吸って吐くのが深呼吸(アルゴリズム体操/NHK教育「ピタゴラスイッチ」)、という言葉が口をついたのは、ダビンチ展(六本木)と北斎展(上野)を立て続けに見たときでした。二人とも長寿で、老いてもなお、とてつもなく膨大な才能を吐き出し続けていました。明らかに吸ったものよりも吐いたものの方がはるかに多く、そこがまさに狂気に紙一重の天才とまで言われる所以なのでしょうが、果たして彼らが、当時とは比較にならないほどに溢れ満ちる情報量を吸うことができる現代においても、その才能をすべて吐き出せたかと思うと、疑問に感じてしまったのです。
今の世の中、情報は欲しいだけ手に入ります。ひねもすネット検索に費やせば、吸ってばかりの一日も過ごせますから、現代人はどうしても過呼吸というか吸いすぎの状態に陥りがちです。吸った分だけ吐こうとするにはかなりの創造力が必要で、我々凡人にはもはやほとんど不可能とさえ思えます。何しろダビンチの時代と比べて、吸える量は数百倍かに増えているのに、吐き出せる寿命はほんの少し延びただけなのですから。
無尽蔵な情報の洪水を吸うことに自らの意思で制約をかけ、そしてちゃんと意識をして吐くことを心掛けないと、だらだら吸うばかりの一生で終わりかねないぞ、と、秋の上野公園を歩きながら凡人は思ったのでした。(弥)
「201-250 (2005-2009)」カテゴリーアーカイブ
【倶樂部余話】 No.202 体温・三題 (2005.11.11.)
静岡市の一大イベント「大道芸」も終わり、十一月も半ば、ようやく寒くなってきました。今回は「体温」について三題。
●まずは、我が業界が目下躍起の「ウォームビズ」。こいつはちょっといただけないです。早い話が重ね着のススメでしょ。言われなくたって、みんなお洒落をしたくて寒くなるのを待ち焦がれているのですから、正直、何だか押しつけがましくて、余計なお世話、の感があります。確かにクールビズは、単なる暑がりをファッショナブルな人に持ち上げてくれました。が、逆にウォームビズは、装いを巧く演出している人を単なる寒がりに貶(おとし)めてしまう恐れを含んでいます。私は以前からベストを好んで着ますが、先日ある人から「おっ、早速ウォームビズですね!」と言われ、少々複雑な思いをいたしました。
恐らくは、業界の早計な独り善がりに終わることとなるでしょう。安易に柳の下の…を狙ったりせず、なぜじっくりと我慢して次夏に満を持すことに心血を注ごうとしないのか。ウォームビズは来年のクールビズ商戦にまでかえって水を差してしまっているように思えてならないのですが、いかがでしょうか。
●店にも「体温」があるように感じます。これは熱の入り方といったもので、規模とも嗜好や波長などとも違うものです。大資本の店の中でも、主張がひしひしと伝わってくる高体温の店もありますが、例えばメーカー直営の採算度外視なアンテナショップなんかは、内装は豪華ですが、体温は概して低いように思えます。
もちろん客にも体温の高い低いがありまして、低体温の店は低体温の客が得意なわけです。不幸なのは、高体温を志向する当店のような店に駅ビルのチェーン店のようなつもりで入店された低体温の方々でして、我々は彼らの体温が上がってくるまでじっと待つことにしていますが、店の高い体温にうだってしまう方も多いようで、そうなると、会話はおろか目を合わせてもくれないこともあります。
運良く、店の体温と客の体温とがちょうど合ったときに、たとえ嗜好の違う店だとしても、その店は何だか居心地がいい店、と感じるのでしょうね。
●ダウン(羽毛)の暖かさがこれほどに心地良いのはなぜでしょうか。ダウン自体に発熱作用はないのですから、暖かさの源は自らの体温です。自分の体温に暖まった空気の層を外に逃がさずしっかりと保持してくれる媒体の役目を果たしているのがダウンなのです。不思議なのは、零下30℃も大丈夫のヨーツェンのダウンを摂氏10℃の静岡で着ていても決して暑すぎるとは感じないことです。そう、夏に羽毛布団を掛けても汗をかかないのと同じです。自然のなせる調節機能なんですね。(弥)
【倶樂部余話】 No.201 旅日記/角館と吹屋 (2005.10.7.)
旅が嫌い、という人は少ないと思います。私も結構旅好きの方に属すると思いますが、この一年は某組合の役職に就かされたおかげで、弘前と岡山にのんびりと出掛ける機会に恵まれ、その往復ついでにいくつかのミニ観光が実現できました。その中で特に印象深かった土地が、角館(秋田県)と吹屋(岡山県)でした。

角館の武家屋敷通り。道路の高さや側溝まで江戸時代当時に復元されている。
角館の武家屋敷地区の復元と保存は、官民一体で徹底されていて、今にもちょんまげ姿の侍が飛び出してきそうなほど見事でした。またそこに根付く文化もとても分かりやすく公開されていて、万人にお薦めできる「良い観光地」だと感じました。

角館にはなぜか床屋さんが多い。
(やたらに床屋さんとパーマ屋さんが多いのに驚き、いろんな人に聞き回りましたが、結局その理由は分からずじまいでした。どなたかご存じないでしょうか。)
吹屋は、岡山駅から車で二時間の山の中にぽつんと残った江戸時代に栄えた鉱山町で、ベンガラ(鉱物から取れる赤い染料)で財を築いた豪商の館(映画「八つ墓村」ロケに使われたお屋敷)や馬が往来していた当時がそのままに残る街並みなど、まるで三百年前にタイムスリップしたミステリーゾーンのようなところでした。

これが吹屋のメインストリート。石州瓦とベンガラ色の壁が美しい。
馬のひずめの音が聞こえてきそうだ。
(この一帯では、国道よりも県道の方が広く、さらに一番立派な道は農道(カーナビにも載ってない!)なのです。道路行政の矛盾の縮図です。)

吹屋小学校。明治42年(1909年)建築。現役の小学校としては日本最古の木造校舎らしい。
どちらも文化庁の「重要伝統的建築物群保存地区」に指定されているエリアです。私はこういう地区の指定があることを最近になって知ったのですが、古い街並みを残すために一九七六年にできた制度で、北は函館から南は竹富島(沖縄県)まで、現在全国に六十一地区あるそうです。
雄大な大自然を眺めているよりもこぢんまりとした古い街並みを歩くのが好きな私にはとても興味のある地名ばかりが並んでいますが、交通の便の悪いところが多いため、私が訪れたことのあるところはその三分の一ぐらいしかありません。意外なことに近場の山梨県や長野県にもいくつも未踏地があり、もっと早く知っていれば、今頃は全部を踏破できていたかもしれないと、少年時代に「新日本紀行」や「遠くへ行きたい」をよく視ていた私は、少し悔しく思っています。
旅の楽しみは人それぞれでしょうが、敢えて私が挙げるならふたつ。まず下調べ。何しろこれが大好き。交通・味・宿…、想像だけでも旅気分は存分に昂揚します。インターネットの出現はこの喜びを数十倍に膨らませてくれました。そして、もうひとつ。不思議なもので、土地の人とたくさん話をしたところは好印象が残っているのに、運悪くろくに会話のなかったところは記憶が薄れてくるのです。そう、土地の人との会話の印象は、いい旅だったかどうかの判断に大きく影響してしまうものなのです。私が、日本語と英語の通じないところにはあまり行きたいと思わないのは、そのせいかもしれませんね。
十一月の大道芸以外には観光資源の乏しい静岡市ですが、それでも県外からビジネスや観光でこの街を訪れる方々が当店にも少なからずお見えになります。私たちがお相手したそんな方々に「静岡っていい街だったな」という印象を残せていればいいのですが。(弥)