倶樂部余話【41】洋服屋を継いだ若大将(?)(1992年5月20日)

私のことです。昭和三十二年生まれO型。

小学校までは東京都杉並区に在し、その卒業文集には「将来は新聞記者」と書いています。

十二歳の時、急な事情で三男の父が静岡で家業を手伝うことになりましたが、折しもその時神奈川県藤沢市に新居が完成間近であったため、父は単身静岡へ、私たちは湘南の地へ転居しました。

以来二十四歳まで十二年間過ごしたこの江ノ島を臨む海辺の地は、私にとって数々の青春の思い出の染み込んだ特別な土地となりました。

中学の頃は左かぶれの生徒会長で政治家になることを考えていました。運良く入った県立S高は当時全国屈指の進学校で、秀才たちに囲まれるうちに弁護士になりたいとの夢も持ちましたが、K大に進み、司法試験受験の人間離れしたハードさにとてもついていけず、たった三ヶ月で諦めました。

漠然とマスコミか旅行代理店に行きたいなと思っていた二十歳の時、現社長・父の巧妙なる(?)説得に遭い、ついうっかり(!)家業を継ぐ決意をしました。しかしそれまでの私は、ジーパンが三本あれば一年が過ごせるほど、オシャレにはおよそ無頓着でしたし、しかも商売をする親父の背中を見て育ったわけでもありません。そんな私が見知らぬ土地で洋服屋を継ぐということに当時の私はかなりのハンディとコンプレックスを感じ、そこから「衣」学の勉強を猛然と始めます。今でも保存してあるその頃の雑誌「ポパイ」には隅々まで書き込みやラインマーカーがびっしりとしてあります。

大学卒業後、紳士服専業としては当時業界一のD社へ就職。新ブランドの新米営業マンとして恵比寿の下宿から東日本の地方百貨店を駆け回る日々が続きました。

二年強勤めて暇をもらい、手元の有り金を一ヶ月のアメリカ放浪の旅で使い果たし、一九八二年八月、ようやく静岡に居します。八五年に結婚、八七年九月に当店を開店、静岡に住んで今年で丸十年になります。

お客様の立場に立つ、ということが商売で一番大切なことだと思いますが、業界の中にどっぷりと漬かり切っていると知らず知らずのうちにそれを見失うことも多いようです。そういう意味では、典型的な地元の二代目でもなく、洋服が大好きでもなかった私は、かえってよりお客様に近い目で物が見られるのではないか、と近頃感じています。

経営者の人となりが見えることが専門店の魅力のひとつだとすれば、私の経歴も当店をご理解いただく一助になろうと思い、恥ずかしながらご披露した次第です。

倶樂部余話【40】データで見る「セヴィルロウ倶樂部」(1992年4月20日)

皆様に記入していただいている当店のお客様カードは、開店以来約五年間で八百枚を超えていますが、現在その中から半分以下に絞った四百名弱の方々に当報をお配りしています。(他に、取引先、同業の仲間、報道機関などにも計約五十通を発送)新しいお客様もこのところかなり増えていますが、毎月の発送時に宛名シートの追加と削除の作業を繰り返していますので、この発行枚数自体は最近の一年半ほどは、それほどに増加していません。

自分以外にはどういう人がこの店の顧客なのか、皆さんにとっても興味のあるところではないかと思い、その三百八十六名を世代別に分類したものが添付した図です。
40

四十八歳以上の戦前戦中派が約四分の一で、中には各界で功名を高められている方も多くおいでです。団塊の世代を含む昭和二十年代生まれがこれまた約四分の一で、ここが最近目立って来店客の増えている層です。そこまでで約半数を占めており、最初のご来店のきっかけは様々であっても、その後のご来店も多く、顧客化率の高い層だと言えます。

左半分の昭和三十、四十年代生まれの世代は、転入出や異動が多かったり、子育てに手が掛かったり、また当社の地下ケント店と競合する年代層でもあり、追加削除の出入りも割と頻繁です。

資料を集計して驚いたことは、大正十年生まれから昭和四十六年生まれまでの間に途切れなくお客様がいらっしゃったことで、その隔たりがちょうど半世紀五十年、三世代にまたがる幅の広さです。これは当店の顧客層の特徴を象徴的に現していて、かなり誇りに思っていい事実だと感じています。



倶樂部余話【39】暑くない背広「静岡仕様」の登場です(1992年3月14日)

冬と夏では、背広を買うという同じ行為でも、その動機はずいぶんと違うようです。極端に言うと、冬は「着たい」という「夢」を追えるのに対して、夏は「できれば着たくない」という「現実」が厳然と横たわっているように感じます。それほどにビジネスマンにとって、真夏にも背広を着なければ行けないということは「大いなる苦痛」だということでしょう。

当店では、二年ほど前から、業界に対して「真夏のビジネスマンにこれ以上暑さのやせ我慢を押し付けるのはやめようじゃないか」と提案し続けてきましたが、ようやくこの夏もので、皆様にひとつの答えをお見せできることになりました。それが主力取引先Mが開発した温暖地特別仕様で、裏地に特殊なメッシュ素材を使い、他の副素材にも工夫を凝らし、通気性と軽量性を格段に良くしました。袖の裏地も同様ですから、半袖シャツの上から着ても腕がべと付くことがありません。もちろん外見は一般仕様のものと何ら変わりはなく、料金のアップもありません。着ているものだけが味わえる「大いなる快感」なのです。

背広というのは、元来、裏地や芯地が表地と互いに支え合うことで美しい形を作っているものですので、縫製グレードを落とすことなく仕立てを簡略化させるということは、かえって手間の掛かる高度の技術レベルが必要な仕様なのです。

まさに亜熱帯とも言える静岡の夏に待ち望んでいた仕様で、当店では親しみを込めてこれを「静岡仕様」と名付け、広く皆様にお薦めしていくことといたしました。

 (中略)

これでお客様から夏に出される二つの大難題のうちのひとつ「暑くない背広を下さい」については何とか解決しました。あとのひとつは「汚れない白色を下さい」なのですが…。

 

※まだ「クールビズ」なんて言葉ができる前の懐かしい時代の話です。

 

倶樂部余話【38】こんな客は嫌いだ(1992年2月14日)

どんな商売でもまずお客様がいなければ成り立ちません。まさにお客様は神様なのですが、こちらは愚かしい人間です、どうしても嫌いな神様も現れます。

当店が嫌う客ワースト3。輝く(?)第一位は「ウォークマン」。当店のような専門店では、店員と一言も会話を交わさずに物を買おうとすることはまず不可能です。ヘッドホンステレオを付けたままの人にとっては、我々は監視カメラ程度の役目しかありません。だんまり無視を決め込むか逆にまとわりつくかして、早々にお引き取りいただきます。

第二位「サングラス」。うちの店、そんなにまぶしいですか。商品の微妙な色も分からないでしょうし、こちらも表情が読み取れないのです。

第三位「両手ポケット男」。腕組みはそんなに気にならないのですが、夏でも寒そうに両手を突っ込んだまま、意地でも出そうとしない人。癖なんでしょうが…。

他に、例えば「取り置き放置人」。嫌いというより販売機会損失という実損が伴いますので大いに困ります。「ラベルチェッカー」。下げ札やブランドネームばかりをチラチラ見て回る、これは大体が同業者の偵察ですが、客でないのならまず名乗ってから見るべきです。そうと分かれば内部情報まで提供してあげることだってあるのに…。

私も仕入れという名目で年間数千万円の買い物をしていますが、ひとつの物を買うのにやたらと時間が掛かりますし、そんなに買うわけでもないのに販売員の話だけは熱心に聞きたがるほうで、しかも買い物は得意というよりむしろ苦手だと考えていますので、こんな客は普通の店では嫌な客の部類に入るのでしょうが、私自身がそういう性格なので、この手のお客様には当店は妙に好意的なところがあります。

いろんな人が来るんだね、とお思いでしょうが、こういう「嫌な人種」というのは本当に極々まれでして、大多数の場合、初めてご来店の時には緊張感もあってか、ぶっきらぼうだったり、つっけんどんだったり、といった方でも、何度かお相手をしていくうちに、プライバシーを語り始めたりして、だんだんと「いい人」度が増していくことがほとんどです。人は皆いい人になりたいと思っているのだ、と心底実感します。

ある店でいい客になりたいと思ったら、簡単な方法があります。まず「いらっしゃいませ」の呼び掛けに答えます。「こんにちは」とか「ちょっと見せて下さい」でもいいですし、軽く頷くとか目を合わせて微笑むだけでもいいのです。これだけで店側の応対はかなり違うでしょう。そして、店を出る時(何も買わなかった時はなおさら)、「ありがとう」とか「また寄ります(嘘でも)」の一言。きっと貴方が去った後、「いいお客様だったね」と店員同士で話しているはずです。

と、勝手なことばかり言いましたが、他人の様子は見えても自分のことはなかなか見えないもの、人のフリ見て我がフリ直せ、です。でないと「こんな店は嫌いだ」と言われかねませんから。

※ホワイトディ・パックの提案。白いハンカチと札幌銘菓「白い恋人」のセットを用意し、予約を受け付けた。

 

倶樂部余話【37】私は見た、袖ラベルの女(1991年12月24日)

この季節になるといつも気になることが、マフラーの裏表についてです。服のことを考えていただければすぐに分かるように、ブランド名や品質表示のラベルが付いている方が裏になるのが当然の訳ですが、どうもこれを勘違いして、堂々と裏返しに巻いている人を多く見かけます。

上質のカシミアやシルクなどは裏と表とでは艶が明らかに違うので、簡単に判別できそうなものだとも思うのですが、せっかくのカシミア独特の波打つような光沢を隠してしまって、いかにも「これは有名ブランドものだぞ!」あるいは「カシミア百%だぞ!」(どうだ、すごいだろ!)と言わんばかりに、ご丁寧にアイロンを掛けたが如くきちんと二つ折りにして、しかも一番目立つ首回りのところに計算尽くでしっかりとラベルを露出させている人など、私は見掛けると思わず飛びついてマフラーをむしり取りたくなる衝動に駆られます。ふさわしい人がふさわしい物を身に付けてさえいれば、人はちゃんと評価してくれるものだと思うのですが…。

さらにややこしいことに、作る側の方が、あまりに裏で巻く人が多いのを見て、ならば、と、表にラベルを付けてしまっている邪道な品も出現しています。そして一番情けないのが売る側の人間で、裏向きに畳んでしかもケースに入れたりして陳列しているのをよく見ます。これでは消費者が間違えるのも無理ないことです。作る人、売る人、買う人、各々の常識がてんでちぐはぐなのに、よくこれで流通が成り立つものだと感心します。

しからばマフラーの表裏の簡単な見分け方をご伝授しましょう。大概のマフラーには糸のほつれが出ないようにミシンで縁取りが掛けてあります。そのミシン目のきれいな方が表です。あとは表面(ひょうめん)をじっくりと見比べてみて下さい。

 ところで、先日、マフラーごときで目くじらを立てるなどまだまだ甘い、と思わせる光景に遭遇しました。OLの着ている真っ赤なウールコート、左の袖口になにやら黒く光るモノが…。なんとそこには英語で「生地イタリア製、カシミア混」と書かれているではありませんか。

倶樂部余話【36】「水玉の海部さん」も言われたのかな(1991年11月12日)

事例問題。「紳士服店にて、ある夫婦客の会話。

夫『これ、いいな…』

妻『また!? 同じようなものばかりあるじゃない。たまには違う感じにしたら…』

さてこのときの販売員のとるべき態度は?」

市販のいわゆる「販売員接客マニュアル教本」の類いには、「夫婦客の場合は必ず奥さんの見方をすべし」という鉄則が書かれています。ところが、最近当店では、先のような場面で、逆にご主人の方に加勢することが増えてきました。

例えば「紺のスーツの鈴木さん」とか「ストライプタイの田中さん」や「ボタンダウンシャツの杉山さん」など、私たちは他人のイメージをパッと見た感じで掴んでいることがよくあります。たまにそのイメージと違った服装で出掛けると、本人も不安げなうえに、他人からは「何か君じゃないみたいだね」などといわれてがっかりしたりします。

つまり「また同じような…」と奥様から言われると、何となく気分は否定的になってしまうのですが、見方を変えればそれは「あなたのスタイル」が出来てきているという証拠であって、決して落ち込むようなことではないのです。しかもその「あなたのスタイル」は、意外にも自分で気付くよりもずっと以前に、実は他人が好意的に評価していることが多いのです。せっかく自分に付いている良いイメージを自ら無理に変えることもないでしょうし、むしろその延長線に乗って、さらにご自分のスタイルを磨かれていくことの方が、安心かつ経済的でもあります。

確かに流行への対応も大事ですが、それこそそれについては、私たちプロにお任せ下さればいいのです。プロとして恥ずかしくない程度には、確かでずっと先までの流行情報を把握しているのですから。ただトレンドの把握とそれをどう取り入れるかというのは別の話で、当店について言えば、流行は服を選ぶときの要素の一つにすぎないと考えていますが…

今度「また同じような…」と人から言われたら、しめた、とほくそ笑んで、胸を張って反論して下さい。「それが私のスタイルなのですから」と。

倶樂部余話【35】「いち抜けた」で「ブリティッシュ」(1991年10月16日)

「イタリアンソフトからブリティッシュトラッドへ」が最近のファッション雑誌の見出しにしばしば踊っています。「いま英国がトレンディ」の扱いについてどう思います、とも問われることが増えてきました。

私は、たとえどんな薄っぺらな内容だろうと、扱われないよりは扱われる方がはるかにいいことだろうと思います。事実、「セヴィルロウ」という地名もかなり一般に知られるようになりましたし、当店扱いの各ブランドの周知も広がりました。基本的に当方にとって何も悪いことではありません。

「なんだ、もっと君らしい毒のある批判が聞けるかと期待していたのに。」と拍子抜けされたかもしれませんが、私がいちいち目くじらを立てないのは、うわべだけの表面的な変化しか捉えられない雑誌なんかよりも、うちのお客様の方がよっぽどこの流れの本質を見抜いているはず、という自信と信頼が根底にあるからなのです。

今でこそ「このブリティッシュへの流れをよくぞ先読みしたものですね。」と、何か当店を流行の最先端ショップのように誉めて(?)くれる方もいますが、思い起こせば五年前、ソフトスーツの台頭著しいときに「今はみんなイタリアなのに、なぜ今さら(!)ブリティッシュの店なんかを…」と社内外からかなりの批判を浴びたものです。もちろん私に仙人のような先読みの力があったわけではなく、むしろその逆で、目まぐるしく変化しすぎる流行ばかりについていきたくない、人の正常な歩みの早さでゆっくりと進んでいきたい、流行の振り子のできるだけ中心の方に位置していたい、いわばトレンドゲームから「いち抜けた」の心境からスタートしたのです。(もちろん服飾業のプロとして業界全体のファッションの流れは知識として把握していなければならないのは当然のことですが)

 今のブリティッシュへの流れも、ブームやトレンドという表面的な変化では決してありません。一つの証拠に、アメリカやイタリアがブームの時には必ずその国の経済も強かったものですが、今の英国経済はかなりの不景気です。

ことの本質は、業界の押し付けるトレンドの無理強いに気付き、追っかけることを発展的に積極的に放棄した人たちが多数を占めてきたということ、「いち抜けた」派が無視できないほどに増えてきただけのことだと考えたいと思います。つまりファッションの変化などではなく、ファッションへの関わり方が進化しただけで、まさにこれが「英国気質」への再評価につながっているのです。

「個性化」が横並びして「画一化」と同義語になってしまうこの国では、これから「にわかブリティッシュ」の店も客も増えることでしょう。といって、たかだか五年ぐらいでうちが元祖だと威張るつもりもありません。にわかの店か本物か、店の評価は店事態が決め込むものではなく、お客様が自然に決めてくれるものだと思っています。

倶樂部余話【34】アラン島は斑鳩(いかるが)の里(1991年9月17日)

九月、いよいよ第四回「アランセーターの世界」の開幕です。

普段は英国英国と言っているのに、なぜこのときだけアイルランドに肩入れするの、と、たまに質問されますので、簡単にご説明をしておかねばならないでしょう。

例えばあなたが京都がたまらなく好きだったとしましょう。当然、京都への憧れを受け継いで合理的にアレンジされていった鎌倉にも興味を持つでしょうし、また京都のルーツを探してより素朴な奈良にも関心を抱くことと思います。

この奈良と京都と鎌倉の関係がアイルランドと英国とアメリカの関係にちょうど良く似ています。文化や歴史の流れ方もそうですし、地理的にも英国の西隣りがアイルランドで、アメリカとは箱根の山ならぬ大西洋の隔たりがあります。

一口に英国(United Kingdom=UK)と言っても、イングランド、スコットランド、ウェールズに分かれていることはよくご存じのことと思いますが、アイルランドも一九二二年の独立まではUKの一部でした。支配しているイングランドはゲルマン系のアングロサクソン人、追いやられた他の三国はケルト系です。今でこそどこでも英語が通じますが、各々に固有の言語を持っていて、アイルランドの第一公用語は未だにゲール語とされています。

英国に憧れ英国らしい事柄をたどっていくと、意外にもそれが実はイングランドにはないことが多いのに気が付きます。ウィスキーはスコットランド、すなわちスコッチが有名で、しかもその発祥はアイルランドです。タータンチェック、ハリスツイード、シェットランド・フェアアイル・アーガイルなどのセーター、などもみんなスコットランドですが、そもそもスコット人はアイルランドから渡った人々ですので、家柄を図柄で現したりセーターに柄を入れ込むといった発想はもともとアイルランドで生まれたものです。

イングランドと地続きのスコットランドやウェールズに比べ、海一つ隔てたアイルランドには、かえって英国が失ってしまった素朴で懐かしい英国らしさが未だに残っているような気がします。

アラン島はアイルランドの西のはずれの孤島。イングランドからは最も遠く、その影響を一番受けにくいところに位置しており、今も日常生活の中に古代ケルトの文化が残り伝統や習慣がそのまま息づいているといいます。言うならば、アラン島はさしずめ「斑鳩の里」ということになりましょうか。

「学者と聖人の島」「妖精の住む島」アイルランドに、私たちの先人はこういう漢字を当てました。「愛蘭土」。何と心暖まる響きではないでしょうか。

 

※静岡新聞の文化面に取材記事が載り、問い合わせや来場者多く、大盛況。
 

※守安さん夫妻による店内コンサート「アイルランド・ナイト」実施。アランセーターを着てくるとギネスが一杯無料になった。
 

※今回の購入特典として、購入者にはアイルランドのオシォコン氏からユニセフのクリスマスカードが贈られた。

倶樂部余話【33】こま切れ話を手短かに(1991年8月19日)

★夏は「日本人だな」という思いにどっぷりつかる季節です。梅雨、七夕、ゆかた、御輿、花火、祭り、盆踊り、甲子園、終戦記念日…。文明開化以来西洋文化を貪欲に取り入れてきたにもかかわらず、夏に「和」の風習が多く残っているということは、つまり「夏」が「summer」ではなく、欧米にはない日本だけの独特の季節だということの現われではないでしょうか。何を着ても暑いし、本当は何も着たくないのに仕方なく服を着ているようで、人々は暑さしのぎに躍起です。なのに、業界は欧米のトレンドを真似るばかりで、暑苦しいやせ我慢を押し付けるような服ばかりを作ります。この夏婦人服では半袖スーツがバカ売れだとか。紳士服メーカーも「日本の夏」にもっと真剣に対応した涼しいビジネスウェアを考えてもらいたいと思うのですが…。

★私の好きな「言葉遊び」です。クラシックとスタンダード、似ているようで違います。クラシックは、幾度かの陳腐視された時期を耐えて残った化石的価値のあるもの。対して、スタンダードは、その時代その時々に標準的なもので、不変のものとは違います。神田藪蕎麦のかえしは江戸時代のままと言いますからクラシック、銀座木村屋のあんパンは昔はもっと甘かったそうでこちらはスタンダードでしょうか。繁盛している老舗の多くは、どちらにも片寄りすぎず、この二つのバランスをうまく取りながら歴史を重ねているように思います。

★「この商売、見栄も大事、カッコイイも大事、しかし分かりやすいことはもっと大事。」最近物故された小売業界大物の言葉。

★同じ人の言。「プランはマクロに、チェックはミクロに。」けだし名言。

★コンビニエンスって何でしょう。「あいててよかった」は確かにコンビニ(便利)、でも当店だって一種のコンビニを目指しているのです。当店のファン客にとって「装い」という部分ではすべてが一ヶ所でまかなえるだけの質ある(量ではなく)品揃え、これは一つのコンビニだとは思うのですが…。

★このごろ学び多きこと。旧約聖書、ギリシャ神話、マザーグース。いつかは何かの役に立つのか? …以上、思いつくままに。

 

※東急百貨店副社長だった山本宗二氏

 

 

 

 

 

※フォーマルフェア、特別販売



倶樂部余話【32】たまには失敗談も聞いて下さい(1991年7月23日)

 久々に失敗しました、この夏の「リダクション(割引)」。もちろん商品内容にも原因はあるのでしょうが、どうもそればかりとは言えないような気がしてます。

 後学のためにどんな店でも住所を記してくるように、と私からの指令を受けている我が妻の元には、六月末あたりから多い日で五枚以上もの「セール」のDMハガキが、毎日のように郵送されてきます。内容はどこも似たような「○月×日より何十%off!」。中には三年前に一度だけ利用した店から「お馴染みの上得意客に限り特別ご招待!」などと書いてあるものまであります。届いた数十枚のハガキを前に、妻曰く「ちっともワクワクしない。むしろだんだん冷めてくる。」と、のたまいます。

 セールだバーゲンだと一大決戦のように盛り上がっているのは店の方だけで、店側が大袈裟な謳い文句でノセよう煽ろうとすればするほど、客の方はシラけていくものなのかもしれません。いわばセールのDMは年賀状程度の重みしかなくて、ことさらにもったいつけなくとも、七月になれば安くなるのは当たり前でしょ、と見透かされているところがあるのじゃないでしょうか。

 当店のリダクションのご案内が他店より見劣りするものとは思えませんが、どう言い方を変えたところで「安くしたから買って下さい」という内容は結局同じです。値段を下げれば客は来るものと思い込んだ我々の「業界慣れ」の慢心がどこかにあったことは否定できません。過去二回のリダクションが好売上だったことからの自惚れもあったかもしれません。

 実際、リダクションせずとも買って下さるお客様が増えてきているのは事実ですし、いくら安くともサービスが低下するくらいなら買いたくない、という人が今後も増えてきても不思議ではありません。

 一方、リダクションの効能として、新規客のご来店という重要な側面もあります。その方たちは三割引で当倶樂部へ入会できるのだと考えればこれはメリットでしょう。

 誰のためのリダクションなのか、お得意様にとって当店に求められる「コンビニエンス」とは何なのか、今一度考えてみなければならないでしょう。

 それにしても、一番重要なのに一番難しいことは「お客様の立場に立つ」ということ、とつくづく思い知らされます。今回はいい勉強をさせてもらいました。

 

※納涼ハンカチまつり

倶樂部余話【31】靴は健康的に歩くための道具です(1991年6月5日)

日本人の足はよく甲高幅広と言われますが、実はそれ以外にも、図のように、足型自体が欧米人ほど「く」の字でなく、指先と足の平の開き方・大きさが違うので、当然歩くときに曲がる箇所も違います。さらにかかとのカーブにも著しい違いがあり、つまり欧米で靴を買ってきても、まずあなたの足に合うはずはないということです。
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が、モノのレベルから言えば、欧米の革靴は、足袋と畳の歴史が長い日本とは完成度に格段の差があります。革靴を半分に縦割りしてみると分かりますが(当店にもひとつあります)、鋼鉄の背骨や天然コルクの中詰めなど、見えない部分にかなりの手間とコストが掛かっていて、ここに手を抜くと、見てくれだけのハリボテの靴になってしまいます。神田・平和堂靴店のご主人曰く「他の商品だったら絶対に買ってもらえない低レベルのものでも、靴の場合はデザインが気に入りさえすれば、足が入るだけで、履き心地がどうであろうとへっちゃらで買っているのが日本人なのです。」と。

では、経済力豊かな日本のために足型を合わせて欧米で作らせて輸入すればいいか、というと、ここで三つの障壁にぶつかります。 まず、輸入革靴には最低でも二十七%高いもので六十%もの保護貿易的な関税が課せられています。現在のガット/ウルグアイ・ラウンドで若干の自由化も期待されていますが、それにしても本来の価値より三割も高いものを何も無理して買うこともないでしょう。

次に、靴のかかとや底は必ず摩耗し交換が必要になります。履き心地のためには、修理屋ではなく、やはり作った工場へ戻して、純正の木型を入れ直して純正のパーツで新品同様に交換してもらいたいものですが、海外製品では面倒なことのひとつです。

また、靴には五ミリ単位の多くのサイズがあるので、「取り寄せ可能」は販売上不可欠な条件ですが、海外とのクイックデリバリーにはコスト・期間ともに問題があります。

と考えますと、これらの問題をすべて解決できる結論は、革やコルクから紐一本に至るまでを欧米からパーツとして低関税で輸入して、欧米と全く同じ製法技術とデザインで、日本人の足型に合わせて、国内で組み立てるという以外にありません。当店で扱う「ジョンストン&マーフィー(J&M)」がまさにこれに当たります。

先日、週二回のペースで二年ほど履き続けた私のJ&Mの靴が修理を終えて戻ってきましたが、すでに甲革は私なりに馴染んでますので、新品以上の驚くべき履き心地の良さで、この靴を買ってよかったと思う最大の一瞬でありました。

現在当店では靴が一日一足のペースで売れていますが、この半数以上がリピーター需要です。この事実が製品の確かさを物語る何よりの証拠ではないでしょうか。

ご自身の健康のためはもちろんですが、他人から「足元を見られる」ようなことのないように心掛けたいものです。

倶樂部余話【30】パワードレッシング(1991年5月17日)

昨今の流行に「パワーランチ」という言葉があります。ビジネス戦略の演出方法としての昼食という意で、夜の接待よりもスマートでスピーディな商談ができるということの様です。しからば「パワードレッシング」とは? パワーランチにかけるマムシ入りサラダドレッシングのことでしょうか。

ある商工会議所で今年一月から男性のポケットチーフが義務付けられた、という話を聞きました。オジサン達の、外見にも少し気配りをしていくという積極性が、仕事にもいい影響を及ぼしてくれれば、という効果を狙ったものでしょう。また、オジサン達のためのスタイリストやセンスアップ講座なるものもちらほら出始めているらしく、うちの父がその手の話をしに出掛けていく機会も出ています。

ビジネスの演出方法として「装い(ドレッシング)」は重要な手段のひとつだと思うのですが、それを感じているオジサン達はあまり多くないようです。(あるいは気付いていても臆病になられているのでしょうか。)ただ、別に流行の最先端のモノや高価なモノを、ということではありません。また、ファッションは個性的に、としばしば言われますが、こと背広に関しては、個性的であることはかえって逆効果となることがあります。やはり基本的には、背広は戦闘服です。だから、背広自体はスタンダードなダークスーツでいいのですが、その同じ一着の背広でも、シャツとタイを変えていくことで、ビジネスシーン別の演出効果を狙うことができます。例えば、自社製品の説明のときなら冷静で落ち着いた人間ぶりを、取引条件の交渉なら融通の利く暖かな人柄を、部下の悩みを聞いてやるときは話のわかる上司ぶりを、それぞれに演出していくわけです。

このように「装いの持つエネルギーを自分のパワーとして吸収し自分をより魅力的に見せてくれるスタイルを演出すること」、これが「パワードレッシング」ということです。

石原裕次郎や加山雄三をお手本に「青春」した五十代の皆さん、平凡パンチやメンズクラブを読みふけった四十代の皆さん、ポパイに憧れた三十代の皆さん、そして氾濫するファッション雑誌の軽薄で無責任な底の浅さに気付き始めた二十代の皆さん、一着の背広を買うとき、考えてみて下さい。自分のパワーとなってくれるエネルギーを持った一着は何なのかを。

その答えのかなりの部分は当店に用意されているはずです。

 

※「うらないイベント」実施