倶樂部余話【403】福澤諭吉のシウーズ(2022年5月1日)


 今年の当店の一大事業、NZ100+JN50(倶樂部余話【399】参照) 足すと150です。当社が150年を経過したわけではないのですが、私が150年と聞いて真っ先に思い出すのは、父と共通する母校・慶應義塾です。旧聞にはなりますが、亡父は、2008年11月に催された創立150年記念式典に臨席の機会を頂戴し、一生のうちでこれ以上名誉なことにない、というぐらいに喜んでいたのを思い出します。

 この慶應義塾が150周年記念の一つとして行った事業が、数多くの貴重な蔵書をデジタル化して公開したことがあります(慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション)。
その中には世界で48部しか残ってない世界初の印刷聖書「グーテンベルク42行聖書」や希少な浮世絵コレクションなども含まれますが、その中核をなすのが、福澤諭吉著作の初期版本55タイトル、全119冊全文のデジタル化公開です。よく知られている「學問のすゝめ」や「文明論之概略」はもちろんですが、福澤の著作には「西洋事情」のように欧米のことを紹介したものも多く、そのうちのひとつが「西洋衣食住」という本です。まさに155年前の1967年(慶應三年)に出されたこの一冊が他の著作と趣を大きく異にするのは、いわゆるイラストブックになっている点で、福澤の視点が衣食住の詳細に及んでいることがよくわかります。
 ご記憶の方もいらっしゃるでしょうが、この「西洋衣食住」については私、12年前に一度当話で触れたことがあります。「背広の語源はロンドンのセヴィルロウだという説は間違いで、背広の命名者は福澤諭吉らしい」ということの重要な資料として取り上げています。(倶樂部余話【263】)

 実はこのとき服以外にとても気になっていた箇所がありまして、それが靴のところでした。沓(くつ)シウーズ=常の沓(靴)は日本にて雪駄(せった)の代わりなり。という箇所に描かれているイラストは我々が一般的に考える短靴(シューズ)ではなくて、サイドゴアショートブーツなんです。ちなみに、長靴はブーツといい雨天や乗馬のときに履くもの、上靴はスリップルスと言って室内で上草履のように使う、と、記されています。
この当時、まともな靴職人など居るはずもなく、初めの頃の靴は左右対称だったらしく、紳士靴といえばこのようなシウーズつまりサイドゴアブーツを指すという時代は明治20年頃まで続いたと言われています。サイドゴアブーツは我が国の紳士靴の原点であると同時にまことに理にかなったデザインの頂点に位置する靴だと私は思うのです。ショートブーツ(ハイカット)が短靴(ローカット)よりも機能性として優れていることはスニーカーのことを考えても自明です。反面、ブーツの欠点として着脱が面倒な点やしゃがんだときの足首の動きにくさが挙げられます。ですが、サイドゴアブーツはゴア(ゴム)を用いることでこの欠点を解消しますから、まさにキングオブシューズ、とだと言えるのではないでしょうか。欧米で様々な靴を見てきた福澤が数多ある靴のデザインの中からただ一足の靴のイラストを載せるときになぜこのサイドゴアブーツを選んだのか、その理由はわかりませんが、その福澤の選択眼はさすがであったと思わざるを得ません。

 で、話は始めに戻ります。NZ100+JN50プロジェクトの一つとしてどんな靴を特集しようかと考えたときにすぐに頭に浮かんだのがこのシウーズであったという話の経緯でありました。靴を作ろう!!今年の目玉は150年前に福澤諭吉が残したシウーズであります。(弥)

倶樂部余話【402】平和ボケなのか。(2022年4月1日)


 フライトレーダーというアプリをご存知でしょうか。私は、お客さんから、これ楽しいし便利ですよ、って教えてもらったのですが、世界地図上に今実際に飛んでいる航空機が表示され、飛行機をクリックするとその機の発着地や時間、飛行ルートなどの詳細がわかるし、空港をクリックするとその空港に発着する便を詳しく教えてくれる。航空会社別のルートマップなども表示できるので、私はもっぱらこの検索機能を利用して、例えばアイルランドに行くのにどの曜日ならどこへ立ち寄れるか、どこのエアの接続がいいか、など、旅程のプランをあれこれ考えていると、つい時間の経つのを忘れて夢中になってしまいます。

 無数の飛行機が飛び交うこのアプリの地図上に、ぽっかりと穴の空いたような空白のエリア、そこがウクライナです。そこでは飛行機ではなくミサイルが飛び交っているのでしょう。そこに国境を接するポーランドを飛ぶ一機を何気なくクリックしてみたら、驚きました、US Air Forceの輸送機機と表示されました。明け方ドイツの小さな空港を飛び立ち、ワルシャワあたりで南下、ウクライナの国境沿いを何周も何周も同じようなルートで旋回すると夜また同じ場所に帰っていきます。パイロットの眼下には戦火に燃えるウクライナの街並みが遠くに見えているはずです。その近くには同じように旋回を繰り返す妙な機があって、こちらはNATO軍機と表示されています。ルクセンブルグから飛んで来てぐるぐる回っています。気になってこの何日かこのエリアをウォッチしてますが、アメリカ、NATO,イギリス、フィンランド、などの軍用機が文字通り入れ代わり立ち代わり、ウクライナ国境の手前で偵察飛行を繰り返してことを知りました。万が一にも偶発的な事態が起きたらどうなるんだろう、という一触即発の状態を想像すると背筋が寒くなります。そしてこれらの軍用機を画面上でウォッチしている人は結構いるようで、先の米軍機をサイト上で追跡している人の数は五千人近くいます。

 今回のウクライナ危機に際して、私が一番驚いたのが、3月初めの義勇兵募集の記事でした。
☆在日ウクライナ大使館がツイッターで外国人による義勇兵を募集。→へぇ、外国の大使館って日本国内でそんな募集ができるんだ、しかもツイッターで、とまず最初のびっくり。
☆約70人が志願、大半が元自衛官の男性→70人も!しかも最前線の恐ろしさを知っている元自衛官とは、またびっくり。(後の週刊誌報道によれば、ただハジキをぶっ放したいだけ、みたいな反社会的勢力に属する輩も相当数いたと聞きます)。
☆しかし、日本では刑法上、義勇兵の募集に応じると、私戦予備陰謀罪に当たる恐れがある、と政府が表明。→そんな法律があって、志願しただけで罪になるとは、とまたまたびっくり。
☆政府は大使館にツイッター投稿の削除を要請、大使館はこれに応じる。→政府は在外公館にそういう要請ができるんだ、と軽くびっくり。
☆政府与党は、義勇兵の参加は「絶対に」やめてほしい、と強調。→その発言は、ウクライナからの支援要請に対して、日本のその記者会見は消極的すぎないか、あまりにも弱腰、と国際的に避難されないか、と、最後にまたびっくり。

 首都圏のロシア料理店に、モスクワへ帰れ、と電話をしたり、プーチン死ね、と張り紙をするような嫌がらせがあるそうです。何を思い違いしているのか、ロシア政府は加害者だとしても、ロシア文化は被害者です、平和ボケも甚だしい。そう、自分も含めて、やっぱり日本人は知らない間に相当に平和ボケしてるんです。私は自分たちが「戦争を知らない子供たち」と呼ばれることには矜持を持っています。戦争を経験せずに済んでいることは幸福であったと素直にそう思います。平和ボケも仕方ないです、平和だったんだから。だけど、平和ボケしてしまっていることをもっともっと自覚しておかないといけないと思うのです。戦禍に苦しみながら平和を希求している人たちの気持ちにどうしたら寄り添えるのか。大したことはできないでしょう。私には黄色いセーターを青いシャツの上から着ることぐらいしか当座思いつきませんが、それでも何もしないよりはずっといい、と思うんですね。これもまた平和ボケと言われるかもしませんが。(弥)