倶樂部余話【二】拝啓 ヘンリィ・ブルックス様 (一九八八年十月)


拝啓 ヘンリィ・ブルックス様 

 

あなたが一八一八年、母国英国に憧れニューヨークに開店した「ブルックス・ブラザース」は、今日までの百七十年間に、紳士服飾の世界で輝かしい功績と文化を築いてきました。三ッ釦段返りスーツ、ボタンダウンシャツ、シェットランドセーター、世界中のメーカーが分解しては模倣してきました。そして、アメリカのエクゼクティヴエリートの支持を脈々と受け続けてきたのでした。

ところが、昨今のあなたのお店に関する話には、おやっと思ってしまうのです。

数年前、カナダの会社からM&A(合併・買収)に遭い、更に英国の最大手スーパー「マークス&スペンサー」に買収され、その傘下に入りました。英国を手本にアメリカントラッドをつくってきた店が本家英国のスーパーに買収されるとは何とも皮肉な話ではないでしょうか。

そのうえ、アメリカに十九店舗しかないのに、なぜ狭い日本に三十店舗もあるのでしょう。この日本にエクゼクティヴエリートがそれほど多いとは思えませんし、日本の百貨店の売上げ至上主義に同調したのでしょうか。いつでもどこでもだれでも買えるコンビニエンス的「ブルックス」にどういう価値があるというのでしょう。

「あの○○さんもうちのお客です」といった、著名人の顧客を宣伝材料に使うことはしないという、顧客のプライバシーを尊重した、不文律もどこに行ったのでしょう。それが目玉になった日本の新聞チラシをあなたが見たら、なんとおっしゃるでしょう。

いろいろとお家の事情はあるのでしょうが、「ブルックス」をひとつの目標にしてきた者にとっては、とても残念でなりません。築き上げてきた独自の伝統文化を、一時的な売上増進のために、自らの手で摘み取ってしまうのでしょうか。それも仕方のないことなのでしょうか。

しかしもう、こう言わねばなりません。さようなら、と。

「ブルックス・ブラザース」にこよなく憧れていた者の一人より。

 

※官製ハガキとしての最初の号は、やや刺激的な内容です。サザンオールスターズの「吉田拓郎の唄」に触発された気味もありますが、当店が、アメリカじゃなくて英国、デパートでなくて専門店、ブランドじゃなくて品揃え、であるということを端的に主張したいという気持ちもあって、ブルックスをだしに使いました。

 

この第二号から、倶樂部余話とイベント告知をセットにしたハガキDMという形態ができつつあります。

 

当時の記事から。「平日は一時間の昼休みを取ります。」「アランセーターのイベントをやります。」の記載。

 

なお、後年(二〇〇一年)、マークス&スペンサーは、経営不振から、ブルックス・ブラザースをアメリカの婦人服チェーンストア、リテール・ブランド・アライアンスに売却してしまいました。売却額は買収時のわずか三分の一の価格でした。時代の流れはすさまじい。