糸偏雑筆【7】クリーニングの誤解 (2026年3月20日)


 糸偏雑筆のネタ、どんな話がいいでしょうかね、と、古い顧客に尋ねてみると、手入れの話なんかどう、あのクリーニング屋さんの話、また紹介したらいいよ、との声をいただきました。28年前の倶樂部余話第114話(1989.12.1.)に書いたこんなことです。

 永六輔的「語録」で今年の余話を締めくくってみます。
◎商品試験や作業場見学など、お世話になっているクリーニング業のオヤジさんI氏。
 「いいかい、クリーニング屋の仕事ってのは、服の汚れを完璧に落としてキレイにするのが第一なんだ。それを新品同様に戻してくれる仕事だと勘違いしてる客が多すぎるよ。誰もそんな魔法は持っちゃいないよ」(これは、目からウロコでした)

(後略)

 いかがでしょう、今聞いても目からウロコの人はいるんじゃないでしょうか。どんなものでも使っていれば経年劣化するのは当然で、原状回復は不可能です。でもクリーニングに出すとその不可能が可能になって戻ってくるんじゃないかと錯覚してはいないでしょうか。洗濯にも同じことがいえます。洗剤の宣伝で「白さが元通りに」なんて言われると、品質まで元通りになるんじゃないかと思ってしまいます、ホントは白くする薬材が入っているだけなのに、です。大切なことは何度でも言わないといけませんね。クリーニングは汚れを落とすのが仕事、新品同様には戻らないのです。

 さて、ドライクリーニングってどういうものか、これも誤解している人が多いです。水で洗うのがウェットクリーニング、石油溶剤で洗うのがドライクリーニング、です。そう、どちらも洗うんです。ここで言うウェットとドライの意味ですが、濡れている、乾いている、ということじゃないんですね。ウェットは水を使う、ドライは水を使わない、というそういう意味なんです。これ、普通の人はわかんないですよね。水で洗うと縮んだり固くなったり型くずれしたりする恐れのあるものに対して、水の代わりに石油溶剤で洗う、これがドライクリーニングなんです。

 それから、ドライのほうが水洗いよりも、服に優しい、あるいは、より汚れが落ちると思っている人がいますが、それも誤解です。石油で手を洗って肌にいいわけがありません。基本は水洗いです。特に汗や醤油ソースなどの食品などの水溶性の汚れについては水のほうが圧倒的によく落ちます。対して、皮脂やファンデーションなど脂溶性の汚れにはドライが強いわけです。誤解ついでにいうと、セーターを水洗いしてはいけない、と思っている方、それも間違いです。市販のほとんどのセーターは最後の仕上げの段階で水洗いをしています。洗剤以外に柔軟剤や香料を入れるところもありますし、例えばジェイミーソンズのようにわざわざ乾燥機で20%も縮ませるところもあります。はい、セーターは水洗いすると風合いが良くなるんです。大事なのは乾かし方で、熱を加えると縮みますし、型崩れしないように整えてあげることが肝要です。
  さて、当店のアランセーターの項目に、お手入れは「何もしない」のが一番です、と書いてあるのを見たことがありますか。随分ぶっきらぼうだな、と思われた方、そうじゃないんです。ここまでお読みいただければおわかりでしょう。何もしないのが一番なんですって。

糸偏雑筆【1】「ポロシャツの違い~カットソーって何?」(2025.07.16.)


2つのポロシャツ、どちらも私物で15年以上愛用しています。


この2つの違いは何でしょう。

色。ナチュラルホワイトとあせた黒。
ブランド。ラコステ(日本製)とジョン・スメドレー(英国製)。
価格。(今これと同様の新品を買うとすると) 約2万円と約4万円。
生地の組織。どちらも綿100%の編み生地(織り生地ではない)ですが、カノコ編み(隙間だらけで通気性あり)と天竺編み(細番手のシーアイランドコットンでさらりとした肌触り)という違い。
といったところでしょうか。

決定的な違いは何かというと、それは、ラコステはカットソー、スメドレーはニットウェア、ということなんです。
もちょっというと、Tシャツから派生してできたポロシャツ(カットソー)とセーターから派生したポロシャツ(ニットウェア)、同じポロでも2つは作り方が全く違うんですね。

じゃあ、カットソーからお話しましょう。
まず、生地というものには織り生地(=weave)と編み生地(ニット生地=knit)があります。
織り生地はタテ糸にヨコ糸を交差させて平面で織っていきますが、編み生地はヨコ糸だけで編んでいきます。一般的に釣り鐘のように丸くぐるぐると編んでいって、編み上がったものに縦にハサミを入れて平面の生地として管理します。
  カットソーは、その編み生地を各パーツに裁断(=cut)し、それを縫い合わせ(=sew)て作ります。だからcut&sewでカットソーです。編み生地は裁断したままだと端がほつれたり丸まったりしてしまうので、それを防止するためにかがりながら縫い合わせるミシン(インターロック)が多用されます。
  製品で確かめてみましょう。ラコステのボロシャツを裏返してみます。生地の向きがわかりやすいように今度はボーダー(横ストライプ)の私物を選びました。


袖付のところ、ほぼ45度に向きの違う生地をロックミシンで縫い合わせています。袖口にはリブ編みのパーツ(いわゆるちょうちん袖)を付いてます。袖リブがひっくり返らないような工夫された縫い付け方がされています。
肩のところだけは仕様が違っていて、ここは一番力のかかる箇所で弱いと型くずれしたりするので、白いグログランテープで補強してしっかりと巻き縫いされています。3箇所、違うやり方で縫い分けられています。さすがですね。確かめたらユニクロやMujiは3箇所すべて同様のロック処理で済まされていました。

さて、ニットウェアの方です。始めにまずソックスを裏返してみます。


ソックスの編立機というのはすごくて、生地を編みながら同時にはぎ合わせもして、成形してしまうのです。
これがさらに進化したのが手袋の自動編み機です。現在ニットウェアの自動編み機では世界で高いシェアを持っている和歌山県の島精機という会社は、その前身が手袋製造のファクトリーでした。
 ニットウェアでいちばん重要なのがパーツごとのはぎ合わせです。縫う(sew)のではなく、リンキングといいます。LINK、リンクを張る、の、リンクです。はぎ合わせ、とか、つなぎ合わせ、と、言って、縫い合わせるとは言いません。そもそもニットウェアは縫い合わせsewができないのです。
リンキングは、ソックスや手袋みたいに自動でリンキングまで済ませる製品もあれば、リンキングだけはあとから別作業でつなげるという製品もあります。機械によっていろいろです。
 製品を見てみましょう。同じくスメドレーですけど、わかりやすいように明るい色に変えます。胃カメラ画像じゃないですよ。


袖付のところです。裏側も撮りました。
リンキングは2つの生地の向きが揃ってないとつなぎ合わせられないので、
そのために生地の向きを寸前で軌道修正します。軌道修正は網目の目数を「減らし」ながら進めます。
その軌道修正の跡が合わせの両サイドにハンドステッチのような点線になって現れているのがわかりますか。
これを、減らし目模様、略してヘラシ、と呼んでいます。ニットウェアの証のようなものです。
無地のニットウェアに現れるヘラシは一種の柄のような趣があり、大きな魅力となります。


これはウールのベストですが、Vネックのところ、見てください。ここまで見事にヘラシのきれいなVネックはなかなかないです。スメドレーも最近は機械をすべて一新したらしいので、もうこんなVネックのヘラシにもお目にかかれないかもしれません。あ、脇のところにもヘラシが見えますよね。

さて、冒頭の2つのポロシャツ、どちらがいいとか悪いとかということではありません。
スポーツウェアとしてはカットソーの方が遥かに機能的でしょう。
でももしリゾートやビジネスとして着るとか、また例えば軽いジャケットのインで着るとかという場合には、ニットウェアのほうがふさわしいんじゃないかと思います。
カットソーにはスニーカー、ニットウェアには革靴、という私の基準ですが、ちょっと古臭いかも。
そもそものルーツである、Tシャツとセーターとの違い、というところが判断の分かれ目かな、と思います。


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今回から、洋服屋の立場から、最低限これだけは知っておいて欲しい、という事項を、順不同に書き綴っていこうと思い立ちまして、タイトルを「糸偏雑筆」(いとへん(の)ざっぴつ)といたしました。
今4歳と1歳の孫が将来読んでもわかるように、書き残すつもりです。
カテゴリーは「学ぼう」としました。
糸偏(いとへん)というのは、繊維に関わる業界を広く言い表した俗語です。どれだけ続けられるかわかりませんが、月に一回、5年ぐらいは続けたいと思ってます。ご拝読いただければ嬉しいです。