです。ただ私が思うのは、全国でも奇跡的とも言えるほどにここまで自然形成されてきた密度の高いコンパクト・シティを何も今さら薄めようとすることはないんじゃないですか、ということです。
郊外の開発がダメだと言ってるのではありません。むしろ郊外に楽しくて面白い店が増えてくるのはいいことだと思います。しかし、都市のヘソとして絶対に「街は要る」のです。ヘソが消えてしまうとどうなってしまうのか、浜松市を見れば一目瞭然です。
20年前の私を知る人からは、「お前が街づくりをそうやって議論するなんて、野沢も変わったね。」と言われますが、そうじゃないんです。私が変わったんでも歳を取ってきたからでもなく、時代の流れが変わったのだと思います。たとえ周回遅れであっても現在の静岡市は全国から見ればかなり恵まれたいい街であることは確かです。このいい街をもっといい街にしていきたい、思いはただそれだけで、自分としてはその気持ちは20年前と変わりはないと思っているのです。(弥)
倶樂部裏話 [9]ゴールデンウィークなんて大嫌い!(2005.5.11)
最長で10連休と、長かったゴールデンウィーク(以下GW)がようやく終わりました。
実は、私、このGWが嫌いです。
年間の三大長期連休として、他にお盆休みと正月休みがありますが、これらは古来から日本人の習慣として定着しているもの、休みを取るしかるべき必要のあるものです。(もっとも正月休みの方は近頃では元旦営業などするところも増えていて、私はみんなもっと正月らしい過ごし方をした方がいいんじゃないかとも感じていますが。) それらに対して、GWというのは、ほんとに休まなければいけない必然性があるんだろうか、と疑問に思ってしまう連休なのです。
もともとGWという呼び方は映画興行の業界用語で、未だにNHKはGWと言わずに「大型連休」(以前は「飛び石連休」)と称しているらしいのですが、さて、このGWは一体どのように形成されていったのでしょうか。
もともと1927年(昭和2年)からあったのが天皇誕生日(天長節、現・みどりの日)です。そこに1948年、憲法記念日とこどもの日が加わります。憲法の公布は前年の11月3日(明治節=明治天皇誕生日、現・文化の日)ですから当初日本政府はこの日を憲法記念日にするつもりでしたが、それでは軍国主義の復活につながりかねないとの米国の猛反対にあい、わざわざ半年後の施行日を記念日としたのですね。また、同じ年には端午の節句が子どもの日という祝日になり、前年に復活したメーデー(5月1日、労働者団結の日)、期間中の日曜日とからめて、飛び石連休となっていったのです。しかし、この頃にはまだ何日も続けて連休を取って海外旅行へ行ったりする人はほとんどいなかったように記憶してます。
その後、1973年(昭和48年)に振替休日(祝日と日曜のダブリ解消)の制度ができ、また1980年代後半から週休二日制が定着、そして1985年(昭和60年)には5月4日が国民の休日という何の意義も持たない休日になるにいたり、いよいよここにGWの完成を見ることになります。
この過程には、明らかに政府の「休みを増やそう」という姿勢が見て取れます。でも、私は、もうすでにその姿勢が時代遅れではないかと思うのです。
世界を相手に仕事をしている人は、この時期日本の経済だけが停滞してしまうことに憤っています。リストラのしわ寄せを受けてただでさえ仕事が増え週5日でギリギリいっぱいの業務をこなしている人は、祝日で勤務日が減ることを喜べません。月末月初がべったりと休みになることはお金を回転させる必要からは迷惑な話です。生活のために平日スーパーのパートに出ている主婦は、この時期夫や子どもを家に残して出掛けなければなりません。4月からの新入生や新入社員が五月病になるのも、未だ掴みかねている生活のリズムが再びGWで狂わされることが一因でしょう。我が静岡県のようなお茶処では、八十八夜に当たることから、昔から休むどころではありません。私たちはと言えば、オーダーの仕上がりは遅れる、在庫の取り寄せは出来なくなる、と、お客さまに迷惑を掛けることばかりで、メリットを感じることは少ないのです。
零細小売店のぼやきと思われるでしょうか。しかし、サービス業や小売業など第三次産業に従事する人口は増加していますし、インターネットの普及などで曜日や時間にとらわれずに仕事をする人も増えています。毎年の「GWはどう過ごしますか?」のアンケート調査に堂々の一位は「特に何も予定はない」で、その割合は年々増えています。また、特別料金が当たり前だった海外旅行やリゾート地の宿泊料金も以前ほど割高には設定できなくなっていると聞いています。成田空港のラッシュも高速道路の渋滞も昔に比べたらそれほどのニュースにならなくなりました。つまり、もう日本人はわざわざGWに無理に出掛けなくてもよくなったのですね。なのに「みんな一斉に休みましょう」はもう無意味でしょ、と感じるのです。
にもかかわらず、まだ政府はハッピーマンデー(2000年より実施)やサマータイム導入検討など、余暇を増やすことに躍起です。それが国民生活を豊かにすることだと信じて疑わないようです。迷惑する人もいるということは眼中にないのでしょう。
ただ、GWがなくなると困る人ももちろんいるでしょう。博多どんたく、弘前の桜祭り、浜松まつり、なんかは動員客が減ってしまうでしょうし。そこで、大胆な提言。今の祝祭日をなくして、4月の最終月曜日と5月の第一金曜日を休日にするのです。3日休んで3日働いてまた3日休む、というようになるわけです。これなら忙しい月末月初は仕事が出来ますし、長期連休にしたい人はあいだの3日間に有休を取れば9連休が実現します。どうでしょうかね。
差し当たって、既に祝日を無視した独自の勤務スケジュール(いわゆる「トヨタカレンダー」)を規定しているトヨタ自動車あたりが、GWにも勤務するようなカレンダーを実施してくれたりすると、世の中に風穴が開くんじゃないか、と期待しているのですが。
ということで、今回の暴論、GWなんか大嫌い!、でした。(弥)
倶樂部裏話 [7] 早すぎるクリスマス(2003.11.10.)
今年はなかなか寒くなりませんね。今日(11月7日)は夏日(25℃超)を記録したとか。街ではまだまだ半袖一枚の人さえ見かけます。もっとも、暖冬ということでは、ここ静岡はいつでも暖冬の地ですから、他の寒冷地に比べれば、その影響は少ないだろうと感じていますが。
そんな陽気なのに、デパートでは早くもクリスマスの装飾が始まりました。クリスマスも前倒しのようで、さすがにこれにはいささか呆れます。一年12ヶ月のうちの約二ヶ月も、つまり一年の六分の一がクリスマス・ディスプレーになるということです。まさか、12月になったらお正月を前倒しして門松を立て、年の暮れには早々にバレンタインでも始めるつもりでしょうか。
いうまでもなく、クリスマスはイエス・キリストの聖誕祭で、元来は欧州の習慣です。英国のクリスマス・シーズンはまず11月半ばの日曜日に家族全員で行うクリスマス・プディングの仕込みから始まるようですが、一般にクリスマスの期間というのは12月1日からアドベント(降臨節)が始まり、徐々にキリストの降誕を待ちわびる気持ちを盛り上げていきます。そして、クリスマス当日は、お店もレストランもバスも電車もみんなお休みして、教会や家庭で静かに過ごす。そこから新年までがクリスマス休暇で、クリスマスの装飾も新年までそのまま飾られています。ある年、一月の中旬にアイルランドの家庭を訪れたら、おばあちゃんが作ったというクリスマス・プディングがまだあって、ごちそうになりました。本場のクリスマスは、あとまであとまでずぅっと尾を引いているものなんですね。
なにもすべてを欧州に習うのがいいことばかりではないでしょうが、日本の小売業は、商売本意に11月の頭から人の気持ちの盛り上がりはお構いなしにクリスマス騒ぎを始め、それでいて、クリスマス当日の夜には大急ぎでお正月に模様替え、というのも、なんだかねぇ、と思いませんか。
もっとも、流通業に身を置く者としては、クリスマスを前倒しにする魂胆が読めなくもありません。たぶん、12月に入ったらすぐに価格訴求品の売り出しに取りかかりたいからなのでしょう。つまり、セールを前倒ししたい、という意図が見え見えなのです。
でも、皮肉なことに、お客様の方はどんどん後倒しになっているのです。これは私が8月に倶樂部余話【177】で指摘したとおりです。まして、今年は残暑と暖冬が続いているのでその後倒し傾向に拍車が掛かっています。お客様の気持ちは、シーズンが来たら慌てずに買おう、となってきているのに、売る側だけの都合で、早く買って、と叫んでも、効果が薄いことは目に見えています。それは、値段が高い安いの問題とは別の次元です。それが分かっていてもそうせざるを得ないのは、「先んずれば人を制す」という競争心理に他ならないのですが、それはすなわち、自分の店はよそと同じようなモノを売っている、という、品揃えの同質化を自ら認めてそれにおののいているということではないでしょうか。自分の店の商品に自信があるならば、(確かにお客さんの動きはいつもよりも遅い。でも、売れないのではない、ただ遅れているだけだ。)とは考えられないのでしょうか。「せいては事をし損じる」だと思うのですよ。
早すぎるデパートのクリスマスツリーを眺めながら、そんなことを考えました。(弥)
倶樂部裏話 [6] 結婚記念日(2003.5.8.)
皆様のご結婚記念日に当店からお届けするグリーティングカードには、私が手書きである一文を書き添えています。例えば”The 2nd, Cotton Wedding!”(2周年、「綿婚式」です!) というように…。
ときどき、お客様から、「この『○周年は○婚式』というのは、どうやったらわかるの?」というお尋ねをいただきます。ネタを明かすと、私の手元には写真のようなアイリッシュリネン製のティータオルがありまして、それを見ながら記入しているというわけです。これを眺めていると、欧州のモノの価値の順番などをかいま見ることができてとても興味深く感じます。

☆ 1ST.—PAPER(紙)…初めて迎える結婚記念日、1周年は「紙」。でも、ペーパー・ウェディングというと、なんだかペーパー・カンパニーみたいで、書類上だけの婚姻、という意味にも勘違いされそうですね。
☆ 2ND.—COTTON(綿)…繊維の中で最もなじみ深いコットンですが、こんなに早く登場するとは、少し意外です。
☆ 3RD.—LEATHER(革)…革も思いのほか登場が早いように思いますが、それだけ、日本よりも欧州の方がなじみのある素材だということでしょうね。
☆ 4TH.—FRUIT or FLOWRRS(果実、花)…どちらにしても、バスケット一杯にして、お祝いしましょう。
☆ 5TH.—WOODED(木)…革より木の方が上、というのは、狩猟民族的ですね。木造家屋に住む農耕民族の我々にはあり得ないことに思います。
☆ 6TH.—SUGAR or IRON(砂糖、鉄)…甘い砂糖と、錆の出る鉄、では、ずいぶん印象が違いますね。どちらを選択するかは、そのご夫婦次第ということで…。
☆ 7TH.—WOOL or COPPER(羊毛、銅)…ふわふわのウールと、緑青が吹き出す銅。これもそのときの夫婦の状態次第でしょうか。
☆ 8TH.—BRONZE or POTTERY(青銅、陶器)…青銅は、銅+錫(すず)+亜鉛+鉛の合金。オリンピックの銅メダルは、ブロンズですから、8周年が銅婚式となりますね。
☆ 9TH.—POTEERY or WILLOW(陶器、柳)…土からできるのが陶器。それにしても、20TH.に登場する磁器(CHINA、石の粉末で作る)と、こんなに価値観の差があるとは驚きです。WILLOWというのも、正直、日本ではなじみが薄いですよね。クリケットのバットの材料だそうです。
☆ 10TH.—TIN (錫(すず))…ティン・トイというと、ブリキのおもちゃのことですが、ここでブリキじゃいくら何でもですので、錫(すず)と呼びましょう。「結婚十周年には、スイート・テン・ダイアモンドを」というのはずいぶん定着したようですが、これは世界一のダイアモンド・シンジケートであるユダヤ系商社、デ・ビアス社が仕掛けたキャンペーンの中で、最も成功した例だそうです。宝石屋さんの仕掛けにはうかつに乗らない方が……、まぁ、お節介はやめておきましょう。
☆ 11TH.—STEEL(鋼鉄(はがね))…鉄と違って、焼きを入れた、さびないハガネです。11年目は、原点に戻って、もう一遍焼きを入れ直せ、という意味…、んな訳ないか。
☆ 12TH.—SILK or LINEN(絹、亜麻)…これはとても興味深いです。日本では、麻よりも絹の方が価値が高いと考えられていますが、欧州ではまったく同格なのです。リネンという繊維がいかに重んじられているかということがわかります。リネンは、洗えば洗うほど白くなる「聖なる布」で、教会の祭壇に掛けられる白布やキリストを包んだ聖骸布もリネンです。でも我が国では、やはり12周年は一般に絹婚式と呼ばれています。
☆ 13TH.—LACE(レース)…ここにレースがくるのはちょっと異質な感じもします。13が縁起の悪い数だからでしょうか。もちろん、ここでいうレースは、ちゃんと手作業で編まれたハンドレースということなのでしょうけど。
☆ 14TH.—IVORY(象牙)…象牙はワシントン条約で捕獲規制の対象となっていますから、現代ならきっともう少し上にランクされているかもしれませんね。
☆ 15TH.—CRYSTAL(クリスタル)…透明感や輝きはあるけれど割れたり欠けたりが怖いクリスタル。倦怠期の危機、という時期でしょうかね。
☆ 20TH.—CHINA(磁器)…ここからはいきなり5年ごとになります。夫婦も15年やりゃもう大丈夫、ということかな。でもCHINAがあって、どうしてJAPAN(漆(うるし))はないのでしょう。あまりに珍重すぎたんでしょうね。
☆ 25TH.—SILVER(銀)…皆様よくご存じの「銀婚式」です。子育ても一段落、これからは夫婦二人で仲良く歳を取りましょう。
☆ 30TH.—PEARL(真珠)…日本が産地なので深く思わないですが、欧州ではかなり貴重なものと考えられているようですね。
☆ 35TH.—CORAL(珊瑚(さんご))…これも同様で、欧州では採れませんね。南の海への憧れもあるのでしょうか。
☆ 40TH.—RUBY(ルビー)…この辺までくると、もう語ることも少なくなります。たんたんと進めましょう。
☆ 45TH.—SAPPHIRE(サファイア)…お二人とも、お歳でいうと古希を迎えるあたりですね。
☆ 50TH.—GOLDEN(金)…キンコンカンの金婚式。長寿社会ですから、将来はそう珍しくないことになるかもしれませんね。
☆ 55TH.—EMERALD(エメラルド)…ルビー、サファイア、エメラルド、はホントにこの順番の価格なのでしょうか。
☆ 60TH.—DIAMOND(ダイアモンド)…これでこの表はおしまいになっています。20歳で結婚したとして80歳ですから、結構あり得る話ですよね。当店メンバーズの最長老であるI様ご夫妻は、あと3年でダイアモンドに到達いたします。
さあ、今はまだ「紙」の方も、仲良く「ダイアモンド」を目指しましょう。ちなみに、私のところは、あと2年で「陶器」を迎えます。(弥)
倶樂部裏話 [5] 上げる人下げる人(2002.11.3.)
いろんなゲストが、いろんなタイミングで、ご来店になります。それぞれが皆さん、ご自分の都合で、自由な時間においでになるわけですが、不思議にことに、一定の傾向が現れてくるのです。それを分類してみましょう。なお、これは、お客様個人の資質や性格とはまったく無関係であることをお断りしておきます。
★ 上げる…この方が見えると、必ず後から後から来店客が続き、とたんに忙しくなる、という、ありがたいお客様。俗に、福の神、とかアゲマン、とか呼ばれます。日曜の開店一番にこういう方がお見えになってくれると、もううれしさが止まりません。
★ 下げる…その逆です。この人が来ると、もうその日の繁忙は諦めよう、という気にさせてくれる方。そんなに多く存在していては困りますが、それでも何人かは確かにいるようです。分析してみると、そういった方は、我々のようなサービス業に従事している方であったりします。つまり、世の中が暇なときには忙しく、世間が忙しいときには暇がある、ということで、これは私も同じですから、私も、もしかしたら、他の店ではそう思われているかもしれませんね。
★ 間が悪い…たった5分しか掛からない店内の模様替えの真っ最中、とか、大事な会合にさぁ出掛けよう、としているまさにその寸前、とか、コーヒーポットに湯を注いだ瞬間、とか、どうしてあと5分ずれて来てくれないの、というタイプの方。ほんと、その人にはまったく罪はないのですから、そんなことは思ってはいけないんでしょうが。
★ かぶる…他の方を接客していてどうしても手が空かないときに限って、お見えになる方。いつもゆっくりとお相手できず、申し訳ない、と思います。「いつ来ても、この店は客が入ってるな。」と、超繁盛店のように思われているかもしれませんね。決してそんなことはないのですよ。
★ べったり…逆に、前にも後にも誰ともかぶらずに、一時間以上も、その人だけ、べったりとお相手できる、というケースに当たる方もいらっしゃいます。重傷な人だと、私と相川で二人掛かりだったりすることも。この人は、きっと「この店、いつ来ても、客がいない。大丈夫かしら。」と、不安に感じてるのかな。
さて、「自分はどの分類に入れられてるんだろう、きっとここかな。」と思い当たる節のある方、どうぞ私たちに「告白」してみて下さい。 (弥)