倶樂部余話【449】旅日記を書いてみます (2026年2月17日)


※第1日目1/16(金)。朝静岡駅から成田空港へ向かう。品川で横須賀総武快速に乗り換え。なにやら駅が大騒ぎ。山手線が停電で止まっているらしい。日暮里ルートを選んでいたら足止めを食らうところだった。この旅はトラブルを吉に変える旅なのかも。R社のゴールドカードを持つとプライオリティパスという特典があり、世界中の空港ラウンジが年4回無料で使える。今回はこれをフル活用。成田のラウンジは食事も酒も充実していてありがたい。今回はダブリン降機でアバディーン搭乗というオープンジョーチケットのため仏蘭の航空会社を利用。このところずっと中東系だったので久々の欧州系。しかしサービスも機内食も映画も中東系のほうがずっと充実していると実感。機内ではちょっとしたトラブル発生。私の手荷物がいつも重たいのはCPAPという機械を持参しているためで、SAS(無呼吸症候群)の患者はこのマスクを装着しないと熟睡できない。中東系では椅子の下などにコンセントがあったのだが、どこにも見当たらないので、CAを呼んで、コンセントはどこか、と尋ねるも、電源なら眼の前にUSBがあるだろ、というばかりでまったく話が通じない。成田便なのに日本語のわかるCAがひとりもいないとは驚きだ。しばらくして乗客の中に非番の日本人航空職員がいたらしく、来てくれたが、当機にはトイレのひげそり用以外にはコンセントはない、との答え。トイレで寝ろってか。事前に言ってくれればバッテリーを用意します、って、そんな事どこに書いてあるの。
夜アムステルダム・スキポール空港到着。乗継便まで11時間待ち。無料のシャワー、セミフラットの安眠チェア、コンセントもあって、wifiも速い、ヨーツェンにくるまれば、スキポールの待合室は機内よりもずっと快適かも。

※第2日目1/17(土)。朝6時にラウンジが開いて、充実の朝食。乗継便でダブリン着。最初にやることはLeepCardにtop-up(これSuicaにチャージ、と同義)。空港バスは高いので公共の市バスで市街へ。CLEOでアランセーターを何枚か物色したら、しばしの自由時間。毎年1月はナショナル・ギャラリーで所蔵のターナーの絵画数十枚を無料で公開している。これは観ない手はない。

大好きなJack・B・Yeatsのコレクションもじっくり鑑賞。グラフトン界隈の古いパブでチャウダーとギネスでランチ。うまい。ダブリンに帰ってきたぞ、つて実感。マークス&スペンサーでパンツも買って(倶樂部余話【444】参照)ダブリン市内観光はこれでおしまい。また市バスでホテルに入り、荷を解く。夜のレセプションパーティのため、着替えないと。今回展示会を後援するアイルランドの政府機関から若干のサポートをもらっているので、こういう催しには顔を出さないと義理が立たない。食事代を浮かせるのはありがたいが、このパーティのために一日早く出て11時間も待機して、と考えるとどうなんだろ、とも思う。パーティの後パブでギネスを1パイント引っ掛けて、就寝。

※第3日目1/18(日)。このホテルのウリは豪華な朝食。Full Irish breakfast。これだけで話ひとつにはなるから、これは後日改めて書くことにする。この日は終日展示会場。この会場、古くから競走馬のオークションなんかをやっている由緒あるところ。そう、サラブレッドはアイルランドの特産品だ。この会場にアイルランドの物産品、約300社が出展している。私はこの展示会に20数回通っていて、今ではもはや日本人バイヤーとしては最古参になってしまった。挨拶代わりのバラマキ土産を鞄いっぱいに詰めて会場を回る。今回のバラマキは、ブルボンの抹茶ラングドシャーで、今回は20個用意した。こういうジャンクなもののほうが面白がってくれる。マッチャはみんな知ってた、流行ってるんだね。ランチは向かいのパブでまたスープとギネス。同席は公式ツアーガイドのナオコさんとクレオに勤めているミワさん、この二人の日本人女性のおかげで私の仕事はどれだけ助けられているか、感謝です。それにしてもこの3人ランチ、実によく笑った。夜はまた出展者とバイヤーとの交流パーティ。ギネスとフィシュアンドチップスとハンバーガー。歌と踊り、お疲れさん。さすがに疲れた。

第4日目1/19(月)。またもや豪華な朝食の後、8時にアランレジェンドのハンドニットを依頼しているA社と3時間強のミーティング。2年前に亡くなった社長ショーンの跡を継いだ三男ミホールとは初対面。父親譲りのコーク訛りのズーズー弁だったらどうしよう、と、助っ人通訳にナオコさんにも来てもらう。おかげで綿密な打ち合わせができて、今回のダブリン訪問の最大の目的が果たせた。展示会場をもう一度一廻りしてから、市バスでクレオに向かう。ミワさんが待っててくれて、目星をつけておいたセーターを精査。おっと、もう空港に行く時間だ。急いでまた市バスに乗る。雨も強くなってきた。お腹も空いた。ダブリン空港のラウンジは改装中の仮設で会議室みたいな殺風景な部屋。料理も少ないけど文句は言うまい。何やらとりあえずお腹に詰め込んで、格安航空世界一のライアンエアーでスコットランド・エジンバラEdinburghへひとっ飛び。空港近くの格安ホテルに着いたら、もう11時。スコットランドの地ビールを一杯飲んでバタンキュー。

※第5日目1/20(火)。この日は移動の一日。持参の朝食(豚汁、おかゆ、ミックスフルーツ、魚肉ソーセージ、6Pチーズ)を部屋で摂り、エジンバラ空港からダンディーDundee行きの高速バスに乗る。右手にフォース鉄道橋Forth bridgeを臨む。鋼の恐竜とも言われる世界遺産。圧巻だった。その後も湾曲が美しいテイ鉄道橋Tay Bridgeも見られて、バスの中で一人はしゃいでいた。

ダンディーの街でぶら散歩。観光の目玉は2018年に出来たV&A美術館(ロンドン)初の別館でこれが隈研吾の設計。世界初の南極観測船ディスカバリー号(乗船できる)と並んで海に向かった光景、背後には美しく湾曲するテイ橋、お見事。ダンディーで食べたかった2つのもの。ひとつはハギス。バーンズナイト(スコットランドの詩人バーンズをたたえて誕生日の1/25に伝統料理ハギスを食して祝う習慣)が近いのでここで食べておきたかった。古いパブで頼むと、ハギスをスライスしてフリッターにしてあり、スコッチウィスキーソースが添えられている。ブラックプディングに近いかな。満足。もう一つはこの街の名物お菓子ダンディーケーキ。特産のマーマレードを使い白ブドウ(sultana)を入れたフルーツケーキでアーモンドがトッピングしてある。老舗の菓子舗で入手。家族への土産に。ダンディーからアバディーンまでは鉄道。北海の海べりを北上する。右手には北海の波しぶきがかかってきそうなビーチ。左手は荒涼としたスコットランドの草原。えっ、旗が立ってるぞ、ここゴルフコースだ。そうだ、ゴルフ発祥の地セント・アンドリュースはダンディーのすぐ南だし、まさに本場のリンクスの海の間際を線路が走ってる。ゴルフは羊飼いの暇つぶし、バンカーは羊の風よけ場、というのがよく分かる。そして列車はスコットランド第3の都市アバディーンAberdeenに到着。午後4時なのにもう真っ暗。駅ビル内のタイ料理屋でパッタイをテイクアウトしてから、フェリーのターミナルまで歩く。どうせまた戻ってくるんだからどこかで重たい荷物を預けたかったが場所がわからずそのまま乗船。これが吉と出るのは後述。さあ、12時間の夜行フェリーの旅。事前に2つのメールが入ってる。ひとつはナオコさんから「すごいオーロラが見られるみたいですよ」。キャビンクルーに聞いたら「おお、昨日の夜はすごかったよ。ほら写真見て。夜9時ぐらいかな。あの奥のドアから外に出られるからお楽しみにね」。もう一つはジェイミーソンズのピーターから。「今夜の海は荒れるからあらかじめ酔い止め買って飲んでおくように。船内には売ってないよ。朝8時に迎えに行く」どっちが正しいんだろう。

※第6日目1/21(水)。揺れる揺れる、オーロラどころじゃない。ピーターが正解。唸りを上げて進んでいたが、途中で急に減速モードに。もう着いたのか、まだ2時間あるのに、と、携帯を見ると、うわ、まさにフェア島を過ぎたところじゃないか。そうか、きっと南風なんだろう、波に乗って早く進んだんだ、ここからゆっくり時間調整だな。ふらふらの体で定刻に下船。体がずっと揺れたままだ。一日中揺れたままだった。ここはシェトランド島Shetland Isle.の首都ラーウィックLerwick。ピーターの車でジェイミーソンズのファクトリーがあるサンドネスSandnessまで小一時間のドライプ。夜が明けてくると、シェトランドの荒涼とした風景が見えてくる。氷河に削られた痩せた土地、voeと呼ばれる谷間に海が奥まで入り込んで陸地を狭めていく。あ、羊が海藻を喰んでる、ホントにそうなんだ。サンドネスはジェイミーソンファミリー発祥の地。祖業は八百屋だったんだって。電話ポックスのある小さな建物が今も残っていて、そこで物々交換でウールが溜まったんで今の商売に進んだんだと。ファクトリーは八割が毛糸屋さん、セーターやさんは二割だけ、という感じ。原毛から製品までをそれなりの規模で一貫して自社内で完了できるファクトリーはシェトランド島はもちろんだが、英国内でもなかなかないだろう。これもまた別の機会に詳しく述べることにしよう。

そうこうするうちに、今夜のフェリーが荒天のため欠航になったとの知らせ。あれ、帰れないよ。まあ一日ぐらい遅れてもいいか、とも思ったが、ピーターが言うには「この欠航は三日は続く。今夜のフライトで戻れ。今予約取るから。空港から一番近くて安いホテルも取っとく」と迅速。きっと慣れっこなんだろう、こういう事態。助かった、帰れる。でも8万円が一瞬で飛んだ。また小一時間掛けてラーウィックへ戻る。いよいよアンダーソンとエベレストの商談。これは前話で書いたので省略。倶樂部余話【448】参照。残るは博物館で資料収集だ。この博物館Shetland Museum & Archives は想像以上の施設で、街のコミュニティセンターとしての役割を担っているように感じた。結婚式までやってる。この島の一番大きな産業は最近では北海油田関連なのだが、ウール産業がこの島の維持発展に欠かせないものだという認識と愛情、それがひしひしと感じられて感動した。わずか9時間の島での滞在だったが、来てよかった、また来なくちゃ、と、思わせるとても意義のある滞在だった。ほんとは美味と言われるシェトランド・シープを食べたかったが、食事の時間がないので、小さなテイクアウト専門の中華屋で焼きそばを包んでもらい、タクシー飛ばして、2万円、島の南端にあるサンボロー空港まで。午後3時、薄暗くなって、外は暴風雨、景色を楽しみたいが、すべての業務が終わって安心したのか睡魔に襲われ気がつくと小さな飛行場。重たい手荷物を預けると重量オーバーで超過料金だと言う。仕方ないな、でもフェリーターミナルで預けとかなくてよかったよ。しかし、この焼きそばは世界一まずくて高い焼きそばだな。小さい機体は揺れながらもアバディーン空港へ無事到着。実はずっと寝ていてほとんど覚えてない。至近のホテルまで歩く。風がものすごくてなかなかきつい。ようやくチェックインでバタンキュー。あのまま夜行フェリーで予定通り帰っていたとしたら、こんなに休めなかっただろう。欠航で飛行機に変更したことで10万円くらい余計にかかったけど、最初からこういう予定にすればよかったんだと思おう。熟睡。
※第7日目1/22(木)。午前、アバディーン空港のラウンジは思いの外充実していて、大満足。これで4回分使い果たした。ゴールドカード年会費一万円の元は取ったぞ。スキポールでの乗り継ぎはわずか55分。行きは11時間、帰りは55分、随分極端だ。成田便に滑り込みセーフ。博物館で買ったシェトランドウールの本を読み始めると、不思議なことにどんどん読める。言語中枢が英語になってたんだな。今読み返しても全然読めないのに。
※第8日目1/23(金)。昼に成田着。品川駅横須賀線ホームで駅そば。これ、実は恒例。夜、静岡駅より帰宅。
書き始めたらやっぱり長くなりました。半日で書くはずが2日間も掛かりました。

何しろ実感したのは、JPY(Japanese Yen)が弱すぎる。覚悟はしてましたが、倍の感覚ではまだ安すぎます。2.5倍かな。コンピニで買うようなサンドウィッチが2,000円ですから。
今回は、食費を徹底的にケチりました。ラウンジやパーティのタダメシは利用しまくって、朝食は3日分を持参、それでも総費用は10年前の倍以上となりました。
お疲れさまでした。(弥)