糸偏雑筆【4】 誰も教えてくれないネクタイの基礎知識 (2025年10月16日)


 第4回はネクタイの話です。
ネクタイはドレススタイルの要であって一番自己主張のできるアイテムです。ネクタイだけで一冊の本が書けるくらいたくさんのネタがありますが、ここではホントに基本中の基本、だけをお話します。近頃はノーネクタイスタイルも定着して、ますますネクタイの基礎知識を伝授する機会も減ってきました。知ってる人には当たり前、知らない人には目からウロコ、のお話になるでしょうか。



 いちばん大事な2つのこと。その1。ネクタイの幅はスーツの衿の幅と等しい。例えばスーツの衿幅が8cmくらいならネクタイの大剣(大きな方の剣先)の幅も同じく8cmくらいでないといけません。何もミリ単位で正確に合わせる必要はありません、大体同じならいいのですが、経験上から言うと、1.5cm以上違いがあると奇妙に映ります。許容範囲は1cm未満としましょう。(ニットタイは例外的に細くてもOKです) 
 話はそれますが、そもそもスーツの衿幅というのは体型によって違います。体全体のバランスなので、同じブランドの同じデザインでもです。ちょっと想像してみればわかりますよね、大男と小人の上着の衿幅が同じはずがないんです。いつも言うように、スーツスタイルの良し悪しは基本的に減点主義なので、違和感を感じたらそれは✕なんです。とても普通に見える、少しも気にならない、というのが◯の合格ラインなんです。

 その2。ネクタイの長さはベルトの穴の位置。これ、意外と皆さん適当です。でもこれがベストバランスです。この長さの調整は身長や首の太さだけでなく、猫背か反身か、お腹が出てないか、などでも人それぞれ異なりますので、正しい位置に決まるまで納得のいくまで何度もやり直してみてください。 慣れてくると結ぶときの大剣の余り方でおおよその感覚は掴めますが、何度やってもうまくいかないときもあれば、一発で決まるグッドモーニングな日もあります。ネクタイの全体の長さというのは日本製だと概ね145cmぐらいなのですが、欧米のものだととても長いものもあって、小剣側が大剣側よりも長く余ってしまうことがありますが、そんなときは余った小剣側はズボンの中に仕舞っちゃってください。

 さて、この2つのルール、これを見事に外してくれるのが、ドナルド・トランプ氏です。あの大柄な体型にタイが細すぎるし長すぎる。とてもだらしなく見えますが、多分わざとでしょう。ファッションに頓着ない、という演出です。

 結び目については、説明を省きます。シャツの衿型、スーツのゴージライン、体格、趣味嗜好などなど、多くの要素が絡みますので書ききれません。とりあえず、普通のプレーンノットだけ覚えてくれればいいです。色々やってみて、もっと大きく結びたいな、とか細長く結んでみたい、とか、欲が出てきたら順次覚えてください。
 ここではディンプルの話だけします。dimpleはエクボのことですが、タイの結び目のくぼみを指します。これはぜひ覚えてください。指3本で生地をM字型につまんで引っ張ります。まずは中央にきれいなディンブルを作れるように練習しましょう。それができるようになったら、くずし、に進みます。ディンブルの位置を少し左右にずらしたり、後ろの小剣側を少しだけ見せるように外しの技を付け、タイをより装飾的に立体的に魅せていきます。ただし、この外しの技が必ずしも好印象につながるとは限らないので、そのへんは臨機応変で。ディンプルは遊びの要素なので、好まない人もいます。徳仁天皇はディンプルをあまり好まないようです。それから、大事なこと、葬式ではディンプルはタブーです。入れてはいけません。遊びの要素は排除しないといけないからです。

 色柄についてもここでは多くを語りません。タイはその人のパーソナリティが最も主張できるパーツですから、強い主張を出したいのか弱みを示して同情を引き出したいのか、冷静沈着なのか柔軟寛容なのか、目立ちたいのか目立ちたくないのか、季節感は必要か不要か、それぞれのシーンに相応しい色柄というものを探してください。
 ただストライプの話はしておきましょう。ネクタイというのは、趣味嗜好だけでなく、その人の属性を象徴する道具としても使われます。ストライプのネクタイのことをレジメンタルと呼ぶのを聞いたことがあるでしょう。Regimental、つまり連隊、を意味しますが、英国の軍隊では、連隊ごとに固有のストライプを持っていたのでそれに由来します。わかりやすいのは学校の制服でしょうか。あれがバラバラだったら制服になりませんね。ストライプのタイはある団体に帰属していることを誇示する場合に着用される場合が多いので、誤解を招かないような配慮が必要になる場合があります。添付した写真のタイは年に二回ぐらいしか使いませんが、出身大学関連の催しの際に限定して着用します。
 ちなみにストライプのタイの向きに英国式と米国式があるのを知ってますか。ストライプの向きが右手側に下がるのが英国式、左手側に下がるのが米国式です。なぜこの違いがあるのかはわかりません。私の想像ですが、左側通行と右側通行の違いが関係しているような気がします。誰か知ってる人がいたら教えて下さい。(弥)

参考までに。
倶樂部余話【365】平成の終わりに(2019年3月1日)
https://www.savilerowclub.com/yowa/archives/611

倶樂部余話【429】 新しいウェルドレッサー (2024年7月1日)

倶樂部余話【444】パンツの話 (2025年10月1日)


 トラウザーズではなくて下着のパンツの話。家族以外は知らない私の秘密をお話しします。
 私、人とはちょっと違うパンツを英国から買っています。って、何も性癖じみた話じゃないですよ。写真のようなもので、英国のチェーンストアMarks&Spencer(M&S)のブリーフ5枚組、スリランカ製、綿90%ポリウレタン10%。その時々で異なる色柄のアソート5枚セットで、写真のものはポンドではなくて32ユーロの値札が付いているので恐らくダブリンかゴールウェイのM&Sでかなり前にまとめ買いしたものでしょう、一枚千円ぐらいの大衆品です。
 もう20年以上も前になるでしょうか、この手のものがどこを探しても見つからなくて諦めていた頃、ダブリンのM&Sでこの品を発見、以来愛用を続け、海外出張の際にまとめ買いしたり、足りなくなるとわざわざ英国から通販で取り寄せたり、一体何十枚履き続けているのか私にも見当がつきません。男性しかわからないでしょうが、これじゃないと「収まりが悪い」んです。
 いよいよ最後の一組に手を付けたところで、そろそろ次の購入を検討しないといけないな、と、もう一度ネット検索をしてみました。そもそも国内はトランクス全盛の時代でブリーフはかなり少数派、スポーツ用の超ビキニだったり、股上が深くても爺さんみたいな白無地しかなかったり、とか、で、やっぱり食指の動くものがまったくありません。
なんでここでこんな告白をしたのか。え、ちょっと遊んでみたくなりました。多分多くの方はこう思っているでしょう。そりゃ、野沢さん、ないものねだりだよ、そんな化石のような変人は他にいないよ、と。でももしかしたら、いやぁ自分も同じ思いをしてたんだ、貴重な情報をありがとう、という人がいるかもしれない、一人でも二人でも、いるかもしれないでしょ。あんまり知られてないけどいいものを自分の視点で紹介すること、これが私の仕事の本質だとすれば、それこそ私の本望ではないか、なんて考えたんですね。
 倶樂部余話はネットのお陰でハガキ時代に比べて読者数が格段に増えました。なかには私の存じ上げない方もいて、そういう方々からご意見やご感想をいただく機会も多くなりました。だからちょっと告白して遊んでみようと思った次第です。(弥)

糸偏雑筆【3】番手とかゲージとか撚りとかプライとか、タテとヨコのことも。(2025.9.16.)


 糸の太さ(細さ)なんかの話です。子供でもわかるくらいの話にしたいのでできる限り数字や計算を出さないようにします。

 「番手」という単位を聞いたことがあると思います。焼き豚に巻くたこ糸は20番手、高級なドレスシャツの糸は100番手とか120番手とか言いますね。つまり、糸が細くなるほどに数字が大きくなるのです。
その理屈を話すと、ここからが数字の話になるのでできるだけ平易に話しますね、例えば10グラムの糸があるとします、この糸を延ばすと20メートルになったとします、それを20番手と呼ぶとしましょう。今度は同じ重さすなわち10グラムの別の糸を延ばしてみたら延びて延びて100メートルになりました。これが100番手です。
距離が5倍になったということは、この糸は5分の1の細さの糸ということです。だから100番手の糸を5本束ねると20番手一本と同じ太さになります。専門的にはこう書きます、100/5=20/1。
わかったかなぁ。つまり番手の数字は一定の重量に対する距離を表すので、糸が細くなるほどに番手の数字が大きくなるというわけです。

 で、より分かりにくくさせるのが、毛(ウール)と綿と麻で、その計算基準が違うんです。毛の100番手と綿の100番手は全くの別物です。
それぞれ重さが違いますね、毛は軽くて綿は重たい、麻はもっと重たい、ので、同じ計算式では無理なのです。
これ以上話すと読むのが嫌になりますから、ここでは、素材によって番手の基準が全く異なる(しかもそれぞれに相互関係もない)ということぐらいを覚えておけばいいです。
 
 セーターの毛糸ではゲージ(Gauge、略してG)という単位もよく使われます。これはもともと編機の針の密度を表す単位で、1インチ(約2.54cm)の間に何本の編み針があるかを示します。
太い糸なら網目は少なくて済み、細い糸になるほど編み目の数は増えます。
一般に5G以下をローゲージ、6–11Gをミドルゲージ、12G以上をハイゲージ、と呼びます。30Gのハイゲージニットが着心地抜群なのもわかりますね。
このゲージという単位も、マシンニットではなくて、今度はハンドニットの方になるとこれまた計算の基準が変わるのですが、詳しく知りたい人は調べてください。
 
 さて、100番手双糸(100/2)はよく百双(ひゃくそう)と言われるほどシャツ生地の代表選手です。
単糸では細すぎてすぐに切れてしまうので2本を撚(よ)り合わせて(=ねじり合わせて)双糸にしています。この糸の太さは50番手単糸(50/1)と同じですが、よりしなやかで繊細な糸ができます。
1本取りを単糸、2本撚りを双糸、また三子糸と言って3本撚りの糸もあります。
最初に焼き豚のたこ糸(20番手)の話をしましたが、例えば大凧の凧糸は20/18、つまり20番手の18本撚り(6本の糸をさらに3本撚る)なんだそうです。
また、強撚糸といって、強制的に撚りを強くねじり合わせた夏の冷涼素材もあったり、撚り方もS撚りとZ撚りがあったり、と、撚りにもいろいろありますがここから先は省略します。

 この撚る、ねじる、というのを英語ではply(プライ)といいます。2ply(ツープライ)とか4ply(フォープライ)とか、聞いたことがあるでしょう。当社では、Voe True Shetland という無染色ウールのセーターを長年続けていますが、1ply, 2ply, 4ply, と3種類とも扱っていて、同じカタチなのに趣きはまるで異なっていて、もともとは同じ糸からできているとは思えないくらいです。
アランセーターは当社では3plyに限定していまして、これも2plyではどうしてもアランセーターのガッチリした独特な風合いが出ないのです。

 布地というのは、タテ糸とヨコ糸で織られます。(ただしニット生地はヨコ糸だけ。話がややこしくなるのでここでは省略)
   例えば、タテに麻を組んで、ヨコに綿を通すと、綿と麻の混紡生地ができます。だから麻50%綿50%という表記かと思いきや、これが麻60%綿40%といった組成表記になります。
なぜかというと、重量バランスなんです。麻のほうが重たいのでこうなるんですね。誰も教えてくれないので、これが私はずっと不思議でなりませんでした。

 また、スーツの世界ではよく言われることがあります。英国のスーツ服地はタテ糸もヨコ糸も双糸で織られるけれど、イタリアの服地はタテ糸は双糸でもヨコ糸は単糸で織られていることが多い、だからイタリアの生地のほうが軽くて柔らかいのだけど、英国の生地のほうが丈夫で長持ちでシワにもなりにくい、という話です。
真偽の程は確かではないのですが、この話、イタリアの服は初めから花が咲いているが、イギリスの服は売られるときはまだツボミの状態なんだ、というたとえ話に似てるような気がします。

 さて、ここではあえてタテ糸・ヨコ糸とカタカナで書きましたが、糸偏業界では、縦と横と言わずに、経糸と緯糸と書きます。なんでだろうと思ってましたがこれも誰も教えてくれないので、ここからは私の想像です。多分そうだったんだろう、ということです。
 布地を服にするとき、縦横はほとんどそのまま使いますが、時々横向きに90度変えて成型したり(吊り編みのスウェットなど。リバースウィーブと呼ばれたりします)、スカートなんかは45度に斜め(バイヤス)に取ったりもします。つまり生地のタテとヨコは必ずしも出来上がる服のタテヨコとは一致しない、ですから縦糸横糸というと間違いが起きることもありえます。
なので、普遍的な方向を示す表現として、経糸と緯糸、としたのではないか。経緯というといきさつとも読めて、事の成り立ちを表したり、中島みゆきは糸という詩にしたり、たしかに縦横よりも雰囲気あります。

 経と緯、どっちがどっちだったっけ、と分からなくなったとき、そういうときは地球儀を思い浮かべます。東経135度・日本標準時の明石の子午線、北緯45度・ミュンヘン札幌ミルウォーキーはビールの名産地という古いcm、これでタテヨコ間違えることはありません。
ちなみに英語では、経糸はwarp(ワープ。たるみ、緩み)、緯糸はwelt(ウェルト。引き締め。革靴のウェルト(細革)と同義)といいます。たわんでる糸の束の中を通して締め上げて織っていく、という感じがよく分かる、いい表現だな、と思います。

さて、糸の話あれこれ、なるべく平易に語ったつもりですが、いががでしたでしょうか。

以下加筆です(2026.2.20.記) 
訂正です。経糸はwarpは正しいのですが、緯糸は、weltてはなくてweft(ウェフト)です。お客様からご指摘を受けました。誤った内容を偉そうにひけらかしてしまいましてお恥ずかしい限りです。「warp & weft」で、文字通り「タテとヨコ」また日本語と同じく比喩的に「経緯(いきさつ)」の意としても慣用句として使われるようです。warpは経糸の意味の他にもたわみとか緩みとか宇宙戦艦ヤマトの高速航法とか、他にもいろいろな意味で使われる言葉ですが、対してweftは緯糸以外に他に意味を持たないようで、もっぱらwarpと対のようにして使われることが多いようです。Fさん、ご指摘ありがとうございました。

倶樂部余話【443】シンクロする朝ドラ (2025年9月1日)


 朝ドラファンとしては至福の時期を過ごしています。3つの朝ドラがシンクロしているのです。
 今年の「あんぱん」、9年前(2016年制作)の「とと姉ちゃん」再放送、そして38年前(1987年制作)の「チョッちゃん」再放送。これを夫婦二人で毎日のように3つ続けて観ています。

 この3つ、共通点があります。実話が元、女性主人公が地方から東京に移住、戦争を挟んで人生が大きく変化。何しろ3人の歳が近いんです。
 黒柳朝(チョッちゃんのモデル)…1910(明治43年)—2006(平成18年)享年96歳。黒柳徹子の母。
 小松のぶ(あんぱんのモデル) …1918(大正7年)—1993(平成5年)享年75歳。やなせたかしの妻。
 大橋しず子(とと姉ちゃんのモデル) …1920(大正9年)—2013(平成25年)享年93歳。暮しの手帖創刊者。
 10歳しか離れてないんですね。だから銀座あたりできっとすれ違っているはずだし、もしかしたらお互いに知り合いだったかもしれません。業界も近いですし、実際に永六輔はこの3人全てと交友がありました。

 NHKがこの3つを同時期に組んだのは偶然ではないように思います。前作があまりの酷評だったこともあり、起死回生、今作を援護射撃するように、戦後80年の記念の年に終戦直後の東京を描いた似たような作品を並べて朝ドラの多重構造化を狙ったんじゃないでしょうか。え、もしや、残り1ヶ月、この3人が出会うような伏線回収的ストーリーが組まれているのでは、自分自身の幼少期まで登場させる脚本家中園ミホのことですから、そんなサプライズがあってもおかしくない。まさか、ありえないかな。

 今年は昭和100年にして戦後80年。1957年昭和32年生れの私ですが、こないだちょっとショックなことがありまして、30前の人から「野沢さん、昭和32年生まれっていうのは戦争中ですか」と聞かれました。若い人にとっては、もう昭和は20年代も30年代も一括りで昭和なんですね。自分自身は戦争を知らない子供たちだと胸を張ってばかりいましたが、考えてみるとGHQの占領が終わって独立国としての主権を獲得してからたった7年後に生まれているのですから、まだまだ戦後処理の真っ只中にいたんですね。荻窪駅のガード下で傷痍軍人がハーモニカを吹いている姿など普通に覚えてますから、今の若い人から見れば戦中派に間違えられても仕方ないことなのかもしれません。

 男の私はつい理屈っぽくこう社会的意義みたいな観点で語ってしまいますが、愚妻は方言比較みたいな捉え方をしているようで、特に幼い頃に夕張で育った彼女にとって、チョッちゃんでの北海道弁はやたらに懐かしいらしく「なんも、なんもだ」ってマイブーム化しています。(弥) (文中敬称略)

糸偏雑筆【2】公式。革物は黒と茶を混ぜない・色のはしごを架ける (2025.8.15,)


ベルトと靴の色、合ってますか。黒なら黒に、茶なら茶に、合わせましょうね。

そんなこと、当たり前だろ、って思う方は多いでしょう。
でも、この単純なルール、実は私は大学2年のときに初めて知りました。えっそうなの、って目からウロコでした。
そして、街を歩くと未だにコレができていない男性があまりにも多すぎるので、まずはここから話さなきゃ、と思うのです。
じゃ、カバンの色は合ってますか。手帳は? 名刺入れは? 時計のベルトは? さあどうですか。
スーツの歴史は簡略化の歴史でもあるので、実際にはルールはだんだん緩くなってきていて、
現代では、黒っぽく見える色、つまり焦げ茶や赤濃茶は黒と混ぜてもいいことになっています。
画像で並べた革見本でいうと、左の3つは許容範囲、だけど右の2つ(中茶、淡茶)まで明るいのはNGです。
それから、黒でも茶でもない色、例えば

こういう、濃紺、濃緑、濃炭、なんかは、逃げ道としてうまく使えば役立ちます。
私が近頃グリーンやネイビーのカバンを使うのは、実はこの革物の色統一からの逃げ道なんです。
また、カバンでいうと、近頃は革製でない合繊織布の製品も増えていて、これらのほとんどが黒ですよね。色の統一、は、ますます難しくなります。
まだ話には先があって、金属の色。ゴールドかシルバーか、これもできれば意識したいです。ベルトのバックル、時計、筆記具、カフリンクス、指輪、ネックレス、できれば統一したいです。私の結婚指輪は金色と銀色のコンビでして、時計もコンビが多い。おかげで金色にも銀色にも対応可能で大変重宝してます。

大事なことは、統一されていると気が付かない、気にならないのに、なにかが違っていると気がついちゃう、気になっちゃう、というのが、メンズファッションの世界の不思議なところ、なんですね。評価判断がどうしても減点主義に傾いてしまうのは仕方ないことなんです。

なので、これは、ビギナーへの究極のアドバイス。
革物は黒にしておけ。茶には迂闊に手を出すな。全部やり直しになる覚悟があるか。

さて、お次は、「色のはしご」を架ける。
この生地を見本にしましょう。淡茶のベースに中茶、スカイブルー、紺、赤、のライン、で、5色使いのガンクラブチェックです。

このジャケットに、さてトラウザーズ(スラックス)は何色を履きますか。
この5つの色から一つの色を選んでジャケットとトラウザーズに色のはしごを掛けます。
赤やスカイブルーのボトムを履く男性はまずいないでしょうから、
茶系を選ぶのが一般的でしょう。薄茶でも濃茶でもいいですが、でもそうすると靴も茶色にしたくなります。もし黒い靴を履きたいなら、紺のボトムを選んでみましょう。(もちろんデニムやチノパンという選択肢もありますが、話が複雑になるのでここではいったん除外しますよ)
シャツとネクタイはどうしましょう。赤系とブルー系をうまく使って色のはしごを掛けましょう。
ブルー系のシャツに赤系ピンク使いの小紋やプリントのタイ、というのはどうでしょう。
逆にピンクのシャツにブルー使いのタイ、もいいですね。
暖色系のジャケットに寒色系のシャツあるいはタイ、という組み合わせは、暖色系だけだともったりとしがちになるコーディネートを引き締めてくれます。
ポケットチーフは差し色のスカイブルーにしますか。そりゃちょっと目立ち過ぎかな、って思ったら、おとなしくベージュ系にとどめておいたほうがより好感度が増すかもしれません。職業にもよるでしょうね。
(チェックやストライプ、無地との組み合わせのコツについてはまた後日改めてやりますのでここでは省きます)

色のはしご、という意味がわかっていただけたでしょうか。
この公式も、私、大学を卒業してから知りました。だって誰も教えてくれなかったんですよ。

このスーツは今から11年前、2014年に当店が葛利毛織に別注したスーツ生地、
その名も「フィナンシャルストライプ」です。

決め手はサーモンピンクの差し色、英国の経済紙FinancialTimes(FT)の色です。

ロンドンの金融街シティをFTを小脇に挟んでさっそうと闊歩する英国紳士をイメージして、
スーツと新聞紙にサーモンピンクのはしごを掛けたのです。
で、FTを手に持てない日本人ために、新聞の代わりにネクタイも用意したのです。
英国のStephen Waltersに別注した生地を日本で縫製しました。

色のはしごを使った当店でも過去最大級のお遊びでした。

さて以上の話、元ネタは以下のとおりです。

倶樂部余話【23】公式①「革物は、茶色と黒を混ぜない」(1990年9月18日)
倶樂部余話【24】公式②「色のハシゴ」(1990年10月16日)
【倶樂部余話】 No.311 フィナンシャル・ストライプ (2014.8.28)

35年前からおんなじ話をしてるんです。キホンのキ、でありますね。

倶樂部余話【442】トランプ関税 (2025年8月1日)


 当店は7月決算ですので、今日8月1日は会社の元日のようなものですが、世界中の多くの人にとってはトランプ関税が一体どうなるのか、米国の動きを固唾をのんで見守っているという一日になっているんじゃないでしょうか。米国と取引のない私なんかは気楽なもので、米国内の港や空港内の貨物の税関はパニックになってないのか、通関が渋滞して長い行列ができるんじゃないか、なんてつまらぬ心配をしていますが、輸出業者にしてみれば、わがまま爺さんのご機嫌伺いに一喜一憂せざるを得ないわけで、まあ気の毒だなぁ、とは思います。

 何十年か前に、初めて直輸入をしようとしたときに、先輩の同業者から「関税はしっかり知っておいたほうがいいよ」とアドバイスされ、関税定率法とか通関士の入門書なんかを読んでわりと勉強したものですが、その厳格に決めらるはずの関税というものが、大統領の気まぐれでいとも簡単に100%とか200%みたいな常軌を逸した税率まで飛び出してころころと変わってしまっていいものなのか、私にはわけがわかりません。

 とは言っても、実のところ輸出業者は言う程そんなに困ってないんじゃないのかなぁ、とも思うのです。なにせこの10年でドルは5割以上高くなってる(最低値101円から最高値161円)ので、同じ売上を維持できればそれで5割の増収ですから、ここで15%ぐらい関税が高くなってもへっちゃらなんじゃないでしょうか。それに関税を支払うのは米国の方なので、輸出業者の財布は傷まないんです。

 対して財布が傷むのは私ども輸入業者の方です。当社の輸入相手は欧州なので、ユーロを例にしますと、この10年で為替は5割以上(最低値113円から最高値173円)上がりしかも欧州の物価自体が26%上がってますので、ざくっというと、10年前には1万円で買えたものが今は2万円出さないと買えないんです。支払う関税はEPA(貿易協定)のおかげでかなり安くなっていて助かってはいますが、それでもこの10年デフレ下の日本で仕入れ値が倍になっても売値を倍にはできないわけで、弱体化した国力がその原因であるにも関わらず、この減益を補填してくれるものはなにもないのですから、愚痴のひとつも言いたくなるってもんです。

 まあ、仕方ないか。本来なら年度初めの日には一年の抱負を語るものなんでしょうが、なんだか愚痴っぽくなりました。今日の国際ニュースがどうなることかわかりませんが、なんとかやっていきましょう。ということで、野澤屋103年目ジャック野澤屋53年目の元日の余話でありました。(弥)

糸偏雑筆【1】「ポロシャツの違い~カットソーって何?」(2025.07.16.)


2つのポロシャツ、どちらも私物で15年以上愛用しています。


この2つの違いは何でしょう。

色。ナチュラルホワイトとあせた黒。
ブランド。ラコステ(日本製)とジョン・スメドレー(英国製)。
価格。(今これと同様の新品を買うとすると) 約2万円と約4万円。
生地の組織。どちらも綿100%の編み生地(織り生地ではない)ですが、カノコ編み(隙間だらけで通気性あり)と天竺編み(細番手のシーアイランドコットンでさらりとした肌触り)という違い。
といったところでしょうか。

決定的な違いは何かというと、それは、ラコステはカットソー、スメドレーはニットウェア、ということなんです。
もちょっというと、Tシャツから派生してできたポロシャツ(カットソー)とセーターから派生したポロシャツ(ニットウェア)、同じポロでも2つは作り方が全く違うんですね。

じゃあ、カットソーからお話しましょう。
まず、生地というものには織り生地(=weave)と編み生地(ニット生地=knit)があります。
織り生地はタテ糸にヨコ糸を交差させて平面で織っていきますが、編み生地はヨコ糸だけで編んでいきます。一般的に釣り鐘のように丸くぐるぐると編んでいって、編み上がったものに縦にハサミを入れて平面の生地として管理します。
  カットソーは、その編み生地を各パーツに裁断(=cut)し、それを縫い合わせ(=sew)て作ります。だからcut&sewでカットソーです。編み生地は裁断したままだと端がほつれたり丸まったりしてしまうので、それを防止するためにかがりながら縫い合わせるミシン(インターロック)が多用されます。
  製品で確かめてみましょう。ラコステのボロシャツを裏返してみます。生地の向きがわかりやすいように今度はボーダー(横ストライプ)の私物を選びました。


袖付のところ、ほぼ45度に向きの違う生地をロックミシンで縫い合わせています。袖口にはリブ編みのパーツ(いわゆるちょうちん袖)を付いてます。袖リブがひっくり返らないような工夫された縫い付け方がされています。
肩のところだけは仕様が違っていて、ここは一番力のかかる箇所で弱いと型くずれしたりするので、白いグログランテープで補強してしっかりと巻き縫いされています。3箇所、違うやり方で縫い分けられています。さすがですね。確かめたらユニクロやMujiは3箇所すべて同様のロック処理で済まされていました。

さて、ニットウェアの方です。始めにまずソックスを裏返してみます。


ソックスの編立機というのはすごくて、生地を編みながら同時にはぎ合わせもして、成形してしまうのです。
これがさらに進化したのが手袋の自動編み機です。現在ニットウェアの自動編み機では世界で高いシェアを持っている和歌山県の島精機という会社は、その前身が手袋製造のファクトリーでした。
 ニットウェアでいちばん重要なのがパーツごとのはぎ合わせです。縫う(sew)のではなく、リンキングといいます。LINK、リンクを張る、の、リンクです。はぎ合わせ、とか、つなぎ合わせ、と、言って、縫い合わせるとは言いません。そもそもニットウェアは縫い合わせsewができないのです。
リンキングは、ソックスや手袋みたいに自動でリンキングまで済ませる製品もあれば、リンキングだけはあとから別作業でつなげるという製品もあります。機械によっていろいろです。
 製品を見てみましょう。同じくスメドレーですけど、わかりやすいように明るい色に変えます。胃カメラ画像じゃないですよ。


袖付のところです。裏側も撮りました。
リンキングは2つの生地の向きが揃ってないとつなぎ合わせられないので、
そのために生地の向きを寸前で軌道修正します。軌道修正は網目の目数を「減らし」ながら進めます。
その軌道修正の跡が合わせの両サイドにハンドステッチのような点線になって現れているのがわかりますか。
これを、減らし目模様、略してヘラシ、と呼んでいます。ニットウェアの証のようなものです。
無地のニットウェアに現れるヘラシは一種の柄のような趣があり、大きな魅力となります。


これはウールのベストですが、Vネックのところ、見てください。ここまで見事にヘラシのきれいなVネックはなかなかないです。スメドレーも最近は機械をすべて一新したらしいので、もうこんなVネックのヘラシにもお目にかかれないかもしれません。あ、脇のところにもヘラシが見えますよね。

さて、冒頭の2つのポロシャツ、どちらがいいとか悪いとかということではありません。
スポーツウェアとしてはカットソーの方が遥かに機能的でしょう。
でももしリゾートやビジネスとして着るとか、また例えば軽いジャケットのインで着るとかという場合には、ニットウェアのほうがふさわしいんじゃないかと思います。
カットソーにはスニーカー、ニットウェアには革靴、という私の基準ですが、ちょっと古臭いかも。
そもそものルーツである、Tシャツとセーターとの違い、というところが判断の分かれ目かな、と思います。


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今回から、洋服屋の立場から、最低限これだけは知っておいて欲しい、という事項を、順不同に書き綴っていこうと思い立ちまして、タイトルを「糸偏雑筆」(いとへん(の)ざっぴつ)といたしました。
今4歳と1歳の孫が将来読んでもわかるように、書き残すつもりです。
カテゴリーは「学ぼう」としました。
糸偏(いとへん)というのは、繊維に関わる業界を広く言い表した俗語です。どれだけ続けられるかわかりませんが、月に一回、5年ぐらいは続けたいと思ってます。ご拝読いただければ嬉しいです。

倶樂部余話【441】2032年へ向けて (2025年7月1日)


 私は今年68歳になりますが、50代の頃から自分は短命でその寿命は70だと決めていました。
さすがにもう少し生きられそうかな、と感じていた矢先、倶樂部余話【405】で触れた私そっくりの叔父が昨年78歳で昇天したことから、いよいよ私も78までか、と思い始めて、じゃ引退して余生を楽しむという期間も少しだけ欲しいし、ということで、75歳でリタイア、という目標を定めました。あと7年です。まだまだ7年もあるじゃないかと思われるかもしれませんが、前の店舗から今の場所に移動してもう7年経つのですから、7年なんてあっという間です。ここで折り返しの7年、2032年に向けてじわじわと店の終活に入ることにします。
 そう決めるとやりたいことがむくむくと湧いてきました。不思議なもんですね。
 まず、クロージングアイテムの再強化。カッコよく言うとセヴィルロウ倶樂部の復権、
わかりやすく言うと、最後のスーツは当店で、という7年掛けのロングキャンペーンを張ります。幸い、当店には国内業界一人勝ち状態のAという素晴らしいファクトリーが強い味方にいます。ここが近頃最強のスタンダードモデルを発表しましたのでこれをアピールします。
 次。7年の間品揃えから欠落したままでずっと気がかりだったのがネクタイです。再開するならこの男と組みたい、というKという人物、当店がかつて何百本も売ってきたあのDのタイに国内で最も近いモノづくりをしている男と取引を再開します。たださすがに常時展開は難しいので、10月初めにまず短期のPopUpイベントとしてお披露目のスタートをします。ネクタイが欲しい人はそこまで我慢しててください。そして10月に必ず来て(見て)ください。品物には自信があります。
 それから。正しい洋服の知識を得る場所がなくなってきた、と感じてます。雑誌がその役目を果たせなくなっていて、ネットで断片的な知識を聞きかじることしかできません。
なのでもう一度、最低のことだけは店が残しておかねばなりません。今までにも倶樂部余話の中で折りに触れいろいろ書いてきましたが、改めてまとめていこうかな、と思います。ついてはメルマガを月二回にして、倶樂部余話を朝刊コラムとすれば、夕刊コラムのような糸偏雑筆(いとへんざっぴつ)(仮題)の連載を始めてみます。7年も書くだけの服屋の知識を自分が持ち合わせているか不安ですが、将来孫に読ませてもわかってもらえるような糸偏業界40余年の戯言を書いてみようと思っています。
 そして。7年後に私はリタイアしますが、後継者は考えていないので店も閉めることになります。が、この店を引き継ぎたいという人物が出てこないとも限りません。経営状態は借金のことを除けばなんとかギリギリの黒字ですし、店の運営を別会社に移すとか、誂えると揃えるを分離するとか方法は色々あります。ダブルワークでも可能かもしれません。興味のある方は一度ご相談ください。秘密は厳守します。
 今回は、今こんなことを考えています、というお話をいたしました。一つの目標が生まれて、なんだか清々しい気分です。今年の夏も暑いみたいです、しっかり乗り切りましょう。(弥)

倶樂部余話【440】カルピスは苦い記憶 (2025年6月1日)


 久しぶりに真剣に相撲を見ました。日本にもすごい若者がいるもんだ。新横綱大の里、どうか師匠の分までふたり分の活躍をしてもらいたいものです。(師匠・稀勢の里の悲運については倶樂部余話【363】に書きました)

 中学生の頃、だから今から50年ほど前ですが、50年経ったらなくなっているもの、として、私は4つのものを予想しました。デパート、演歌、歌舞伎、大相撲。
 デパートは、合併とリストラを繰り返してかろうじて大都市の店舗だけが生き延びてますが、百貨店会社自身がすでにデパートメントストアという従来の店舗形態に固執していないので、私の予想は概ね当たっていたと言っていいでしょう。演歌も世代転換が進まずに今後も衰退していくでしょうね。余計なことですが、どうしてNHKは紅白で演歌になるとけん玉とか巨大な衣装装置とか集団舞踏とか余興ばっかりで肝心の歌を聞かせることに集中させないんでしょうか。さて、歌舞伎は元々が大衆演芸だったこともあり、時代を取り込む柔軟な姿勢を見せて思いの外健闘、歌舞伎座も蘇って、私の予測は外れたと言えます。そして相撲。裸でちょんまげ、なんて誰が好んでするものか、蒙古族の出稼ぎ場になっていくのが関の山、と思ってましたが、なかなかどうして、生き残っています。ただ競技として女性を取り込めないのが致命的なのと、プロスポーツとしてみると優秀な選手が他の競技に流れしまい、相撲界にはいい人材が残りにくいのではないかと思います。大の里も父親が相撲の指導者だったことが幸いしましたが、そうでなかったら、松井秀喜に憧れて今頃大谷翔平と肩を並べる大リーガーになっていたかもしれません。

 こういう当たる当たらないという予想は、服飾のバイヤーという職業を長年しているとクセのようになってしまっていて、大きな展示会を回っても、常に売れるか売れないか、を頭においている自分に気が付きます。もちろん、最初から売れないと思って新製品を出す人などいないのですが、バイヤーとしては、ただよく売れるものを探せばいいのではなくて、まだそれほど知られてないけれど売り方次第では面白いアピールができるかな、という極めてニッチな商品を探し当てないといけません。百に一つ、千に一つ、ぐらいのつもりで探しますから、99%は捨てているわけです。

 売れる売れないの判断では今でも痛恨の極みとも言うべき記憶があります。当時34歳、1991年(平成3年)に発売された缶入り飲料カルピスウォーター。私は呆れてこう言い放ちました。炭酸水ならともかく(その18年前にすでにカルピスソーダは誕生していた)、ただ水で希釈しただけのものにソーダと同じ金額を払う者なんかいるはずがない、自分で薄めりゃ濃さも自由に好きなだけ飲めるじゃないか、一体何を考えてるんだ、作り置きで飲みきりの缶入り(ペットポトルなどまだなかった)のカルピス水なんて売れるはずがない、と言下に斬り捨てたのです。しかし結果は空前の大ヒット、30年以上続いているロングセラー飲料になっています。思えば売れると信じて仕入れたものが全く売れなかったことは幾度か経験がありますが、あのときほど自分の予想能力に自信をなくしたことはありません。
 高校の夏合宿、灼熱のテニスコートに女子が差し入れてくれたヤカン入りの冷えたカルピス、あれはまさに甘い初恋の味でしたが、今でもコンビニであの青い水玉の付いた白いボトルを見るたび、私には苦い記憶ばかりが蘇ってくるのです。(弥)

倶樂部余話【439】あきらけく、桃一ばんざい (2025年5月1日)


 誰も自分の過去を知らない離れた土地に引っ越して人生をリセットする、そういう機会を私は二回得ています。二度目の方は25歳で東京から静岡に引っ越してきたときで、リセットというと聞こえはいいですが、血気盛んな頃の不埒な悪行三昧の恥ずかしい過去を静岡の人に知られたくなかったのでした。
 自分にとってなにより大きかったのは最初のリセットでして、それは小学校卒業と中学入学との境目、東京杉並区から湘南藤沢への引っ越しでした。今から55年前、大阪万博の年のことです。生まれ変わった少年野沢は創立間もない藤沢の新しい中学で生徒会活動に没頭、楽しく過ごすことになります。

 小学校当時の私は、職員室を騒がせる問題児、まあとにかく悪い子でして、母親は何度も学校に呼ばれました。今になって思うと担任だった若くてきれいな女センセイを困らせたかっただけの他愛ないワルガキの仕業なわけですが、10歳ぐらいの私にはなぜ悪さをするのか自分でも自分のことが理解できず、抜け出したくても抜け出せない、自己嫌悪のカタマリになってました。それでも学校は大好きで毎日楽しく通いましたし、仲のいい友達もたくさんいました。しかし引っ越して以来、今では連絡の取れる級友は一人もいなくなってしまったのです。

 この小学校、親がわざわざ越境までさせて私たち兄妹を入れたほどのとても古い伝統校で、入学したときにはまだ長い廊下の木造の校舎がありそこで授業を受けました。わけも分からず丸暗記した文語調の校歌の出だしは、明治八年春開校という13文字を29文字に引き伸ばしたものだったと、その意味を知ったのはかなり大人になってからです。明(あき)らけく治まる御代(みよ)の八年(やとせ)春、開けし学びの我が舎(やど)は、、、。もちろん今でも歌えます。東京都杉並区立桃井第一小学校、通称、桃一。

 明治8年(1875年)というのは寺子屋から小学校へ国の学制が大きく切り替わった年で、桃一は杉並区で二番目に古い小学校で4月28日に開校しました。一番目はその三日前に開校していて、たった3日の違いで二番目に甘んじたことがよほど悔しかったんでしょう、ことさらに明治八年を強調した校歌にはその悔しい思いが込められているように感じます。

 つまり今年創立150周年を迎える小学校は日本中のあちこちにあるらしいのですが、私にとっては55年前にそこから離れてしまった思い出の場所です。150年を迎える今年の開校記念日は何年か前からずっと気になっている節目の日になっていて、もしかしたら同じように思っている卒業生もいるんじゃないか、いや学校はホームカミングディなどと称して校門を開けて待ってるんじゃないか、などと思い巡らせまして、私とうとう桃一に問い合わせをしてみました。

 副校長に名前を告げるとすぐに調べてくれて95期に私の名前があり卒業後すぐに藤沢市に転居していることなどの記録があると話してくれました。「創立記念日は例年と同じく休校日なのでどなたも入れません。来ていただいても誰もいません」しかし55年前の卒業生、しかも静岡からわざわざ問い合わせが来たことに母校はいたく喜んでくれまして「秋に大きな式典をやりますのでぜひ出席してください」と招かれました。ああ、電話してよかった。

 ですので私だけの節目の日だった一昨日は何事もなく過ぎ去り、ひとり静かにワインを傾けました。桃一150周年おめでとう。(弥)

2022年8月撮

倶樂部余話【438】思い出のパイナップル (2025年4月1日)


 少し世代の離れた人と打ち解けるのに私がよく使う方法が「これ覚えてますか?何歳でした?何してた?」といういくつかの時代のお祭り騒ぎです。
*皇太子ご成婚(ミッチーブーム)。1959年(昭和34年)私まだ1歳半。さすがに記憶はありませんが、クラスに美智子さんという女子が少なくとも必ず一人はいました。
*東京オリンピック。1964年(昭和39年)私、小1。青梅街道で聖火ランナーに日の丸を振りました。
*大阪万博。1970年(昭和45年)中1。
*札幌オリンピック。1972年(昭和47年)中3。高校受験ともろかぶり。

  中でも自分がまさに真っ只中にいたと思えるのが大阪万博♪1970年のこんにちは♪です。世界中の国名と首都を諳んじるような地理大好き少年12歳の私にとって、それは世界最高のお祭り、地球儀の上を歩いているような興奮でした。大阪・香里園に母の実家があるという好条件で、夏休みに長期滞在、分厚い公式ガイドブックと祖母のおむすびをリュックに詰めて、日がな通い詰め、77カ国、まさに世界の国からこんにちは、110を超えるパビリオンを完全踏破しました。一番の思い出は月の石?太陽の塔? いえ、パイナップルです。縦割りして割り箸を刺した生のパイナップル、最高のごちそうでした。
 中学生という年頃も良かったんだと思います。乾いたスポンジみたいにどんなものも吸い取れる巨大な吸収力が自分にありました。「人類の進歩と調和」というそのテーマは当時の実行委員だった小松左京が作った言葉だそうですが、日本中の誰もが知ってる素晴らしいスローガンでした。この国に生まれ育って、私は良かった、と、心からそう思えたのでした。
 はてさて、いよいよ二度目の大阪万博です。テーマをご存知ですか。「いのち輝く未来社会のデザイン」。申し訳ないけど、全然ピンとこないんです。そもそも万博ってデザイン展だったのかな。まあ、始まる前から悲観的になるのはやめましょう。年寄りの悪いところです。俺は一回目を知ってるから、って比較するのは良くないですね。二回目は二回目としてのいいところを見いだせるようにしましょう。
  さあこの万博は将来私の中でどういうお祭りとして残るのでしょう。分かっていることが一つだけあります。ああ、あの万博の初日、私は福岡でアランセーターの講演をしたんだっけ。(弥)

倶樂部余話【437】あちこち壊れました (2025年3月1日)


 このところ身近の小さいものが立て続けに壊れました。

 まずニコラス・モスのスモールボウルが割れました。それもミカンと茶葉と波と富士山の当店別注ジャパンエディション。瞬間接着剤でつなぎましたが、もう食物には使えません。残念。余った接着剤でほころび始めてきたヨーツェン(ダウン)のダブルジッパーの蝶棒(入れ始めの端)を固めました。これは成功。

 次にノートPCの電源コードがダメになりました。充電ができないんじゃPCが使えませんから一大事です。近隣の家電店やPC店を駆け足で回りましたが在庫はなく取り寄せもできません。仕方なくネットで買うことに。でも届くのは3日後。その間どうしようもないのか、仕事にならないよ、と落胆していると、ある店員さんが「タコ足じゃなくて壁のコンセントから直接つなぐと使えるかもしれませんよ」とのアドバイス。半信半疑で試したら、おっ、使える! これ、携帯の充電器などにも言えることらしいので、覚えておくと良いですね。

 一安心して、入荷したばかりのマウンパを着て自撮りしようと三脚をセットしたら、カメラがふらついて固定できない。ネジの締め過ぎで雲台にヒビが入ってたのは知ってたけどこれが完全に割れてしまっています。これは瞬間接着剤でも無理、諦めて買い替えよ、ヨドバシで買って翌日到着。

 郵便物の重さを測るのに秤に電池をセットしたらその電池がどうにも外せない。手元にあったボールペンの先を突いたら、アレレ壊れちゃった。お気に入りのジェットストリーム、これじゃないと嫌なので、急いで文具店へ。やっぱり横着しちゃ駄目だな。

 日本語の品質表示ラベルを新たにセーターに付ける必要があり、糸のホチキスみたいなハンドミシンを久しぶりに出してみたら、アレこれもうダメじゃん、ということでこいつは潔く買い替え。手動式は使えないとわかって電池式にして、知らない店からネットで購入。不安だったけど無事到着。

 家に帰ると、キッチンの蛍光灯、2列の一つが急に点かなくなった、と愚妻。グローと蛍光管を新品に付け直してもやっぱりダメです。しばらく1灯で我慢してもらうしかない。逆に漏電が怖いので、1灯状態から紐のスイッチを切り替えないように忠告します。

 さてさて、こうも続くと、次は一体何が壊れるのか、とびくびくしてます。今のうちは少額の小さなものなので事なきを得てますが、家の中を見回すといつ壊れても不思議でないものがごろごろしてます。エアコン、換気扇、洗濯機、冷蔵庫、などなど。40年前のものもあるんです。
 食物連鎖のように、小さいものから大きなものに続くよ、なんて脅かす人もいて、心配になってきました。全部買い替えた後に最後は地震で家が壊れるんじゃないか、なんて最悪のシナリオまで頭に浮かびます。その前に人間が壊れたりしちゃわないか、お祓いとかお清めとか、そんな馬鹿げたことまで考えている昨今であります。(弥)