倶樂部余話【396】A SWEATER IS LOVE (セーターは愛)(2021年10月15日)


(この話は倶樂部余話第391話(2021年5月1日)から続きます)

 2020年1月4日、モーリンは85歳で天に召されました。

 私がアランセーターのすべてをまとめた本を書くぞ、という気持ちを強く持ったのは、心の父とも呼べるバドレイグ・オシォコンの逝去がきっかけでした。パドレイグの功績を日本語で残しておくこと、それが私に託された彼の遺言のように思えたのです。彼の死後7年掛かってようやくその遺言は果たすことができました。さて、心の母、モーリンが亡くなったとき、私に課せられた使命はなんだろうか、と考えました。もちろんモーリンの人となりを伝えていくこともそうでしょう、しかしモーリンはニッターです。ならば彼女の編んだアランセーターそのものを広く世の中に伝えていくことはできないだろうか。モーリンという素晴らしいニッターがいたという記憶を多くの人に残しておけるような。でも一体どうしたらそれができるのだろう。

 そんなときに一人の男が静岡の私の店に訪ねてきます。アランセーターの話を聞かせて欲しい、と。米富繊維の大江健さんです。彼とは一度だけ数年前に東京の大きな合同展で会ったことがあり、そのときも山形で意欲的なニットの提案に取り組もうとしている様子を高く評価したことは覚えていましたが、それきりでその後に交友があったわけではありません。ですが、彼の方はその後も私の「アランセーターの伝説」を熟読し、いたく感動してくれたようでした。
何度かの面談や電話でのやり取りの後、彼が言います。「新しい考えで取り組んでいるブランドTHISISASWEATERの次の作品にアランセーターを考えてみたいんです。協力してくれませんか」。同時に具体的にいくつかの提案も出してきました。どれもいいアイデアでした。が、それを聞いた私の頭の中にむくむくと一つのアイデアが湧き上がってきたのです。
 「モーリンに編んでもらった特別の一枚。私が毎年クリスマスに着るこのセーターをかつては自分の死装束にしようかと考えていました。でもそれではゴッホのひまわりを私の棺に入れて一緒に燃やしてくれ、といったどっかの製紙会社の成金社長と同じ愚行になってしまいます。これは独り占めするものではない。今ゴッホの名画を美術館で多くの人々が鑑賞できるように、この特別な一枚も多くの人に愛ででもらうことができたらいい。たった今私にはそんな夢が浮かびました。このモーリンのセーターをマシンニットで複製できたら素晴らしいじゃないですか」。

 やってみます、と引き受けた大江さんでしたが、正直言うと、このときまだ私は半信半疑でした。世界一の編み手による最高レベルのハンドニットがマシンニットにそうやすやすと再現できるはずがない、諦めてくるかもしれないなぁ、と。実際最初に出来上がったサンプルを見せてもらったときには、やっぱり無理なのかなぁ、と落胆もしました。さらに数ヶ月、幾度となく繰り返された試行錯誤の後、新しいサンプルが出来上がったというので、山形まで出掛けました。

 いや、驚きました、詳しいことは企業秘密に属することでしょうから話せませんが、従来マシンニットでは再現不可能と言われていたいくつかの柄も見事に仕上がっているではないですか。工場の皆さんからもここに至るまでの苦労話をたくさん聞かせてもらいました。マシンニットもすごい、米富繊維さん、ありがとう。夢のような話をお願いしてよかった。セーター、っていいよね。ゴッホやモネの複製画を部屋に飾るように、モーリンの特別な一枚をひとりでも多くの人にシェアしてもらえたら幸せです。天国のモーリンもきっと喜んでくれることでしょう。

 モーリンの愛のセーター、いよいよ発売です。(弥)




 この商品についての詳細については下記リンクをご覧ください。

THIS IS A SWEATER.アランセーター_compressed

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倶樂部余話【396】の序(2021年10月1日)


 今話は5月に書いた余話第391話「アランセーター、ライフワークの終活」の文末「そんな矢先、一人の男が静岡の私のオフィスにやってきます」からのその先を書くつもりで、原稿もほぼできています。この話の続きとして一つの商品開発に至ることになるのですが、発売前でまだその話ができない状況にあります。
情報公開解禁と発売開始があと2週間後の10月15日の予定となっていますので、そのときになりましたら、原稿をここにアップいたします。
もうお伝えしたくてたまらない気持ちでうずうずとしているのですが、どうかもうしばらくお待ち下さい。(弥)