糸偏雑筆【12】シェトランドのハンドニッティングについて、若干の考察 (2026年9月16日)

  この1月にシェトランド島を訪問し、いろいろな見聞をしました。なぜこの島でハンドニットが盛んになったのか、もう少し調べたいこともあるのですが、もうすぐシェットランドセーターが入荷してくる時期になったので、その前に知り得たことだけでもまとめておくことにします。なるべく短く話すつもりですが、なんだか小論文みたいになりそうで、どうかお付き合いください。

 北海、英国ブリテン島とスカンジナビア・ノルウェイとの中間に浮かぶ島々、シェトランド諸島。古くからヴァイキングの拠点とされていました。そこに生息する羊がシェトランドシープで、羊の中でもかなり小型に属します。食肉にも用いられます。その羊毛がシェトランドウールで、とても細くて柔らかいウールです。


 ウールを使ってツイードを織るというのが世界中のどこでも行われることでしたが、このシェトランドウールは柔らかすぎることがあだになり、ツイード織にはあまり適してなかったのです。weaving(織り物)よりもむしろレース編みなどのknitting(編み物)に向いていた、というのが最初のポイントです。またweavingは男の仕事、knittingが女の仕事でしたが、シェトランドの男たちは海で働くのが伝統で、陸で働くことをあまり好まなかったようです。かくして女の仕事として編むということが始まりました。一番最初に編み物として評価されたのがレースです。シェトランドレースは細くて柔らかくてしかも丈夫なので、赤ちゃんのおくるみなどに最適で、英国貴族にはとても重宝されたと聞いています。このレース編みのテクニックを用いた婦人用のソックスがハンドニット産業として成立し、外貨の獲得に貢献しました。

シェトランドシープは小型なので体を大きくさせようと多種との交配も試みられたのですが、交配すると肉もウールも品質が劣化することがわかり、また、角があるのにとてもおとなしく、そして海藻を食むし病気にも強く、飼育に手間が掛らず、その結果純血が守られてブランドとして確立できたわけです。羊を守る協会や羊毛を管理する組合も設立され、島一丸となってブランド価値を高める工夫がなされます。

軽くて柔らかいウールはもちろんセーターにも最適でした。エベレスト初登頂に成功したヒラリー卿がシェトランドセーターを着用していたことはよく知られています。シェトランドシープは白も黒もグレーもいてナチュラルカラーでも多くの色ができますので、無地のセーターは当然として、バイキングの血を引く彼らですから、ノルディック柄の入ったセーターが編まれるようになります。またハンドルーム編み機(いわゆる手横機)の普及も進み、島々の各家庭に導入されていったので、女たちは競うように柄入りのセーターを編むようになります。



 1922年、シェトランド諸島の最南端、フェア島から英国王室に献上物が届きます。レースのソックスなどともに柄入りのセーターが入っていて、それが皇太子の目に留まります。後のエドワード8世、ウィンザー公です。当代一の洒落者はそれをゴルフに着ていって称賛を浴びます。たまたまフェア島から届いた荷物だったのでフェアアイルセーターと呼ばれることになりましたが、同様のセーターはシェトランドのいろんな島々で同時多発的に編まれていたのです。つまりフェアアイルセーターの発祥はフェア島というわけではないのです。

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この羊と暮らしていかなければ生きていけないという危機感から、短所を克服し、長所に変えることで成功につなげてきた島の人々の知恵と努力、これを語り継いでいくのが、毎年10月、博物館を中心に開催されるシェトランド・ウールウィークというイベントです。この島を歩いていると、人々のウール産業に対する誇りや愛情をひしひしと感じます。 シェトランドウール、このセーターを着る人にはぜひこんな背景も知っていてほしいと願うのです。

倶樂部余話【456】夏の日の思い出、夏の思い出。教科書に載ってるのはどっち? (2026年9月1日)

 ある夏の日、作詞家でライターの松山猛さんが来店されました。時計専門誌の恒例連載で、静岡の旅の途中、穴場の店でアランセーターを発見する、というような企画の取材です。
 何しろ小学生のときに全学連に憧れたくらいの私ですから、一回り上のこの世代の人たちには無条件でひれ伏してしまう。ましてや松山猛ですよ。初めて自分の意思で買ったレコードは「帰って来たヨッパライ」、おらは死んじまっただ、と書いた人が目の前にいる。加藤和彦のスーパーガス(ほぼ全曲を松山氏が作詞)は擦り切れるほどによく聞いたし、なんと言っても20代前半の私はどっぷりのポパイ少年。あの名特集「VANが先生だった」ならぬまさに「POPEYEが先生だった」。その編集に携わった松山さんはいわばポパイ学校の教頭先生。ポパイは教科書のように毎号ラインマーカー片手に精読したものでした。極めつけは大学3年のときのアメリカ一周旅行を書き記したPEPOYEペボイなる壮大なスクラップブック。これはまあ卒論ですね。この力作を初対面の教頭先生にどうしても見てもらいたくて、もうわくわくの3時間でした。
こっちが取材を受ける立場なのに私から尋ねることのほうが多くて同行の編集者は当惑したんじゃないでしょうか。ヨッパライのあのサイケなレコードジャケットが松山さんの手によるものだということを初めて知りました。アランセーター始めジェイミーソンズ、エベレストなど私の手掛けたアイデアをとても評価してもらえて、満足のひとときでした。この模様は11月に雑誌に載る予定です。お楽しみに。

 静岡に来て40年余、いろんな著名人が店に来てくれました。俳優、ミュージシャン、スポーツ選手、政治家、経営者、驚くような大人物もいました。でも私はこの人が顧客です、とかあの人も来ました、という自店の宣伝に使うようなことは一切しないで今に至ってます。多くの紳士服店が有名人の顧客を自慢に使っている中で、ブルックス・ブラザースは一切自店の顧客情報を漏らさないのをルールにしている、と聞いてそれに感動したことがきっかけです。もっともそのルールを日本サイドであっさりと反故にしてしまったB.B.に落胆したことも倶樂部余話第2話に書いてますが。
だから今回の松山さんの訪問談は例外とも言えるのですが、取材だしお仕事だし、ということで、お話ししました。

 もひとつ、付け足し。これも夏のある日、かねてから那須にあるスーツファクトリーを訪問する必要があったのですが、せっかくそこまで行くのなら、とまたまた青春18きっぷのぶらり旅に出かけました。3つだけ言っときます。黒磯駅前の市立図書館みるる、磐城石川駅周辺の町並み、常陸大子駅からレンタサイクルで行く袋田の滝、とっても良かったです。2日半でラーメン&そば6杯でした。(弥)

糸偏雑筆【11】それフォーマルですか? (2026年8月16日)

「結婚式なんだけど、何着ればいい?」これは男性からわりとよく受ける相談です。そして私はいつもこう問い返します。「本来、結婚式というのは神社や教会で挙げる宗教的な儀式のことを意味します。ただ近頃は式場施設内のチャペルや祭壇で極めて簡略化されていて、そのあとの披露宴の方に重きが置かれてます。だから聞きたいのは披露宴のことですよね」。そして披露宴はお祝いのパーティで私的な宴会ですから、フォーマル(儀礼)じゃなくてソーシャル(社交)です。だから新郎新婦よりも目立ったり礼を失したりすることがなければ、極端な話、何を着てもいいんです。私は白いアランセーターで出席を考えたこともあります。心配だったら主催者に確認することです。主催者はそれに答える義務がありますから、ためらわずに堂々と尋ねればいいのです。

 詩人金子みすゞは「みんな違ってみんないい」と言いましたが、フォーマルでは逆で「みんな一緒でみんないい」。自分だけ違ってたらそれは✕なんです。特に気を付けなければいけないのがふたつ、時制と格を揃えること、です。
 時制というのは、昼と夜の違いのことで、昼の服の人と夜の服の人が混在したらダメです。つまりモーニングとタキシードが同じ会場にいたら本来はおかしいんです。でも結婚披露宴ではよく見る光景です。これは、燕尾服がほぼ形骸化されていてモーニングの夜間着用が黙認化されているからです。昼型で行くか夜型で行くか、は主催者が決めますが、聞いた話では、お開きが日没後であればもう夜型で構わない、ということなので、お昼で終わる会以外はほぼ夜型と考えていいでしょう。葬儀は夜は行いませんので昼型だけです。ここで疑問となるのがお通夜(前夜式)です。本来の通夜式は遺族や親しい友人など少数の者が死者と最期の夜を過ごす葬儀前夜の儀式ですが、近頃はむしろ葬儀よりも通夜のほうが参列者が多くなることも珍しくありません。かつてはお通夜には取るものも取らず駆けつけたという体裁をつけるため喪服で行くのは失礼とされていましたが、現代では通夜式に重きを置くことが増えたため、通夜でも喪服(略礼服)を着るのが一般的となりました。
 で、格というのは、正装、準礼装、略礼装、のこと。詳しく言うと、正装(夜は燕尾服、昼はモーニングスーツ)、準礼装(夜はタキシード(ディナースーツと呼ぶのが正しい)、昼はディレクターズスーツ(黒の上着に縞のコールパンツ))、略礼装(昼夜にかかわらず、黒の略礼服(日本では)もしくはダークスーツ)、この格を揃えるということです。例えば、結婚式だと、新郎父と新婦父、どちらもモーニングあるいはどちらもタキシードならいいのですが、もし片方が略礼服だとするとどうでしょうか。意地悪な見方をすると、両家の格の違いをあからさまにしているように見られやしないでしょうか。

 婚礼や葬儀は誰でもが経験することで、比較的分かり易いのですが、世の中にはいろんなパーティがあって、何を着るべきか悩みます。そこで、主催者は招待状にドレスコードを書き添えてくれます。
 ホワイトタイと書いてあったら燕尾服着用、ブラックタイならタキシード着用、というのはよく知られた話。とはいえ、なかなか機会はないです。しかし、ルールの決まった服装なので、服さえ揃えれば着方が難しいことはありません。
 私自身の経験ですが、某国大使館からのパーティのお誘いに、こういうドレスコードがありました。まず「ラウンジスーツlounge suit」。これはダークスーツのことです。日本でいうところの平服に当たります。ラウンジだからといってくつろぐ服ではありませんよ。こんなドレスコードも。「スマート・カジュアル」。ダークスーツでなくていいけどジャケットは着てください。ネクタイは着用が望ましいですが、スカーフやポケットチーフで代用してもいいです。ラウンジスーツよりも華やかさや遊び心が欲しいです、といったような意味でしょうか。

 こういう着こなしのルールというのは、間違っていても罰金が取られるわけでもなく、まず誰からも咎められることもありません。ただ後から知って取り返しのつかない恥ずかしい思いをすることになりますし、場合によっては大変な失礼をしでかしてしまっていたかもしれないのです。今の世の中、ちょっと調べれば分かることばかりですから、どうか関心を持っていただきたいです。
 不安は必ず表に出ます。礼装をかっこよく着こなす、最大のポイント。それは、これで正しいんだ、と、自信を持って着ることです。

倶樂部余話【455】46年前の静岡紺屋町 (2026年8月1日)

 令和8年熊本地震にて被災されました方々に心からお見舞い申し上げます。

 イオンモール熊本で大規模なガス爆発が発生しました。すぐに46年前に静岡で起きたあの事故のことを思い出しました。1980年(昭和55年)8月、静岡駅前の紺屋町地下街でガス爆発が発生し死者15人負傷者223人の大惨事となりました。私はまだ静岡に来る前で新卒のサラリーマンとして東京にいましたが、テレビで父の名前が負傷者リストの一番最初に出たときには大層驚きました。様子を見に行った父は知人と二人で地下街から階段を上がってひとり左に曲がり、その途端に大爆発で強烈な爆風が階段から吹き上げました。数秒前に分かれて直進した知人は吹き飛ばされて命を落としました。爆風を寸座に背中でやり過ごした父はかすり傷を負っただけで最初の救急車で運ばれたので負傷者リストの筆頭に載ったわけです。父はまさに九死に一生を得るような命拾いをしたのでした。

 この事故、15年にわたる裁判を経た後も未だに原因不明となったままです。被災したビルも長く無惨な姿を晒し続けました。何よりも原因がわからないと責任の所在が掴めないので、損保、生保、労災、解体、再建などのあらゆる手続きが困難になりました。今度の事故も同じで現時点で原因が確定していません。一瞬にして大規模に吹き飛ぶので証拠が消えてしまうのでしょうか。地震と事故との因果関係、予見性、地震保険は適用されるのか、物損の保証は誰がするのか、人ごとながらとても関心を持っています。

 加えて心配なのは、モールで被災された人たちがテナントの従業員であるという、微妙な立場です。客ではないですが、と言ってイオンの社員でもありません。またイオンとテナントとの契約も単なる賃貸借ばかりとは言い切れず、短期のポップアップや催事のこともあります。給料は誰からもらっていたのか。アパレルショップの店員というのは、必ずしもアパレル企業本社に籍を置く社員とは限らず、フランチャイズであったり、特に熊本のような地方都市の場合には、販売代行といって、地元の衣料専門店が複数店の掛け持ちで販売業務だけを任されることも多く、また近頃はごく短期の日雇いのような人材派遣もあります。つまり雇用主も雇用形態もまちまちで、そんな彼らにちゃんとした労災の適用はあるのでしょうか。命を犠牲にしただけの代償は約束されるのでしょうか。とても気がかりです。

 誤解のないように言いますが、私は決してイオンを非難しているわけではありません。むしろ3000人の客と1300人の従業員を30分で店外に退避させるなどそう簡単にできることではないです。称賛に値します。もし店内に客を残していたらどうなっていたことか、想像するだけでゾッとします。

 静岡は地震が来るぞ来るぞと真っ先に言われ続けたまま、よそのところばかりが揺れていて、もちろん静岡のせいではないのですが、そのたびになんだか申し訳ない気持ちになります。特に熊本は2度目です。自分ができることは何なのか。今回の地震でこんなことを感じている人間もいる、ということを表明するのもどこかでなにかの役には立つんじゃないかと思って書き記しました。(弥)

糸偏雑筆【10】靴もベルトも服のうち(2026年7月14日) (倶樂部余話【271】(2011.6.15)を再掲)

 店で扱う品を素材の順にすると、毛、綿、の次は、麻でも絹でもなくて、「革」なのです。レザーは思いのほか重要なウェイトを占めているのです。
 靴を「履く」、ベルトを「締める」、手袋を「填(は)める」。日本語の表現は実に豊かですが、英語ではすべて動詞はwearです。あと、帽子を「被(かぶ)る」、もやはりwearです。ですから、靴もベルトも手袋も帽子も、西洋風には広義にみなwear(=衣類)と総称してもよいのでしょう。洋服屋がこれらを一緒に扱うことに違和感がないのは、そんな理由からかもしれませんね。
 洋服も革靴も、日本ではともに明治の文明開化からその歴史が始まりました。洋服は誂え(オーダー)から大正昭和と経て徐々に既製服への流れを歩みましたが、靴の方は比較的早くから既製品化が進み、そのため足に靴を合わせるのではなくて、逆に靴に足を合わせる、ということが普通の感覚に思えるようになってしまったのでしょう。これは、江戸時代からもともと和服も誂えることが珍しくなかったのに対して、下駄・草履・足袋などの履物はとっくに既製品として存在していたことも関係しているのではないかと思われます。
 だからでしょうか、スーツを作ろう!シャツを作ろう!という呼び掛けに抵抗を示す方は少ないのですが、靴を作ろう!との誘いには「何もわざわざ誂えなくっても…」と、かなり珍しいことのように躊躇される方が多いのも仕方ないことなのかもしれません。服では当たり前の「一点流しのパターンオーダー」を革靴の世界で実現した宮城興業の仕組みは世界でも類を見ない「コロンブスの卵」的な快挙であって(ついに特許申請をするらしいですね)、思ったよりも簡単に自分に合った靴ができるのに、悔しいかな、靴を作るのはどうも服を作るよりも気持ちのハードルが高いようなのです。
 なので、服の売上が一段落する夏のこの時期は、毎年誂え靴のキャンペーンを張ることにしています。特に「はじめの一足」の方を大優遇します。「とにかくまず一足作っていただければ」の思いが強いので。実際それほど面倒なことではありません。ぜひお気軽にお出掛けいただければと願っています。(弥)

※この文章は、倶樂部余話【271】(2011.6.15)を再掲しました。

倶樂部余話【454】あなたならどうする (2026年7月1日)

 2か月で5本の映画を観ました。

  1. 決断するとき(原題Small Things Like These) アイルランドに実在したマグダレン洗濯所(倶樂部余話【426】参照)を背景に描かれるドラマ。「イニシエリンの精霊」(倶樂部余話【412】参照)のキリアン・マーフィ主演。
  2. サンキュー、チャック(原題The Life of Chuck) 。原作は「スタンドバイミー」や「シャイニング」を書いたスティーブン・キング。世界の終わりがチャックの人生と重なって描かれる。
  3. オールド・オーク(原題 The Old Oak)。イングランドの古い炭鉱町のパブを舞台に起こる地元民とシリア難民との話。「麦の穂をゆらす風」を始め英国やアイルランドを舞台にした社会派の名作を数多く生み出してきたケン・ローチ監督の最後(自称)の作品。
  4. 箱の中の羊(英題Sheep in the Box)。そのケン・ローチを師のように仰ぐ是枝裕和監督の最新作。事故死した7歳の息子の代わりにアンドロイドを家族に迎え入れる近未来の話。
  5. 急に具合が悪くなる(仏題Soudain)。パリ郊外の介護施設で働く施設長とがん闘病中の日本人舞台演出家の二人の女性が偶然に出会い交流するドラマ。「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督による日仏独白共同製作作品。

個人的な感想を簡単に述べます。

  1. アイルランドの話なので、私なりになにか気の利いた感想でも書けるかな、と、上から偉そうに観てしまったのがいけなかったようです。知りすぎているゆえに、ああアイルランド人ならそうするかもね、と思うと何の感慨も持ち得ず、何も書く気が起こらなかったのです。人助けと思ってやったおせっかいがかえって人を傷付けるということは割とよくあることで、皮肉っぽく言わせてもらうと、原題のとおり、取るに足らない些細なことをよく一本の映画にしたな、と、思いました。
  2. 毎日聞くラジオ番組で「一体どういうことなんだ?」と話題になっていたので、観てみました。いわゆる走馬灯現象なんでしょうね。褒められたい、感謝されたいという欲望や自分のいない世界なんてなくなっちゃえばいいという意地悪な思いなんかが心の奥底に秘められているんかな、どんな人にも。虫けらにも五分の魂、でしょうか。それをハリウッド映画にするとこうなるのかな。タイトルは原題のままのほうがわかりやすかったと思います。
  3. 前の1.と2.が、決してよく理解できたとは思えなくて、少々落ち込んだ気持ちで3.を観ました。さすが、ケン・ローチ、です。思った通りの展開、思った通りの感動でした。村八分の残りの二分って、火事と葬式だけは手伝うよ、って意味だってこと、ケン・ローチも知ってたたのかな、って思いました。これから見る人のために一言アドバイス。ダラム・マイナーズ・ガラという炭鉱祭のパレードがあることを知っておいたほうがいいです。
  4. ケン・ローチの後に是枝ですから、まるで師弟対抗。是枝作品はほとんど観ているから、なんだか「歩いても歩いても」と「ゴーイング・マイホーム」を混ぜた世界にアンドロイドを入れてみた、って感じに思えましたし、こういう森の精のファンタジーのようなエンディングも、他に手はないんだろうな、と、納得でした。どうでもいいことですが、鎌倉と大船と藤沢、この3つの土地ブランド評価の微妙な違いをなんともうまく表してたな、と、あの辺に住んでいた者として笑ってしまいました。
  5. 清水で朝9時から一回限りの上映で3時間16分、という困難を乗り越えても余りある素晴らしい作品でした。最後に拍手までしちゃいました。妻にも薦めて翌朝すぐに観に行って感動して帰ってきました。5本目の最後がこの作品で良かったです。なんでカンヌでも好評価のこの映画を静岡でやらないんだ、と、思っていたら、急遽今月中旬からの上映が決まったらしいです。3時間で大変ですが、時間を忘れます、皆さんにお勧めします。

こう並べると私の映画を観る軸のようなものが見えてしまうと思います。自分では意識したことはないのですが、5本ともヒューマンドラマというジャンルに括られるそうです。確かに、アクションやSFXには関心は薄いですね。そう言えば、旅行へ行っても雄大な風景を見るよりも土地の人と話をすることの方に楽しみを感じるのは同じ趣向なんでしょうかね。そしてヒューマンドラマの観点として、登場人物に共感を覚えるかどうか、というのは大切な点でして、要するに「あなたならどうする」なんです。もっと突き詰めると「あなたはどう死ぬのか、そのためにあなたはどう生きるのですか」を問うてくれる作品、私はそんなドラマを待ち続けているような気がします。(弥)

糸偏雑筆【番外】靴を作ろう!!~22年振りの大リニューアル。について (2026年6月16日)

今回は、糸偏雑筆の場を借りて、オーダーシューズのリニュアルについてお話します。22年振りの一大変革で、通常の新着情報では説明し切れない内容ですので、このようなカタチを取りました。

本題に入る前に2つほど前置きです。当社の注文靴が2004年以来宮城興業(山形県南陽市)のカスタムオーダーのシステムと提携をしていることは言うまでもないこと(導入の経緯につきましては倶樂部余話【187】参照」)ですが、その販売方法については、各販売店が独自に考えることになりまして、その責任の証としてジャックノザワヤの注文靴には当社ブランドSavileRowClubを刻印しています。ですので、今回のリニュアルに関しても当社だけのお知らせ事項でして、宮城興業からのお知らせでもなければ、宮城興業のカスタムオーダーを扱う他のお店も全部そういう変更になるということでもありません。もちろん今回は宮城興業自体の大きな変革が契機であることは間違いないことで、それについては他のお店からもいろいろな表現で説明がなされることでしょうが、ここで申し上げるのはあくまでもジャックノザワヤとしての表現ですので、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。
 付随して、このお知らせは、ジャックノザワヤの顧客を対象として発信しています。顧客の中にはプロ顔負けの詳しい専門知識をお持ちの方もいらっしゃいますが、ほとんどの方はいわば普通の素人の皆様です。ですので当社の今までの注文靴のやり方をある程度ご存知であるということは前提としつつも、なるべく平易で簡潔な表現で説明しますので、詳しい方には物足りなさを感じるかもしれませんが、どうかご理解願います。

 さていよいよ本題です。まず最初の一大事。作りが格段にグレードアップします。特に足の後ろ半分、かかと側のほうが大きく改善されます。かかと内部の材料に特殊な革素材(床革(とこがわ))を使用することで履く人の足型に応じて応変してフィットするという手法を採ります。これを「床(とこ)カウンター」と言います。これを説明すると長くなるので説明を省きますので、興味のある方は調べてみてください。それから、くるぶしが当たる、とか隙間が空く、というクレームも目立っていたので、くるぶし部分を下げて履き口を縦長にシャンとさせたりという調整をミリ単位でしています。もう一つ、この仕様にしますと、女性への対応が従来よりもしやすくなる、という副効果もあります。

 靴の場合、中身が全く見えませんし、どれだけ改良されたのかは、結局のところ履いてみなけりゃわからない、という要素が強いのですが、宮城興業の最初の研修生にして若き新社長、荒井さんの言うことには、カスタムオーダーの分野で日本一を目指す、と、宣言しているので、この22年間の付き合いからその言葉にウソはないと確信し、この新仕様をぜひ実感してもらいたいと希望します。

 次にデザインについてです。まずラスト(木型)について。SQ(スクエアトゥ)とES(エッグトゥ=ラウンドトゥ)、そしてMD(宮城デン=オブリーグトゥ)、の3つに統一。今までのCS(チゼルトゥ)は廃番になります。(デザイン一覧はこちらのリンクからご覧ください) 最新カタログ

 まずSQとESについて。ESは22年前のスタート時から継続しているおなじみのラストですが今回からすべて新仕様にグレードアップします。SQは2025年から始まった新仕様による新ラストで、わかりやすく言うと、英国ノーザンプトンに代表されるEグリーンやチャーチやC&Jなどの各ブランドに通じるとても英国的なスクエアトゥのラストです。そして、ここ大事、SQとESは相互乗り入れが可能です。足長(捨て寸)もほぼ同じです。SQ/ESには全く新しいデザインもありますし、また従来のESの型紙を修正したりしながら、展開品番を急いで増やしています。7月のスタート時点では一部間に合わないデザインがありますが、それについては準備が整い次第スタートとなります。なお、この新体制に伴い、従来のCS(ロングノーズのチゼルトゥ)は廃番となります。(どうしてもCSが欲しいというリピータの方のためにしばらくは旧仕様のままで受注を承ります)

 それと、ソール(底材)について。今までは革底を標準仕様にとしてきましたが、今回から、タフスタッズという宮城興業が開発したプラスティックラバーのソールを標準とし、革底仕様はオプションとします。日本の気候や歩道事情、耐久性、を鑑み、現実的な対応をすることにしました。これはSQ/ESだけでなくMDも同様です。

 そのMDですが、こちらも新仕様にグレードアップし、新デザインも加わります。オールデンのドレスシューズをリスペクトすることから始まったMDシリーズですが、今後はRedWingやDannerなどを意識したワークテーストへもその範疇を広げていきます。チロリアンシューズやサイドゴアブーツ、発泡ラバーのホワイトソールなど新提案が目白押しです。

 最後に価格について、です。2年前の大幅な値上げの際に、価格体系も複雑になっていましたが、これも見直します。これは私の考えですが、いくら仕様が良くなったからと言っても、やっぱり価格設定は大切なんです。当店としてはなんとか4万円台を維持したい、ということで、基本価格を49,800円(税別)に設定します。デザインによって、あるいは追加仕様については、追加オプションで対応します。

 以上の内容を11ページのカタログにまとめました。ただしまだまだ制作途中ですので、完成版ではありません。こちらでご覧ください。
なお品番中にA,B,C,の文字がありますがそれがその品番のカテゴリーになり価格に呼応します。
最新カタログ

 この新体制は2026年7月16日からスタートします。新しいサンプルも届きます。そしてスタートキャンペーンとして先着20足ぐらいには何らかの特典を考えています。どうぞ開始時までじっくりとご検討いただいて、新しい一足をご注文ください。


 新しくなる「靴を作ろう!!」にどうぞご期待ください。


  ジャックノザワヤ
    野沢弥一郎

倶樂部余話【453】お直し大作戦 (2026年6月1日)

 戦時中のことですが、野澤屋は製造部門を持っていて全盛期にはミシン50台従業員70人の規模だったそうです。その中の二人が結婚しそして引退し、その夫婦が長いこと当社専属としてお直しを引き受けてくれていました。当社も当時は複数店舗ありましたから、毎日一番若い店員が風呂敷包みを自転車に載せて運んでいました。そんな時代も過ぎて現在は全国組織の大手のお直し業者と契約していますが、しかしいいお直し屋を持っているというのは店にとってはウリの一つでありことは間違いありません。
 リペアと言うとお直し屋さんだけではありません。大きな事例になると作ったファクトリーに戻して直してもらうということはあります。靴底の張替えやシャツの衿カフス交換などはファクトリーでのリペアが欠かせません。作ったファクトリーで直せるということは大きなアドバンテージです。
 初めてのことですが、今月のイベントとして「お直し」を特集してみることにしました。紳士服。婦人服、セーター、靴、革製品、などなど、できるだけ幅広い範囲でお直しの相談に乗っていこう、という新企画です。所定料金の**%offというインセンティブも付けます。大直しだけではなくて、例えば、丈を少しだけ修正したい、セーターの小さな穴を繕いたい、ウエストを出し入れしたい、など、ずっと気になっていたものなどありましたら、この機会にぜひご相談ください。
 私がやった最近のお直しです。15年履き続けたチノパンの裾が擦り切れたので、同じものを買い替えて裾上げをしました。残布を使って古い方の擦り切れた裾まで直してしまいました。15年でかなり変色もしていい味がでていたので、再活用できました。こんなことも可能なんです。(弥)

上に見えるのが15年履き続けたモノ。下に置いたのが新品。

糸偏雑筆【9】左右おんなじ、じゃない、の話 (2026年5月17日)

 前回に続いて左右の話です。
 アイルランド南部のとある靴のファクトリーを訪れたときのことです。元々は直線4本の生産ラインを持っていたほどの体育館のような大きな建屋でしたが1ラインだけを残して残りの三分の二がアウトレット売り場になっていました。デザートブーツで知られるブランドCの主力工場でしたが生産が中国に移ったとばっちりを受けて大きくリストラした様子。アウトレットにはCの旧品やチョイキズ物などが山積みで、その中に売れ筋のモデルなのにタダ同然に処分されている大量の在庫を発見しました。日本の某店の値札が付いたまま。理由はひと目見てすぐに分かりました。自然なシワが付いた革でしたが左右の革のシワの表情が全く違うのです。これだけ違ってたらさすがにおかしいです。作って納品したものの、日本の店からダメを出されて突き返されてしまったんでしょう。靴の製造現場ではこういうこともあるのだと私はとても驚いたものです。20年以上も前の話です。

 革は布と違って一枚一枚が同じものではありません。なのに靴は全く同じものを2つ作ってそれが当然。しかも左右対称に(ちなみに文明開化の頃の洋靴はまだ左右の区別がなかったそうです)。ほんとにすごいことなのにそんなの当たり前でしょって澄ました素振りをしている靴のファクトリーって、すごいと思うんです。

 ところが、左右おんなじモノのはずなのにどうも左右の具合が違う、ということがありませんか。もちろん自分自身の足の左右の違いというのも原因かもしれませんが、それだけじゃないんです。実は左右で底付けの縫い方に違いがあるのです。上と下を土踏まずのあたりから輪を描くように縫い合わせますね、縫う機械の都合でどちらも時計回りに縫い付けていきます。するとどうなるでしょう。右足はつま先方向に縫い始めますが、左足はかかと方向に縫っていきます。つまり左右で一回りに縫い付ける方向が逆になるんです。だから厳密に言うと左右全くおんなじ、にはならないわけです。これは仕方ないことで、普通はほとんど気にならないほどの違いです。

 これは輪を描くように縫う場面では必ず起こることで、例えばシャツのカフ(袖口)なんかだと誰でも左右同じように縫えますが、スーツの肩付けなんかだと裏地やパットも一緒にしてしかもイセを入れて縫い込むわけですから、左右の肩を逆方向に縫っても同じように仕上げるということは難易度が高くなります。

 こんなこと知ってても試験にもクイズにも出ませんが、靴を履くときや上着を羽織るときにちょっとだけでもそんなことを思うと装いを整える気持ちも変わるんじゃないかな、と思うのです。(弥)

倶樂部余話【452】昭和の日にミセスはミスチルを由比ヶ浜で追い越す?(2026年5月1日)

 コンビニの棚にオイコスOikosというヨーグルトを見つけました。追い越す? 追い越せっていうの?このヨーグルトを食べて? 何を追い越すの? 追い越された側の立場はどうなるの?  私は違和感を覚えました。追いつき追い越せ、とよく一言でいうけど、追いつけと追い越せは一緒じゃない。私は、尊敬できる人や技術やモノに追いつきたいとは思うけど、最初っからそれを追い越したいとは思わない。追い越す、には、抜き去る、出し抜く、というような不遜な姿勢が隠れている時がある。少なくともオイコスという食品名に共感はできない。えっ、そう思うのは私だけ?

 違和感のあるネーミングに多いのが、ミュージシャンでしょうか。ミセス・グリーンアップルMrs.GREEN APPLE。男性3人組のバンドで彼らの楽曲は決して嫌いではありません。が、このバンド名、最初聞いたときには、白雪姫に毒リンゴを食らわす魔女の老婆、のことかと思いました。自らをミセスと名乗る男性の気がしれません。私の頭が硬いのかな。
 さらなる違和感は、ミスター・チルドレンMr.Children。わけわかんない。ミスターといえば長嶋茂雄、ミスター・ジャイアンツ、ミスター・プロ野球、ですから、ミスター・チルドレンは日本保育園連盟の名誉会長ですか、あるいは、いつまでも子供のままでいたい永遠の少年を気取ってるんでしょうか、あるいはあるいは児童性的虐待の嗜好を持つ紳士、のことですか。そう思うのはやっぱり私だけ?
 まあ、バンド名なんて記号みたいなものだから、何も目くじら立てることもないのかもしれません。海外に目を向ければ、おやっ、と思うバンド名やミュージシャンはいろいろいますよね。Queen, Prince, Madonna, Yes, The Band,,,ちょっと考えてみるとなんかおかしなネーミングですよね。英語圏の人には違和感ないのかなぁ。余計なお世話か。

 さて、一昨日は「昭和の日」でした。アクセントもフラットにshōwaではなくて頭高にshó-waというようです。私は昭和32年生まれなので、昭和の64年間のちょうど半分を経験しているのですが、どうも私には「昭和を祝う日」というのには違和感を覚えます。昭和を一括りにするのはどうしたって無理がある。昭和の64年のうち、少なくとも最初の20年間は決して祝っちゃいけない期間です。どうしても昭和の日というものを設けたいのなら、昭和天皇の誕生日ではなくて、現人神から人間ヒロヒトに人格を変えた第二の誕生日、そして平和国家としてゼロからのスタートをした記念の日、8月15日を祝日にすべきだろう、と私は勝手にそう思うのです。
 が、そんな議論をしたいわけではなくて、そもそも、ゴールデンウィークのスタートとして長年定着している4月29日を今さら平日に戻すわけにもいかないので、みどりの日とこじつけて旗日に残したんですよね。ぶっちゃけそういうことであるならば、だったらそのまま意味不明のみどりの日のままで良かったんじゃないでしょうか。なんだか敗戦を終戦と言い換えたことと同じように昭和を美化するような方向に舵が取られてないですか。それが政府の狙いでしょうか。

 ネーミングといえば、国立競技場はこれから5年間MUFGスタジアムと呼ばれるそうです。命名権、ネーミングライツ、です。名前をカネで売る、施設運営者の打ち出の小槌ですね。静岡市の草薙野球場はこれからはしずてつスタジアムですって。今後有名な場所はみんな売名を狙う企業に名前を取られることになるんでしょう。そんな中こんな話はご存知でしょうか。この話をもって違和感の話を締めることにします。
 2013年のこと、鎌倉市は由比ヶ浜など3つの海水浴場にネーミングライツを設定しました。それを購入したのが地元の菓子舗、豊島屋でした。鳩サブレービーチにでもなるのかと思いきや、権利を行使して、由比ヶ浜に「由比ヶ浜」と命名したのです。これでもう誰がいくら払っても由比ヶ浜の名が消えることはなくなりました。市民は豊島屋のこの粋な姿勢に拍手喝采、鎌倉市は恥ずかしくなってこの愚かな政策を撤回したのでした。(弥)

糸偏雑筆【8】前後左右の話 (2026年4月16日)

 今回は服の前後左右の話。

 まず、前後のこと。ガンジーセーターという英国の漁師が着ているセーターがありまして、このセーターは前と後ろが全く同じ作りでどちらで着てもいいという珍しい服です。
着てみると、首周りが独特の形状になるし、肩線がおかしな位置に来るし、慣れないうちは少し違和感を感じます。それがこのセーターの味なのだと捉えていただければいいのでこのセーターに文句をつけるつもりはありませんが、まあ、そのくらい、人間の前と後ろはその作りが違うので、ほとんどの服には前と後ろがあります。原始時代の貫頭衣にも前後ろはありますし、前後ろ同じ服というのはガンジーの他にはポンチョぐらいかな、と思います。「うしろまえ」つまり前と後ろを逆にして着ることをいいますが、うっかり間違えやすいのが、タートルネックのセーターです。首の縫い目は必ず左側に来ると覚えておけば間違えることはありません。なぜ左側なのか。

 で、ここから左右の話になります。鉄則があります。戦いのとき剣を持つのは右手ですから、剣を振るって邪魔になるものは全部左側に配置します。帽子の羽飾り、上着の胸ポケット、衿のフラワーホール、腕時計や指輪。剣の鞘(さや)からタートルネックの縫い目まですべて左側です。逆に右側にあるものは利き腕である右手で使うものです。上着のチェンジポケット(脇ポケの上に付く小さなポケット)は小銭(=change)入れ、トラウザーズのウォッチポケットは懐中時計入れです。忍びポケットってわかりますか、右のポケットの中に更に小さいポケットがあるでしょ、あれを忍びポケットと言って、コインやキップ、指輪、錠剤など小さいものをしまいます。余談ですが、ジーンズの基本スタイルをファイブポケットと呼びますが、その5番目のポケット、右にある四角い小さなポケットですね、これは忍びポケットが変化したものです。

 合わせについて。ダッフルコートやPコート(正しくはリーファージャケット)は左右どっちの合わせでもできるようになっていて、これは海上の風向きに対応するためだと言われています。これは例外でして、ボタンは右手で留めますから、服の原則は右にボタン、左にボタン穴、つまり右が下で左が上になります。これを右前(みぎまえ)と呼びます。え、反対じゃないの、だって左のほうが前側にあるよ、って思っちゃいますよね。これ、特に和服の着方で混同しがちです。左前は死装束、タブーですから。ここはしっかり覚えてください、ここでいう「前」というのは「先」という意味です。青森の弘前は「ひろさき」といいますね、あれです。だから右前というのは「右が先」(つまり右が下側)ということなんです。つまり、服は、洋服も和服も右前なんです。

さて、最大の謎は、レディスです。洋装のレディスだけは左前なんです。おんな合わせ、と言われます。不便なのになぜなんでしょう。これには諸説ありまして、最も有力なのは、その昔高貴な御婦人は服をメイドに着せてもらうので、メイドがボタンをはめやすいように合わせを逆にした、という説。他にも、女性に武器を持たせないため、とか、男が間違って女の服を着ないように、とか、なんだかジェンダーレスの今の時代にはそぐわない話ばかりです。決して女合わせを否定はしません、女らしい服というのも必要ですし、それには女合わせのほうがふさわしいでしょう。でも、今となっては、どっちでもいい、というぐらい、ゆるーい慣習、だと捉えておけばいいんじゃないかと思います。女が男の服を着てもいいように、男が女の服を着たっていい、だから合わせだってどっちでもいいんです。

 私が50年ほど前に買って今でも大事に着ている米製(Eddie Bauer)のマウンテンパーカーがあります。これ、前立のスナップボタンは男合わせ(右前。オスが左でメスが右)なのに、内側のジッパーは女合わせ(オスが右でメスが左)なんです。だからジッパーがはめにくい。ずっと不思議に思っていたんですが、今頃になってやっとその理由がわかりました。アウトドアの危険な場面では、左右どちらの手しか使えない時がある。そんなときでもコートの前を閉じられるようにあえてこのような仕様にしたのではないでしょうか。

 今回の話はここらへんで締めます。実は、左右の違いは、格の優劣の話につながって、これが東洋と西洋では反対だったり、上手(かみて)下手(しもて)だとか、お雛様の並べ方とか、婚礼の席次だとか、色んな話に発展するのですが、興味のある方は調べてみてください。糸偏の者の話としてはこのあたりで失礼いたします。(弥)

倶樂部余話【451】31歳の私がそこにいる (2026年4月1日)

 昨年春の福岡市での拙講書き起こしという名目で、アランセーターの概要を最近の動きも含めて新たにしたためることができたので、これを機にHPアランセーターの箇所も全面的に書き直しまして、減ってきた在庫を反映して在庫一覧表も一つの大きな表にまとめました。まる三日かかりました。
 さらに、学習講座「糸偏雑筆」も回数が増えてきたので、こいつは月例エッセイ「倶樂部余話」の方に一緒に格納したほうがいいかな、と思い、軽い気持ちで作業を始めましたところ、余話全450話のカテゴリーを50話ごとに括り直そうと思い始めてしまい、ちょっといじり始めたのが運の尽き、遡るように38年間の全話の数カ所を修正する羽目となり、これに思いの外、まる四日かかりました。お分かりですよね、そうなんです、読み直しちゃうんですよ、昔の自分の書いたもの。久しぶりでした。

 「パソコンを買って話題のインターネットにつないでみました」と書いてあるのが第77話(1995年、私38歳)。1~235話までは東芝のワープロ専用機ルポ4代を20年間使い続け、351話(2017年)までは官製ハガキに小さな字で600字程度に詰め込んで印刷し郵送してました。だから字数制限のないメルマガ方式に切り替えてまだ100話しか経ってないんですね。第50話以前のごく初期の頃など、かなり気負ってはいるけど、コンパクトにまとまってよく書けてる。自画自賛、今の自分にはとても書けないです。そして、失われた20年、と後に言われることも知らずに、明日は今日よりもっと良くなる、と信じて疑わない、真面目に一生懸命もがいている健気な自分の姿、お前エラいよ、昔の自分に泣けてきます。38年ってそういう長さですよ。

 思うことはたくさんありますが、まずウソをついてないこと、これにはホッとしました。そしてネットよりもずっと以前から思いを発信できるこういう自分なりの媒体を持てたこと、この幸運。2回の引っ越しの末、こんなに小さな店になってしまったのにまだ生き残っているのは「倶樂部余話」を続けていたからでしょう。今振り返ると、アランセーターと出会っていなかったらうちは潰れていたかも知れない、と思えるほど450話の中に幾度となく登場する、という驚き。それから何よりもこれを読み続け支えてくれた顧客の存在に感謝です。そして期待するのは、新しい人達が、この450話を後追いで読んでくれることで、古い顧客に追いつき追い越せしてくれるということです。

 38年間には同じようなことを何度も話してたりします。なかでも、春の着こなし、については事あるごとに触れています。それくらい今の時期の服装には腐心しているんですね。いわく、春は平均気温どおりの日なんてない、春色の秋物を使いまわそう、春の重ね着大作戦、などなど。ほらほら、結局また言ってる。(弥)