「お店の敷居が高くて…」と時々言われますが、このほとんどの場合が誤用です。役不足(力不足と混同)、確信犯(思想犯政治犯など罪意なき犯罪のこと)と並ぶ三大誤用なんだそうです。本来「敷居が高い」は、不義理をしていたり負い目があったりで先方を訪問しづらいことを指すので、高級店や上流品であることが理由で入りづらいということならば、ハードルが高い、などと言うほうがいいのかもしれません。
目の保養。これは誤用ではないのですが、ご来店早々にいきなり「目の保養に来ました」と言われるのは実はあまりいい気持ちがしないのですね。店は美術館ではなく物を売ることで成り立っている場所ですので、たとえもしも結果的に冷やかしだけで帰られることになってもそれはそれで全く構わないし、買う気のない人をその気にさせてしまうのもまた店の力ではあるわけですが、しかし、はなっから購買意思ゼロを高らかに宣言してくれなくとも、と思います。ご本人はご謙遜のつもりでおっしゃられているのでしょうが。
さて、今のようなセールの時期になるといつもとても気になっているのが「後ろ倒し」という表現。すでに辞書にも載っているそうで、間違った日本語ではないのでしょうが、これどうなんでしょう。もちろん前倒しの反対の意味だとはわかりますが、何か言葉としてかっこ悪くないですか。前のめりに倒れるのは、たとえ気持ちだけが急いて足が空回りしているとしても、前へ行こうという強い意志が感じられるの対して、後ろに仰向けでばったりと倒れるっていうのは全く様にならないでしょ。背中を押されるのと胸を突かれるのとではイメージが全然違います。わざわざ後ろ倒しなどと言わなくても、後送りとか先延ばしとか、日程を遅らせました、など、ほかの言い方はいくらでもあるはずだろうと思うのです。後ろに倒されるのはごめんです。(弥)
「301-350 (2013-2017)」カテゴリーアーカイブ
【倶樂部余話】 No.308 そんなにネクタイがお嫌いですか(2014.5.28)
今年も五月から始まったクールビズ。街にはスーツなのにノータイという何ともだらしない姿が蔓延し、いきなり緊張感がなくなりました。何も無理やりネクタイ外さなくってもいいじゃない、とも思うのですが、なんだか法律で禁止されたみたいに徹底してます。このネクタイの嫌われっぷりと言ったら…。どうしてそんなにいじめるのか。かわいそうです。
五月、寒すぎず暑すぎず、本来は一年で一番スーツを着てて気持ちのいい季節なのに、そこにネクタイ禁止令です。先日もあるお客様が嘆いてました。「ちゃんとスーツにタイでクライアントのオフィスまで商談に伺ったら、担当がすっ飛んできて『だめですよ。社長にプレゼンするならタイを外してくれ』っていうんですよ」「とある宴席で、案内状にわざわざノータイでって書いておいて、会場はクーラーがギンギンなんです」確かにクールビズを履き違えてますね。
クールビズ=ノーネクタイ、になってませんか。それ違いますよ、クールビズの目的は省電力、弱冷房。そもそもネクタイそのものは1ワットも電力を使いません。スーツにタイは不可欠なハーモニーですが、服装簡略化の勧奨はやむを得ない緊急避難的例外として目をつぶろう、というのがクールビズ。だらしなくてもいいよ、って言ってるわけじゃないんです。校則のような強制的ノータイ令は見直しすべきでしょう。真夏になれば話は別ですが、まだまだ涼しい今のうちなら、暑けりゃ上着を脱ぐ、首元を緩める、腕まくりをする、これでいいんじゃないのかなぁ。ネクタイを締められる人は締めましょうよ、ぜひ。(弥)
【倶樂部余話】 No.307 初恋の味の思い出は苦い(2014.4.21)
新しいドラマが目白押しなのになぜだかこの春は観たいドラマがどうにもなかなか見当たりません。その心持ちは、例えば本屋へ入っても欲しい本が一冊も選べないとか、映画を観ようと新聞の一覧を見渡しても観たい演目が一つもない、というのと似ています。その道のプロたちが当たると読んで売り出しているモノばかりだろうに、それが自分に引っ掛からないのは、きっと自らの感性のアンテナが鈍くなっているからだろう、当たるモノ当たらないモノをかぎ分ける自らの嗅覚に自信がぐらつきます。そんなときに思い出すのです、あのカルピスの思い出を。
それは1991年、私33歳のとき。発売されたのがカルピスウォーターでした。ちなみにカルピスソーダはそのずっと前の73年に発売されていてすでに市場に定着していました。私、このカルピスウォーター、こんなモノ絶対売れない、と周囲に断言したのです。炭酸水ならともかく、ただ水で薄めただけのモノに誰が100円も払うものか、と。ところが結果はその年の流行番付・東の横綱という空前の大ヒット、今でもロングセラーの定番品となっています。ただ薄めただけじゃなくて粒子レベルの大変な開発の努力があったことはかなり経ってから知りましたが、当時の私はこの大当たりが全く予見できなかったことがものすごいショックでした。俺には売れ筋を見分ける力がないのか、時代の流れも読めないのか、と。売れると思ったものが売れなかった、というのは割とよくあることですが、売れないとドロップしたモノの中に売れ筋が潜んでいた、それを知った時のバイヤーの悔しさと言ったらありません。
初恋の味、甘いカルピスは、私を戒める苦い思い出なのです。(弥)
【倶樂部余話】 No.306 日欧消費税談義 (2014.3.19)
アイルランドから古い友人が静岡へやってきた。おでんをつつきながらの話題は、なぜか消費税(欧州では付加価値税Value Added Tax、略してVAT)に。
―欧州のVATは大体20%台で、アイルランドではいっとき35%なんていう時期もあったんだ。税率はしょっちゅう少しずつ変わる。上がるばかりじゃなくて下がるときだってある。一年足らずで変わることも珍しくないから、時々今何%だったか忘れてしまうこともあるくらい。値札? もちろん税込表示。実際に払う額と2割以上も違ってたら値札の意味がないじゃないか。税率が変わったって普通はそのままだよ。適当なときに変えやすいものから都合よく好きなように変えてるんじゃないかな。日本は違うの?
+日本は17年振りに5%から一時的に8%を経て一気に10%と倍になる。みんな徹夜で値札を変えるんだよ。しかも税抜き表示も例外的にアリときてる。
―17年も変えなかったのにいきなり倍とは、ずいぶん大胆だな。一晩で値札を全部書き換えるなんて信じられない。それはやらなきゃいけない義務なのか。
+日本では定価(希望小売価格。recommended retail price、略してRRP)の決まっている商品が多いから、それに等しく税額を乗せて表示しないといけない、と考えているんだろうね。昔の物品税に近い感覚かな。欧州は20%以上もあると税というより経費の一部という感覚になっているんじゃないだろうか。
―なんだか日本人はクレイジーだよ。日本語で何て言うんだ?
+んー、マジメ…ってことかな…。
―ところでコレうまいね、何だろ?
+あ、それ、黒はんぺん。静岡名物ね。
(弥)
【倶樂部余話】 No.305 毎度恒例の海外出張報告、飛んでイスタンブール (2014.02.22)
いつも行く一月のダブリンというのは、寒い日ほどいい天気で、むしろ雨の日の方が暖かい、というのが常なのですが、今年は晴れてて暖かい、という珍しい数日間でした。嵐や雪など、荒れた天候だった今冬の欧州にしては幸運でした。
年に一度、一月の四日間だけ、ダブリンの大きな展示会場には、芸術的なクラフトやハイレベルなファッションから始まって、それこそまったく陳腐な土産物グッズに至るまで、アイルランド内外の数百社が一同に集まります。目の回るようなモノの洪水ですが、こちらも毎年のように二十回以上も通っていますから、だいたいの顔ぶれは分かっていて、首尾良く三日間で十五社ほどと打ち合わせを済ませました。陶器、ケープ、スカーフ、ツイード、コート、など多岐に渡りますが、今回の大きな収穫は、セーターの充実です。看板商品のアランセーターはもちろん、シェットランドのトラッド物、ドネガル毛糸を使ったデザイン物やカシミアやメリノ、ラムの無地物の久々の復活、と、男女とも、今度の冬はセーターの品揃えの幅がグンと拡げられるはずです。
今回初めて乗ったのがトルコ航空。出張を決めたのが遅くてここしか空いてなかったのですが、ダブリン往復がたったの二万円(燃料サーチャージが約6万円別途加算されます)というのには驚きました。狭い機内の通路でいきなり数人がお祈りを始めたのにはさすがに面食らいましたが、機内食も良くて充分に快適でした。帰路は乗り継ぎ時間が長かったので、イスタンブールの夜の中心街を三時間だけ「世界ふれあい街歩き」をして楽しみました。東欧と地中海と中央アジアと中東が混沌としたとても魅力的な街だということは短い時間でも充分に感じ取れ、今回は東京には負けたけど、いつかこの街でオリンピック、というのはとても楽しくなりそうと思います。
今年は、昨年の様に雪で機内に閉じこめられることもなく、また、財布を落とすこともなく、無事に旅を終えることができました。(弥)
【倶樂部余話】 No.304 新しいお客様を増やそう (2014.01.16)
新年を迎え、今年の店のテーマに掲げたのが「新しいお客様を増やそう」です。これには二種類あって、初めての方はもちろんですが、履歴があるのに縁遠くなってしまった方の復帰も含んでいます。
当店は固定客比率のとても高い店だろうと思います。そして固定客はその年月が長くなればなるほど購買額は徐々に減ってくるのが普通です。そんな店がわざわざ取り立ててこんなテーマを打ち出せば、従来の顧客の方々には「この店は我々を見放すのか」と怒られそうですが、いや、そうじゃないんです。逆なんです。
固定客に頼りすぎて、顧客にしがみついて、新陳代謝を忘れたために消えていった店を、私はいくつも知っています。そうならないために、今の顧客が将来もずっと楽しくご来店いただける店であり続けるためには、常に新しいお客様を増やしていかなければなりません。そしてその最も有効な方法は、顧客から新しい方を紹介していただくことです。
だからといって、紹介料を出すとか、割引するとかオマケを付ける、などという手段は取りません。それは必ず人間関係を悪くします。友人との自然な会話のなかで「洋服、キミどこでどうしてんの?」「シャツとか靴とか作ってみたくない?」と話題に出していただければありがたいです。(セヴィルロウが新しい客を増やしたい、って言ってたよな)と心の片隅に覚えていて欲しいのです。その小さな積み重ねが大切なんです。
今年もどうぞご贔屓に。よろしくお願いいたします。(弥)
【倶樂部余話】 No.303 北海油田とフォアグラ (2013.12.24)
英国北方シェットランド島のニット、ジェイミーソンとフィンランドのダウン、ヨーツェンが相次いで来日。東京で商談に臨みいろんな話を聞きました。
シェットランド島では、作れるセーターの数が激減しています。以前から北海海底油田の基地だったこの島では、近年周辺海域の掘削数が急に増えて、労働者が増加、港にはホテル代わりに古い客船が三艘停泊したままです。今までセーターの編み立てをしていた熟練の島のおばちゃんたちもこの浮かぶホテルで働くので、セーターの現場が人手不足に陥ってしまいました。特に増えたのが日本の石油会社の掘削で、震災原発事故以来、過多な中東依存からの脱却が急務なようです。日本の石油のせいで自分の店にセーターが入ってこないのか、と思うと複雑な心境です。
ヨーツェンでの話はもっと深刻で、ダウン(羽毛)の原料価格が昨年の三倍になったというのです。加えてユーロが30%上がりましたから円換算ではなんと四倍です。理由は複合的でして、鳥インフルエンザのまん延、中国の自国内需要の急増、そして、鴨、雁、ガチョウ、アヒルの食用肉としての不振が挙げられます。高価でパサパサの北京ダックは安くて滋味溢れるチキンに人気を奪われたのです。欧州ではフォアグラが以前ほど売れなくて雁の飼育数が減り、副産物としてのダウンも大幅な生産減です。需要は急増なのに供給は激減ですから、そりゃ相場は急騰するはずです。原材料が四倍になってもウェアの売価はそんなに上げられませんから、来年の商売はかなり厳しいものになりそうです。
静岡の小さな店も北海油田やフォアグラの影響を受ける。世界は意外と小さく繋がっているのですね。(弥)
注:上記の話題はダウンの市場価格が高騰した理由を述べたものです。ヨーツェンでは、シベリア産の最高級マザーグースダウンを完璧な洗浄と選別の上で使用しており、その雁(ガチョウ)は食用に供されることはありますが、中国の北京ダックとも欧州のフォアグラとも無関係です。
また、シェットランド島の人手不足の件も同業他社の事情を聞いた話であって、ジェイミーソンのファクトリーは幸い町なかから離れているため、次冬向けの生産に充分な人手の確保はできているとのことです。
【倶樂部余話】 No.302 隣の芝生は消えモノの世界 (2013.11.28)
食品や洗剤のように、食べたり使ったりしてじきに消えてなくなるモノを消えモノといいます。我々のような消えないモノの店から見ると消えモノの世界は隣の芝生のように思えることがあります。
近ごろかまびすしいのが食材の虚偽表示の問題。あまりに悪質な誤魔化しや開き直りは糾弾されるべきですが、中には、何もそこまで、と思える過剰反応もあるように感じます。イセエビが外国産でも構わないし、今時ひとつでも手作業があればてづくりシールが貼られてもいいんじゃないかと。そもそも消えモノの世界はあいまいな表現が得意技で、認識違いを誘引しがちです。鯛じゃないのに金目鯛や甘鯛、日本生まれでない国産鰻や国産牛、ビールと違う第三のビール、ケチを付けたらキリがない。でもこれが日本の食文化の良き伝統なんじゃないかと思うのです。でなけりゃがんもどきやカニ蒲鉾なんか生まれなかったでしょう。ある程度仕方ないよ、と大らかなのはこれが消えモノだからだろうと思います。
さて、消えモノを羨ましく思うもうひとつのことが今じわじわと進行しています。それは、量を減らして価格を押さえる、という、消えモノならではの値上げの手法。四月の消費増税へ向けての対策であることは言うまでもありません。こちとら、服のサイズを3%小さくするとか、できっこないですから、増税分は価格に転嫁するしかないわけです。今のうちから量減らしをしておいたうえで、増税後も価格を据え置きます、という宣伝をするところがきっと現れるだろうな。ああ、羨ましい、って、やっぱり隣の芝生は青く見えるんでしょうかね。(弥)
【倶樂部余話】 No.301 JFKとアランセーター (2013.10.28)
駐日アメリカ大使にJFK(ジョン・F・ケネディ元米大統領)の愛娘キャロライン・ケネディ女史が着任することが話題です。で、私もひとつJFK小話を。
一枚の写真があります。アランセーターを米国や日本に輸出し広めた最大の功労者として招かれたパドレイグ・オシォコン氏がJFKと言葉を交わすこのシーンは、1963年6月アイルランドの首都ダブリンでの一枚。61年にアイルランド系カトリックとして初の米大統領に就任したJFKが、曾祖父の故郷の地へ凱旋を果たしたときのショットで、オシォコン氏の自宅の居間にひときわ大きく誇らしげに飾ってありました。
このJFKが活躍した同じ頃、全米のアイドル的存在だったのがクランシー・ブラザースです。
アイルランドのフォークソングをアメリカに伝えた4人の兄弟グループですが、彼らの揃いの衣装が白いアランセーターだったことからアランセーターの普及に大きな後押しとなったのでした。アイルランド・ウェルカムのこの時代、JFKとクランシーズとアランセーター、この3つは同時進行的に人気を上げていったといえます。
クランシーズがJFK夫妻の眼前で演奏したときの映像を今はYouTubeで観ることができます。もちろん全員白いアランセーターなのですが、なぜか裏返しで着ているメンバーがいます。御前演奏に慌てたのでしょうか、それとも当時のはやりだったのか。
残念ながらJFKがアランセーターを着ている写真は残っていません。これがあれば何よりの販促物になったはずでした。きっと訪愛を果たした年の冬には絶対に着るつもりだったに違いないのですが、訪愛のわずか5ヶ月後、冬を待つことなくその11月に彼はダラスで凶弾に倒れてしまうのでした。(弥)
倶樂部余話【六十八】なじみの店になじみの客(一九九四年十二月二三日)
最近、百貨店で「もっといいものはないんですか?」という客からの声が増えているそうです。バブル当時には、反対に「もっと手頃なものはないんですか?」という声が多かったでしょうに…。どうして百貨店というのはこうも極端なんでしょう。人の心理の変化というものはもっとゆっくりとしたものでしょうし、急に無理矢理変えさせようとしても変わるものではないように思います。イソップの「北風と太陽」を思い出してしまいます。
電通の発表で、今年のヒット商品の共通のキーワードは「なじみ」なんだそうです。なじみやすい、なじみ深い、自分になじんでいる、価格がなじんでいる、など、かなり幅の広い一語ですが、味があっていい言葉だなと思います。上顧客のことを「おなじみさん」と言います。おなじみさんの通うなじみの店、これが物を買うときの要素としてますます重要視されてくるような気がします。
今年一年のおなじみさんのご愛顧に深く感謝申し上げます。良いお年をお迎え下さい。メリー・クリスマス!