倶樂部余話【一四二】モーリン・オドンネル(二〇〇一年二月三日)


アイルランドより無事帰国しました。

今回の旅に際して、どうしてももう一度会いたかった人がいる。アラン諸島イニシマン島に住む66歳の女性、モーリン・オドンネルさんだ。

6歳のときからアランセーターを編み続け、その出来栄えは、ローマ法王への献上セーターに抜擢された程に素晴らしく、現在50人を割ってしまったアラン諸島での編み手の中でも抜きん出ている。つまりそれは彼女が現在世界一のアランセーターの編み手だということを意味している。

本土との船は一日二便、それも海が時化ればすぐに欠航するので、往復に丸三日はみておかねばならない。まさにタイムスリップした様な人口ニ百人足らずの見事なまでに何もないこの島を、冬に訪れる者など渡り鳥と私ぐらいのものだろう。

モーリンさんとは一年振りの再会。囁くように静かに語り掛けてくれる。

「早く編めることと良いセーターを編むこととは全く別。ゆっくりだって良いセーターは編めます。大切なのは、どれだけ心を込めて編んでいるかだと思います。

「このセーターは私が編んでいるのではありません。神様が私に編ませて下さっているのです。アランセーターは神様の贈り物なのです。」

私は古い資料をお渡しし、糸も編みも特別な一枚を彼女にお願いした。初夏までには手元に届くはず。それはきっと21世紀最高のアランセーターとして私の大切な宝物になるだろう。