倶樂部余話【150】十五年目の秋(2001年9月1日)


九月です。暦を知らない蝉法師や向日葵が心なしか気の毒に思えます。

ところで、三月と九月はどちらが暑いかお分かりですよね。なのに、洋服屋は、三月に暖房を入れ夏物を売り、九月に冷房を効かせ冬物を薦めます。 季節の先取りは当然としてもあまりの行き過ぎもどうか、と少し考えを改めました。従来は、九月中にできるだけ真冬物まで仕込んでしまって、さぁどこからでも掛かって来い、という姿勢でしたが、 今年は冬物の仕込みを意識的に遅らせようと考えています。

具体的に言うと、レディスはふた月先に着るものまで、メンズはひと月先のものまで、というのを入荷スケジュールの基本としました。つまり、メンズの展開はレディスよりひと月遅れとなるわけですね。 これは経験則から適性な時差だと思います。

言い方を変えれば、今までよりも秋物をしっかり見ていただきたいと言うことでもあります。従前から得意のセーターやジャケット、アウターばかりに偏重せず、シャツやボトムスにもオススメはたくさんあるのです。

余話第百五十号、当店十五年目の秋は、いつもより少しスローにスタートいたします。



倶樂部余話【149】本の原稿を書き上げました(2001年8月1日)


「アランセーターの本を書いてるんですよ。」と、事あるごとに言い続けてきましたが、とうとうその原稿が出来上がりました。執筆を思い立ってから約四年、 原稿書きに着手して一年半、ようやくの完成です。

私の十四年前のアランセーターとの運命的な出会いから始まり、このセーターがいかにして世界中に知られるようになっていったのか、またよく言われる伝説についての真偽、そして、産地であるアラン諸島における 現状と将来など、「あらん限り」を書き尽くしたら、四百字詰原稿用紙にして三百枚近い量になりました。

恐らくこの完成に一番安堵しているのは、ワープロ打ちに没頭のあまりおろそかになる私の業務を幾度となくフォローせねばならなかった相川嬢ではないでしょうか。

現在、何人かの方に試読をお願いしている段階で、いつ、どこから、どのようなかたちで発表するのかは、まだ全く未定ですが、壮大な自由研究をやっとこさ仕上げられたことを、悦に入っている自分なのです。

本の中身について、もっと知りたい方はお尋ね下さい。但し、かなり長くなるのは覚悟していて下さいね。

倶樂部余話【147】冷やかしの心得(2001年6月13日)


出張の時など、私もいろんなお店を冷やかします。業界用語でシカチョー(市場価格調査の略らしい)といいます。 今回は、小さいお店を冷やかす際の私の心得をお話します。

☆入店したら「ちょっと拝見させて下さい。」と一言。ままならぬ場合も、最低、店員と目を合わせ会釈を。

☆店内を一周。興味あるときは、手荷物を置かせてもらい、もう一周。

☆店員に話しかけられる前に、こちらから切り出し尋ねる。商品のことでもいいが「このお店、いつできたの?」とか 「定休日は?夜は何時まで?」など、店員の接客態度が伺える事項なら何でもよい。ここから店員がどう突っ込んでくるかが見もの。

☆もし何か買う物があったときには、たとえ自家用でも、なるべくギフトとして包んでもらうようにする。

☆退店時には「ありがとう」の一言。満足しようとしまいと、店員の労を煩わせたことに違いはないのだから。

さて、賢明な読者はもうお分かりでしょう。この態度は、そのまま立場を入れ替えると、「この人のお役に立ちたい」と私に思わせてくれるお客様の好例なのです。



倶樂部余話【146】見掛けは大切(2001年5月24日)


いつの頃からか、私は、免許証の更新には必ずスーツを着ていくようにしています。 「ちょっと免許証を拝見」と言われる時はほとんど自分が疑われている場面だと気付いたからです。

オペラ観劇や格式高い会食などでの服装についてご相談を受けると、「考えられる限りで一番良い格好でお出掛けなさい。」とご助言してます。「ここまでしなくても良かったかな。」と 多少気恥ずかしい思いをしたとしても、「もっとちゃんとしてくればよかった…」と後悔して気後れすることを考えれば、遥かにマシだと思うのです。

「人は見掛けによらない」と言いますが、それは、見掛けなどどうでもいい、ということではなくて、それ程に見掛けは大切なものだ、と考えなければいけません。 特に男性にはこれを思い違いしている方が多いようで、Tシャツ短パンにサンダル履きでスーツを選びに来るような一見(いちげん)の方は絶対そうに違いありません。

ただ、品格と服装は別物で、「ボロは着てても心は錦」もあれば「錦を着てても心は??」ということだってあります。で、今回の結論。品格を服装で補うことはできませんが、服装で品格を疑われることはあるのです。

倶樂部余話【145】オヒョイさんのお見送り(2001年4月27日)


オヒョイさんこと、俳優の藤村俊二がオーナーのレストランバー、南青山「オヒョイズ」へ行ったときのこと。

店作りはさながら英国パブ、壁に並ぶビンテージワインの数々、男性スタッフ(恐らく役者の卵?)の軽妙な応対、珍しい食材の料理、そして店の奥にたたずむオーナーの姿。 私たちは小一時間過ごし、その勘定は納得のいくものではありましたが、正直、自腹で何度も来るというにはチトきついな、と感じながら、出口へ向かいました。

すると、オヒョイさんが見送りに来てくれます。それも旧知の間柄のような笑顔とユーモアを添えて。私達が見えなくなるまで、ずっとドアの柱に寄り掛かって微笑んでいます。 その姿はお店のグラスやマッチに使われているシルエットマークそのもの。一見客の我々にここまでの見送り、すっかり感激し、また来たい、と思ったのでした。

聞けば、彼は殆どの客をこうして見送っているとのこと。親しい人との弾んだ会話を中断してまで、見ず知らずの客を見送るのだそうで、これは信念なくしてはできる芸当ではありません。

接客業の基本の一つ、お客様のお見送り。その最高のお手本をオヒョイさんに見せてもらった一夜でした。

※オヒョイさんこと藤村俊二さんは2017年1月25日に亡くなられました。享年82歳。

倶樂部余話【144】エイプリールフールですが(2001年4月1日)


聖パトリック・ディも間近のある日、アイルランドから首相が来日するというので、いそいそと帝国ホテルの昼食会に出掛けました。

急遽首相の代行で副首相の来日となりましたが、IT企業など約60社の大使節団を引き連れての訪日で、貧しい農業国からこの10年間で最先端の工業国へ変貌を遂げ、欧州一の経済成長を誇るアイルランドの姿を強くアピールしたのでした。

自分が深く関わってきた国が繁栄していくのはもちろん嬉しいことには違いないのですが、反面、独特な伝統的手工芸の分野が次第に衰退していく寂しさもあり、多少複雑な思いでした。

閑話休題。「それって、インチキじゃないの?」と憤ってしまった話をいくつか…。

ブ*ックス・ブ*ザースの御殿場アウトレットは、青山本店を凌ぐ売上ですが、何とその八割がアウトレット専用商品だというのです。私は、日経流通新聞のこの記事を読んで、あいた口が塞がりませんでした。

会社の制服をユニクロで揃えた、という話はよく聞きますが、ある専門店では、ユニクロで買ってきたチノパンツを、ラベルを外して、倍の値段で売っているらしい、という噂を聞きました。 私も海外の店で珍しいものを買ってきて自店で販売することはありますが、出所も明かしてますし、そこには付加価値を加えているつもりです。商人としてのモラルを疑ってしまいます。

次の矛先は、靴のホー*ンス。このブランドの下には必ずイングランドと書かれており、時折出る新聞の全面広告にも、英国のホー*ンス氏が始めたこの靴は…、とたっぷりと英国ストーリーが並んでいて、 中国製だとは片隅にも触れられていません。確かに英国の商標ではありますが、英国内では最近まで販売すらされていなかった靴なのに、です。 メード・イン~とさえ付けなければ、どこ製であろうと、イギリスもイタリアもフランスも付け放題、というのが商標なのですね。

商売なんて嘘八百並べても売れればいい、商人に嘘はつきもの、と豪語する人もいますが、私はとてもそんな開き直った気持ちは持てません。やはり、正直・誠実こそが商人の原点のはず。

もっとも、私は絶対に嘘のない商売をしている、と言ったら、それはそれで嘘になるのでしょうが…。

 

【倶樂部余話【143】狂牛病(2001年3月5日)


英国に端を発した狂牛病と家畜への口蹄疫で、EU諸国は大混乱してます。

先日来日したスペインの皮革メーカーに、昨年と同じ品を発注したことろ、大変困った顔をして、去年と同じ値段ではとてもじゃないが請負えない、と言うのです。聞けば、四倍近く値上がりしている革もあるらしいのです。

イタリアから皮革材料を輸入している取引先のバッグメーカーも、牛革の不足と高騰で、企画を立てても生産の目途が立たず、頭を抱えています。

また、先週には、英国羊毛公社が、英国羊毛の対日輸出を停止してしまいました。検疫検査に引っ掛かる恐れがあるのだそうで、我が国の毛織物やニットにも影響が出るかもしれません。

アイルランドは、感染を恐れて、ラグビーとサッカーの国際試合を中止しましたし、日本の厚生労働省は、西欧七ヶ国内に半年以上住んでいた人の献血を拒否すると発表しました。

狂牛病なんて、食品や医薬品の業界の問題だろう、などと考えていたのに、とんでもないことになってきました。ことさらにパニックを煽るつもりはありませんが、つくづく地球の狭さを実感し、怖さを覚えます。これが杞憂に終わることを祈るばかりです。



倶樂部余話【142】モーリン・オドンネル(2001年2月3日)


アイルランドより無事帰国しました。

今回の旅に際して、どうしてももう一度会いたかった人がいる。アラン諸島イニシマン島に住む66歳の女性、モーリン・オドンネルさんだ。

6歳のときからアランセーターを編み続け、その出来栄えは、ローマ法王への献上セーターに抜擢された程に素晴らしく、現在50人を割ってしまったアラン諸島での編み手の中でも抜きん出ている。つまりそれは彼女が現在世界一のアランセーターの編み手だということを意味している。

本土との船は一日二便、それも海が時化ればすぐに欠航するので、往復に丸三日はみておかねばならない。まさにタイムスリップした様な人口ニ百人足らずの見事なまでに何もないこの島を、冬に訪れる者など渡り鳥と私ぐらいのものだろう。

モーリンさんとは一年振りの再会。囁くように静かに語り掛けてくれる。

「早く編めることと良いセーターを編むこととは全く別。ゆっくりだって良いセーターは編めます。大切なのは、どれだけ心を込めて編んでいるかだと思います。

「このセーターは私が編んでいるのではありません。神様が私に編ませて下さっているのです。アランセーターは神様の贈り物なのです。」

私は古い資料をお渡しし、糸も編みも特別な一枚を彼女にお願いした。初夏までには手元に届くはず。それはきっと21世紀最高のアランセーターとして私の大切な宝物になるだろう。 

倶樂部余話【141】年賀状(2001年1月8日)


謹賀新年。昨日娘たちが野原で摘んできた自生の七草粥を、今朝食べました。しっかりと草の味がしました。

年賀状について二題。

くじ付年賀はがきの一等賞って今時何だろう、と思い、中央郵便局へ。ところが何の掲示もなく、当のはがきの販売窓口に聞いても不明。何人かの職員にたらい回しにされ、ようやく素っ気ない通達文書が目の前に。「一等…百万枚に二枚。平面テレビ、DVD、デジカメ、食器洗浄機の中から選択。」未だにテレビであることにやや安堵したのも束の間、職員曰く「どうせ誰も当たりませんから。」ギャフン。

以前は宛名を見るだけで誰からの年賀状かが推測できたものでした。ところが今年急に増えたのが、パソコンでの宛名印刷のもの。小ニの娘へのものにさえ、稚拙な文字の中に混じって、綺麗に出力された毛筆体がちらほらと。DM等の商的大量郵便物ならともかく、私信の年賀状です。文面は印刷でもせめて宛名ぐらいは手書きで、巧拙は別として、という考えはもう過去のものなのでしょうか。

そういえば、清水義範の短編「年賀状」、あれは笑えた。ぜひ立読みあれ。

本年も宜しくお引立て下さい。

倶樂部余話【140】忘れ物はないですか(2000年12月5日)


今月することはすべて20世紀最後、来月やることはみな21世紀初。当り前のことですが、それでもいつもの年の瀬よりも気負った気持ちになります。

と言って、輝かしい未来に心ときめかせている、ということでもなく、次世紀は今世紀よりもっと素晴らしい、という確たる心境にもなれません。だってそうでしょう、平成は昭和より素晴らしい未来でしょうか。

だから畢竟、気持ちは過去へ向きます。先人の付けた轍をもう一度確認してみる。そして、この態度こそが「トラディショナル」と呼ぶ思想なのではないかと思うのです。

こういった混沌とした思いをやはり19世紀末の人々も味わったのかな、と考えます。今世紀のうちに、手に入れておきたいモノ、聞いておきたい曲、見ておきたい画像…。うまく言えないのですが、「お忘れ物のないよう、ご注意下さい。」という(何だか車内アナウンスのような)気分です。
 メンバーズの皆様の、今年の師走の心持ちはいかがなものでしょう。20世紀記念のお買い物。セヴィルロウ倶樂部で、お求め忘れのないよう、今一度お手回り品をお確かめください(!?)。 メリー・クリスマス!

倶樂部余話【139】ドレスコード(2000年11月1日)


HP開設に伴って、お客様からのEメールが毎日のように入ってきます。

その中で意外に多いのが、冠婚葬祭時の着こなしなど、いわゆる「ドレスコード」に関するご質問です。「○○のときには、××の格好で良いでしょうか?」といった内容で、一抹の不安を打ち消すために私の太鼓判をお求めの様子です。服が似合う似合わないは、「これでいいんだ」という自信を持って着ているかどうかの差ですから、これはとても大事なことだと思います。

ドレスコードを間違えて着ていても、何も反則金を取られるわけではない反面、また誰もその間違いを指摘してはくれません。ルールブック的なものはなく、その人の地位やファッション認知度、主催者の思惑、時と場所などによって、○にも×にもなるのがドレスコードで、英国の憲法のような積み重ねの所産、不文律といわれる所以です。

それではドレスコードどおりにきちんと着ていればそれで事足りるかというと、さにあらず、「崩し」もまた服装の楽しい妙であります。ただ、あくまでもドレスコードをきちんと踏まえた上で崩していくことが肝要で、例えると、ジャズのアドリブのようなものと言えます。

しかも、ファッションは変化の連続で、服飾思想は徐々に簡略になってきているので、かつては×だったものが現在では○、というドレスコードも多々あり、以前に本で読んであるからもう大丈夫、ということも言えません。

私は、男の服飾はドレスコードがあるからこそ面白いのだと思いますし、ドレスコードを良く理解している人は例外なくおしゃれな方だと感じます。本来は、男が社会へ出るための最低限の知識として学校で学んでおくべきことのひとつだと思いますが、残念ながら私自身も高校や大学でこんな講義を受けた経験はなく、結局、興味のある人しか知りえない特殊な知識になってしまっているのが、日本の現実です。

「それじゃどうすればいいんだ?」ということですが、皆様への答えは簡単です。私に尋ねて下さい。さすがに宮中晩餐会レベルとなると自信はありませんが、一応プロとして恥ずかしくない程度のお役には立てるはずです。その代わり、私たちが困った時にはあなたのプロとしての知恵をお借りすることがあるかもしれません。知らないことは知ってる人に聞く。まさに、蛇の道はヘビ、なのですから。