倶樂部余話【414】守護聖人パトリックのお話し(2023年4月1日)


 この倶樂部余話はもともとが29年間続けたハガキ通信でしたので、長い説明になってしまうような話は書きたくても書けずにいました。こんな話は書いたつもりだったけど書いてなかったんだ、というようなことがしばしばあり、今回もそんな話題でして、話は毎年3月17日に祝されるセント・パトリックス・ディです。

 3月17日はアイルランドの守護聖人パトリックの記念日(命日)で、アイルランドの各地を始め世界中のアイルランド系の人々を中心に世界各地で緑のパレードが繰り広げられます。最大のパレードはダブリンかニューヨークらしいのですが、コロナ明けの今年は東京・代々木公園&表参道の集いの他、日本でも15以上の都市で3月の間になんらかの催しが企画されました。

 聖パトリックは5世紀にアイルランドにカトリックを拡めた実在の人物で、土着の自然崇拝と融合させた独自の布教に歩きました。雑草のような緑の小さな三つ葉のクローバー(シャムロック)を手にして三位一体(トリニティ)を説いた話はよく知られていて、それゆえに、緑色、シャムロック、トリニティ(カレッジ)などは、アイルランドの象徴になっています。

 そもそも守護聖人とはなんぞや、です。カトリックの世界では国や地域、職業などにたくさんの守護聖人という存在があるとのこと。日本の八百万(やおよろず)の神みたいですが、それとの違いは、架空ではなく実在した聖人があてがわれていることです。ちなみに日本の守護聖人はかのフランシスコ・ザビエル。その命日(記念日)12月3日にはザビエルとゆかりの深い長崎県や山口県の教会では記念の礼拝などが催されているようです。

 アイルランドの聖パトリック(記念日3/17)とよく一緒に引き合いに出されるのは、イングランドの聖ジョージ(記念日4/23)、スコットランドの聖アンドリュー(記念日11/30)、ウェールズの聖ディビッド(記念日3/1)です。それぞれの記念日(命日)には聖パトリックほどではないにせよ、なにがしかの記念式典が催されているようです。スペインのカタルーニァでは4/23の聖ジョージの日に本を贈り合う習慣があることから、日本書店組合連合会ではこの日をサン・ジョルディ(スペイン語で聖ジョージの意)の日として、購買促進のキャンペーン活動をしています。

 スコットランドの守護聖人聖アンドリューはX字型の十字架に掛けられ殉教したため、X字型はセント・アンドリュー・クロスと呼ばれ、青いXはスコットランドの旗印となっています。余談ながら、我が夫婦は38年前に八ヶ岳・清里の清泉寮(聖アンデレ教会)で友人100人を集めて結婚式とパーティとテニス大会を実施しましたが、その清泉寮のシンボルはX字のアンドリュークロスでして、参加記念品はX字入りのスポーツタオルでした。

 さてこのクロスの話になると、必ず出てくるのが、英国旗、いわゆるユニオンジャックです。この国旗は、イングランドの聖ジョージクロス(白地に赤の十字)、スコットランドの聖アンドリュークロス(青地に白のX字)、アイルランドの聖パトリッククロス(白地に赤のX字)、と、3つのクロスを組み合わせたものである、という話。これはよく知られた話ですけど、実はこじつけでして、イングランドの聖ジョージクロスとスコットランドの聖アンドリュークロスは確かにそれぞれの国旗であり正しいのですが、アイルランドに聖パトリッククロスというものはそもそも存在してなくて、これはイングランド側の全くの想像の産物であるらしいのです。3つのクロスの融合という美しいストーリーの犠牲になったのがアイルランド、というのが実にイングランドらしいやり方ですね。

 改めて英国旗をよく見ると、一番目立つのが赤い十字、次が白いX字、3つ目の赤いX字は一番下に潜らされて、しかもそのか細い線もど真ん中でなく微妙に横にずらされしかも分断されて描かれていて、これではアイルランドがとっても虐げられているように映ります。

 英国旗は一見すると上下左右対称の旗のように見えますが、このアイルランドの赤X字がど真ん中を通っていないせいで、実は上下も左右も非対称でちゃんと向きが決まっています。国際的な慣習では旗を逆さに掲げることは国辱を意味することになるので、上下反対に付け間違えた旗を掲げてしまい英国大使館などから厳重注意の指摘を受ける事例が世界中で絶えないのだとか。

 ということで、センパトの日を迎えるたびに、毎年こんなような話が私の頭の中で渦を巻くのです。ようやくその脳内をお話しすることができました。Happy St.Patrick’s day!! (弥)

添付した画像は、かつてロンドンの書店で購入したSimple Heraldry (易しい紋章学)というイラストブックの1ページ。初版は1953年。

倶樂部余話【413】目からウロコのバリアフリー(2023年3月1日)


 首都圏などのJRや私鉄の鉄道各社はこの春からバリアフリー料金として運賃に10円を加算して、ホームドアやエレベーター設置などの設備投資の財源にするのだそうです。この料金は認可制の鉄道運賃とは違って各社の申請だけで設定できる料金なので、簡単に値上げができるので、ていのいい口実なのではないか、との批判があるようです。そもそもホームに人が落ちるのは圧倒的に酔っ払いで、体調不良と歩きスマホがそれに続く原因、ということは、ホームドアがバリアフリー対策、ということ自体、なんかおかしいなぁ、と感じます。そう思うのには、私には、バリアフリー、と聞くと、必ず思い出す小さな経験があるからでしょう。

 2002年、ということは今から21年も前、バリアフリーという言葉がまだまだ目新しかった頃のこと、デンマーク・コペンハーゲン空港での長い乗り継ぎ時間の合間に、できたばかりのオーレスン橋で国境の海峡を渡って対岸のスウェーデン・マルメの街歩きをしようと計画しました。
 空港から列車で30分ほどで到着したマルメ駅はヨの字をした頭端式の駅舎で、自動改札機がズラリ並んでいました。そこで見た光景が忘れられません。すべての改札機が車椅子の通れる広い幅なんです。日本みたいに、車椅子マークの付いた改札機が端っこに一つだけあるんじゃなくて、全部がおんなじ幅広。普通に歩く人もベビーカーの人もキャリーケースを引っ張る人も車椅子の人も、みんな同じ改札機。差別や障壁など何もない、そうかこれがバリアフリーってことなんだ、と、目からウロコでした。
 そのことに感動した私はそれからの2時間ほどの街歩きの間、バリアフリーということを意識し続けました。バスや列車の扉も車内の通路もどれも充分な広さがある。当然ながら車椅子マークみたいなものはどこにも見当たりません。トイレもそう。どの個室もすべて車椅子で入れるだけの広いものばかりなんです。ただ便座の位置がとても高くて足が付かないので、踏ん張れずに閉口しましたし、男子小用器も位置が高くて背伸びしても届かず、子供用を使うという屈辱的思いをしました。あ、これは余談ですが、もうその当時から、ハエの標的がプリントされていて、これはグッドアイデアだと感心しました。

 つまり、バリアフリーっていうのは、特に何かを作ったりやったりするんじゃなくて、
どんな人も難なく使えるように最初からそれをスタンダードとして設計しておく、特別に後からお金を使って付け足せばいいってもんじゃない、という思想がスウェーデンという国には昔から根付いているんだろうな、と、気付いたのです。(後から、そういう設計のことをユニバーサルデザインと呼ぶということを知りました)

 バリアフリーを充実させるにはもっともっとお金がかかるんです、だからそのために都市部の利用者に限ってお金を集めるために運賃とは別の値上げをするんです、という理屈、なんだか屁理屈にしか聞こえないんだけど、と、思ってしまうのは、こんな経験を持つ私だからなんでしょうか。(弥)