倶樂部余話【138】省くという流れ(2000年10月5日)


服飾の歴史とは、イコール簡略化の歴史でもあります。現在では最も堅苦しいと思われているスーツ・スタイルも、フロックコートなるガチガチの貴族の服から度重なる簡略化の過程を経て、現在に至っている、進化した姿なのです。

オフタイムの着方にしても、シャツ⇒ベストやセーター⇒ジャケット⇒アウター(コート)⇒頭には帽子と、重ねていくのが言わば本来なのですが、今ではこんな正統的重ね着はむしろ少数派になりつつあり、ここでも簡略化の流れが進んでいます。

まず最初に省かれるのが、一番値の張るアウターでしょう。厳冬期にはどうしても必要ですが…。そしてジャケットがランクアップしてアウター化し、室内に入ったらジャケットを脱ぐ、というようになってきました。代わりにセーターがジャケット化して、ザクッと羽織る感覚のセーターが目につくようになってきてます。アランセーターのジャケットもそのひとつですね。

しかし、このところ急速に変化を見せているのは、何と言ってもシャツです。シャツはもともと下着であって、おおっぴらに人目に晒すものではなかったのですが、今では、分類上はシャツなのに、その着方は、セーター的、ジャケット的、アウター的な楽しいシャツがどんどんと増えてきてます。ひと頃は年配者たちから眉をひそめられた裾出しルックも、そのラクチンさからか、すっかり当たり前のものに定着しました。簡略化の歴史から見ればこれも当然のことと、そろそろ積極的に是認したいと思います。

ということで、すでにご来店の方はお分かりでしょうが、今年の秋は、従来よりもシャツをグンと増やして揃えました。新たな感動を味わっていただけることと期待してます。

倶樂部余話【137】クラブだけどパブ(2000年9月6日)


英国の酒場といえばパブ。これはパブリックの略ですが、公共ということではなく、階級や氏素性に関係なく誰でも入れる、という意味であり、対する言葉はメンバー制であるクラブです。

さて、当店はクラブの名を冠しています。欧州の小さな専門店が持つ(いい意味での)一種の閉鎖性に憧れてこう名付けました。しかし、曲がりなりにも13年間やってきたことで、この頃当店も少しずつパブリックな存在になってきたかな、と実感します。紺屋町の英国旗の出た煉瓦造りの洋服屋と言って「知ってる」という人が格段に増えてきたようです。ありがたいと思うと同時に、課せられた責任も次第に重くなってくるのだと肝に銘じています。

だからといって今までのやり方を変えるつもりはありませんが、商売としてはパブリックな要素にも答えねばなりません。頂上の標高を下げないでしかも裾野を広げる、という難しい作戦となります。また、お客様の消費に占める衣服の比率が今より上がることは当面ないでしょうから、これにも知恵を絞らねば、面白い店にはなりません。

当店の14度目の秋を、こんな思いで迎えました。今年も仕込みは万全、どうぞ存分にお楽しみ下さいませ。

倶樂部余話【136】八月に思うこと(2000年8月3日)


顧客名簿を整理していて、不思議な事実に気が付きました。

月々の売り上げはかなり上下するにもかかわらず、来店されるメンバーズ(現時点で当報を配信している顧客)の数は毎月そんなに変化がなく、全メンバーズの二割前後とほぼ安定しているのです。単純に言うと、その中で買う人が増えると売れるし、買わない人が多いと売れない月になるわけです。

誤解しないで下さい。私は、店に来た以上は必ず何か買って下さい、などと言っているのではありません。売れる売れないは売る側の問題。遊びに見えるお客様のせいではないのですから。

言いたいことは、売れない時であっても、いつも一定のメンバーズの皆様とお会いできているという事実が何よりも嬉しい、ということです。しかもその割合が二割もある。一般に10%を超えれば御の字と言われるDM応答率が毎月20%にも及ぶ店などそうそうないはずで、これは自慢のデータです。

振り返ると、私は、いいヒトに会いたいがゆえにいいモノを売ってきたように思います。売りたい、よりも、会いたい、のです。八月は一年で最も売れない月。だからこそ、最もお客様に会いたい月でもあるのです。

倶樂部余話【135】定番ってなんだ?(2000年7月6日)


「定番」って何でしょう。

広辞苑には「流行に左右されず安定した需要のある商品。商品番号(品番)が定められていることからこう呼ぶ。多く衣料品について言う。」とあります。由来はその通りですが、この定義は違うと思います。米やちり紙ではあるまいし、今時そんな悠長な衣料品などありません。

私の考える定番とは、いつの時代も売れ続けているもの。つまりロングセラーのことであって、スタンダードとかクラシックとは意味合いが少し違います。意地悪く言うと、それは過去の実績の評価であって、縮小経済の昨今では、去年の定番は来年も定番であり続けるとは限らないし、来年は来年の新たな定番が生まれることもあるのです。

「君の処は定番ショップだよね。」とも言われます。確かに当店の全ての商品はロングセラー足りうる素養を持っていると確信してますが、それゆえに新陳代謝を怠ればすぐに陳腐化する店になってしまう怖さもあります。変わらぬ店であり続けることは、進化なく止まっていることとは違うのです。

倶樂部余話【133】流行28年周期説(2000年5月24日)


売れてる雑誌に変化がでてきたそうです。

最新トレンド情報を毎回これでもかこれでもかと紹介する雑誌にかげりが見え始め、代って、古くから変わらずに続いている職人モノを発掘して紹介する本が部数を伸ばしているという話です。例えば、「サライ」を読む20代、30代が急増しているらしいのです。

私も20代前半の頃は、ひたすら流行を追いかけたものでしたが、現在のスピードはその七倍速とかで、ドッグイヤーとも呼ばれる程に目まぐるしく変化して、「ハヤる前にスタれる」という奇妙な感覚を覚えます。

少し前なら流行遅れだが、ずっと前ならレトロでカッコいい、ということでしょうが、では一体何年ぐらい昔がその一線なのでしょう。

ある人は、流行28年周期説を唱えています。それによれば、厚底サンダルやベルボトムが28年振り。アロハ柄ペイズリー柄の復活もそうだと言います。(フィッシャーマンセーターも!)

男の世界では、もうすぐ「ピーコック革命」でカラフルさが復活し、「華麗なるギャツビー」でクラシックな装いが戻るだろうし、女性界では、もうまもなく、ハマトラ、ニュートラが一大トレンドになるだろう、と予測しています。

さて、28年前は一九七二年。あさま山荘、沖縄返還、札幌オリンピック。とすると、カラオケで「虹と雪のバラード」を歌い、「笠谷のジャンプ」を宴会芸で披露する四十男は流行の最先端を行っている、と言うことになるはずですが......

 

倶樂部余話【132】国会図書館でメンクラを調べる(2000年5月1日)


 卒論以来、20年振りに国会図書館へ。アランセーターの日本での初見を探すため、雑誌「メンズ・クラブ」を創刊号(1954)から順に延々と頁をめくる。

当時VANの御用雑誌として、唯一の男の指南書だっただけに、誌面からはトップギアフルスロットルの日本の60年代の勢いがぐいぐいと伝わる。

56年...「マンボに代わるリズム~チャチャチャ」モデル菅原文太、高倉健。

57年...「ニットウェアーの新しい傾向~メリヤスの流行」モデル高島忠夫。

59年...「テニスセーター~流行のプリンスルック」(現天皇陛下ですね!)

60年...シェットランドセーター、ボタンダウンシャツ、ブルックスブラザース初見。ジャンボーニットなる新語。

63年...「ジーパンのすべて」。名物「街のアイビーリーガーズ」第一回。

65年...「アイビー特集号」。TPO

66年...「ピザ~イタリアで生まれアメリカの若者が育てたアイビーな味覚」「ジーパンはリバイス」。対談「アイビーとコンチとモッズ」。バミューダ。

67年...ツイスターゲーム。MG5。ピーコック。「アイビーVSトラッド」。

68年...サイケ。カントリールック。

いやはや、楽しい調査でした。ちなみに、フィッシャーマンセーター(アランセーター)の初見は651月号、そして我が社「野澤屋」の巻末特約店リスト加入は665月号でした。

倶樂部余話【131】お直し代について(2000年4月1日)


このたび、補正工料を無料にすることにしました。

この業界の「非常識な常識」のひとつが「お直し代」ではないでしょうか。どうもこれは我が国特有のものらしく、欧州などではどんなに直しても店が負担するのが当然らしいのです。反対に、日本の一部の百貨店では、掛かった費用はメーカーに負担させておいて、その上さらに客からも徴収する、という二重取りも見受けられると聞いています。

考えてみると、元々、服はあつらえるものだったので、寸法が合っているのが当たり前だったわけです。それが、やがて既製服主流となって、モノ不足、高度経済成長の過程の中で、お直し代は客の負担に、という悪しき慣習が定着したのではないかと思われます。

言うまでもなく、服とは、着る人の寸法に合って初めて使える完成品と言えるのですから、店はサイズぴったりの服を提供する義務があるのだと思います。現実には人の体は様々で、特に手足の長さに関してはそれこそ千差万別ですが、しかし、そこで直しが発生するのは、客のせいではなく、ジャストのものを揃えていなかった店の責任だとは考えられないでしょうか。

ということで、パンツの裾上げはもちろん、袖丈詰め、ウェスト出し入れなども、正しいフィッティングのための補正は今後すべて無料で承ります。(但しお客様の都合による体型変化の補正や他店品持込などは従来通り有料となります。)
小さな変化ですが大きな改革だと確信します。

倶樂部余話【130】ステッキ専門店(2000年3月9日)


沈丁花が咲き木蓮の蕾が膨らんで、もう春ですね。

インポート品が主体の当店ですが、これはまがい物でない主張あるホンモノを集め続けた結果であって、何もやみくもに舶来崇拝主義を貫いているわけではありません。国内にも主張を持ったモノづくりを目指している品物は数多くあり、このところ、尾鷲の傘、鹿沼の箒(ほうき)、鯖江の眼鏡、柿渋染めの鞄など、日本の伝統工芸に裏付けられた品々を少しずつご紹介できるようになってきました。その候補はそれこそ星の数ほどで、京都や江戸だけでなく日本全国に存在しているのでしょうが、まずは「コレをウチで紹介したい」という私の衝動的直感がピピッとくるかどうかを単純な判断基準にして、これからも発掘し続けていきたいと思っています。

その候補のひとつがステッキだったのですが、先日、渋谷のステッキ専門店へお伺いしたときの話です。ここは日本で唯一のステッキだけの店で、狭い店内には何百というステッキが揃い、それだけで私の直感アンテナはピッピッと反応を始めました。しかし、お店の方と話を始めるうちに、私の考えは変化したのです。

聞けば、女性オーナー自身が子供の頃からステッキを常用せざるを得ず、お洒落なステッキがあまりに少ないことにずいぶん寂しい思いをしたのが開店のきっかけとか。そして、身長はもちろん、年令、体格、症状によって、ふさわしい一本が決められるらしい。見渡すと、床にはコルクが貼られ、立ち方を試すために何種かの椅子も用意されている。ノコギリも数種類。つまり、ステッキを選ぶ客の立場に立った環境がすべて揃っている。こうして販売してこそ使う人の満足を得られるに違いない。単なる売買だけでなく、この店にわざわざ来ないと買えない価値がここにはある。これぞ本当の専門店の姿だろう。

売りたい、でも私が売ってもここまではできない。ならば自分で売らずにむしろこの店に顧客をお連れすることを考えるべきだろう。こうして、私はすがすがしい気持ちでステッキ販売を断念したのでした。

いやぁ、専門店とは何と面白いものだろう。

倶樂部余話【129】ロンドンの専門店(2000年2月7日)


無事欧州より帰国しました。徹底取材のアラン島紀行はいずれ大作にまとめるつもりですので、今回はたった四時間だけ滞在のロンドン巡りについて。

目指すは二軒の専門店。まずは筆記具の「ペンフレンド」。世界一のビジネス街シティのど真ん中、しかもBBCのビルの中に位置するだけに、ダークスーツのエグゼクティブたちが入れ替わり立ち替わり来店している。でもほとんどの客が修理の依頼で、それもそのはず、この店はもともと万年筆の修理で名を馳せた工房なのだ。その経歴から集めたビンテージ・ペンのコレクションは素晴らしく、私は幻の英国製万年筆コンウェイ・スチュワートの1940年代製二種を購入した。

地下鉄を乗り継いで急ぐはナイツブリッヂ。ハロッズの裏手、眼鏡枠の「アーサー・モリス」。北アイルランド・ベルファスト出身の初代から三代に亘り、英国内でアンティークの眼鏡フレームの収集を続け、その膨大なストックの中から少しずつリストアしながら販売している。昨年創業三代目が急死したが、勤続二十年近い女性が権利を買い取り、営業を続けている。山のような在庫から迷うことしばし、都合五本を選び出した。

どちらも観光ガイドにも載らない小さな店だが、世界中の客がやってくる唯一無二の店。やはり真の専門店での買い物は楽しい。

新名物テムズ川の大観覧車をかいま見る暇もなく、ヒースロー空港へ直行。我が搭乗機は私の到着を待っていたかのように直ちに離陸した。

 

※このころ、品揃えの幅を拡げようと、筆記具や眼鏡枠など、男の持ち物を中心にいろいろと候補にしていた。

 

倶樂部余話【128】私、42歳です(2000年1月9日)


あけましておめでとうございます。大騒ぎしていたY2K問題が大事にならず、ちょっと肩透かしの気分でいる私はやっぱりひねくれ者でしょうか。

当店の名簿には毎月二十~四十名の新しいメンバーズが加わっています。このところ顕著に目立つのが、五〇代の方と二〇代後半の方の増加で、ちょうど団塊世代と団塊ジュニアに当たります。二〇代後半の方はいわば自然増と考えられますが、注目しているのは社会増とも言うべき五〇代の皆様です。

毎日様々な世代の方々とお相手していて感じるのは、もはや五〇歳に見える五〇歳、六〇歳に見える六〇歳、七〇歳に見える七〇歳、という人はいらっしゃらない、という事実です。ここのところを多くの人が分かっていないように思います。「長持ちするいい物しか欲しくない」と彼らは一様に口にします。

何も今後シニア向けのショップを目指そうというつもりはありませんが、これら年長の世代の目から見てもちゃんと評価していただける商品、サービス、店づくりを目指していきたいと考えます。そうすれば、若者も自然についてくるはず。団塊親子のどちらにも違和感なく対応でき、子は親に服装を学ぶ、そんな理想が垣間見えてきてます。

ところで、暮れの紅白を視ていた一〇歳の長女がポツリと「ねえ、南こうせつサンってお父さんより若いよね?」ガーン、何を言うか!」ムッとして「テレビのこのオジさんはもう五〇歳だよ!」

今年もどうぞごひいきに。よろしくご愛顧下さい。

 

※地下街の「ニューヨーカー」(旧KENT店)を閉めた。

 

倶樂部余話【127】名バイヤーとは(1999年12月24日)


バイヤー(仕入れ担当者)とはなかなか褒めてもらえない仕事で、売れないものを仕入れれば当然ケチョンパだし、かといって売れすぎれば今度は足りないと怒られ、ぴったり売れてやっと当たり前としか評価されず、つくづく損な役回りだなと思います。しかし、百貨店なら売れ残りを返品することもできますが、当店の仕入れのほとんどは「買い取り」ですから、バイヤーの責任も重く、だからこその醍醐味もひとしおに感じます。

かつて聞いた名バイヤーの談。曰く「売れないと思って仕入れるバイヤーなど一人もいない。だが人間のすること、全部が思惑通りに売れやしない。どうしても残る。しかしその残り方に上手下手が出る。最後の一点まで売れるためにはどう残ったらいいのか考えて仕入れる。これがうまいバイヤーなのだ」この話は目からウロコでした。

さて、果たしてこの冬の私はうまいバイヤーでしょうか。我ながらいい残り方をしている冬だな、とは思うのですが…。「ファン感謝ディ」で存分にご評価下さい。お待ちしています。メリー・クリスマス!よいお年をお迎え下さい。