倶樂部余話【44】本物をお届けできるのはこの人のおかげです(1992年9月16日)


アランセーターの編み手であるアイルランド・アラン諸島のおかみさんたちと私たちとの橋渡しをしてくれているのが、「アランのおじいちゃん」バドレイグ・オシォコン翁、八十七歳である。

毎年一月に来日する彼を訪ね、商談もそこそこにアイルランドの古い話を聞く慣例がこの七年ほど続いているが、その中で次第に分かってきたのは、彼が元来の商人ではなく、長く法律と歴史の学者であって、現在もアランの伝統文化保存団体の会長の職にあるということだった。

アラン諸島はケルト民族の風習が未だ色濃く残っている場所だという。研究のため幾度もこの島を訪れるうちに、恐らく「この素晴らしい文化を守り、世界に知らせなければ。そして貧しい島民の生計の一助に…」といった使命感が湧いたのだろう。自家用に細々と編まれるだけで伝統の火が消えかけていたアランセーターの編み手を組織化し、またバイニン・ウールと呼ばれる特殊な未脱脂の太糸を一括購入して編み手に配り、自らは世界に赴き注文を集め、今の事業を始めたわけだ。

著書も法律書二作を含めて七作。私の手元にも「アラン・伝説の島々」「アイルランド・失われた時への旅」の二冊がある。英文ゆえ未だ読破はできないが、挿入された詩や写真からだけでも熱いものが伝わってくる。

先日アランセーターとともに一本のビデオが届いた。彼が三十年前にアランで撮影した16㍉フィルムを約二十分に編集したもので、土地の唄も入っており、訛りの強いナレーションはまぎれなく「アランのおじいちゃん」の声。

「アランセーターの世界」のイベントも今年で五回目の開催になった。年々思うのだが、どうもアランセーターには不思議な魔力が宿っているような気がしてならない。

 

※翁のボートレートと著書二冊の表紙

倶樂部余話【43】楽しいことしかやらない主義です(1992年6月24日)


「洋服屋ってのは一体どういう仕組みになってるんだ?あれだけバーゲンで三割引や五割引で売っても儲かるのなら、なぜ最初からその値段で売らないんだ?」という質問を受けたことがあります。
 夜の席だったので、とっさにこう答えました。「食品店で閉店間際にお総菜を安売りしているのと同じですよ。一日単位のお総菜だと夕方の三十分程度ですが、半年サイクルの洋服ではバーゲンも数週間、しかも派手に目に付くからそう感じるんじゃないですか。」と。

しかしこの答えはやや正確さを欠いています。作って売る店と仕入れて売る店の違いを無視しているからです。

実際、当店の場合(同様のタイプの店の多くがそうでしょう)、季節も終わりに近づくと、値下げして売った額のある程度をメーカー側で負担してくれる先が何社かあります。代わりにそこの残品販売にも協力するわけです。

そういうと何やら小売店の方が優位にあるようですが、逆に言えば、その要請に協力しなければ、商品は他のバーゲン店での処分販売のために、店頭から引き上げられて、売る物がなくなってしまいます。

つまり、在庫過剰・供給過剰の衣料品業界にあっては、バーゲンは流通過程の中で予め組まれているシステムだと割り切った方が良いようです。それを見ずして、セールの是非や善悪を論じたところで、空虚な議論にすぎません。

さて、ここまではあくまでも売り手側の理論。最も大切な、お客様の心理ということを考慮してません。セールをせざるを得ないのは売り手側の都合だし、その時期になれば安くなるのはもう当たり前のことなのにもかかわらず、未だにそれだけで客が大喜びするものと思い込んでいるメーカーや店があまりにも多いように思えます。

セールといえども「楽しめるイベント」の一環でなければなりません。これは毎月開催している小イベントと同じことです。当店で言えば、一〇%オフで早めに確実に押さえるか、品切れ覚悟で三〇%オフまで待つか、の判断をお客様にゆだねたバクチ性を持たせています。また、今回はボツ企画になりましたが、例えば、ルーレットを回してその場で割引率を決めよう、とか、気象台の梅雨入りや梅雨明けの宣言をそのままイベントの期日にしてしまおう(これは実現寸前まで考えたのですが、今年の梅雨明けが例年よりかなり遅いという予報を聞いて断念しました)など、「お楽しみ」の要素を検討しました。

さらに、バーゲンだからサービスが悪くなるのは仕方がない、というのも、売り手側の勝手な言い訳で、許されるべきはずがありません。たとえ安くても、混み合う、選べない、接客が悪い、といったサービスの低下を敬遠しているお客様は相当においでだと思いますし、かく言う私もその一人です。

ホテルや旅館が閑散期に割安料金を設定しますが、だからといってサービスが低下するなどということは聞いたことがありませんし、むしろ普段より待遇の良い場合が少なくありません。

思えば、今回の冒頭の発言は、ある一流ホテルの経営者の弁でした。むべなるかな。

 

倶樂部余話【42】自己満足の範疇と言われればそれまでですが(1992年6月14日)


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当店のマーク(紋章)の中に、何やらいかめしい文章が入っているのにお気付きでしょうか。ラテン語で「古き道を行かば新しきに通ず」というような意味で、東洋の「温故知新」と同義です。

開店当時、当店のシンボルマークを作成しようと考えたとき、どうせならどこへ出しても恥ずかしくないものを、できれば英国の紋章院(College of Arms、一四八四年の創設で、紋章の許認可の他にも、国王の戴冠式や大葬などの国家的儀式をも司る王室機関)に申請してもお咎めのないほどに紋章のルールにかなった正式なものを、と思い、グラフィックデザイナーと共に一冊の紋章学の本と首っ引きで十数回の試作案の後にようやく完成したのがこのマークです。

日本の戦国武将が家紋を旗指物に染め抜いたのと同じように、西洋の紋章も、元来は視野の狭い兜(かぶと)の中から敵味方の区別がつきやすいようにと、自軍の盾に細工を施したのがその起源ですので、紋章にとって最も大事なのは盾の部分で、極言すればその他の部分はすべてアクセサリーだと言えます。それゆえ紋章のルールもその多くが盾についてのものですが、なにせ細かい決め事が多く、とてもここで説明はできません。ただ、日本のメーカーが創作したブランドマークの類はそのほとんどがルール違反だと言えます。

当店の盾の部分には、「SRC」という店名の頭文字の上に、ナイト階級を現す「鉄色・正面向き・開面型のヘルメット」を描いています。これには、紳士服業界のナイト(騎士)たらん、という思いを込めました。盾の上の冠(クラウン)はイングランドの男爵の位を現す類いのもので、店の存在位置を象徴させました。盾を支えるサポーターは正面向きの獅子二頭で、これもイングランドの象徴です。ついでに言うと、一番下のオールドイングリッシュ調の店名の文字は既成の活字ではなく、当店オリジナルの書体なのです。

かなりの手間とお金の掛かったものにつきましたが、その分愛着も湧き、また団体のブレザーエンブレムの特注の際などにもこの紋章学の知識は役立っています。

ちなみに、兄弟店の地下ケント店では英国大使館への照会のもと、英ケント州の州章を使用しています。

中世の欧州文学には、よく「我が紋章に誓って」とか「紋章の名のもとに」という言い回しがあるようで、血統や権威を一目瞭然に示す紋章は、日本の家紋とは比較にならないほどの重要な意義があることは間違いないようです。

倶樂部余話【41】洋服屋を継いだ若大将(?)(1992年5月20日)


私のことです。昭和三十二年生まれO型。

小学校までは東京都杉並区に在し、その卒業文集には「将来は新聞記者」と書いています。

十二歳の時、急な事情で三男の父が静岡で家業を手伝うことになりましたが、折しもその時神奈川県藤沢市に新居が完成間近であったため、父は単身静岡へ、私たちは湘南の地へ転居しました。

以来二十四歳まで十二年間過ごしたこの江ノ島を臨む海辺の地は、私にとって数々の青春の思い出の染み込んだ特別な土地となりました。

中学の頃は左かぶれの生徒会長で政治家になることを考えていました。運良く入った県立S高は当時全国屈指の進学校で、秀才たちに囲まれるうちに弁護士になりたいとの夢も持ちましたが、K大に進み、司法試験受験の人間離れしたハードさにとてもついていけず、たった三ヶ月で諦めました。

漠然とマスコミか旅行代理店に行きたいなと思っていた二十歳の時、現社長・父の巧妙なる(?)説得に遭い、ついうっかり(!)家業を継ぐ決意をしました。しかしそれまでの私は、ジーパンが三本あれば一年が過ごせるほど、オシャレにはおよそ無頓着でしたし、しかも商売をする親父の背中を見て育ったわけでもありません。そんな私が見知らぬ土地で洋服屋を継ぐということに当時の私はかなりのハンディとコンプレックスを感じ、そこから「衣」学の勉強を猛然と始めます。今でも保存してあるその頃の雑誌「ポパイ」には隅々まで書き込みやラインマーカーがびっしりとしてあります。

大学卒業後、紳士服専業としては当時業界一のD社へ就職。新ブランドの新米営業マンとして恵比寿の下宿から東日本の地方百貨店を駆け回る日々が続きました。

二年強勤めて暇をもらい、手元の有り金を一ヶ月のアメリカ放浪の旅で使い果たし、一九八二年八月、ようやく静岡に居します。八五年に結婚、八七年九月に当店を開店、静岡に住んで今年で丸十年になります。

お客様の立場に立つ、ということが商売で一番大切なことだと思いますが、業界の中にどっぷりと漬かり切っていると知らず知らずのうちにそれを見失うことも多いようです。そういう意味では、典型的な地元の二代目でもなく、洋服が大好きでもなかった私は、かえってよりお客様に近い目で物が見られるのではないか、と近頃感じています。

経営者の人となりが見えることが専門店の魅力のひとつだとすれば、私の経歴も当店をご理解いただく一助になろうと思い、恥ずかしながらご披露した次第です。

倶樂部余話【40】データで見る「セヴィルロウ倶樂部」(1992年4月20日)


皆様に記入していただいている当店のお客様カードは、開店以来約五年間で八百枚を超えていますが、現在その中から半分以下に絞った四百名弱の方々に当報をお配りしています。(他に、取引先、同業の仲間、報道機関などにも計約五十通を発送)新しいお客様もこのところかなり増えていますが、毎月の発送時に宛名シートの追加と削除の作業を繰り返していますので、この発行枚数自体は最近の一年半ほどは、それほどに増加していません。

自分以外にはどういう人がこの店の顧客なのか、皆さんにとっても興味のあるところではないかと思い、その三百八十六名を世代別に分類したものが添付した図です。
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四十八歳以上の戦前戦中派が約四分の一で、中には各界で功名を高められている方も多くおいでです。団塊の世代を含む昭和二十年代生まれがこれまた約四分の一で、ここが最近目立って来店客の増えている層です。そこまでで約半数を占めており、最初のご来店のきっかけは様々であっても、その後のご来店も多く、顧客化率の高い層だと言えます。

左半分の昭和三十、四十年代生まれの世代は、転入出や異動が多かったり、子育てに手が掛かったり、また当社の地下ケント店と競合する年代層でもあり、追加削除の出入りも割と頻繁です。

資料を集計して驚いたことは、大正十年生まれから昭和四十六年生まれまでの間に途切れなくお客様がいらっしゃったことで、その隔たりがちょうど半世紀五十年、三世代にまたがる幅の広さです。これは当店の顧客層の特徴を象徴的に現していて、かなり誇りに思っていい事実だと感じています。



倶樂部余話【39】暑くない背広「静岡仕様」の登場です(1992年3月14日)


冬と夏では、背広を買うという同じ行為でも、その動機はずいぶんと違うようです。極端に言うと、冬は「着たい」という「夢」を追えるのに対して、夏は「できれば着たくない」という「現実」が厳然と横たわっているように感じます。それほどにビジネスマンにとって、真夏にも背広を着なければ行けないということは「大いなる苦痛」だということでしょう。

当店では、二年ほど前から、業界に対して「真夏のビジネスマンにこれ以上暑さのやせ我慢を押し付けるのはやめようじゃないか」と提案し続けてきましたが、ようやくこの夏もので、皆様にひとつの答えをお見せできることになりました。それが主力取引先Mが開発した温暖地特別仕様で、裏地に特殊なメッシュ素材を使い、他の副素材にも工夫を凝らし、通気性と軽量性を格段に良くしました。袖の裏地も同様ですから、半袖シャツの上から着ても腕がべと付くことがありません。もちろん外見は一般仕様のものと何ら変わりはなく、料金のアップもありません。着ているものだけが味わえる「大いなる快感」なのです。

背広というのは、元来、裏地や芯地が表地と互いに支え合うことで美しい形を作っているものですので、縫製グレードを落とすことなく仕立てを簡略化させるということは、かえって手間の掛かる高度の技術レベルが必要な仕様なのです。

まさに亜熱帯とも言える静岡の夏に待ち望んでいた仕様で、当店では親しみを込めてこれを「静岡仕様」と名付け、広く皆様にお薦めしていくことといたしました。

 (中略)

これでお客様から夏に出される二つの大難題のうちのひとつ「暑くない背広を下さい」については何とか解決しました。あとのひとつは「汚れない白色を下さい」なのですが…。

 

※まだ「クールビズ」なんて言葉ができる前の懐かしい時代の話です。

 

倶樂部余話【38】こんな客は嫌いだ(1992年2月14日)


どんな商売でもまずお客様がいなければ成り立ちません。まさにお客様は神様なのですが、こちらは愚かしい人間です、どうしても嫌いな神様も現れます。

当店が嫌う客ワースト3。輝く(?)第一位は「ウォークマン」。当店のような専門店では、店員と一言も会話を交わさずに物を買おうとすることはまず不可能です。ヘッドホンステレオを付けたままの人にとっては、我々は監視カメラ程度の役目しかありません。だんまり無視を決め込むか逆にまとわりつくかして、早々にお引き取りいただきます。

第二位「サングラス」。うちの店、そんなにまぶしいですか。商品の微妙な色も分からないでしょうし、こちらも表情が読み取れないのです。

第三位「両手ポケット男」。腕組みはそんなに気にならないのですが、夏でも寒そうに両手を突っ込んだまま、意地でも出そうとしない人。癖なんでしょうが…。

他に、例えば「取り置き放置人」。嫌いというより販売機会損失という実損が伴いますので大いに困ります。「ラベルチェッカー」。下げ札やブランドネームばかりをチラチラ見て回る、これは大体が同業者の偵察ですが、客でないのならまず名乗ってから見るべきです。そうと分かれば内部情報まで提供してあげることだってあるのに…。

私も仕入れという名目で年間数千万円の買い物をしていますが、ひとつの物を買うのにやたらと時間が掛かりますし、そんなに買うわけでもないのに販売員の話だけは熱心に聞きたがるほうで、しかも買い物は得意というよりむしろ苦手だと考えていますので、こんな客は普通の店では嫌な客の部類に入るのでしょうが、私自身がそういう性格なので、この手のお客様には当店は妙に好意的なところがあります。

いろんな人が来るんだね、とお思いでしょうが、こういう「嫌な人種」というのは本当に極々まれでして、大多数の場合、初めてご来店の時には緊張感もあってか、ぶっきらぼうだったり、つっけんどんだったり、といった方でも、何度かお相手をしていくうちに、プライバシーを語り始めたりして、だんだんと「いい人」度が増していくことがほとんどです。人は皆いい人になりたいと思っているのだ、と心底実感します。

ある店でいい客になりたいと思ったら、簡単な方法があります。まず「いらっしゃいませ」の呼び掛けに答えます。「こんにちは」とか「ちょっと見せて下さい」でもいいですし、軽く頷くとか目を合わせて微笑むだけでもいいのです。これだけで店側の応対はかなり違うでしょう。そして、店を出る時(何も買わなかった時はなおさら)、「ありがとう」とか「また寄ります(嘘でも)」の一言。きっと貴方が去った後、「いいお客様だったね」と店員同士で話しているはずです。

と、勝手なことばかり言いましたが、他人の様子は見えても自分のことはなかなか見えないもの、人のフリ見て我がフリ直せ、です。でないと「こんな店は嫌いだ」と言われかねませんから。

※ホワイトディ・パックの提案。白いハンカチと札幌銘菓「白い恋人」のセットを用意し、予約を受け付けた。

 

倶樂部余話【37】私は見た、袖ラベルの女(1991年12月24日)


この季節になるといつも気になることが、マフラーの裏表についてです。服のことを考えていただければすぐに分かるように、ブランド名や品質表示のラベルが付いている方が裏になるのが当然の訳ですが、どうもこれを勘違いして、堂々と裏返しに巻いている人を多く見かけます。

上質のカシミアやシルクなどは裏と表とでは艶が明らかに違うので、簡単に判別できそうなものだとも思うのですが、せっかくのカシミア独特の波打つような光沢を隠してしまって、いかにも「これは有名ブランドものだぞ!」あるいは「カシミア百%だぞ!」(どうだ、すごいだろ!)と言わんばかりに、ご丁寧にアイロンを掛けたが如くきちんと二つ折りにして、しかも一番目立つ首回りのところに計算尽くでしっかりとラベルを露出させている人など、私は見掛けると思わず飛びついてマフラーをむしり取りたくなる衝動に駆られます。ふさわしい人がふさわしい物を身に付けてさえいれば、人はちゃんと評価してくれるものだと思うのですが…。

さらにややこしいことに、作る側の方が、あまりに裏で巻く人が多いのを見て、ならば、と、表にラベルを付けてしまっている邪道な品も出現しています。そして一番情けないのが売る側の人間で、裏向きに畳んでしかもケースに入れたりして陳列しているのをよく見ます。これでは消費者が間違えるのも無理ないことです。作る人、売る人、買う人、各々の常識がてんでちぐはぐなのに、よくこれで流通が成り立つものだと感心します。

しからばマフラーの表裏の簡単な見分け方をご伝授しましょう。大概のマフラーには糸のほつれが出ないようにミシンで縁取りが掛けてあります。そのミシン目のきれいな方が表です。あとは表面(ひょうめん)をじっくりと見比べてみて下さい。

 ところで、先日、マフラーごときで目くじらを立てるなどまだまだ甘い、と思わせる光景に遭遇しました。OLの着ている真っ赤なウールコート、左の袖口になにやら黒く光るモノが…。なんとそこには英語で「生地イタリア製、カシミア混」と書かれているではありませんか。

倶樂部余話【36】「水玉の海部さん」も言われたのかな(1991年11月12日)


事例問題。「紳士服店にて、ある夫婦客の会話。

夫『これ、いいな…』

妻『また!? 同じようなものばかりあるじゃない。たまには違う感じにしたら…』

さてこのときの販売員のとるべき態度は?」

市販のいわゆる「販売員接客マニュアル教本」の類いには、「夫婦客の場合は必ず奥さんの見方をすべし」という鉄則が書かれています。ところが、最近当店では、先のような場面で、逆にご主人の方に加勢することが増えてきました。

例えば「紺のスーツの鈴木さん」とか「ストライプタイの田中さん」や「ボタンダウンシャツの杉山さん」など、私たちは他人のイメージをパッと見た感じで掴んでいることがよくあります。たまにそのイメージと違った服装で出掛けると、本人も不安げなうえに、他人からは「何か君じゃないみたいだね」などといわれてがっかりしたりします。

つまり「また同じような…」と奥様から言われると、何となく気分は否定的になってしまうのですが、見方を変えればそれは「あなたのスタイル」が出来てきているという証拠であって、決して落ち込むようなことではないのです。しかもその「あなたのスタイル」は、意外にも自分で気付くよりもずっと以前に、実は他人が好意的に評価していることが多いのです。せっかく自分に付いている良いイメージを自ら無理に変えることもないでしょうし、むしろその延長線に乗って、さらにご自分のスタイルを磨かれていくことの方が、安心かつ経済的でもあります。

確かに流行への対応も大事ですが、それこそそれについては、私たちプロにお任せ下さればいいのです。プロとして恥ずかしくない程度には、確かでずっと先までの流行情報を把握しているのですから。ただトレンドの把握とそれをどう取り入れるかというのは別の話で、当店について言えば、流行は服を選ぶときの要素の一つにすぎないと考えていますが…

今度「また同じような…」と人から言われたら、しめた、とほくそ笑んで、胸を張って反論して下さい。「それが私のスタイルなのですから」と。

倶樂部余話【35】「いち抜けた」で「ブリティッシュ」(1991年10月16日)


「イタリアンソフトからブリティッシュトラッドへ」が最近のファッション雑誌の見出しにしばしば踊っています。「いま英国がトレンディ」の扱いについてどう思います、とも問われることが増えてきました。

私は、たとえどんな薄っぺらな内容だろうと、扱われないよりは扱われる方がはるかにいいことだろうと思います。事実、「セヴィルロウ」という地名もかなり一般に知られるようになりましたし、当店扱いの各ブランドの周知も広がりました。基本的に当方にとって何も悪いことではありません。

「なんだ、もっと君らしい毒のある批判が聞けるかと期待していたのに。」と拍子抜けされたかもしれませんが、私がいちいち目くじらを立てないのは、うわべだけの表面的な変化しか捉えられない雑誌なんかよりも、うちのお客様の方がよっぽどこの流れの本質を見抜いているはず、という自信と信頼が根底にあるからなのです。

今でこそ「このブリティッシュへの流れをよくぞ先読みしたものですね。」と、何か当店を流行の最先端ショップのように誉めて(?)くれる方もいますが、思い起こせば五年前、ソフトスーツの台頭著しいときに「今はみんなイタリアなのに、なぜ今さら(!)ブリティッシュの店なんかを…」と社内外からかなりの批判を浴びたものです。もちろん私に仙人のような先読みの力があったわけではなく、むしろその逆で、目まぐるしく変化しすぎる流行ばかりについていきたくない、人の正常な歩みの早さでゆっくりと進んでいきたい、流行の振り子のできるだけ中心の方に位置していたい、いわばトレンドゲームから「いち抜けた」の心境からスタートしたのです。(もちろん服飾業のプロとして業界全体のファッションの流れは知識として把握していなければならないのは当然のことですが)

 今のブリティッシュへの流れも、ブームやトレンドという表面的な変化では決してありません。一つの証拠に、アメリカやイタリアがブームの時には必ずその国の経済も強かったものですが、今の英国経済はかなりの不景気です。

ことの本質は、業界の押し付けるトレンドの無理強いに気付き、追っかけることを発展的に積極的に放棄した人たちが多数を占めてきたということ、「いち抜けた」派が無視できないほどに増えてきただけのことだと考えたいと思います。つまりファッションの変化などではなく、ファッションへの関わり方が進化しただけで、まさにこれが「英国気質」への再評価につながっているのです。

「個性化」が横並びして「画一化」と同義語になってしまうこの国では、これから「にわかブリティッシュ」の店も客も増えることでしょう。といって、たかだか五年ぐらいでうちが元祖だと威張るつもりもありません。にわかの店か本物か、店の評価は店事態が決め込むものではなく、お客様が自然に決めてくれるものだと思っています。

倶樂部余話【34】アラン島は斑鳩(いかるが)の里(1991年9月17日)


九月、いよいよ第四回「アランセーターの世界」の開幕です。

普段は英国英国と言っているのに、なぜこのときだけアイルランドに肩入れするの、と、たまに質問されますので、簡単にご説明をしておかねばならないでしょう。

例えばあなたが京都がたまらなく好きだったとしましょう。当然、京都への憧れを受け継いで合理的にアレンジされていった鎌倉にも興味を持つでしょうし、また京都のルーツを探してより素朴な奈良にも関心を抱くことと思います。

この奈良と京都と鎌倉の関係がアイルランドと英国とアメリカの関係にちょうど良く似ています。文化や歴史の流れ方もそうですし、地理的にも英国の西隣りがアイルランドで、アメリカとは箱根の山ならぬ大西洋の隔たりがあります。

一口に英国(United Kingdom=UK)と言っても、イングランド、スコットランド、ウェールズに分かれていることはよくご存じのことと思いますが、アイルランドも一九二二年の独立まではUKの一部でした。支配しているイングランドはゲルマン系のアングロサクソン人、追いやられた他の三国はケルト系です。今でこそどこでも英語が通じますが、各々に固有の言語を持っていて、アイルランドの第一公用語は未だにゲール語とされています。

英国に憧れ英国らしい事柄をたどっていくと、意外にもそれが実はイングランドにはないことが多いのに気が付きます。ウィスキーはスコットランド、すなわちスコッチが有名で、しかもその発祥はアイルランドです。タータンチェック、ハリスツイード、シェットランド・フェアアイル・アーガイルなどのセーター、などもみんなスコットランドですが、そもそもスコット人はアイルランドから渡った人々ですので、家柄を図柄で現したりセーターに柄を入れ込むといった発想はもともとアイルランドで生まれたものです。

イングランドと地続きのスコットランドやウェールズに比べ、海一つ隔てたアイルランドには、かえって英国が失ってしまった素朴で懐かしい英国らしさが未だに残っているような気がします。

アラン島はアイルランドの西のはずれの孤島。イングランドからは最も遠く、その影響を一番受けにくいところに位置しており、今も日常生活の中に古代ケルトの文化が残り伝統や習慣がそのまま息づいているといいます。言うならば、アラン島はさしずめ「斑鳩の里」ということになりましょうか。

「学者と聖人の島」「妖精の住む島」アイルランドに、私たちの先人はこういう漢字を当てました。「愛蘭土」。何と心暖まる響きではないでしょうか。

 

※静岡新聞の文化面に取材記事が載り、問い合わせや来場者多く、大盛況。
 

※守安さん夫妻による店内コンサート「アイルランド・ナイト」実施。アランセーターを着てくるとギネスが一杯無料になった。
 

※今回の購入特典として、購入者にはアイルランドのオシォコン氏からユニセフのクリスマスカードが贈られた。

倶樂部余話【33】こま切れ話を手短かに(1991年8月19日)


★夏は「日本人だな」という思いにどっぷりつかる季節です。梅雨、七夕、ゆかた、御輿、花火、祭り、盆踊り、甲子園、終戦記念日…。文明開化以来西洋文化を貪欲に取り入れてきたにもかかわらず、夏に「和」の風習が多く残っているということは、つまり「夏」が「summer」ではなく、欧米にはない日本だけの独特の季節だということの現われではないでしょうか。何を着ても暑いし、本当は何も着たくないのに仕方なく服を着ているようで、人々は暑さしのぎに躍起です。なのに、業界は欧米のトレンドを真似るばかりで、暑苦しいやせ我慢を押し付けるような服ばかりを作ります。この夏婦人服では半袖スーツがバカ売れだとか。紳士服メーカーも「日本の夏」にもっと真剣に対応した涼しいビジネスウェアを考えてもらいたいと思うのですが…。

★私の好きな「言葉遊び」です。クラシックとスタンダード、似ているようで違います。クラシックは、幾度かの陳腐視された時期を耐えて残った化石的価値のあるもの。対して、スタンダードは、その時代その時々に標準的なもので、不変のものとは違います。神田藪蕎麦のかえしは江戸時代のままと言いますからクラシック、銀座木村屋のあんパンは昔はもっと甘かったそうでこちらはスタンダードでしょうか。繁盛している老舗の多くは、どちらにも片寄りすぎず、この二つのバランスをうまく取りながら歴史を重ねているように思います。

★「この商売、見栄も大事、カッコイイも大事、しかし分かりやすいことはもっと大事。」最近物故された小売業界大物の言葉。

★同じ人の言。「プランはマクロに、チェックはミクロに。」けだし名言。

★コンビニエンスって何でしょう。「あいててよかった」は確かにコンビニ(便利)、でも当店だって一種のコンビニを目指しているのです。当店のファン客にとって「装い」という部分ではすべてが一ヶ所でまかなえるだけの質ある(量ではなく)品揃え、これは一つのコンビニだとは思うのですが…。

★このごろ学び多きこと。旧約聖書、ギリシャ神話、マザーグース。いつかは何かの役に立つのか? …以上、思いつくままに。

 

※東急百貨店副社長だった山本宗二氏

 

 

 

 

 

※フォーマルフェア、特別販売