倶樂部余話【435】姫路は城も白けりゃ革も白い (2025年1月1日)


 コロナのどさくさの最中にgo to トラベルを利用した四国への格安の旅(余話【384】参照)で、47都道府県踏破を果たしたと同時に現存12天守(江戸時代以前に建造された天守が現在まで残っている12の城郭)の4つを一気に回り、残り2つとなっていた今年、春の18きっぷ越前の旅で丸岡城を攻落し、最後のひとつを夏の18きっぷで、と計画していたら、台風の影響で中止を余儀なくされ、新制度の冬の18きっぷでリベンジを果たすべく12月だというのに姫路2泊の鈍行旅行に出かけました。

 朝5時の静岡始発から乗り継ぎ6回8時間の末に着いた駅は西脇市駅。播州織工芸館を訪問。詳しい人を紹介してもらい、織物の話に夢中になって、町歩きの時間をなくす。横尾忠則自慢の多くのY字路を見られなかったのは心残り。加古川のニッケ社宅群は夜歩くと怖いほどとっても昭和。姫路駅前で焼き立てのあなご弁当を買ってビジホで一人晩酌。バタンキュー。

 2日目の足はレンタサイクル。午前中、国内で最大級のタンナー(皮革なめし業者)を訪問しファクトリー見学を4時間。詳細は後述。たこまるでたこ焼きの後、いよいよ姫路城登楼。聞きしに勝る白鷺の御姿や見事、これにて現存12天守制覇を果たす。日が暮れるまで、皮なめしの職人町花田や古い街道筋の野里をチャリで一回り。夜は旧友とアイリッシュパブでギネスの後、室津産のとれたて牡蠣三昧。大学時代のバカ話で盛り上がる。姫路を丸一日堪能し、バタンキュー。

3日目。早朝に高砂の港町をひと歩きしてから、一気に淡路島へ知人を訪ねる。一瞬アラン島にとても似た光景を拝む、やっぱり島はいいな。引き返して、明石へ。魚の棚(うおんたな)の商店街は面白い。たまご焼き(明石焼)はとろとろふわふわで美味。老舗のたこせんべいを抱えて帰路に、3回乗り換えて静岡着。ただいま。

 さて、姫路は1000年超の革の町、革ヘンに柔らげるでなめしと読むが、その皮革鞣しで全国60%以上のシェアを持つ。但馬牛(神戸ビーフ)の産地も近く、瀬戸内の塩が豊富で、晴天日も多く、河原の広い川がある。市内を流れる市川の水で鞣すとなぜか革が白くなり、姫路の白鞣し(姫路靼)は特産品として殿様の装束にも白革が使われる。お城も白けりゃ革も白いのだ。


地図を広げるとその市川沿いに、水道管理センターなどの施設が集まっているエリアがあり、周辺に何十もの皮革業者が集中しています。美化センターに隣接するのが今回訪問した(株)山陽という会社。高い煙突が目印のひときわ広大な一万坪(東京ドーム三分の二)のファクトリーは姫路最大で、原皮から鞣し、整理、染色、検査や出荷、廃棄物や汚水の処理までをも一貫して自社工場内で完結させているところは姫路でもここぐらいだろうと言われています。こちらの革の用途の七割が革靴、しかも紳士靴が大半、ということで、その中には宮城興業も含まれているらしく、私たち、知らず知らずのうちにここの革のお世話になっていたというわけです。

 工場長に案内をしていただき、まず原皮の倉庫へ。分厚い扉を開けるとそこには塩漬けにして畳まれた原皮の山。北米、欧州、日本から運ばれてきた牛の皮。霜降りの美味な和牛が必ずしも上質な皮になるとは限らないとのこと。肉と皮では品質ランクが逆転するのは面白い話でした。肉や毛を取り除き、いよいよ皮から革へ。鞣しは大別するとタンニン鞣しとクローム鞣しに分かれます。植物のミモザから抽出したタンニンの水溶液が入ったピット槽にひと月以上も漬け込んでから自然乾燥させるタンニン鞣しを静とすれば、木製の大きな太鼓を回して短時間で処理を進めるクローム鞣しはまさに動。対照的です。
 
 説明ばかりが長くなるとつまらないので、細かいところは山陽さんのウェブサイトを見てもらうとして、いわゆる水場を終えて、革を仕上げていく次の工程に移ろうとするところで、私、水や廃棄物の処理はどうされるのですか、と質問。見たいですか、と工場長。だっていちばん大事なところだと思うんですよね、と私。この言葉は彼に大きな喜びを与えたようでした。建屋を出て屋外へ。人間でいえば、大腸から先の部分に当たります。泡立つ洗濯槽、クロームの化学反応によるサビはあるがしっかりと機能している沈殿槽(なぜクローム鞣しの太鼓が金属製でなくて木製なのかその理由がわかりました)、この会社がいかに環境への影響に細心の配慮を行っているかが、ひしひしと伝わります。姫路のタンナーを代表するカンパニーのひとつとして業界の地位向上を担う責任と矜持、素晴らしいと感じました。

 染色、型押し、鏡面、仕上げ、など、後半部分を見学し、品質検査の研究室を見終えたところで、応接室へ。
 糸へん業界と皮革業界の違い、を端的に言いますと、繊維製品の場合、一本の糸からそれを織ったり編んだりして一枚の布に仕立てます。小さくて軽いものから大きくて重たいものに移っていくので運ぶということをあまり考えなくて済みます。対して、タンナーの場合、びしょ濡れの原皮が一番重たい、そこから、機械へ入れる人、それを出す人、次の機械に運ぶ人、牛一頭を背中で半裁した大きな一枚の皮革を動かすのは全部人手です。もう一つ、革は生き物の皮が原料ですから、一枚一枚が違います。一枚一枚に検品が行われて番号が振られるくらいに全部違うのです。ところが靴メーカーは何百足と同じ靴を作りますから、同じ革をたくさん求めます。もともとは一つ一つが違うのに同じものにして出荷するのですから、それに至る過程は一つ一つ微妙に異なるわけですね。これは繊維製品では考えられないことです。


 なのに、です。出荷価格に占める原料費の割合が繊維製品ではありえない高比率なのです。これだけの設備と人手を掛けて、ですよ。将来のためには出荷価格を上げたいところだと思うのですがBtoBではなかなかそう思うようにいかないのが現実です。
 また、高付加価値を得るためには自社のブランドドロイヤリティを高めることも目指さねばなりません。ここの会社も自社ブランドの革製品の販売を行っています。TAANNERR(タァンネリル)というブランドで、シンボルアイテムの3層ダレスバッグが34万円です。誰もが簡単に買えるものではないですが、こんな私でもこのブランドの売り込みやものづくりには、多少のアドバイスができるだろうと思いますので、今回の工場訪問のお礼の代わりにこれからも勝手連的でも協力していきたいと考えています。

今回ご縁ができたこの会社、(株)山陽さん。是非この尊敬できる姿勢の素晴らしい会社のウェブサイトをご覧頂いて、この会社を知ってもらいたいな、と願います。取引先でもジャーナリストでもない一個人の私に予定を遥かに超えて4時間近くもご対応いただき感謝の限りです。
 という、とっても有意義な2泊3日の18きっぷの旅でありました。(弥)