倶樂部余話【421】パレスチナ紛争で思い出したこと(2023年11月1日)


 亡き父が「コイツはできる」と早くから目をかけていたのが、若き日の赤嶺幸生さんでした。まもなく80歳を迎えようとされる今も、業界の大重鎮として大活躍のファッションディレクターです。親子二代50年に渡る長いお付き合いですが、私のアランセーターの仕事はとても評価していただいていて、時々気が向いたように「野沢くん、元気かい」とお電話を頂戴します。その赤嶺さんには特に1980年代には実に色んな話を伺いました。いわゆる赤嶺節の炸裂、その赤嶺節のひとつがこんな話でした。


 今、イタリアの服が好きです、という洋服屋は多い。しかし、それじゃ今のイタリアの首相は誰か、答えられる者は少ない。ファッションというのは、ファッションだけで成り立っているものじゃない。その国の歴史、文化、政治、経済、その国のすべてのことが衣食住の生活に現れるのです。仮にもプロとしてイタリアの服が好きだと名乗るのなら、その国のすべてに深い理解を得ていなければいけない、首相の名前ぐらいは知らないと恥ずかしい。単なる服バカではまだまだプロとは言えないよ。

 服がたまらなく好きでこの業界に入ったという類の人間が多い中、私は生来の服バカでない自分にコンプレックスを感じていたところがあり、それゆえ、この言葉には随分勇気づけられたものです。

 今、輸入している相手国は、英国、アイルランド、フィンランド、の3つ。この3つの国については、一般の人よりはだいぶ理解が深いと自負していますが、学べば学ぶほど、ヨーロッパの国々は複雑に関係し合っていて、特に民族と宗教については学んでも学んでも把握しきれない、だからこそ大変興味深いものがあります。

 自店を英国気質の洋服屋と標榜していたこともあり、特に英国のことはかなり勉強したつもりで、基本的に尊敬できる国ではありますが、その外交においては、随分酷いことをしている歴史があります。アヘン戦争、アイルランド紛争、そして極めつけは、パレスチナの三枚舌外交、でしょう。

 三枚舌外交、極めて簡単に言うと、第一次世界大戦下、次の矛盾した3つの約束を指します。
英国はオスマン(トルコ)に、パレスチナ地域にアラブ人の国を作ろう、と約束。
英国はフランスとロシア(ソビエト)に、この3カ国の間でパレスチナ周辺域を分割統治しようと約束。
英国は、ユダヤ人に、パレスチナの地にユダヤ人の国を作ってあげよう、と約束。
 これが悪名高き英国の三枚舌外交。現在激化しているパレスチナ紛争の元凶とも言える英国の仕業です。

 ウクライナ危機では、どっちが悪いのか、善悪がわかりやすいのですが、パレスチナの場合、善悪では片付かない、何千年前からの経緯があって、とてもわかりにくい。悪いのは、うまく棲み分けて暮らしていた部族間の仲を自分たちだけの都合で無理やり国境で引き裂いた大国、大国が一番悪い、とも言えます。

 ユダヤは世界の金融とメディアを押さえているし、アラブは石油を持っている。だから報道はどっちもどっち、敵味方に色分けできない、その姿勢が余計にこの問題を分かりづらくしています。だからこそ、英国の三枚舌外交は理解を深めるためにはもっともっと言及してもいいんじゃないか、と思うのですが、やっぱりメディアは英国に遠慮しているんでしょうか。

 今回のパレスチナ紛争で、この三枚舌外交のことに触れたいなぁと思っていて、そもそもどうして私はこんなにそういう歴史に興味を持つんだろうと思ったら、冒頭の赤嶺節を思い出した次第。ずいぶんと古い話を引き出してしまいました。6年前にお会いしたとき「赤嶺さん、私だってもう還暦過ぎたんですよ」の言にそのこたえは「還暦? まぁだ、ひよっこ、だぁ」。参った。(弥)