倶樂部余話【381】 予定調和とか同調圧力とかがよく分かりません。(2020年7月1日)


パソコンの電源がいきなり落ちました。ものすごく熱くなってました。壊れたな、まずいぞ、しばらく仕事にならないかも、と真っ青になりました。ところが、翌日には仮の中古PCへデータを移行、そして一週間後には真新しいPCが届いて、以前と全く同じ操作環境が戻ってきました。PCが使えなかったのは、定休日の2日間だけで、ほぼ支障なく業務はあっけなく無事復旧したのです。もちろんそんな芸当は自分でできるはずもなく、偶然にも同じシェアオフィスに最近入所した、コンピュータのことならなんでも、という駆け込み寺があったから、なのですが、まるで神様に出会ったような幸運でした。すごいプロ集団がいるもんです。

で、こういう話を、予定調和に終わらなかった、というのでしょうか。よく分からないんです、この予定調和という言葉の意味が。想像のとおり、ということみたいなんですが、そもそも予定という言葉と調和という言葉が結びつかない。ま、曖昧模糊(あいまいもこ)とか魑魅魍魎(ちみもうりょう)とかの四字熟語とは異質の四文字言葉であることは想像がつきますが、どうもドイツの哲学言語らしいですね。

もう一つ最近よく目にする言葉で、今ひとつわからないのが、同調圧力、という四文字。特に、コロナ禍で、イベントをやるのかやめるのか、催行するのか自粛すべきか、という話の中で近頃よく聞きます。これも同調と圧力のふたつの言葉がどうしたら結びつくのかその感覚が分かりません。同調というのはラジオのチューニングのことではなくて、ここではpeer=同輩のことで、仲間や団体の中で少数意見を主張しづらくなる無言の圧力、みたいなことを意味するようです。他が催事開催を相次いで自粛しているさなかで、うちだけが開催を強行するのは、世間的にもまずいんじゃないか、というえらいさんの声があちらこちらから聞こえてくる。これが同調圧力、というものなんでしょうか。しかし難しい言葉を使わなくても他の表現で間に合いそうですよね。

感じるのは、どうも予定調和とか同調圧力とかという言葉を使うと、議論が高尚にかつ円滑に収束に向かいやすい、という傾向にあるんじゃないでしょうか。つまりかっこよく終われる、と思っている。私自身は、とても難しいことをやさしく話すのがいい文章だと思うんですけれど、でも世の中には、実に簡単なことをわざわざ難しく語る人がときどきいまして、そういう人が予定調和とか同調圧力とか、わかりにくい言葉を使いたがるんじゃないかな、と思っているのです。そう考えるのは間違ってますかね。(弥)