「履きやすい靴」というのは、二つの意味があります。ひとつは履くときや脱ぐときに足入れの楽な靴ということ。もうひとつは文字通り、履いていて快適な靴、です。この二つの意味の「履きやすい靴」、時として矛盾することがあります。例えばレースアップのロングブーツ、何より快適ですが、脱ぎ履きの面倒さと言ったら…。
その反対の典型例がローファーではないでしょうか。アメリカントラッドの代表選手であるモカシン縫いのローファーは、脱ぎ履きは大変に楽チンですが履き心地の快適さを求めると皆さんかなり苦労してます。そもそもローファーというのが「怠け者」という意味の言葉ですので、靴ヒモも靴べらも面倒くさい人たちにつっかけやすいという理由で主に大学生から愛用された靴だったのだと思います。とはいえ、ローファーはそのデザインからもとても魅力のある靴でして、私の中でも長年履きたくても履けない靴の王座を占めています。
片や、この二つの「履きやすい」を矛盾なく両立できる靴というとなんでしょうか。これにはもちろん人それぞれに意見があるとは思いますが、私はまずグッドイヤー式のサイドゴアブーツを挙げます。両サイドに伸縮するゴア(ゴム)を配したブーツで、実は坂本竜馬の靴も福澤諭吉の靴もこれでした。しかしブーツというだけで現代人には抵抗感もありますから、そうなるとそれを短靴にアレンジした、サイドエラスティックシューズ、これが第一です。ご記憶の方も多いと思いますが、当店の開店20周年記念モデルとして皆様にお勧めしたデザインでして、当時も今も大変好評です。が、これはロンドンのジョージ・クレバリーをリスペクトとした、つまりいかにも英国的な靴だったとも言えます。
あれから10年たち、今度は30周年記念モデルとして何を提案しようかと考えたとき、頭に浮かんだのは、長年の懸案だったローファー的なモノでした。ローファーのイメージを持ちながらも、二つの意味の「履きやすさ」を妥協なく両立させる、という命題から、↑このような靴を作りました。英国にも怠け者はいるんだよ、と語る靴の言葉が聞こえてくるような気がしませんか。私のサイズの最初の一足が予定よりちょっと遅れて届きました。思った通りにうまく仕上がったので、賛同者を強く募ります。ぜひあなたも。(弥)