倶樂部裏話[13]原産国の話 (2007.5.16)


 今回は、Made In ○○○、という「原産国」の話です。この原産国が商品価値に大きく影響するのが食品と衣料品です。食品の方は安全性やおいしさへの信頼度という観点が強いのに対して、衣料品の場合は品質というよりもむしろイメージの問題という側面があり、そういう点では、極論すると、いい品物であれば原産国にはさほど拘泥はしない、というのが私たちの態度ではあります。ただ、どこで作っているか、によって、売れる売れないの違いというのは正直かなりあるわけでして、それがまたファッションというものの面白さだとも言えるでしょう。

★Made In England…かつては「舶来モノ」の代表格だった「英国製」ですが、今はほんとに減りました。不思議な計算方法の最低賃金保証制度や異常なほどの英ポンド高など、輸出には不利な状況が続いています。衣料品製造業全体としては衰退の一途ですが、それでも産業革命当時からの重厚な機械設備が今も活用できる紳士服地の生産やニット産業などはまだまだ健在で「さすが英国ならでは」の素晴らしい品物を作り続けてくれます。が、スーツやコート、シャツなど最新のソーイングマシンと労働力の集約が必要となる縫製業の工場はどんどんなくなっています。紳士の国といわれる英国だから、紳士服の工場もたくさんあるのかと思われるかもしれませんが、実はそんなことはなくて、日本の方がよっぽど良いスーツファクトリーが多いですし、また良い技術を持つ工場は後世に残さなければいけない、という危機感を持っているのも日本の方が上だと感じます。
 英国を起源とするブランドはとても多いのですが、すでに会社も工場も英国にはなくてブランドだけが商標として一人歩きして売り買いされるケースが続いています。おそらく有名英国ブランドの大株主やオーナーのほとんどはすでに英国以外の資本となっているのではないでしょうか。そして当然に生産も英国ではないのです。今では英国製の英国ブランドという方が希有な事例となっている、というのが、Made In Englandの実状です。

★Made In Ireland…アイルランド製のハンドニットというと、その代表格は当店自慢のアランセーターです。ところが近頃ちょっと???と思わせるhand-knitted in Irelandのセーターが出回っているようです。好景気が続いたアイルランドにはこのところ東欧圏からの移住者も増えていて、彼らがとても熱心に手編みの技術を学んでいるらしいのです。技術を習得して何年かしたら自国へ戻ると就職に有利なんでしょうね。つまり編んでる場所は確かにアイルランドなんですが編んでる人はそうじゃない、というセーターが増えているというのです。あ、もちろん、当店のアランセーターは正真正銘アラン諸島在住の婦人による手編みのセーターなので、ご心配なく。

★Made In Italy…島国の英国と違って、欧州の中心に位置していて民族の往来も多いイタリアは生産国の振り分けもとても柔軟です。ユーロ圏内では為替や関税という国境障害が全くないので、あまり他国生産ということを意識していないのかもしれません。当店で仕入れているイタリアブランドでも、ポルトガル、ルーマニア、クロアチア、など、生産国は様々です。モノが良けりゃそれでいいじゃないか、という大らかさを感じます。実際、EU圏内の流通に限っては原産国表記は不要らしいのですね。どうやらイタリア製かどうかに神経質になっているのは日本人だけのようです。

★Made In USA…私は理解しがたいのですが、アメカジのお店や古着屋さんあたりでの「メード・イン・ユーエスエー神話」はちょっと異常じゃないかと思えるときがあります。曰く、コレが最後の米国製の××といったアオリ、ですね。確かに伝統もプライドもそっちのけでホイホイ簡単に生産基地を世界中のあらゆる場所に移動させるのはアメリカ企業の得意技なのでしょうが、でもそれじゃ何が何でもアメリカ製の方がいいのか、というとそうともいえない場合があるようです。ニューヨーク近辺にあるカットソーの工場などは、一つしかないトイレが汚物で溢れているような古いビルの中に低所得層の不法移民者のたぐいを大勢押し込んで劣悪な環境で長時間働かせているという、いわゆるスウェットショップと呼ばれる生産現場が多く見受けられるそうで、これがMade In USAの一つの姿だということを知るべきでしょう。少なくとも憧れる対象ではないですね。もしこのようなUSAモノだとしたら、もしかしたらフェアトレードのアフリカ製の方がまともなものづくりの環境なんじゃないかというケースも少なくないのかもしれません。

★Made In China…否定はしません。事実、実際の生活ではかなりお世話になっていますし、不可欠の生産国でしょう。ただ、どうしてもイメージが悪いんでしょうね、積極的に、コレは中国製でーす、と言うには今も至りません。通販カタログなどは、法律上生産国をちゃんと表示しなければならないので、どんな高いイメージを持っている英国ブランドだとしても中国製云々と記載してありますが、一般のファッション雑誌はイメージばかりでかなりいい加減です。「歴史ある英国ブランドだと書いてあるから英国製だと信じて、雑誌に載っているお店に電話して掲載商品を買ったのに、届いて見たら中国製じゃないですか。ひどいです、詐欺じゃないですか。返品します。」とお客様から言われるのは雑誌社ではなくて店なんです。ファッション雑誌とは言えそれだってひとつの報道媒体でしょう、マイナス情報であったとしても事実をちゃんと記載しなければジャーナリズムの原点に悖るんじゃないか、と思うのです。

★Made In Japan…当店で一番売り上げが多いのが、この「国産」です。生産拠点のアジア移転が相次ぐ中で、国内で淘汰の嵐を生き残ってきた工場にはやはり生き残っただけの理由と意味があります。つまり、値段で勝負というところは全部中国に移ってしまい、高い技術のあるところだけが健在なのです。ところがここにも近頃ちょっと困ったことが起き始めました。時代がデフレからまたインフレ基調に転じ、少しバブル時代と似た現象になりつつある中で、今まで海外生産へシフトすること一辺倒だった大手アパレルがまた国内工場を活用しようという流れになってきたのです。今まで小さな仕事を受けてしのいできた工場にとって、大きな仕事が入れば、それは当然にうれしいことです。工場というのは大きな仕事から優先するというのが常ですから、そのしわ寄せを受けるのが今まで受けてもらっていた小さい仕事ということになります。小さいけれど品質が良くて個性的でもある、といったデザイナーブランドなどから、今まで仕事を出していたいい工場が大手に取られて受けてもらえなくなった、との嘆きがあちこちから聞こえるようになってきました。

 冒頭で、いい品物であれば原産国にはさほど拘泥はしない、と言いました。ただそのことは、材料と機械が同じならどこで作ってもモノは一緒、ということとは全く意味が違うのです。おそらくトヨタ自動車だったら世界のどの工場で作ったカローラもみんな同じカローラが出来上がるのでしょうが、それはトヨタだからであって、我々の分野のようなファッション衣料に当てはまることではないと思います。よく言われることは、水や土や温度といった地理学的な違いですが、なによりもそもそもなぜそのモノづくりはその土地に発祥しそこに根付いたのか、その由来や歴史、伝統、といったそこにいる人間が築き上げてきた要素を意識することが上質な製品を作り出すのに欠かせないものだと考えるからです。
 米国製が中国生産に切り替わって見る影もないほどダメになってしまったところももちろんありますし、逆にベルスタッフやトーマス・メイソンのように、英国製がイタリア生産に変わってかえってクオリティが安定して良くなったところだってあるのです。また、ルーマニア製のインコテックスなど、生産基地を変えたのによくぞここまでイタリア製と同じ履き心地を実現できたものだ、と感心するくらいです。つまり、原産国は判断の一要素ではありますがすべてではない、ということです。それから、今は×××製になっちゃったけど昔の○○○製の頃の方が良かったよなぁ、という懐古的感想もあんまり言わないようにしましょう。私たちは店であって博物館ではないのです。物売りとして今できる最善のことをする以外にはないのですから。

 この話、いつか「倶樂部余話」に書こうとは思っていたのですが、どのくらい長くなってしまうか、予想が付かなかったのでためらい続けていました。案の定、長くなってしまいました。では、この辺で。 (弥)