そのまさに博物館級のアランセーターの中で、ナンバーワンの評価を得ているのが、1942年に本館に寄贈された通称Wing and a Prayer (翼と祈り)と呼ばれる一枚です。80年以上も前にアラン諸島で編まれたものですが、前後左右非対称の複雑な編み柄、特殊な袖付、すべてのバランス、編み手の愛情と技量とに溢れた史上最高傑作と言えるでしょう。
余談になりますが、このWing and a Prayerという呼称、このセーターに施された、翼のような、祈るような、中央の柄が印象的なのでそう名付けられたようですが、寄贈当時アメリカで流行していたジャズボーカルの曲名でもあり、それに併せてこの題名の航空関係の映画が作られたり、また奇しくも同名タイトルのドラマが偶然にも今年2023年に公開されたりしています。また、wing and a prayerというのは米国ではよく使われる慣用句でもあるらしく、運を天に任せて祈るしかない、一か八か、という意味があるようです。歌も劇もそれに引っ掛けた内容になっているのですね。便利な時代で、wing and a prayer で検索するといろいろ出てきますので、ご興味ある方はどうぞ。
さて、ある時ある博物館から、このWing and a Prayerを展示ために貸してほしい、という要請が入りました。しかし貴重な一枚、もし何かあったら大変なので、レプリカ(複製)で良ければ、ということになりまして、その作成依頼がCleoに入りました。技量、経験、長年の博物館との付き合い、いろいろ考えると、Cleo以外にこの複製を引き受けられるところはほかにはないでしょう。相当苦労してようやくレプリカが編み上がった頃、そこにコロナが襲い、欧州はロックダウン。話はすべてオジャンになってしまいました。
私に一番期待されているコメントは衣装についてのことでしょうから、まずそこから述べたいと思います。しかし、事前にいただいた資料からも、コスチュームを担当したエメ・ニーヴァルドゥニグEimer Ni Mhaoldomhnaighという女性(なんてアイリッシュなお名前でしょう)は高名なベテラン衣装デザイナーであるらしいし、また1923年当時のアランの島民の服装については当然に徹底的な時代考証をしているはずです。もちろん架空の島での物語ですから、何も当時の服装を忠実に再現する必要はないのです。この当時の実際の島民の服装は一言でいうともっとみすぼらしいものです。
さて、このフィルムのキャストに思いがけず知り合いがいたので触れさせてください。女性シンガーの役で透き通った美しい歌声を聞かせてくれたラーサリーナ・ニホニーラ(Lasairfhíona Ní Chonaola)です。ラーサリーナはイニシイア出身のシンガーで、イニシマン出身の父ダラとイニシイアの母パセラの娘。ダラはイニシイアの詩人・歴史研究家であり、資料室を併設した小さなクラフトショップも経営しています。20年以上前から良く知るファミリーで、私が販売しているアラン諸島のDVDにも登場し、素晴らしいシャーン・ノス(無伴奏の独唱)を聞かせてくれています。https://www.savilerowclub.com/clipboard/arandvd こんなところでラーサリーナに会えるなんて思ってもみませんでした。