倶樂部余話【418】Wing and a Prayer (翼と祈り)(2023年8月1日)


  アイルランド国立博物館の別館、カントリーライフ館は、アイルランド西部メイヨー県の県都キャスルバーに2001年に開館しました。ここには古いアランセーター11枚が収蔵されています。元々これらのセーターは首都ダブリンでCleo店の向かいにある国立博物館(本館)に古くから収蔵されていたものをこの別館のオープンに際して移送したものです。
 私のアランセーターの本が1996年の着想から出版まで8年もかかってしまった一番大きな理由は、この11枚のセーターを取材するためにはこの別館のオープンを待たねばならなかったからでした。ダブリンに保管してあった時期ならばCleo店がそうしていたように割と簡単に頼めば見せてもらえたのでしょうが、私が見たいときに運悪く保管と修復のために非公開の遠い場所に移されてしまったのです。

 6年待って、ようやく対面できた11枚のセーター。飾られているものだけではなく、ストレージに厳重管理されているものも学芸員の特別な配慮で拝見することができて、資料もたくさん頂戴し、ようやく私の執筆も進んだのでした。 これらの古いアランセーターはその後2008年のアランセーターの特別展の際に初めて一堂にずらりと並んで展示されました。この展覧会は世界で初めてアランセーターにスポットを当てたもので、嬉しいことに、私が日本での百貨店催事に際して作成した小冊子も一緒に展示されました。

 そのまさに博物館級のアランセーターの中で、ナンバーワンの評価を得ているのが、1942年に本館に寄贈された通称Wing and a Prayer (翼と祈り)と呼ばれる一枚です。80年以上も前にアラン諸島で編まれたものですが、前後左右非対称の複雑な編み柄、特殊な袖付、すべてのバランス、編み手の愛情と技量とに溢れた史上最高傑作と言えるでしょう。

 余談になりますが、このWing and a Prayerという呼称、このセーターに施された、翼のような、祈るような、中央の柄が印象的なのでそう名付けられたようですが、寄贈当時アメリカで流行していたジャズボーカルの曲名でもあり、それに併せてこの題名の航空関係の映画が作られたり、また奇しくも同名タイトルのドラマが偶然にも今年2023年に公開されたりしています。また、wing and a prayerというのは米国ではよく使われる慣用句でもあるらしく、運を天に任せて祈るしかない、一か八か、という意味があるようです。歌も劇もそれに引っ掛けた内容になっているのですね。便利な時代で、wing and a prayer で検索するといろいろ出てきますので、ご興味ある方はどうぞ。

 私はこの国立カントリーライフ館を3度訪問し、その都度学芸員のクロダ・ドイル女史から説明を受け資料の提供をしてもらいますが、いつも、デザインの盗用や商業的な宣伝物に使用されることのないように十分に注意してください、と、念を押されます。まぁ、真似しようにもここまでのレベルのアランセーター、そう簡単には真似なんてできっこないのですが。

 さて、ある時ある博物館から、このWing and a Prayerを展示ために貸してほしい、という要請が入りました。しかし貴重な一枚、もし何かあったら大変なので、レプリカ(複製)で良ければ、ということになりまして、その作成依頼がCleoに入りました。技量、経験、長年の博物館との付き合い、いろいろ考えると、Cleo以外にこの複製を引き受けられるところはほかにはないでしょう。相当苦労してようやくレプリカが編み上がった頃、そこにコロナが襲い、欧州はロックダウン。話はすべてオジャンになってしまいました。

 ある日CleoのFacebookでこのレプリカが販売されていることを見て、
私は驚くとともに心配になって、博物館モノを模倣したセーター、売って大丈夫、博物館の許可は取ったの、と、
Cleoに問い合わせたことで、このような経緯を知った次第。俄然むくむくと欲が湧いてきて、じゃあもう一枚レプリカを編んでもらったら、それ日本で売ってもいい?、と思い切って聞いてみたら、他ならぬ野沢の頼みであれば、との快諾。

ようやく編み上がって、今荷物は経由地のヒースロー空港にあるらしい。まもなく到着します。ただ、売り方は、早い者勝ちにはせずに、平等公平に機会均等に配慮してちょっと工夫しますので、どなた様もぜひご期待ください。(弥)

(写真はIreland National Museum Countrylife 提供)