倶樂部余話【393】景観100年計画の町並み、山形県金山町(2021年7月1日)


 今山形市近郊にあるニット会社の商品企画にちょいと首を突っ込んでいまして、先日定休日を利用して山形まで一泊で出掛けてきました。
例によって私の時間貧乏で欲張りな習性が働いて、せっかく山形まで行くんだから、帰りにどっかへ寄ってみたいなぁ、と候補地を探すことに。
まずおなじみの文化庁の重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)の一覧をあたってみると、全国101市町村ある重伝建の中に意外にも山形県は一つもないのです。
山形には美しい古い町並みはどこにも残ってないのかな、とちょっとがっかりしながら、日本中の古い町並みを探訪している旅人たちのブログから山形県をあたってみると一ヶ所だけ飛び抜けて高い評価を得ている町並みがありまして、それが金山町というところでした。
ウィキペディアによると「金山町(かねやままち)は、山形県北東部にある町。最上郡に属する。町域の4分の3を占める森林からの金山杉と、白壁を用いた「美しく古びる」を目指した金山型住宅、また石造りの大堰(おおぜき)と呼ぶ農業用水路には錦鯉を放流するなど、景観施策に意欲的な町として複数の町並みコンクールにおいて受賞実績がある」とあります。さらに調べてみると、これがどんどん興味が湧いてきて、果ては本まで取り寄せてしっかりと予習までして出掛けることになりました。

 事前にレンタサイクルを手配しておきたかったので、町役場の観光課に問い合わせると、地元の金山型住宅の建設会社を紹介され、そこが観光案内所と古民家カフェを兼ねているのでした。
滞在時間が2時間しかないんです、と告げると「じゃあ、お勧めルートを作っておきます。どこか特に行きたいところはありますか」というので「できれば火葬場を」と答えるとしばらくして電話があって「当日は友引で火葬場は休みですが、お越しになられる時間に職員が待機してご案内します」との連絡。さらに当日は地域おこし協力隊の若い女性職員まで同行してくれたのです。
そして「建築関係の方なんですか」と私に聞きます。この質問はその後現地で何度も聞く言葉でした。観光地でもない小さな森の中の町、平日の昼間に年配の男性がひとりで町をうろうろしていることに街の人達がなんの違和感も感じていない、その多くは建築関係か町づくり関連の人たちなんでしょう、その人たちを誇らしげに迎え入れてくれる地元の人々、子供からお年寄りまで、おらが町の美しい景観を将来に渡って育んでいこうという共通した高い意識がこの町には根付いているのです。

 2時間、町を隅々まで自転車で回りました。町の様子は本の表紙に載っている数々の写真で充分わかってもらえるでしょう。その根底にあるのが1983年に策定された「街並み景観づくり100年運動」です。東京藝術大学建築科の3人の専門家を引き込んで、官学民が力を合わせて地道に続けてきた街並みづくり、それが40年経ったのが今の姿でこのプランはまだこの先60年続くのですが、もうすでに何が古くて何が新しいのかがわからなくなるほどにすべてが町並みに馴染んでいます。過去を保存するのではなくて過去の上に現在を重ねて未来へ発展させるのですから、きっと重伝建とは考えが異なるのでしょう。選定から外れるのも無理のないことです。
1983年(昭和58年)といえばバブルへ向かって突き進んでいた頃、スクラップ・ビルドが謳われていた時代に、今の言葉で言うところのサスティナブルなデザインシティのガイドラインが作られていたとは、その先見性にはもう脱帽です。この町にはゆるキャラもB級グルメもアミューズメント施設もありません。100年運動は観光のためのプランではないからです。火葬場には道案内も看板もなく町外れの鎮守の森の中にひっそりと隠れていますが、町民のための施設なんだからそれでいいのです。その静かな態度が静かな観光客を静かに集める、それでいいのです。

 この発想はどこから生まれたんだろう、という方に興味は移っていきます。なぜよその町ではなくて金山町に。1970年代高度経済成長の頃、大都市に出稼ぎに出ていた男たちが都会で見てきた欧州風の派手な家を建て始め、町の中でひときわ目立つようになってきて、それを当時の町長がとても憂いて地元出身の藝大の建築学者に相談した、というのがきっかけだったようです。
この町長は金山杉の林業の人。そして金山杉は樹齢80年を超えて初めて売り物になるというとても気の長い相手。なぜ10年ではなく100年計画なのか、それは林業が100年単位の仕事だからなんでしょう。ちょうど今の朝ドラ「お帰りモネ」は宮城県の林業と漁業の話で、林業が人間の寿命を超えたとてつもなく気の長いプランに支えられた仕事だということがよく分かります。
この金山町の100年計画はさらに遡ること100年前の杉の植林のときに張られた伏線の回収だったとも言えるのです。そして江戸時代に始まった金山杉の植林にヒントを与えたのが静岡県の天竜林業だったと聞くに至って、こんなに昔に静岡と山形がつながっていたと思うとなんだか嬉しくなってきてしまいました。

 今度は夜の景色も見たいし、深い雪に閉ざされた冬の町も見てみたい。また来たい、とお世辞抜きに思えるところは案外少ないものなのですが、私の中で、また来たい度No.1の古い町並みになりました。美しい景観の町、山形県金山町。ぜひ一度訪れてみてください。(学校や火葬場などの内部見学は必ず施設の許可を得て入場してください) (弥)

参考文献は、「金山町-中心地区-街並みづくり100年計画」 (2020年3月)。
なお、ちょうど今月(2021年7月)に新刊「町と祭-山形・金山-井浦新写真紀行」が同じく求龍堂から発売され、まもなく手元に届きます。

(追記)2021.7.10. 俳優・井浦新が撮った金山の写真集(サイン入り)、ポスター付きで今日届きました。拙稿のたった10日後にこんな本が出るなんて偶然にせよ、嬉しいです。